〜慈愛の竜と愛された子 2〜
竜は五体現れ、それぞれが人の国に住み着きました。
鉱石の火山に住み着いたのは鉱石の竜。足に生えた見たことも無い鉱石は優れた道具へと姿を変え、噴火した火山は竜が足を踏み鳴らすと沈黙しました。
エルフの森に住み着いたのは自然の竜。背中に森を生やし、平べったい体躯を森に埋めると、枯れた木々たちは潤い、新たな植物も芽を出しました。
集落に住み着いたのは動物の竜。犬のような毛並みを持ち、凛とした面持ちでひとたび吠えれば、その毛一本一本が様々な動物となり、獣のような人に生きる糧を与えました。
魔王国に住み着いたのは圧倒的な竜。一瞥すれば恐れを覚えるほどのおぞましい姿は、争いを止めるかのように伽藍堂の目を向け、恐怖による平和を生み出しました。
帝国に住み着いたのは、奇妙な竜でした。
帝国の周りに植物を生やすわけでも、鉱石の身体を持つわけでも、生命を産み落とすわけでも、極端な恐怖を見せるわけでもなく、ただ……
ただ、人間を愛しました。
恵みをもたらさない竜に、人間は怒りました。貿易によって他の竜の存在を知っていた人間たちは、自分たちにも同等の恵みを願っていたのです。
ですが、竜はただ人間を愛し続けました。
人間が死ねば悲しみ、人間が悪意に満ちれば幸福を説き、人間が恋をすれば優しくその背中を押しました。
いつの日からか、人間たちの竜を見る目は変わりました。
植物の恵みではなく優しさを求め、
鉱石の恵みではなく激励を求め、
動物の恵みではなく笑みを求め、
平和の恵みではなく愛しさを求めました。
そして彼らは竜を、慈愛の竜として愛しました。
しかし、その愛も長くは続きませんでした。竜にとっての一瞬は、人にとってはすっかり廃れてしまうほど昔の歴史でした。
やがて慈愛を疑う人間が現れました。
慈愛で生きることができるか? 慈愛で救いは齎されるか?
竜の慈愛を知らない世代の人間たちは口を揃えて言います。
そんなわけがない、と。