金と聖女と最強と
- 昼 都市部 酒場
「あぁ~、誰か俺に毎日お金くれねぇかなぁ」
頬と机を合わせつつ呟く男がいた。
「なにバカなこと言ってんのよ? そんな相手いる訳ないでしょ? 居るとしたらかなりの物好きか女神様位じゃないの?」
「あぁ、女神様か。養ってくれるかなぁ」
何気なしに外に目を向けたジェスターが何かに気づいたようだ。
「なぁ、チェルビー。今日って祭りでもあんのか?」
「なんでよ?」
外を行きかう人々を指さす。
「なんかよぉ、何時もここらへんじゃ見掛けない恰好した奴らがいるじゃんかよ。それに人がうじゃうじゃ湧いて来てるし」
「あ、ホントだ。高そうな装備付けてる人がいっぱい。何かあるのかしら?」
疑問に思う2人にマルコリーが声をかける。
「なんだ?知らないのか。今日は"使徒"様が召喚されたんだとよ。その人混みはそいつを一目見ようと集まってきた奴らだ。」
「マルコさん。使徒様ってなんすか?」
「名前からして偉そうな感じですけど?」
「そういや、田舎から出てきたんだったな。知らねぇのは無理ないか。まぁ、あれだ。"女神様がこの世に送り込んだ使い"って思っておけばいい」
ほうほうと頷く2人。
「つまり、女神のパシリと?」
「まぁ、ジェスターの言い方はともかく理解はその程度でもいいだろう。だが、外で"女神のパシリ"って言うんじゃねぇぞ?」
「なんでです?」
「"使徒"様ってのは、昔話や演劇なんかの題材になるほど有名なんだ。それだけ市民の心に残る英雄ってやつなんだよ。それが"パシリ"だの"クズ"だの"女神様は俺の嫁だ!!!"なんて行ってみろ?都市中の奴らから総スカンを喰らって仕事が回らなくなっちまう」
「いやいや、"クズ"と"嫁"発言はしてねぇよ。まぁ、仕事が無くなるってのは避けてえからな。使徒様ってのを見掛けても"パシリ"とは言わねぇよ。心の中にしまっておくさ。」
納得するジェスター。
「じゃぁ、なんで外にある人たちはあんなに物騒な恰好をしてるんですか?使徒様を一目見ようって言うのなら、あんな装備要りませんよね?」
「確かに、中には全身がおろしたての装備の奴もいたぜ?あれはなんなんすか?」
「ほう。良い所に目を付けたな。その理由がさっき言った、"イベント"って奴だ。知りたいか?」
「知りたいです!!」
「ってことは、何をお望みで?」
チェルビーはその身を乗り出して興味津々といった風だが、ジェスターはマルコリーの言いたい事が分かった。
「今の俺は、猛烈に酒が飲みたいってことだ」
「チェルビー、マルコさんが、続きを知りたければ酒をよこせと言ってますよ~」
「むむむむむ」
悩むチェルビーに追撃を掛けるマルコリー。
「このイベントなんだが、もしかすると大金ゲットのチャンスがあるかもしれないぜ? 普段ここで飲んでる奴らもこぞって参加するほどだ。どうだ?聞かなきゃ損だと思うがなぁぁぁ」
常に金銭で頭を悩ます節約女チェルビー。大金と聞いて益々悩む。
「っよし!。すみませーん。お酒持って来て下さい。これと同じ奴ぅ!」
運ばれてきた酒を煽り満足げなマルコリー。
「で、イベントってのは何なんですか?教えてください」
「勿論だ。いいか、使徒様ってのはある昔話に出てくるんだ。」
「さっき言ってたな」
「確か、"世界存続の危機になり女神様は聖女にお告げを授ける。お告げに従い使徒様を召喚した聖女が使徒とその時代の最も強かった者の手により世界の脅威を退けた...."だったかな?」
マルコリーが言う昔話から何か気づいた様子のジェスター。
「もしかして何だが、そのイベントってのは"その時代の最も強かった者"を決めるって内容だったり?」
「良く分かったな!その通りだ。聖女様、使徒様と一緒に戦ったと言われる"最も強かった者"を決める大会が近々開かれる。その為に色んな奴らが集まってるのさ!」
「でも、なんで此処に集まんだよ?」
