10.こんな仕事量で大丈夫?
「五百四十本!?」
本数を教えたら、また一段と大きな声で驚くトーマ君。
その反応を見た私は察して。
「ご、ごめん。やっぱりそうだよね……」
「あ、ああ……」
「少ないよね……」
「違う! 逆だ逆!」
逆?
少ないの逆ってことは……え?
まさか多い?
「あ、そうだよね。もっと高品質なものをたくさん作らないと駄目だよね」
「いやいやいや……まず全部褒めてるからな? その認識から改めようか?」
「え? 褒めてくれてるの?」
「当たり前だろ。こんなの想像してた五倍は凄いぞ」
これで五倍?
私の感覚じゃ逆に足りないというか……
仕事したって気にもなれないというか。
私がおかしいのかな?
「というか純粋に疑問なんだが、あの材料でこんな本数を作れるものなのか? 素材の仕入れに使った金額と、このポーションの数は釣り合わない気がするんだが……」
「釣り合ってはいるんじゃないかな? 錬金術は基本、元にした素材の量を越えることはできないからね? しいて言うなら今回は、ポーションの効果で三種類に分けたんだ」
「三種類? これは同じポーションじゃないのか?」
「違うよ。今回作ったのは怪我を治すポーションなんだけど、怪我の程度によって使い分けられるように強弱で分けたんだ」
怪我を治すポーションと病気を治すポーションは別々で、今回作ったのは前者。
切り傷や火傷、骨折など様々な外傷に効果を発揮する。
一般に多く流通している治癒系ポーションは、どんな怪我も治せるように効果が高い物ばかりだ。
加えてポーションの効果は即時性。
だから値段が高いし、流通量も少なくて手に入りにくい。
強力な効果のポーションを軽いけがに使ったら勿体ないよね?
そこで私は、錬成時の素材の割合を変え、錬成陣そのものにも手を加えて効果を三段階に分けた。
「よく中身を見てみて? 回復系のポーションは青いんだけど、透明度に違いがあるでしょ?」
私がそう言うと、トーマ君が近くでポーションの中身を観察する。
「確かに違う。左から順に濃くなってる?」
「そうだよ。一般的にポーションは透明度が高いほど効果が高いんだ」
「なるほどな~ あ、いや、その話を聞いてもやっぱり凄い量だと思うよ。わかってるつもりだったけど、アメリアは凄いな」
「そ、そう? これくらい普通だと思うけど」
褒められるほうが困惑するっていうのも変な話だ。
トーマ君は褒めてくれるけど、私の中では依然として「このくらいで褒められて良いの?」という気持ちがあって。
すると彼が、私の心情を察したのか……
「アメリアはまず頑張った分だけ褒められるってことを知らないとな」
「え……」
「慣れてないだろ? というか信じられないって顔してたし。信じて良いよ。俺の言葉は本心だ。君は想像以上の仕事をしたんだ。もっと自信を持てば良い」
「自信……」
そうか、自信を持ってもいいんだ。
私はちゃんとやれてるって。
あれ?
おかしいな。
楽しいって思える仕事って……あるんだね。
「ありがとう」
「いやいや、感謝はこっちのセリフだって。しかしまぁ、今頃王都は大変だろうな?」
「どうして?」
「だって早々いないだろ? アメリアの代わりが出来る奴なんて。まっ、自業自得だけどさ」
他人事みたいに笑いながらトーマ君は語る。
宮廷……私の代わりには妹のリベラが着任したはずだけど。
確かに大変そうだ。
新任でいきなり同じ仕事量なんて任せられたら……ってそんなことないか。
あれは私に対する嫌がらせだったし。
「さて、じゃあ昼食に行こうか」
「うん」
「みんなにもアメリアの自慢しないとな」
「は、恥ずかしいって」
ああ……なんだろう?
嘘みたいに、今が幸せだ。
◇◇◇
アメリア追放後の、後任に指名されたのは妹のリベラだった。
仕事が始まる初日、彼女は上司にこう言った。
「お姉さまの分まで頑張ります!」
他意はなかった。
いや、それは嘘で、実際には含みの意味があった。
自分の方が姉よりも才能があって、本当に評価されるべきは自分だと。
みんなも自分を頼れば良い。
そんな風に本気で、心の内から思っていた彼女。
しかし、現実はそこまで甘くない。
忘れてはならない。
天才と持てはやされ、貴族の嫡男を婚約者にもつアメリアが、周囲からどんな目で見られていたのか。
後任のリベラもカイウスと婚約し、年齢的にも若く期待が高い。
そんな彼女をどう思う?
当然、贔屓されているとか生意気だとか、悪いことばかり思われる。
そうして彼女は、姉と同じ仕打ちを体験することになった。
「な、なんなのですかこの量は?」
「アメリアさんがしていた仕事量と同じですよ? お願いしますね」
「そ、そんな……こんな量……」
「おや? 出来ないのですか? アメリアさんはこなしていましたが……」
上司には嫌味な言い方をされ、自信の塊であるリベラも対抗して、やりますと答えてしまった。
結果、毎日遅くまで仕事をするはめになる。
宮廷錬金術師になって三日間で、とれた睡眠時間はだいたい五時間程度だった。
仕事が終わっても……
「明日も早く起きないと……」
次の仕事のことを考える日々。
アメリアが必死にこなしていた仕事量を、新任で慣れていない彼女が同じ時間で回せるはずもなかった。
神経を擦り減らし、体力を削っていく。
しかしまだ彼女は根本に気付いていない。
仕事量が多すぎるのはそうとして、同じ量をアメリアはこなしていた。
それも一定以上のクオリティーを保ったまま。
仮に他のベテラン宮廷錬金術師に任せても、同じ仕事を同じ質で実行することは困難だった。
もうお分かりだろう?
アメリアが特別だった。
彼女は才能と真っすぐ向き合い、日々高めることを考え続けていた。
その結果、錬金術の腕前は達人の域に到達している。
だからこそ無理難題も突破出来たし、過労に襲われながらも倒れるまでは至らなかった。
対してリベラは自信だけが強くて、アメリアほどの努力はしていない。
世の中を渡るのが上手いだけである。
比べれば違いは明らか。
故に彼女は思い知らされ続ける。
自身と姉の致命的なほど開いた距離を……
心と体が壊れるまで。
本日最後の更新&ここまでが本作の序章的な部分になります。
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