両想いな二人①
おまけの後日譚です!
楽しんでください!
季節は巡る。通常よりもずっと早く、目まぐるしく移り変わっていく。春の風は力強く吹き抜けたかと思えば、汗が蒸発すると思えるくらいの日差しが照り、いつの間にか熱さは和らいで喉が渇き、気づけば外は一面純白だ。
そうしてまた、春の風が吹き抜ける。
この場所は、この領地はそういう場所だった。季節の移り変わりがとても早い。
本来ならば三か月ほどで移り変わる春夏秋冬が、三倍の速度でやってきては去って行く。外の人たちが一つの季節を経験する間に、ここでは三つの季節を経験する。
まるでここだけが別世界のようだと、初めてこの場所にやってきた者は思うだろう。私もそのうちの一人だった。
慣れるまではとても大変だ。季節の変化に身体は敏感に反応して、いつもより余計に疲れたりしてしまう。考えることも多かった。
季節の巡りが速いということは、作物の実りや、野生動物が暮らす時間も大きく変わってきてしまう。衣食住のどれをとっても、普通ではいられないだろう。
「よいしょっと」
私は研究室のテーブルの上に素材が入った木箱を置く。流れ落ちる汗を拭って、外の景色を見つめる。
今日はとてもきれいな青空が広がっている。
季節は春になった。雪はまだ完全に溶け切っていないけれど、暖かな陽気が領地に降り積もった白い雪を溶かしている。
春は強い風が吹く。それこそ、建物を軽々と吹き飛ばしてしまいそうなほどの強風が。領地の人々はそんな風に抗い、悩まされ続けていた。
けれど今は、風は落ち着いている。無風、とはならないけれど、比較的穏やかな風が吹いているのがわかった。
窓の外から見える植物が緩やかに左右に揺れているから。
「なんだか私が初めてここに来た日みたいだなぁ」
私がトーマ君に見つけてもらって、初めてこの領地にやってきた時も春だったはずだ。その日も風は穏やかで、最初は偏狭なだけで普通の場所だと思っていた。
その考えは一瞬にして吹き飛ばされた。文字通り、荒々しく吹き抜ける風に、私の軽い考えなんて攫われてしまったんだ。
それから私はこの領地で暮らす人々が、少しでも安心して生活できるようにと願って働いている。
いろいろなことがあった。
僅か四か月の間に季節は一巡して。たくさんの出会いが私を待っていた。大変なことも多かった。自分一人じゃ解決できない悩みもあった。
そんな時はいつだって、私の周りには頼れる人たちがいてくれた。トーマ君、シュンさん、イルちゃん、シズク、この領地で暮らす人々。
お隣の国からエドワード殿下が突然やってきた時は本当に驚きもした。彼とトーマ君が友人同士だと知ってさらに驚かされた。
領地を飛び出して、隣国でお悩みを解決したりもした。
そしてこの領地をずっと見守って来た魔法使いのエルメトスさんが、私たちにこの地で起きた出来事を、真実を語ってくれた。
三百年前、この地を襲った悲劇と、人々が起こしてしまった大きな戦争。その犠牲となったのは当時の人たちだけじゃなくて、現代に生きる人々もだった。
大魔法の連発で環境が変わってしまい、とても安心して暮らせるような場所ではなくなってしまったんだ。
それでも、この地が大好きで残ってくれた人々がいる。端から見れば単なる物好きでしかなくて、賢い人は便利な街に移住する。
だけどこの地の人々は、どれだけ困難な日常が待っていると理解していても、明日を信じて共に生き続ける道を選んだ。
決して賢くはなくとも、誰よりも誠実で、勇敢で、優しい人々なのだと私は思っている。
そんな人々が暮らす場所だから、私は頑張って守りたいと思った。
今も思い続けている。
「さぁ、お仕事をしましょう」
随分と思いにふける時間が長くなってしまったけれど、私にはやらなくちゃいけない仕事がある。季節の問題は解決したわけじゃない。
ほんの少し和らいだだけで、環境が大きく変化したわけじゃなかった。だから私は常に考え続けている。
もっと安心してもらえる方法を。新しい何かを作るためのひらめきを。この地でただ一人の……錬金術師として。
数時間が経過して、お昼もいつの間にか過ぎていた。
「もうこんな時間!」
