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05

 コウモリの洞窟に逃げ込んだのはいいけど今度は死ぬほど臭いという新たな問題に直面した。


 15歳になったばかりの乙女にはきつすぎる試練だわ。


 でも洞窟の外ではホーンシープ亜種が雄叫びを上げながらうろちょろしている。

 よっぽど川に落ちたのが屈辱だったようね。


(でもここには長居できないわ)


 ただじっとしているだけで事態が良くなるとは思えない。それに指定されたエリアから離れてしまった今、ここに捜索隊がくるかもわからない。


 だから、自分で乗り越えるしかない。


(とは言っても、この糞の臭いは集中力を妨げるわね)


 暗くてよく見えないけど、地面にはところ狭しと糞が落ちているはず。その証拠に暗いながらも薄っすらと白く見える部分がたくさん広がっている。


(いったいどれだけ放置したらこれだけの糞が…………待って、これってアレの原料になるんじゃ)


 私は微かに希望のようなものを見つけた。


 コウモリの糞に限らないけど、糞は放置することによって可燃性の物質に変わると聞いたことがある。


(もしかしたら長年放置されているこの糞もそういったものに変化しているんじゃないの?)


 その証拠に目が慣れてきた私には白いなにかが見えている。それでどの程度の火力が生み出せるかはわからないけど、試す価値はあるはず。


 私は鞄に入れた素材を出して代わりに白く変化した糞をひたすらカバンに詰め込んだ。

 

 きっとギルドの関係者が見たら怒るだろう。

 でも気にしない。

 だってこれは命をかけた戦いでもあるんだから。


(見てなさいよ。私だってホーンシープの亜種と戦えるんだから)


 もちろんこわい。

 自分でも強がっているってわかる。


 それでも心のどこかで期待する自分がいるのが嬉しかった。


 だって私は誰よりも自分を信じてるのだから。


(これで準備はOK。あとはうまく火種が生まれれば)


 ガウガウウサギから採った前歯を握りしめる。火薬の原料にしろ火種のもとにしろどちらも採取したものだから試験の規定違反にはならないはず。


(行くわよ)


 そして私はもう一度ホーンシープ亜種の前に立つ事を決意した。






『ヴメェ〜〜』

(やっぱり意地でも私を倒す気ね)


 ホーンシープ亜種は川の辺りをうろちょろとしている。

 私が洞穴の出口に来たことまでは気がついてないけど、私を逃がす気はないみたい。


(もちろん望むところよ)


 この洞穴から出ればもう逃げられない。

 それに火薬としての質がわからない今、小出しする事はできない。ホーンシープ亜種の頭に火薬入り鞄を叩きつけて、すぐさま火種を起こす。

 それが私の作戦とも呼べない作戦。


 一応ナイフもすぐに掴める事を確認して、鞄と火種の前歯を握りしめた。


(次にホーンシープ亜種が後ろを向いたら飛び出す。まだよ、まだ。まだ……今!)


 ダッ


 洞穴を大きく蹴り出す。

 滝で鞄が濡れないように壁際ギリギリに飛び、なんとか地面に着地した。


 ザッ

『!?』


 着地した音に反応してホーンシープ亜種が振り返る。まだ体はこちらを向いていない。距離もそれほど遠くない。


 そして私は着地した勢いでそのままホーンシープ亜種に駆け寄った。しかしホーンシープ亜種は私が想定するよりも早く体の向きを変えて突進してきた。


(避け、違う! これはチャンス! 真っ正面から叩きつけてやるわ!)


 私は鞄を振りかぶってホーンシープ亜種の角を目がけて振り下ろした。


 バスン!


 火薬入の鞄にホーンシープ亜種の角が突き刺さる。そのせいでホーンシープ亜種の視界が悪くなり、私はそれを利用して横っ飛びで突進を回避した。


『ブルゥア!』


 突進を辞めたホーンシープ亜種は角に刺さった鞄を振りほどこうと頭を左右に振ったけど、視界の端で私を捉えると再び振り返って突進してきた。


(あの鞄が外れたら私の負け。だから、これが最後のチャンス)


 ホーンシープ亜種の突進に合わせて白い結晶は少しずつ流れ落ちている。時間をかけている暇はない。


 覚悟を決めて両手で火打ち石代わりの前歯を持つ。


(すれ違いざまに火花を散らす。それだけ、それだけでいい)


 心臓の音がうるさい。

 恐怖で足が震える。


 それでも目は逸らさない。

 倒すべきモンスターから逃げない。


「私は、ハンター! 絶対に、負けない!」

『ブシュア!』


 ホーンシープ亜種が最後の跳躍で飛びかかってくる。それをギリギリまで引きつける。

 角がみるみる迫ってくるのがわかる。


 それをまるでスローモーションのように体感しながらその時を待った。



(今?まだ早い!まだ?あと少し、まだ……ここ!)


 ガチン!


 頭だけを捻ってホーンシープ亜種の角を避ける。

 そして両手に持つ前歯を鞄の側で叩きつけた。



 バーーン!


『ヴェエエエ!』

「きゃあ!」


 両手を叩きつけた瞬間、火花は瞬く間に広がって爆発した。それは私の想定を越えるもので、爆発のせいで私もかなりの距離を飛ばされた。


 一瞬の出来事とはいえ、ここまでの爆発を経験したのははじめて。街中で何度も実験して怒られてきたけど、これを街中でやったら間違いなく捕まるわね。


「はは、でも、やったわ」


 地面に転がったまま爆発があった場所に目を向ける。そこではホーンシープ亜種が横たわったままピクピクと震えていた。


(やっぱりモンスターは手強いわね。でも、あれ以上の火力だと私も危なかったわ)


 服は焼け焦げているし両手は火傷で真っ赤になっているのがわかる。

 とても乙女の手には見えない。


 それでも最後の仕上げをするために立ち上がり、よろよろとホーンシープ亜種の前に立った。


 ホーンシープ亜種の角は根元からきれいに折れている。本当は角さえ持ち帰ればいいから、トドメをさす必要はないけど最後まで戦うのがハンターの礼儀。


「あなたのおかげで私は強くなれたわ」


 ズッ


 ホーンシープ亜種の首にナイフを突き立て、最後の時を見守る。


 ようやく、目標の角を手に入れた瞬間でもあった。


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