「此処には、教会があるだろ?その教会に居る聖女様が"使徒"様を召喚したんだ。つまり、聖女様と使徒様はこの都市部に居る。となると、ここでその大会が開かれるのは道理だろ?」
「ほーん。なるへそ。そのイベントで勝つと大金が舞い込むって事だな?」
「あぁ、だがあくまで大金は副産物に過ぎない。ここに集まった奴らが欲しいのは"最強の称号"もしくは"聖女様、使徒様とのパイプ"だろうな?」
その言葉に考え込んでいたチェルビーが質問する。
「何となく"最強の称号"って言うものが意味するのは分かるんです。その"聖女様、使徒様とのパイプ"って言うのはどういう事でしょうか?」
「昔話になぞらえて"聖女""使徒""その時代の最も強かったもの"の3人は聖地やら他の都市やらを巡礼させられるのさ。つまりは3人セットってこと。そうすると、聖女やら使徒やらとも仲良くなれる。そうしたら、市民達には良い顔が出来、商売人ならこのパイプを利用して大儲け。良い事尽くめだろ?」
「確かに、聖女様が絶賛した石鹸とか売れそうですもんね?」
「そうだな、聖女様が使用したタオルとか変態共に売れそうだもんな」
「そんなこと考えんじゃないわよっ!」
思わずジェスターの頭をはたく。
「で、どうだ?大会に2人も出てみないか?エントリーはまだ間に合うぜ?」
そう言うと、エントリー用紙と思われるものを机に並べる。
「俺らは戦う事が得意じゃない。正確に言えば、戦ったことがない。この大会には向いてないだろうよ」
「そうね、今までの依頼も雑用や力仕事がメインだったものね?人と戦うことは出来そうにもないわ」
「だからこそだ。お前らが次に進むステージこそが"戦う"ことだ。お前らは十分に下地が出来た。俺はそう判断したから、この話を持ってきたんだ」
言い淀むジェスター、チェルビー。
「お前らの成長以外にもメリットがある。優勝すればなんと一生に渡り豪華な生活が出来る。それこそ酒に女に溺れ放題だ。ジェスター、そそられないか?」
(酒の風呂に浸かり、両腕に美女を侍らせる。悪くない。なにより働かなくて良いのなら悪くない)
「何言ってんだ。酒? 女? そんなモンに興味なんてねぇよ。ただ、俺は"最強"っていう称号に惹かれちまっただけだ。俺もまだまだガキンチョって事だなぁ」
いつになく真剣にエントリー用紙を拾い上げ酒場を去るジェスター。
「おい、チェルビー。あいつは間違いなく酒と女と自堕落な生活をイメージしてるよな?」
「はい、なんかカッコよさげな事言ってますけど、顔面ドロドロに溶けてますよ。大方、夢の生活を想像してるんでしょう。出来っこないのに」
呆れ、ため息を吐くチェルビー。
「まぁ、そう言うな。俺はチェルビーにも出てもらいたいんだ。」
「出場は無料だし、死人が出ないように国の凄腕治療師が待機している。勿論、ケガも無料で直してくれる。更に、冒険者としての名前を売ることも出来る」
「確かに、メリットしかないですね」
悩むこと数分。
「なら、私も出場してみます。いい加減、"魔法"を使いこなせるようにしないと行けませんし」
「エントリーはこの周辺ならどこでも受け付けてるだろう。何ならこの酒場でも受け付けてる」
「はい。分かりました。ジェスターを捕まえたらエントリーします」
そう言い残し、エントリー用紙を攫い、ジェスターの後を追い酒場を飛び出した。
「おい、ジェスターの居場所に心当たりでもあるのか?」
酒場を出ようとしたチェルビーが振り向き答える。
「多分、教会だと思います。聖女様目当てで!!!」
忙しないその背中に"大丈夫なのか"という不安と、"すっかり此処に染まったな"と喜びを覚えたマルコリー。その顔は独り立ちした子供を見守る親のような表情をしていた。
- 都市部 教会近く
人混みに揉まれながらも何とか前進するチェルビー。
教会に近づく程、人混みの多さに身動きが取れなくなっていく。
