30.研究を始めましょう
「飲めば良いんだよな?」
「うん」
「そうか……」
ポーションの蓋を開け、黄色い中身をじっと見つめるトーマ君。
「大丈夫だって。ちゃんと熱耐性ポーションだから」
「ああ、わかってるんだけどな。ついさっき見た色と同じだと多少緊張するというか」
「もう。じゃあ私から飲むよ」
私は錬成陣の上のポーション瓶を一つ取り、蓋を開けて躊躇いなくごくりと飲み干す。
ポーションの効果は即時。
飲んですぐに身体を淡く黄色い光が包み込むと、熱耐性が付与される。
汗ばむ暑さが和らぎ、身体がちょっぴり軽くなった気分だ。
「大丈夫だったでしょ?」
「お、おう。気分はどうなんだ?」
「飲めばわかるって。ほら飲んで!」
「ちょっ、アメリア――」
あんまりダラダラしてるから、私が彼の手を握って強引に口へ運んであげた。
文句を言われる前にポーションで口をふさぐ。
斜めに傾けて中身を流し込めば、あとはもう飲むだけだ。
ごくり、と彼の喉から音が聞こえる。
「ぷはっ! お前なぁ……」
「疑い過ぎなんだよ。トーマ君って強い癖にビビりだよね?」
「慎重と言ってくれ。おっ、暑さが和らいできたぞ」
「そうでしょ? 元々これ、火山の噴火口とか特別熱い場所に行くためのポーションだからね」
騎士団の人たちや冒険者さんが持ち歩くポーションの一つ。
彼らは任務でいろんな場所を指定されるから、熱い場所も寒い場所もある。
どんな場所でも対応できるように、耐性付与のポーションは必須だ。
宮廷付き時代もたくさん作らされた。
遠征に行くから五千本を三日で作れとか言われた時は、目が飛び出そうになるくらい驚いたよ。
頑張って終わらせたけど。
「はぁ……」
「なんのため息だ?」
「ちょっと昔のこと思い出しただけだよ。あーそうだ。このポーションは効果時間が短いのと、重ねて使えないから気を付けてね?」
「重ねてってどういう意味だ?」
「えっとね~」
同一の効果を持つポーションを飲むと、一時的に効果が倍増したり、効果時間が延長したりする。
ただそうじゃないポーションも一部あって、今飲んだのがその一つなんだ。
ちなみに効果時間は三時間半くらい。
個人差もあって不安定なんだ。
「今ある素材だとこれが限界なんだ。もっと品質の良いポーションなら効果も安定するんだけどね」
「その分素材が多く必要なんだろ? 今はこれで十分さ。多少でも自由に動ける時間があると便利だし、みんなも喜ぶよ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。みんなにも配りに行こう」
「ああ」
◇◇◇
私とトーマ君は庭先に行く。
そこには汗を流しながら剪定をするイルちゃんの姿があった。
背の高い木を梯子に乗ってチョキチョキと。
額から流れる汗を拭う。
「あっつ……」
「イル」
「イルちゃん」
「ん? 主様にリア姉さんじゃん」
私たちの呼びかけに応えた彼女が振り返る。
顔からは目に見えるくらいたくさんの汗が流れていた。
「どうしたの? あたしに何か用?」
「良い物をやろうとおもってな」
「良い物? 主様の良い物って大体よくわかんない物ばっかりなんだよな~ だからいらないや」
「おまっ! 酷いこと言うなぁ」
一体今まで何をあげたりしてたのかな?
そのうちイルちゃんに聞いてみよう。
「俺からじゃないよ。アメリアからだ」
「リア姉さんから?」
「うん。はい、ポーション! 飲むとしばらく暑さが和らぐよ」
「本当!? それならほしい!」
そう言って元気よくイルちゃんは梯子から降りてくる。
自分の時とは違う反応に、トーマ君は若干複雑な表情を見せていた。
イルちゃんにポーションを渡す。
彼女は貰ってすぐに蓋を開け、グググイっと一気飲み。
「ぷっはー! なんか変な味だね」
「ポーションだからね。少しずつ暑さが和らいできたでしょ?」
「おー……おー……涼しくなった!」
「良かった」
イルちゃんは元気だなぁ。
しっかり者だけど子供らしい笑顔は、見ていて心が和む。
「こんな便利なもの作れるなんて、やっぱりリア姉さんは凄いね!」
「ありがとうイルちゃん。三時間ちょっとしか効果が続かないから気を付けてね? それから水分補給も忘れちゃ駄目だよ?」
「はーい! リア姉さんたちはこの後どうするの? 今のポーションを街の人に配るなら手伝うよ!」
「残念だけどそこまでの量はないの。数を作るには準備がいるし、ポーションじゃ一時的にしか暑さを凌げないわ。だから他の方法を研究するの」
「研究……なんか格好良い!」
イルちゃんが目を輝かせる。
そんな期待に満ちた目で見られると、少し心がムズムズするよ。
「ねぇねぇ! あたしにも手伝えることないかな? 錬金術の研究ってどんなことするのか見てみたい!」
「え、私は良いけど……」
チラッとトーマ君のほうを見る。
領主様の許可はいかがでしょうか?
「いいよ。手伝ったほうが早く終わりそうだし」
「やったー!」
「ありがとう。トーマ君」
「それに、一人でやらせると働き過ぎちゃいそうだからな……アメリアは」
「うっ……」
そうかもしれない。
熱中すると時間を忘れることって多いよね?
「イルは彼女を手伝いながら、彼女が無茶しないか見張っててくれ」
「はーい!」
「トーマ君は?」
「俺は自分の仕事を片付けてくるよ。夕方くらいに様子を見に行くから、もし何かあれば執務室に来てくれ」
「わかった。トーマ君も働き過ぎないようにね」
彼も私に似ているところがあるから。
そういうと彼は小さく笑い、わかってると一言呟いて去っていく。
私はイルちゃんを連れて研究室に向かった。