15.思い立ったら
「新しい壁? 壁の素材を作るってことか?」
私の言葉に首を傾けながら、トーマ君が尋ねてきた。
彼はさらに続ける。
「強力な素材を作れるのは凄いんだが、建替えが必要なら中々大がかりだな」
「ううん、別に建替えたりする必要はないよ」
「そうなのか? でも壁って」
「うーんと、壁って言い方が紛らわしかったかな。壁の表面に塗る塗料みたいなものなの」
その素材は最初液体で、空気に触れてしばらくすると凝固する。
硬度は鋼鉄に匹敵する上、耐久性も高い。
「そんな便利なものがあるのか? 全然知らなかったぞ」
「実はいろんなところで使われてるんだよ? 例えば武器防具とか。革の鎧でも表面に塗れば鉄に近い硬さになるんだ。もちろんちゃんとした鉄の防具より劣るけどね」
「へぇ~ それなら市場とか売ってないのか? 見たことないんだが」
「市場では出回らないよ。これを作る方法が錬金術以外にないからね」
私たち錬金術師の仕事の一つに、新物質の開発がある。
自然界に存在する素材同士を掛け合わせ、全く別の物質を生み出す。
そして開発した物質を、錬金術以外の方法で生成する技術を確立することまで含まれる。
錬金術師は貴重だ。
人数も多くないから、私たちにしか作れない物じゃ量産が出来ない。
とは言っても現実的に作成不可能な物もたくさんある。
話題に出した物もその一つだ。
「それにそうじゃなくても、この錬成は難易度が高いんだ。せっかくの素材も無駄になるから、王都でも作りたがる人が少なかったよ」
「難易度が高いか。失敗するってこと?」
「失敗することもあるね。でも失敗しなくても素材は無駄になるんだよ」
「どういうことだ?」
錬金術は基本、元にした素材の質量を越える物は作れない。
ただし素材全てを完璧に使えるかどうかは、錬金術師の技量に左右される。
素材に対する理解、作ろうとしている物質の情報、錬成陣の精度や熟練度など。
腕の良い錬金術師なら素材を無駄にすることなく使い切り、十を消費して十を生み出せる。
しかしそうでない者は、十を消費して八とか七しか作れない。
下手な錬金術師なら半分しか使えない。
使えなかった残りの半分は、錬成の際に消滅して消えてしまうんだ。
私は錬金術の基本知識をトーマ君に教えた。
「そういうルールがあったのか。同じ物を作ろうとしても術師によって差が生まれる……か。で、アメリアなら問題なく作れるんだろ?」
「え、うん。出来なかったらこんな提案しないよ」
「そうだな。変なこと聞いて悪かった」
「ん?」
なんだか含みのある言い方。
馬鹿にしている風じゃないし、顔は笑ってる?
嬉しそうなのはどうしてだろう。
「えっと、それで良いのかな?」
「作って良いのかって話ならもちろん良いぞ。それで領民の生活が良くなるなら、領主として全面的に協力する。実を言うと、魔導具の故障は結構多くてな。修理とか買い替えで費用がかなりかかってたんだよ」
「魔道具は壊れやすいからね」
「ああ。安価だと特に……まぁとにかくお願いするよ。と言っても……」
トーマ君は立ち上がり、部屋の窓の方へと歩いていく。
私もその後に続いた。
「外がこの有様じゃどうにもならないか」
「そうだね」
外は依然として大荒れ模様。
心なしかさっきより風が強くなっている気がするし、シュンさんだけじゃなくて領民の方々も心配だ。
「ねぇトーマ君、この嵐っていつもどのくらい続くの?」
「早い時はすぐ治まるぞ。長かったときは……たしか一週間くらいこれだったかな」
「い、一週間……」
この嵐が一週間も続くとか普通に地獄なのでは?
外にも出れないし、不安なまま部屋の中で籠ってるしかないよね。
食料とか大丈夫なのかな?
そう思うと余計不安になってきて、居ても立っても居られなくなった。
「トーマ君、今から倉庫を見てきて良いかな? どの素材があってどれが足りないのか確認しておきたいんだ。領地のことは自分で空いた時間に調べるよ」
「アメリアがそれで良いなら構わないよ。俺にも手伝えることがあったら言ってくれ」
「うん! たぶん素材集めは私一人じゃ無理だからお願いすると思う。確認出来たらすぐ伝えるね」
「了解したよ。じゃあまた後で」
こうしてトーマ君と別れた後、私は一人で地下の倉庫に向かった。
倉庫は昨日も来たし、薄暗さにも慣れている。
階段を下って地下に降り、倉庫の鍵を開けて中へ。
倉庫の中は一段と暗く、明かりは手に持ったランタン。
手元の小さな明かりを頼りにして、倉庫の中にある素材を確認していく。
「この辺りは薬草かな。鉱物は奥? あっちかな」
今回作るのはポーションじゃない。
見た目こそ液体だけど、れっきとした鉱物の一種。
その名も『コーディングレイヤ』という。
錬金術でのみ作ることが可能な液体金属だ。