12.そんな四季があるの?
書斎は屋敷の二階。
玄関から見える階段を上がり、左に曲がって廊下の先にある。
「ここが書斎だ。結構自慢なんだぞ」
「わぁ、広いね」
「だろ? 義父さんが読書家だったみたいでさ? いろんな本を集めてたらしい」
自慢げに語る彼の声に耳を傾けながら、書斎をぐるっと見渡す。
他の部屋に比べて広く、天井も少し高い気がする。
二十段近く上まで本がびっしりと並んでいる光景は、まさに圧巻と言えるだろう。
部屋の中央には四人くらいが並んで座れる椅子とテーブルが置かれていた。
「先に座って待っていてくれ。必要なものをとってくるから」
「私も手伝うよ」
「大丈夫。本がいっぱいありすぎて場所を教える時間の方がかかりそうだしな。それから君は、他人の好意には素直に応えるってことを知らないと」
「うっ……はい」
慣れない。
全然慣れる気がしない。
当たり前のことをして褒められたり、休んで良いとか言われるのも。
私の中で当たり前の解釈を変えないと駄目な気がする。
それから数分待って、トーマ君が三冊の本を抱えて戻ってきた。
持ってきた本をテーブルに並べる。
随分と古い本みたいで、表紙にタイトルも書かれていない。
錬金術には知識が必要だから、私もたくさん本を読んできたけど、目の前に置かれた三作は初見だった。
「何の本なの?」
「この領地の歴史が書かれた本だよ。表紙がないのは、歴代領主が書いた日誌みたいなもの、だからかな」
そういうものなんだ。
領主がこの土地について記した書物。
一般に流通していない本なら、私が読んだことなくて当然か。
それにしても古い。
見た目の感じからして、数百年以上は経っている気がする。
「全部細かく読んでると時間が足りないから、今はざっくりと重要なところだけまとめて話すよ」
「うん。あ、でも良いの? トーマ君もお仕事があったんじゃ」
「ん? ああ、さっきやってた仕事か? あれは明後日やる予定だったものを前倒しにしてるだけだから全然問題ないよ。今日の分は外出する前には終わって……なんて顔してるんだよ」
「別に、なんでもない」
トーマ君だって仕事してるじゃん。
私とあんまり変わらないんじゃないのかな?
とか全然思ってません。
「まぁいいや。話していくぞ?」
「お願いします」
トーマ君はおほんと一回咳ばらいをして改まる。
「うちの領地の歴史は古いんだ。なんせ王国が誕生する前から続いてるからな」
「誕生前から? じゃあ元は他の国の領地だったの?」
「いや違うよ。どこにも属していなかった。元は単なる小さな村だったそうだよ。この日誌にも当時のことが書かれてる」
一冊目を開き、パラパラとページをめくる。
そこには手書きの文字で、当時のことが記されていた。
年数の経過で劣化した所も多く読みにくい。
ちゃんと読めない箇所もあって、そこは飛ばしたりなんとなくで補完して読み流す。
当時の人口は少なく、百人にも満たなかったそうだ。
周囲を山々に囲まれており、今のように整備された街道もない。
外から人が来ることは滅多になく、反対に外へ出ることもほとんどない。
だから生きるために必要なものは全て、自分たちの土地で補うしかなかった。
しかし隔離された場所であること以外にも、この領地には致命的な問題があった。
「それが四季だよ。今でもずっと続いてる……四季があるせいで作物は育ちにくいし、動物たちも外へ逃げてしまう」
「四季なら王都にもあったけど、そんなに酷いってことは同じ四季じゃなかったんだね」
「……いや、当時の四季そのものは同じだよ。春夏秋冬が一定周期に来る。だけどその周期が、異常なほどに早かった」
「早かったってどのくらい……」
トーマ君が本のページをめくる。
私は視線を下げて、めくられたページを見る。
そこに記された数字を見て驚愕した。
通常の四季は、大体三か月前後で切り替わっていくものだ。
「この領地の場合は一か月周期でそれが来ていた。要するに、通常の三倍の速さで環境が変わるんだよ」
「そんなに早く……あり得るんだね」
「ああ。俺もここへ来るまで知らなかったし、体験するまでは信じられなかったよ。でも事実なんだ。三倍の速さで四季が巡る。もうわかると思うけど、そんな環境で生きていくことがどれだけ大変なのか」
「うん……」
王都での暮らしが長かった私にとって、巡る季節を特別に感じたことはなかった。
当たり前のように春が来て、夏が来て暑さが増し、暑さが緩んで秋となり、寒さが目立つ冬が来る。
そしてまた春が来る。
この土地でも巡り方は変わらない。
ただ速度が三倍早いだけ。
「言葉で言うのは簡単なんだけどね。実際、その影響は大きい。例えば王都で一般的に食べられてる果物や野菜があるだろ? あのほとんどはこっちじゃ育たない。運よく育っても品質が劣り過ぎてて、まず売り物にはならないな」
「そうだよね。環境が違い過ぎるし」
「ああ。この間アメリアを歓迎したくてたくさん料理を出しただろ? あの時に使ったのも全部外から仕入れた食材だ。量だって、王都の貴族なら普通くらいだろうけど、あれがうちの限界。それも一月に一回あるかないか。領民も大変なのに俺たちが贅沢できない」
「うん。私もお腹が空いてる人がいるのに、自分だけ満腹になりたくはないよ」
そういう環境なんだ。
貴族も領民も、多くを我慢しなければならない。
王都の暮らしでは考えられないことが、この新天地では当たり前だと知る。
いや、これから知っていく。
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