それぞれのスタート②
【作者からのお願い】
最後まで読んで頂きありがとうございました!
本作のWEB版はこれにて完結となります。
まだ番外編等で更新することはあるとおもいますが、本編のほうはこれで終幕です。
長い間ご愛読いただき感謝しかありません。
ノベル3巻まで発売中&コミカライズ1巻も発売されたばかりです!
ページ下の画像をクリックすると詳細が見れますので、ぜひぜひお手に取って頂ければ幸いです。
ガタンゴトンと揺れる馬車の中。振動に大きく身体が動いて、私は目を覚ます。
「ぅう……」
「お、起こしちゃったか?」
「トーマ君……私、寝ちゃってたんだね」
「ああ。二時間くらいだけどな」
「そうなんだ……!?」
寝ぼけながら視線をぐるっと下へ向ける。頭に残る感触は硬い馬車の席ではなくて、トーマ君の膝の上だった。
私は咄嗟に飛び起きる。
「おっ! どうしたんだ?」
「な、なんでもないよ」
急に恥ずかしくて飛び起きてしまった。なんて言ったら笑われてしまいそうだ。膝枕くらい、小さいころ何度もしてもらったはずなのに。
改めて今されるとひどく恥ずかしい。トーマ君の顔が上から私を覗いていて、普段より彼を近くに感じられたせいだろうか。
トーマ君に私の寝顔をずっと見られていたのかな?
変な顔してなかった?
恥ずかしくて聞きもできないよ。
「まだ疲れてるだろ? 到着まで少しあるし寝ててもいいんだぞ?」
「う、ううん大丈夫。トーマ君こそ眠らなくて平気なの?」
「俺は鍛えてるからな。それに大変だったのはアメリアだ。ほぼ一人で検査から作成までの流れを作って、他の錬金術師に指導して。王都じゃほとんど寝てなかっただろ?」
「そんなことないよ。必要な睡眠時間はとってたから」
「へぇ、ちなみにどのくらい?」
「四時間くらい?」
「……それを十分だと思ってるなら、働きすぎる癖は治ってないな」
トーマ君はやれやれと首を横に振る。どうやら呆れられてしまったみたいだ。私としては、四時間も眠れたら次の日とっても元気なんだけど。
「トーマ君だってそれくらいでしょ?」
「俺は六時間くらいは寝てるよ」
「そんなに変わらないよ」
「二時間は十分違うだろ。まさかと思うけど、屋敷でもそのくらいしか寝てないんじゃ……」
トーマ君が私を訝しむ目で見つめる。
「そ、そんなことないよ? 屋敷ではちゃんと寝てるから! 王都だと眠りが浅かったんだ。屋敷のほうが落ち着くからぐっすり眠れるんだよ」
「そうか。ならよかった。アメリアにとってあの場所が、ちゃんとわが家になってるってこと……だもんな」
「うん」
私が帰る場所はあそこだけだ。今も、少しずつ近づいている。馬車の中で揺られながら、窓の外を見る。ほんの少し私たちが進む方角に、分厚い雲がかかっていた。
馬車を操縦してくれている王国の騎士が私たちに話しかけてくる。
「お二人とも領地内です。いったんここで停車しますね」
「はい。お願いします」
馬車が停まる。窓を開けると冷たい風が吹き抜ける。季節はまだギリギリ冬だった。空には雲が残っている。
「申し訳ありません。馬車で通れるのはここまでのようでして」
「大丈夫です。あとは歩いて戻れます。送ってくれてありがとうございました。馬車は改めて二週間後くらいに返却してください。たぶん、そのころには雪もなくなっているので」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
騎士は馬車を走らせ去っていく。残された私とトーマ君は、雪の積もった道を見据える。領地の境だから吹雪は強くない。
あと数歩前にでれば、あの力強い猛吹雪との戦いだ。私たちは覚悟を決めて進もうとした。その時、奇跡的な現象が起こる。
「トーマ君! 雲が」
「ああ、これは……」
空を覆っていた雲が大移動を始める。とてつもない速度で、分厚い雲たちが消えて青空が顔を出し、太陽の光が大地を照らす。
季節の移り変わり、その瞬間を私は初めてこの目で見た。
「すごい……」
「俺も初めて見たよ。季節が変わった。冬から春へ……まるで、俺たちを待っていてくれたみたいだな」
「そうだね。嘘みたいに温かい」
雪は残っているけど、太陽の温かさをこれほど実感できる機会はないだろう。トーマ君の言う通り、まるで私たちのことを待っていたような……お帰りと、出迎えてくれたみたいだ。
季節が変わる。冬が終わり春へ……四季が一巡した。たった四か月だけど、この地にとっては一年が経過したような感覚だ。
また新しい四季と向き合う。王都での因縁じみた蟠りも解消された。もう、王都に心残りはない。
ある意味、ここが私にとってのスタートになるだろう。私は王都を、宮廷錬金術師としての過去から卒業した。私は歩みだす。これから、この地で。
「行こうか」
「……トーマ君!」
だから今、伝えたいと思った。いいや、伝えるべきだと。これからも一緒にいるために、彼の隣を歩いていくために。
「私、トーマ君のことが大好きだよ」
ずっと秘めていた想いを言葉に変えて。最愛の人に伝えよう。
「……俺も、アメリアのことが大好きだ」
想いに応えるのは同じ想い。顔を合わせ、手と手を合わせてお互いの熱を確かめ合う。幼い日の記憶も、会えなかった間の寂しさも、再開してからの幸福も、すべて大切な思い出。
私は胸いっぱいの想いを彼と共有する。
「これからも、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
決して離さないと誓うように、私たちは抱きしめ合う。






