25.辺境の錬金術師
コーディングレイヤを塗り終わった翌日。
待っていましたと言わんばかりの大嵐が領地を襲った。
私たちの作業が終わるまで、空が堪えてくれていたのだろうか?
窓の外から覗く景色は灰色で、雨と風が瓦礫を巻き上げ周囲を削り取る。
だけど、今はもう大丈夫。
魔導具を使わなくても、建物が傷つくことはない。
故障したら終わりの魔導具を信じながら、部屋の中で震える日々も終わる。
これからは怯えなくても良い。
私とイルちゃんは廊下の窓を覗きながら話す。
「なんか音も静か?」
「そうだよ。コーディングレイヤで壁の前に一層出来た分、外からの音が入りにくくなってるの。もちろん中から外へも聞こえにくくなってるはずだよ」
「へぇ~ ただ硬いってだけじゃないんだな」
「うん。みんなにも頑張ってもらったし、これくらい役立ってもらわないとね」
作業が間に合って良かった。
一応、嵐が治まったら街の人たちの様子を見に行きたいな。
あとでトーマ君に相談しよう。
「トーマ君は仕事中なんだよね?」
「そのはずだよ~ ここ数日手を付けてなかった書類を片付けるんだってさ~ 仕事中は集中したいから、あんま話しかけないほうが良いんだってさ」
「……なんかズルいよね。私には休めって言った癖に、自分は仕事してるし」
今日のお仕事はなんとお休みを貰った。
連日大変だった分、今日はちゃんと休めと領主の立場を使って命令されたんだ。
そんなこと言われたら従うしかないけど、自分はちゃっかり仕事してるし。
「良いじゃん別に。休めって言われたら普通喜ぶんじゃない?」
「それはまぁ、嬉しいけど」
「だったら良いじゃん。リア姉さんはホント働きたがりだよね~ だから主様も無理やり休ませようとするんだよ」
「そう……なのかな~」
いやそうなんだろうね。
最近は少しだけ自覚が芽生えてきたよ。
一日の大半を仕事に費やしていた日々……そんな過去があったから、働いていない時間が多いと落ち着かない。
休みの日なんて滅多になかったのに、ここに来てから休んでばかりだ。
仕事が好きだから働きたいんじゃない。
働いていないとサボっていると思われるから、単に不安なだけ。
トーマ君にも何度か、今の環境に慣れろって言われたな。
「今が普通……なんだよね」
働いた分だけお金がもらえて、合間には適度に休みをもらう。
過度な仕事量を受けなくても良い。
自分の力量に見合った内容、量を熟していく。
私たちは誰も、仕事のためだけに生きているわけじゃないんだ。
そのことを再確認させられる。
◇◇◇
翌々日。
嵐が去り、再び晴天が顔を出す。
私とトーマ君は領民たちの様子を確認するため、二人で街に出ていた。
「とっても良かったですよ! 嵐の音も小さくなって、夜も寝心地が良かったです」
「そうですか。それなら良かった」
「はい。これも錬金術師様のお陰ですよ。心からお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
「いえそんな。皆さんも手伝って下さったから出来たことですから」
街の人の感想はどれも好印象。
感謝のあまり泣き出す人や、何度も頭を下げる人が大勢いた。
私はその度に恥ずかしくなって、首を振ったり顔を背けたりして。
それ以上に嬉しさも感じた。
一通り様子を聞いてまわり、ざっくりと建物の状態も確認していく。
建物はどこも損傷していない。
相変わらずの強風で、石や木が飛び交っていた様子だけど、建物への被害はなさそうだ。
「ホッとしたか?」
「うん」
「これで一つ、この領地での問題が片付いたわけだ。アメリアのお陰でね」
「私だけの力じゃないって。トーマ君にみんなも頑張ってくれたから」
大規模な錬成、そのための素材集め。
錬成後の作業を含めて、私一人じゃ絶対に出来なかった。
快くみんなが協力してくれたお陰で、こうして今も堂々と街を歩いていられる。
みんなは私のことを褒めてくれるし、私がこの領地に来たことを喜んでくれている。
だけどみんなが思う以上に、私自身が思うんだ。
「トーマ君、私……ここ来られて良かったよ」
「急にどうしたんだ?」
「なんか口に出して言いたくなったんだ。こんな気持ち初めてかも」
言葉では上手く表せない。
嬉しいのもあって、楽しいのもあって、幸せだとも感じる。
いろんな感情が混ざっていて、そのどれもが良いものばかりだ。
「嬉しそうだな」
「うん。私さ、仕事ばっかりしてて……正直あんまり仕事が楽しいって思ったことなかったの」
「それはそうだろ。聞く限り最悪な環境で働かされてたんだからな」
「あはははは……でも錬金術はずっと好きだった。新しいものを自分の手で作るってワクワクするんだ。その気持ちもずっと前から忘れていた気がする」
それをようやく、思い出せた。
この領地に来て、トーマ君たちと、みんなと手を取り合って。
だからなのだろう。
私は生まれて初めて――
「仕事が楽しいって思ったんだ。みんなと一緒に働くのは楽しかった!」
「何よりだ。これから先も続くぞ? もっと忙しくなるからな」
「任せてよ。みんなの期待に応えるだけの努力は、今までずっとしてきたから」
言われるがまま、流れに逆らわず生きてきた。
そんなつまらない人生が変わる。
この場所で、一からやり直せる。
宮廷の錬金術師としての私は終わり、新しく――
辺境領地の錬金術師として。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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