刀と魔法と闘技場
- 大会当日 都市部 闘技場前
大会エントリーから数日後、ジェスター、チェルビーはそれぞれ自分と向き合った。
「どうよジェスター。勝てそう?」
「やるからには勝ってやるぜ!と言いてぇが、ベテラン共には勝てねぇかな、現実的に考えてよ」
「そうねぇ、私達が優勝するって言うのは厳しいでしょうね。まぁ、気楽に力試しってことで」
「だな、やれるだけやろうやぁ」
なんだかんだ言ってやる気に満ちている2人。
「おう、やる気満々だな。結構なこった!!」
「それはそうよね? チェルちゃんなんて凄く頑張っていたもの」
ベテラン冒険者のマルコリー。
後に続くは、魔法使いダニエリー。
チェルビーはこの数日。ダニエリーによる魔法の手ほどきを受けていた。
「お前らの試合は、今日の夕方頃だろ? それまではどうすんだ?」
「えぇ、ジェスターも私も夕方からなので、その..他の試合を見てどのように戦えばいいのかとか、能力の使い方の勉強をしようかなと思います。」
「俺も、他の試合みてぇしな...本番まではチェルビーにくっ付いていくわ~。おふたりさんはどうすんですかい?」
「俺らは周辺の警護だな。こうも人が集まるとよからぬことを企む奴が出てくるからなぁ。これも冒険者としての依頼だがな」
「私も、同じようなモノよ。こっちは人の警護だけどね」
「2人とも出場しないんすか...おふたりさんは、かなり腕が経つでしょうに?勿体ない。」
2人の高い実力を知っているからこそのジェスターの発言。
これにはチェルビーも頷く。
「はっはっは!俺は貴族様みたいな豪華な暮らしより、汚ったねぇ酒場で馬鹿共と飲んでた方が幸せさ。そういうのは他の奴に任せる」
「私も、そういうのは遠慮したいのよ。目立つのはあまり好きじゃなくてねぇ」
「じゃぁ、俺達の応援でもしておいて下さいよ」
「その通りです。頑張りますから!!!」
2人の分までと意気込む。
「おう!応援してるぜぇ! そんじゃな」
「頑張ってね~!」
人ごみの中に消えていく。
「じゃぁ、さっさと向かおうぜ。」
「えぇ、楽しみだわ!!」
「まぁ、気楽にいこうぜぇ~」
2人は目の前にある、闘技場内に歩みを進めた。
- 闘技場内
中央の窪みを囲うように客席が設置されている。計10段からなる客席を埋め尽くす人。圧巻の一言だ。
その昔は、奴隷たちを戦わせる施設として利用されていた物が現代では、最強を決めるイベント会場として使われている。時代の移ろいを感じさせる。
客席の一角が空いていた。
「あっ席開いてるわよ! ここで観戦しましょ!」
「おっラッキー。....どっこいしょっ」
席に着き、中央に目をやると既に試合が行われていた。
一人は刀を構える冗談が通じなさそうなお堅い印象を受ける30代くらいの黒髪の男。
対するは、ダニエリーと酷似した衣装に身を包んでいる若い女性。
お互いに距離を保ったまま出方を伺っていた。
ここで迂闊に動けば、スキを突かれかねない。大事な一幕。
突如、刀使いの背後から土で出来た棒状のものが迫る。
「なにあれっ!」
驚くチェルビー。
突然の事に対応できるはずもなく衝撃と共に土煙が男の身体ごと覆う。
女の魔法だと思われる一撃が、呼び動作なし、更には何時仕込んだのかも相手に悟られていないことを鑑みるに相当の技量を持っている女性のようだ。
「あの魔法使いの人...相当凄いわね..発動の瞬間が分からなかったわ...」
同じ"魔法"使いとして感じるものがあったようだ。チェルビーの目には驚きと感動が同居していた。
(これで終わりなのか)
ジェスターは魔法使いではなく刀使いの男、その土煙の中に視線を向けていた。
「キャッ!!」
突然の衝撃に女魔法使いが大きく後退した。
魔法使いがいた場所には撃破されたと思われる男が刀を振りぬいた姿勢で瞬間的に現れたのだ。
この超常的な攻防に観客の歓声が沸き起こる。
「あの男、魔法使いの所までどうやって移動したんだ。あの速さは、あいつも魔法使いなのか?」
「いいえ、あの男からは魔法使い特有のモノは感じないわ。彼は魔法以外の方法で瞬間的に移動し一撃を加えたのよ。もしかしたら、身体能力だけという可能性も」
「ありえねぇとは言えねぇな。どうやら俺達が理解できる次元を超えているっぽいな。」
「えぇ、なんにせよあの速さに対応するのは至難のワザね...魔法使いも予め張っていた障壁が無ければあの一撃で終わっていたと思うわ」
目の前で起きた攻防に驚きっぱなしの2人。
