3.再会と提案
「……足、疲れたなぁ」
私は今、王都から二つ離れたシーベルという街に来ている。
どうしてこんな場所にいるのか。
理由は簡単で、宮廷をクビになり、カイウス様との婚約も解消されたことで、ついに私は家からも追い出されてしまったんだ。
そのことに関して悲しいとは思っていない。
最初からあの場所に思い入れもなければ、未練なんて微塵もない。
しいて言えば、孤児だった私を引き取ってくれた恩だけど……それも十分返せただろう。
そんなわけで家を出て、特に理由もなく王都を抜けた。
「これからどうしよう……」
後悔はしていない。
ただ、今後のことは何一つ考えていなかった。
錬金術師として働く場所を探そうか?
それは一番良いのだろうけど、宮廷での過度な業務量を思い出すとぞっとする。
結局どこで働くかも決めず、ただただ彷徨い続けていた。
そろそろお金もなくなる……
いい加減、どこかで働かないと生活が……
「はぁ……一人で生きるのって意外と大変なんだなぁ」
「それはそうだろ。みんな助け合って生きてるんだからな」
「そんなのわかって――え?」
不意に声をかけられ、何気なく会話が続いて。
振り返るとそこには、懐かしい面影をもつ青年が立っていた。
「よう。アメリアだよな?」
「もしかして……トーマお兄ちゃん?」
「はははっ、お兄ちゃんか。その呼び方も懐かしいな」
彼は照れくさそうに笑う。
オレンジ色の髪と青い瞳、恥ずかしがると顔を逸らし、片目を瞑る癖がある。
そんな彼の姿に、幼い頃の思い出が重なる。
「やっぱりそうなの?」
「ああ、久しぶりだなアメリア」
「トーマお兄ちゃん……」
「こんなところで何してるんだ? もしかして仕事でこっちに――っておい! なんで泣いてるんだよ?」
慌てるトーマお兄ちゃん。
涙が流れていることに、自分では気づかなかった。
彼に指摘されて初めて、頬をつたい落ちる雫の感覚に気付く。
「あれ? なんで私……泣いて……」
ああ、そうか。
私は悲しかったんだ。
仕事をクビになって、婚約者をとられて、家からも追い出されて。
こうなったことに後悔はしていない。
そう言いながらも、全てを割り切って認めたわけじゃないんだ。
宮廷で過ごした時間と、費やしてきた努力、何もかもを否定されて失ったことに……
安心して涙が出るほどには、悲しさを感じていたという。
心配そうな顔をするお兄ちゃんを見て、私は慌てて涙を拭う。
「大丈夫。ちょっと目にゴミが入っただけだから」
「……場所を変えよう」
「え?」
「何かあったんだろ? 話を聞かせてくれ」
そう言って彼は私の手を取り歩き出す。
彼に引っ張られながら、私の足も前へ出る。
無理やりじゃなくて、彼は私が歩きやすいペースを守って、優しく手を引いてくれた。
彼の手は大きく男らしく……それでいて優しかった。
◇◇◇
近くにあった喫茶店に入った私とトーマお兄ちゃん。
向かい合って座り、私から何があったのかを話す。
彼とは同じ孤児院で育った幼馴染で、私より二つ年上の男の子だったから、当時からお兄ちゃんと呼んでいた。
私がアルスター家に迎え入れられてからも交流は続いていて、手紙を送り合ったり、偶に時間を貰って会ったり。
ただ、それも私が宮廷付きになってからピタリとなくなった。
最後の手紙には、彼も孤児院を出るという話が書かれて、ずっと気になっていたんだ。
五年ぶりの再会……涙は感極まってしまったところもある。
話を聞き終えた彼は、強く自分の手を握りしめる。
「なんだよそれ……ひどすぎるだろ。アメリアは何も悪くないのに」
「あはははっ……そうだよね。本当に酷いよ」
「なんで笑ってられるんだよ。普通もっと怒るだろ? 理不尽過ぎるじゃないか」
「そうなんだけどさ……言った通りの環境だったし、戻りたいとかはないんだよ。やっと自由になれたーって思うくらいだしさ。まぁこの先のことは何も決まってないけど……」
自由を謳歌するためにもお金は不可欠だ。
仕事は探さないといけないし、見つかったとしてもまた酷い環境だったらどうしようとか。
いろいろ考えてしまうから、一歩踏み出せずフラフラしていた。
「行く宛は決まってないのか?」
「うん。家も追い出されちゃったし、今さら孤児院に行っても迷惑にしかならないから」
「そうか……なるほど」
「トーマお兄ちゃん?」
彼はふむふむと頷きながら、顎に手を当て考える素振りを見せる。
この時ふと思った。
彼はどうしてこの街にいたのか。
孤児院を出た後、どこで何をしていたのか。
一番気になったのは服装だ。
明らかに一般人には見えなくて、どちらかと言えば貴族の……
「よし! なぁアメリア、俺から一つ提案があるんだが聞いてくれるか?」
「提案?」
「ああ。もし良かったら、俺の領地に来ないか?」
「……え?」
領地?