(まずい、このままじゃジェスターが見つかれない。というか熱いし苦しいし、辛いんですけど)
味わったことのない環境で顔が青ざめていく。
その瞬間。
「きゃっ!」
何者かに腕を引っ張られ、そのまま人混みから離れた路地へと連れ去られる。
「おいおい、何やってんのチェルビー?」
声の主はジェスターだった。
「なんだジェスターか。てっきり私の美貌に我を忘れた野蛮な男だと思ったわ」
「そんな奇特な奴はいねぇから安心しろ。それにお前の美貌は言う程じゃない」
「なっ!まぁ、良いわ。私は教会に聖女様を見に行ったであろうアンタを探しに来たのだけど?何か言う事は?」
「よく俺の目的が分かったな。それも魔法ってやつか?」
驚くジェスター。
「違うわよ、何年アンタと居ると思ってるの?それくらい分かるわよ」
「流石、チェルビー」
良く分かったと言わんばかりの拍手をするジェスター。
「で。聖女様は観れたの?」
「いいや、流石に人が多くて先に進めねぇ。田舎モンには人混みはきつい。だろ?」
先程の息が詰まりそうな感覚を思い出したチェルビー。
「そうね。田舎モンにはきついわね。じゃぁ、聖女様を観るのは諦めて酒場に戻る?エントリーもしなきゃだし」
「いいや、せっかくここまで来たんだ。何としてでも聖女様ってのを必ず一目見る」
「なんでそんなに聖女様を観たいの?」
「それは勿論、どんな魅力的な女なのかをはっきりさせたいからだ!」
テンションが上がっていくジェスター。
「聖女様って言うくらいだから、穢れ無き純白の乙女って感じの神秘的な雰囲気を纏う女性だと思うんだ。イメージ的にはそうだろ?」
「まぁ、そういうイメージであることは否定しないわ」
「その聖女様が此処にいるってんならせっかくの機会だし一目見て審議の程を確かめたい。イメージ通りの人なら、大会の優勝祈願として拝んでおこうかと」
「要するに、興味本位ってことね」
「応ともさ」
にこやかに答えた。
「でも、見た通り教会には近づけないしどうすんの?」
視線の先には同じような考えを持ったやじ馬でごった返していた。
「こういう時は頭を使え。正面から言っても無理なら裏から行くぞ」
「裏から?どういうこと?」
「いいから、行くぞ!!」
答えぬまま走りだすジェスター。
慌ててついていくチェルビー。
2人は複数の細い路地を駆け抜けていく。
「ほら、ここからなら人混みはいない」
路地を抜けた先には教会があった。
どうやら、教会の裏門近くに出たようだ。
「なんでここには人がいないのよ?」
「この教会は後ろ部分は路地に面しているんだ。お前も教会の裏面は観たことないだろ?」
「確かに、教会の裏側なんて観たことないかも。でもなんでこんな作りになってるんだろう?」
「それは知らねぇな。お偉いさんが考えて作ったのか、ここの住民が立ち退かなかったのか。その複数ある裏面に通じる路地の一つがここってわけ」
「ふーん。良く知ってたわね?」
「まぁな。俺もやるときはやるだろ?」
視線を教会に向けると揃いの衣装を纏った一団が出てきた。
「おい、あれじゃねぇか?」
「えっ?どれどれ!」
ジェスターの言葉に驚き目を凝らすチェルビー。
2人の視線の先には、集団の中でも目立つ端正な顔立ちをした女性がいた。
衣服の装飾が僅かに違っているようだ。
「なんかそれっぽいわね。おやじ集団に女性一人ってかなり浮いてるし」
「あぁ、おやじ共の恭しい態度といい間違いないだろな。あれが聖女様って奴か」
教会の一団は周りの目を気にしながらも路地の裏に消えていった。
「私、本物の聖女様を観ちゃったわよ!なにあれホントに綺麗なんですけど。お人形さんみたいなんですけど。ヤバいんですけど!」
興奮冷めやらぬチェルビー。ジェスターのことをバンバンと叩き、飛び跳ねている。
その時のジェスターは何かを見定めているような眼をしていた。