これこそが、初心者が次に進むべきステージ。今まで採取、運搬を主にしていた2人が目指すべき"戦う"という要素が加わったステージなのだ。
「ジェスターならどうする?」
このような強敵と対戦した場合について暗に質問していた。
「俺はまぁ、なるようにしかなんないだろうさ。その場で考えんよ。チェルビーならどう立ち回るんだ?」
「私なら、足場を崩すとか、視界を奪うとか、とにかく相手の思い通りに動かれないようにするかしら。あの速さは脅威よ。特に魔法を主体とするならば接近戦は避けたい所ね」
「いずれにせよ。あのステージに上るのはめんどそうだなぁ」
どのようにすれば勝てるのか。各々戦い方をシミュレートし、貪欲に勝とうとしている。それは彼等との約束。そして、冒険者として出場するのだから、不甲斐ない試合は出来ないと考えているからだ。
なにより、ワクワクしている部分もあるのだろう。目の前で繰り広げられる先達たちの技術に。それを超えたいという思いがあるのだろう。
試合は、また膠着状態に。
先程の一撃を警戒しているのか、刀使いの直線状にいることを避ける魔法使い。
更に、何かを呟き幾重にも及ぶ魔方陣を自分の周囲に展開している。
「あの障壁を突破するのは、生半可じゃないわよ。それこそ酒場を一瞬で破壊できる程の威力じゃないとね」
「まじかっ!刀使いはどっちかつぅと、速さに重きを置いているっぽいからなぁ。パワープレイはきつくねぇか?それともなんか秘策でもあんのかねぇ...」
次の瞬間、試合は動いた。
「グァァァァァッ」
刀使いの男が突然叫ぶ。
その咆哮に会場中が驚く。勿論、魔法使いも例外ではない。
緊張の糸が張り詰めた空間に男が突如亀裂を入れたのだ。
「っくぅ」
魔法使いは流石と言えるだろう。体制を崩すことなく綻びを一瞬に抑えた。
しかし、刀使いはその一瞬を見逃さなかった。
一瞬のスキに魔法使いが巡らせた幾重にも及ぶ障壁に乱れが生じたのだ。
障壁の間にあるほんの僅かな蚊も通ろうとは考えないほどに僅かな隙間が生まれた。男はそこに刀を差し込む。
鍔まで差し込み、瞬時に刀を横なぎに払い、正面の障壁を横から壊す。
体制を立て直すために、後退しようとするが、先程見せた高速の一撃。
刀は魔法使いの首元にあった。そこで合図。
勝負は刀使いの勝利となった。
会場中は、大興奮。観客たちは思い思いの言葉を彼らに投げかける。
「凄いわね」
「あぁ」
これが大会。エンターテイメントとしての側面を色濃く持っている。
試合のプレッシャーと、観客からの視線。この中でベストのパフォーマンスを発揮出来るものがいるのなら、正しく"その時代の最も強かったもの"だろう。
興奮冷めやらぬまま試合を振り返る。
「魔法は使用者の集中力がそのままクオリティに直結する事を利用したのね。あの男の人は」
「叫び声で怯ませるたぁ、スゲーな...予想の斜め上の方法だ。なんだあの声はゴリラか?」
「最初の高速の一撃も、もしかしたら、自分を警戒させて距離を取らせるためにワザと行ったのかもね」
「試合運びまで、全部あの刀使いの掌の上ってことかい。はぁ、化け物しかいねーのかよ」
(...どうすっかなぁ...)
仮定でしかないが、あの男の技量からしてあり得そうな話にジェスターは驚愕を通り越し呆れていた。
そわそわし出すチェルビーを見つめ。
「なんだ、チェルビー。ビビったのか?」
「別にビビッてないわよ...だた純粋に驚いたというか。さっき迄の戦いが非現実的に感じちゃって」
「確かに、戦いとは無縁だった俺らにとっては、正しく別世界の出来事だろうなぁ。まぁ、気楽に行こうぜ? こんなの緊張してもいいことねぇから」
「そうね、考えてもしょうがないし! 今は色んな試合見て置かなきゃ!!」
握り拳を作りやる気を見せるチェルビー。
「そうそう、リラックスでいいのさ。聞いた話だと、対戦相手はある程度同レベルの奴で組まれるらしいぜ?」
「そうなの?」
「あぁ、なんでも力の差がありすぎるとエンターテイメント性に欠けるから、らしいぜ?さっきの男と俺らが戦っても秒殺だしな」
「確かにそれなら少し安心かな?あっ!! 次の2人が出てきたわよっ!!」
いつの間にか、次の2人が出てきたようだ。
試合は恙なく進行していく。
「そろそろ、あいつらの試合か」
筋骨隆々の男が。
「楽しみだわ。頑張ってね2人とも」
妖艶な魅力を振りまく女性が。
必要な観客は揃ったようだ。
時刻は夕方。
注目する試合が始まろうとしていた。