29.こっちは臭くないです
「あはははは~ 忘れる時は忘れるんだよ~」
「……まぁいいや。その黄色い液体をかければ植物が早く育つのか?」
「そうだよ。かける量によって成長速度が違うんだけど――」
私は話しながら小瓶の蓋を開ける。
すると、小瓶の中から鼻を刺激するくさーい匂いが顔を出す。
トーマ君は思わず鼻を手で塞いだ。
「うわっ! なんだこの匂い」
「臭いでしょ? 最初はビックリするよね」
成長促進薬の匂いを例えるなら、腐った卵?
ナマモノが腐敗した匂いがするから、慣れていないと驚く人は多い。
私も知らずに作った時はビックリした記憶がある。
「鼻が曲がりそうなんだが……アメリアは平気なのか?」
「私はもう慣れてるからね。王都でも促進薬はたくさん作ってたし」
「慣れってすごいな」
「私からすれば、この領地の環境で何年も生活できてることのほうが凄いと思うけどね~ とにかく見てて」
プランターには種を植えてある。
かける量によって成長速度が異なるから、あまりかけすぎると過剰成長で枯れてしまう。
薬草の大きさからして、大体半分くらいでいいかな。
私は小瓶を傾け、種をまいた土にかける。
三秒経過――
「何も起こらないぞ?」
「一瞬で成長するわけじゃないからね。あくまで成長速度が上がるだけから。でもほら、見て」
促進薬をかけた土が少しずつ盛り上がってくる。
それは種から芽が出て土を押しのけようとしている途中。
私たちはじっと見つめる。
十秒ほど経過して、ようやく土から緑色の芽が顔を出す。
「出てきた」
「でしょ? たぶんあと一時間くらいすれば、素材として使えるくらい大きさに成長すると思うよ」
「そんなに早くか。成長促進薬……便利だな。これで作物に使えないってのが勿体ないな」
「味が落ちちゃうからね。どうしても食べる物に困ったら使うのもアリだと思うけど~」
前に促進薬を使って野菜を五種類くらい栽培したことがあった。
そのまま食べたら全部苦くて、火を通したら酸っぱさが強くなって、とにかく美味しくなかった。
料理上手の人ならなんとか出来たのかな?
そうだとしても調味料とかたくさん必要だろうし、余計な手間がかかる時点で逆効果だ。
「食べ物なら他の方法を考えないと」
「そうだな。でも今は先にこっちだろ?」
トーマ君は自分の頬を滴る汗を指さす。
今日も変わらず猛暑だ。
部屋の中にいても暑くて汗が止まらないし、喉もからからになる。
そのうち脱水で倒れてしまいそうだよ。
「それじゃさっそく何本か作るね」
「作れるのか?」
「うん。薬草のほとんどは種に変えちゃったけど、屋敷のみんなの分くらいは作れるように残しておいたんだ」
「準備が良いな。なら頼むよ。シュンは外回りが多いし、イルたちも動き回ってるからな」
暑いから自分のために作ってくれ。
なんて言葉は彼から出てこない。
彼の優しさを感じて、身体じゃなくて心が温かくなる。
「内側まで暑くしてどうするの」
「ん? なんだ?」
「なんでもない。始めるからトーマ君、魔法で氷を出してもらっていいかな?」
「了解したよ」
トーマ君は右腕を前に出し、手のひらを上に向ける。
魔法を発動しようと口を開いた彼は、途中でやめて私に確認してくる。
「どのくらい必要だ?」
「両手にいっぱいくらい? あれば十分だよ」
「わかった」
確認を終えたトーマ君は右手に集中する。
小さく息を吸い込み、魔法を発動する。
「アイスクリスタル」
彼の右手に魔法陣が展開され冷気が放出される。
放たれた冷気は一度四方に広がり、再び手のひらに収束していく。
バキバキバキと宙に氷の結晶が生成され、瞬く間に大きくなる。
最終的に大人の頭くらいまで大きくなった氷を、トーマ君はテーブルの上に置く。
「これで良いか?」
「うん十分。ありがとね」
「どういたしまして。ここからは君の仕事だ」
「任せてよ」
氷、数種類の薬草と水。
素材は揃って、あらかじめ錬成陣は用紙に書いておいた。
茶色い用紙に白い線で描かれた錬成陣。
私は錬成陣のうえに素材を置いて、最後に小瓶を置いたら、錬成陣に手を触れる。
「もっと素材が揃ってたら良いポーションが作れるんだけど」
話しながら錬成を開始する。
錬成反応の光が明滅して、素材が分解され再構築される。
そうして完成したのは黄色いポーション。
「はい完成」
錬成陣の上には、ポーション六本が並んでいる。
トーマ君は完成したポーションをじっと覗き込んで、私に質問してくる。
「これが熱耐性ポーションなのか? 見た目さっきの促進薬と同じなんだが……」
「ちょっと違うよ? よく見て、促進薬より薄いでしょ?」
「うーん……わからん。紛らわしくて普通に間違えそうだな」
「見分けられるようになってよね。耐性を得るタイプのポーションはベースが黄色なんだから」
とか自分で言いながら、錬金術の勉強中に何度か間違えて保管してしまったこともあるんだよね。
宮廷付きになってからは一度も間違えていないけど。
見た目だけならほとんど変わらない。
「わかんないなら匂いを嗅げば一発だよ」
そう言いながら私はポーションの蓋を開けた。
「……臭くない」
「ポーションだからね」
「なんだが逆に混乱するな」
「臭いほうが良かった?」
トーマ君は横に首を振った。
そうですよね。