私の悪い癖の一つだ。集中しすぎると時間を忘れて没頭してしまう。おかげでお昼休憩の時間も過ぎてしまった。
グーとお腹の虫がひどいよーと泣いている。
トントントン、と、ドアをノックする音が響いた。
「はい」
「俺だ。アメリア、入ってもいいか?」
「トーマ君? うん、どうぞ」
彼は扉を開ける。ほんの少しだけ穏やかな風が吹き抜けて、テーブルの上の書類がひらひらと揺れている。
「いらっしゃい、トーマ君」
「ああ、仕事中に邪魔して悪いな」
そう言って彼はニコリと微笑んでくれた。邪魔なんてとんでもない。彼がこうして訪ねてきてくれることが、私の中では楽しみになっているのだから。
領主である彼はとても忙しい。毎日毎日、領地の人々が安全に、快適に暮らせるようにと頑張っている。
きっと私なんかよりも多くのことを考え、悩まされている。それでも時間を見つけては、こうして私のところに来てくれる。
その気持ちが有難くて、とても心地よかった。
「アメリア、俺はちょっと怒ってるぞ」
「え……えぇ?」
なぜだか本日のトーマ君はムスッとしていた。せっかく様子を見に来てくれたのに。朝は全然、そんな風な顔はしなかったのに。
私は困惑と動揺で、表情が引きつってしまう。
「ど、どうして?」
「……はぁ」
彼は大きくため息をこぼし、その表情は本気でわかっていないんだなと、呆れた声で呟いた。
察しが悪い私はキョトンと首をかしげる。
そんな私はトーマ君は、ため息交じりに語り掛ける。
「いつも言ってるよな? 頑張り過ぎるのはダメだぞって」
「あ……」
その一言を聞いてようやく、どうして彼がご機嫌斜めなのか理解できた。と同時に、ホッとする。本気で怒っているわけじゃないんだと。
彼が私に向けてくれる感情は怒りではなくて、心配なのだと。
「イルから聞いたぞ? お昼の時間になっても食堂に顔を出さなかったって」
「ああ、えっと、うん。お仕事に集中していたら、いつの間にかお昼休憩の時間を過ぎちゃっていたみたいで……あははは」
私は誤魔化すように笑う。
そんな私に呆れながらもう一度トーマ君はため息をこぼし、ちょっぴり怒った表情で言う。
「アメリアの頑張りを否定する気はないけどさ。頑張って、頑張って……頑張り過ぎて倒れてしまったらそれこそ本末転倒だろ?」
「は、はい……ごめんなさい」
トーマ君に怒られると、他の誰に注意されるより心にぐっとくる。もう二度と怒られないようにと心に言いつける。
けれど不思議なことに、何かに集中している私はそれすらも曖昧になって、気づけばまたこうして怒られている。
本当にダメダメな私だ。錬金術のことなら、ほんの少しだけ他人より誇れると思っているけど、それ以外のところは誰にも敵わないな。
「ほら、これ」
「え? これって……」
トーマ君は優しく笑みをこぼし、私にそれを手渡してくれた。両手でしっかり受け取った箱は、とても重たくて優しい香りがする。
「お弁当?」
「ああ、イルが用意してくれた。きっと忙しいから食堂に来れないんだろうって。だから研究室で食べられるように」
「イルちゃん……」
私のためにわざわざお弁当を用意してくれていたことに感動して、思わず涙が零れ落ちそうになる。トーマ君は私の肩に手を置く。
「ほら、さっさと食べて休憩する。仕事はそれまでさせない」
「あ、ちょっ、トーマ君?」
彼はちょっぴり強引に、私を書類いっぱいなテーブルの前ではなくて、ふかふかのソファーへと誘導して座らせた。
その隣にトーマ君が腰を下ろす。
「君がちゃんと食べ終わって休憩し終わるまで、俺もここで休憩しているから」
「トーマ君も? でもお仕事はいいの?」
「いいんだよ。というか俺も休まないとイルやシュンに叱られるんだ」
「……」
ちょっぴりふてくされているトーマ君の横顔をじっと眺める。それに気づいたトーマ君が、私に尋ねてくる。
「なんだ?」
「もしかして、トーマ君も働き過ぎて怒られちゃったの?」
「俺は怒られてない。……まだな」
「……そっか」
私は小さく笑う。なんだかおかしくて、自然と笑顔になった。
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