それぞれのスタート①
私が王都に戻ってから三日後。
少しずつ……確実に変化は訪れていた。蔓延した病の原因を突き止めて開発されたポーションは宮廷錬金術師によって量産されていく。
といっても、一つ一つが手作りでまとめて一気に作ることはできない。万能のポーションとは異なる個人用のポーションだ。
まず指定の治療院、もしくは王宮に設けられて仮施設で診察をする。その後に今回の病と断定された者は魔力測定を行う。
「俺たちの領地と同じ流れを再現しただけだが……」
「規模が違うね」
王都と辺境の領地では暮らす人間の数が圧倒的に異なる。必要になるポーションの数もけた違いに多い。
ただ、さほど大きな混乱には陥らなかった。病の進行が緩やかだったことも上手く作用してくれたみたいだ。
ポーションの効果も実証され、一度飲めば完治することも周知されたことで、王都は少しずつ活気を取り戻している。
王宮も次第に慌ただしくなっていき、私がよく知る光景に近づいた。私はそんな光景を眺めながらトーマ君と話す。
「そろそろいいかもね」
「ああ」
私の役目は終わったみたいだ。
◇◇◇
「シズクは残るんだな」
「そうする。物資の手配とか、雑用が残ってるから」
「そうか。終わったら屋敷によってくれ。シュンもきっと会いたがってるぞ」
「――そ、そうする」
相変わらずシュンさんのことになると、シズクはわかりやすい反応をする。それだけシュンさんのことが大好きだという証拠だ。
荷物を馬車に運び込み、大方の準備は整った。すでに室長さんにも帰ることは伝えてある。陛下や上の人たちへの報告は、室長さんが代わりにしてくれるそうだ。
あとは……。
「お姉さま」
「リベラ」
ちょうどいいタイミングで向こうからやってきた。私の妹、彼女にも最後に挨拶くらいしておきたいと思っていたんだ。
リベラは全速力で走ってきたのか、見たことがないほど息を切らしている。
「戻られるの……ですね」
「うん。ここでやるべきことは終わったから」
「そう……ですね」
「それにね? もうすぐ春が来るんだ」
「春……ですか?」
私は頷き、思い返す。この街を出て、初めて辺境の地へ訪れた日のことを。なんてことのない穏やかな場所だと思ったら一変。吹き荒れる突風は家すら飛ばしそうな勢いで、とてもじゃないけど安心して暮らせる場所じゃなかった。
いくつもの驚きから始まった辺境での生活も、春、夏、秋、冬と経験して……戻る頃にはまた春になっているだろうか。
「やりたいことがたくさんあるんだ。大変だけど楽しくて、やりがいがある」
「そうなんですね」
少しだけ寂しそうな顔を見せ、リベラは私に――
「お姉さま……」
何かを言いかけて、口を噤んだ。たぶん、彼女が言おうとしたのは……ここに残ってほしいという願いだっただろう。
姉妹だからなんとなくわかる。でも口にしなかった。私がどう答えるかわかったから?
いや、きっと……悟ったんだ。私が別の場所で、自分の居場所を見つけたことを。幸せを手にしていることを。
気づいたから邪魔をしてはいけないと、そっと口を塞いだ。そう思うとなんだか、私は姉として嬉しく思う。
「リベラも頑張って。辛いときは正直に言えばいい」
「……弱音を吐ける相手なんて……いませんから」
「だったらまず、そんな人を探さないとね」
「……はい」
私がトーマ君やみんなと出会えたように。リベラにもいつか、心の底から信頼できる人たちと巡り合えますように。
「ありがとうございました。お姉さま」
「うん。こちらこそ」
話せて嬉しかった。もう二度と交わることはない。関わることも……顔を合わせることすらできないと思っていたから。
過去は清算できない。強烈な記憶は忘れたくても忘れられないように、ここで過ごした日々は今でも鮮明に思い出せる。
だけど、今はちっとも苦しくない。思い出して嫌な気持ちになることはあっても、落ち込んだりふさぎ込むことは二度とないだろう。
なぜなら私には、帰る場所があるから。
いてもいいと言ってくれる。私のことを心から必要としてくれるみんながいる。素敵な居場所を手に入れたから。
「それじゃ、またね? リベラ」
「はい。お元気で」
リベラも、と笑顔で返して私たちは馬車を走らせる。向かうは辺境の領地。世にも珍しい不思議な四季と共に生きる人々の元へ。
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