102.運命は巡る
私たちは廊下を歩く。スッキリした顔で。
「ありがとね、二人とも」
「気にしなくていい」
「ああ、その様子なら、上手く話せたんだな」
「うん、おかげさまで」
思えば初めてだった。リベラの本心を聞いて、彼女の心と向き合いながら話をしたのは。初めて姉らしいことができた気がする。
二人に機会を貰ったおかげで、私はリベラと向き合うことができた。スッキリした気持ちの中で引き締まる思いもある。
そう、私にはもう一人、向き合うべき人がいる。
「――失礼します」
「どうぞ」
扉を変えて私たちは対面する。今度はトーマ君とシズクも一緒に。
「お久しぶりです。室長」
「……ええ」
彼女もリベラと同じように、その顔には疲れが見受けられる。道中でシズクに聞いた話によれば、カイウス様の一件で、宮廷錬金術師たちには監視が付くようになったそうだ。
中でも特に室長とリベラは疑いの目を向けられていた。事件前からカイウス様と親しく距離も近い二人だったから、最近まで行動の自由もなかったらしい。
今は監視の姿はない。皮肉なことに、病が広まったことで彼女たちへの締め付けは緩くなった。
その代わり、終わらない量の仕事を押し付けられているようだ。
「……本当に、来てくれたのね」
室長はぼそりと口にする。消え入りそうな声で。
「来てくれないと……思っていたわ」
「それは……」
「私とリベラなの。貴女に助力をお願いする提案をしたのは」
「え、そうだったんですか?」
命令書には特に書かれていない情報だった。私もシズクたちも、てっきり陛下のお考えで私が呼ばれたのだとばかり……。
二人の推薦だと知っていれば、私はここへ戻ってこなかっただろうか?
ううん、そんなことない。誰の名が書かれていたとしても、私は必ずここへ来ていた。
「室長、病に関する詳しい情報を頂けませんか? それから、どこか開いている研究室を貸していただけると嬉しいです」
「え、ええ、すぐに手配するわ」
「お願いします」
勘違いさせてはいけない。私は別に室長たちを助けるために戻ってきたわけじゃない。私はただ、病で苦しんでいる人たちを助けたいだけだ。
室長もリベラのように苦しい日々を送っているのだろう。でもそれは、彼女が果たすべき責任で、当然のことをしてきた。
私と室長はただの他人だ。リベラのように妹でも、ましてや友人ですらない。だったらこれ以上、語り合うことはない。
私たちは資料を受け取り、部屋の場所を聞いて出て行こうとする。
「アメリアさん」
背を向けた私を室長さんの声が呼び止めた。私はピタリと立ち止まる。振り返らず、背を向けたままで尋ねる。
「なんですか?」
「……来てくれてありがとう。それから……今までごめんなさい」
リベラ以上に意外だった。私は、室長が誰かに謝罪する姿を見たことがなかったから。私たちは他人だ。もう上司と部下でもない。友人ではないし、これから仲良くなることもない。
この一件が終われば私は王都を出て行く。だから今、私が彼女に言えることがあるとすれば……。
「室長さん。リベラのこと、お願いします。私みたいには、ならないようにしてくださいね?」
「……ええ。約束するわ」
姉として、おせっかいな一言を残すことくらいだ。
◇◇◇
病の原因は魔物の攻撃を受けて負傷した騎士たち。彼らが発症した症状は、熱、悪寒、倦怠感、筋肉の痛み、頭痛……。
どれも風邪のよくある症状ではある。特筆すべきはその感染力だった。騎士たちが帰還して一週間も経たずして王宮中に広まり、十日目には王都にも災禍は広まったそうだ。
「魔物が原因の病気はいくつもあるけど、ポーションが効かないのは珍しいね」
「いや、厳密には効かないってわけじゃないそうだぞ。ここに書いてある通りだと、一時的な症状の緩和はできるらしい」
「すぐにまた熱が出る。その繰り返しみたい」
私はトーマ君とシズクと一緒に、受け取った情報を整理しながらポーション作りの素材が届くのを待っていた。
通常、魔物の毒はポーションによって体内の毒素が中和されることで治癒する。今回量産されているポーションも同じタイプだった。
選択としては間違っていないけど、それで一向に治らないのならポーション効果の見直しが必要になる。
「毒素……じゃないのかもしれないね」
「他に原因があるってことか」
「うん。取り除くべきものが他にも……」
負傷が最初の原因なら、血や唾液といった体液が考えられる。だけどここから他人へ感染するとは考えにくい。
他に何か……魔物から人に入りこむことで悪影響のある物質。通常のポーションでは効果が薄く、感染力も強い。まるで見えない……。
「魔力?」
一つ思い当たる節があった。魔力には個人差があり、同じ種族や家族であっても同じ性質のものは存在しない。異なる魔力を摂取することは、予期せぬ体調不良に繋がる。
エルメトスさんのお願いの一件で、私は散々魔力やその性質について学んだ。その経験と知識がこれだと言っている。
「魔物の魔力が騎士の身体に入り込んで変異したんだ!」
「なっ、これも魔力が原因なのか?」
「これも?」
「あ、ああ、そういえばシズクはいなかったから知らないか。最近俺たちの領地でもあったんだよ。魔力絡みの事件が。アメリアのおかげでみんな助かったんだ」
トーマ君がシズクに説明している傍らで、私は情報を整理する。人間と魔物なら確実に魔力の性質は異なる。その差はかなり大きい。
人間が魔物の魔力を摂取すれば、様々な症状となって表れても不思議じゃない。
魔力は通常、そのままでは放出されることはない。ただし例外があることを私はすでに経験して知っている。
人間の身体に入ることで変質した魔力が体外に放出され、他の人たちにも伝播する可能性は大いにあるだろう。
とはいえ、あくまで仮定の話でしかない。
この仮定を立証するためには、実際にポーションを作り出して試す他ないだろう。そこへちょうどノックの音が聞こえる。
素材を運んできてくれた人だった。
「お待たせしました。素材はここに置いておきます」
「ありがとうございます。すみません。追加でお願いしてもいいですか?」
「はい。もちろん」
「じゃあ、この紙に書いてあるものをよろしくお願いいします」
何の因果だろうか。
奇しくも私は、あの領地を救った方法と同じことをしようとしている。私が生まれ育った場所を、この地に暮らす人々のために。
「俺の領地を救ったものが、今度は王都を救うのか。なんだか不思議な感じだな」
「そうだね」
私も同じ気持ちだった。
とても不思議な気分だ。まるでこうなる未来が最初から待っていたような気さえする。これも運命だとするなら……。
私がここへ戻ってきたことも、追い出され彼と出会ったことも、やっぱり運命だったに違いない。
【作者からのお願い】
これにて第四章は完結です!
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次回をお楽しみに!