依頼と野菜と学んだこと
-昼過ぎの酒場
「あぁ、綺麗なねぇちゃんとイチャイチャして酒飲みて~。チェルビー、お酒が欲しいです」
いつものテーブルにうつぶせながら懇願するジェスター。
「ダメよ、しっかり依頼を受けたらお酒くらい飲んでもいいわよ」
ジェスターの財布は彼女が管理しているため、好き勝手な散財は許されていない。
それゆえに、チェルビーの方がジェスターよりも立場が上になっている。
「しゃーなし.....どれどれっと」
のそのそと歩みを進め、依頼が張り出された壁へ向かう。
生気のない目をしながら、張り出される依頼書を眺めていく。
「えぇ........っと。おぅい、チェルビー、この依頼受けようぜ」
ジェスターが手頃な依頼を見つけたらしくチェルビーを手招きする。
「どれどれ....あぁ、八百屋さんからの依頼ね。うん、いいわよ」
壁に張り出された"依頼書"を手に取り、受付に持っていき、手続きを進める。
提出するのは、可愛いと二人の間で話題の受付嬢さんの所だ。
「ジェスターさん、チェルビーは偉いですねぇ。」
差し出された依頼書を受け取った可愛い受付嬢さんは何かに感心しているようだ。
「まぁ、俺は偉いの擬人化した姿だかんな。おい、チェルビー、偉い俺に酒をよこせ」
「はいはい、依頼の後でね。それより何が偉いんですか?」
調子に乗るジェスターを軽くあしらい、チェルビーは受付嬢の言葉の真意を聞く。
「あぁ、初心者の方は直にモンスターの討伐をしたい!! とか地味な仕事はしたく無い!! と仰る方が多いもので...おふたりのように初心者のうちから進んで細々した依頼を受ける方は珍しく...」
「あぁ..成程。」
尻すぼみになっていく受付嬢の言葉に納得した2人。
「確かに、冒険者といえばモンスターを倒し輝かしい栄光を!! とかのイメージを持っても不思議ではないか...」
「はい、更に言うと、適正を持っている方は...その危険を省みないでモンスターに挑むケースが多発しまして。ベテランの方々にそれとなく新人を観ておいてくれと頼んでいる次第なのですよ」
「まぁ、突然、不思議な力がバンバン使えて、尚且つ、華々しい冒険者としての活躍をイメージしている人なら、そうなっちゃうわよね..」
チェルビーも理解はできると同意した。
「その点、おふたりは堅実な選択肢を取っておりますし、何と言うか自分の力を先ずは理解しようとなさっているので、私共の間では評判良いですよ!この依頼もおふたりの能力を理解する為なのでしょう?」
「まぁ...使いこなせない力を土壇場で頼りたくないし...なぁ?」
「えぇ、何より戦うって怖いですし...」
その言葉を聞いて、うんうんと頷く受付嬢。
「最初のうちはそれでいいのです。焦って力をつけるよりも大切な事がこのような依頼から学べますから!」
「...大切なこと..?」
「ですか...?」
またもや二人の頭に疑問符が浮かぶ。
「はい、冒険者にとってとても大切なことです。....ほほほい...はいっ! 手続き完了です。依頼主さんには此方から連絡しますので、記載の場所へ向かってください」
何やら引っかかる物言いに、妙なむず痒さを覚えたが依頼が先決と気持ちを切り替える。
依頼書に記載された場所を確認し、酒場を後にする。
「いってらっしゃい!!」
「いってきまーす」
手を振る受付嬢、ギルド職員達に声の揃った挨拶を返す。
生まれ育った村以外で、安心して帰ってこれる場所が出来ようとは。
咄嗟に返した"いってきます"という言葉。
それがなによりの証拠だ。
-都市部 北門近くの八百屋前
「すみません。依頼を受けたものですが? すみま~せ~ん!!」
店先には誰もおらず、取り敢えず奥に向かって呼びかけてみるチェルビー。
「は~い。ちょっと待ってね~」
穏やかな声が奥の方から聞こえてくる。
暫くすると現れたのは、腰まで金髪を伸ばした整った顔立ちの女性。
年齢は20歳半ば当りだろう。
丁寧な物腰と柔らかい声から相当に高い教養を身に着けているのが伺える。
(くぅわ!!! この方は...バスト、ウエスト、ヒップゥ。どれを取っても完璧だぁ。あぁ素晴らしいスタァイルゥ。決して強調していない胸。その腰回りの細さ。全体的に痩せているだけではなくしっかりと筋肉がついており、儚いと言うよりは健康的という印象を受ける。何よりも尻!! その丸みを帯びた曲線は重力に従い頭を垂れることなく太陽に向かっている。あれは...そうだ!..向日葵だ!。あのお尻は正しく向日葵そのものなんだぁ)
彼の脳内には向日葵と彼女のお尻が交互に浮かんでいた。
口先では色々と言ってはいるものの、そこまで女性に対して免疫がないジェスターには暴力的過ぎた光景に処理が追い付かず目を回してアヘアへしている。
「.....おぃ」
「うっすぅ!」
そんなジェスターをたった一言で商機に戻すチェルビーは正しく、手綱を握る飼い主だ。
「すみません。改めまして、依頼を受けた冒険者の者です。収穫物の運搬、及び軽作業の依頼ということでよろしくお願い致します。」
「まぁ、ありがとう! この季節になると収穫量が多くて持ち運ぶのに苦労するのよ。助かるわ」
頬に手を当て嬉しそうに微笑む彼女の笑顔にジェスター、チェルビーの頬も緩み、この人のためにと言うやる気が湧いてくる。
「はい、是非、こき使ってください」
頭を下げるチェルビー。
それに合わせジェスターも頭を下げる。
「まぁまぁ、礼儀正しい子たちね。じゃぁ、さっそくお願いしちゃおうかしら?」
一行は、店の裏に続く細い路地へと歩みを進める。
年齢が近いためか、彼女の性質ゆえなのか自己紹介後も不思議と会話が弾む。
「クレメイさんって、立ち振る舞いや所作が行き届いているというか...とても八百屋さんで働いているとは思えないのですが...」
「うふふっ。ありがとう。これでも立派な八百屋の店員よ..うふふ」
「ホントホント、クレメイさんって本当に綺麗でスタイル良くて、貴族とかもしかしたら王女様なのかなと思ったり」
「まぁっ! ジェスターちゃんはお世辞が上手ね?」
「お世辞なんて...とぉんでもない! つかぬことをお聞きしますが、現在交際中の異性はいらっしゃいますか?」
ジェスターは狙っていた。
明らかに狙っている。
「そうね...付き合っている男性はぁ..あっ到着したわ」
前方に広がるのは農園。
人通りの激しい大通りの裏には、人工的な建物が少ない、広大な農園が広がっていた。
「あの通りの裏にはこんな農園が広がってたのか...」
「へぇ、裏は住宅街とかだと思っていたわ...意外だわ」
都市部が見せる新しい顔に驚き、辺りをキョロキョロと見回す。
「おぉい。こっちだ!」
声のする方を向くと、こちらに向かって手を振るのは30歳くらいの穏やかな表情が特徴的な麦わら帽子が良く似合う男性が。
彼の姿を見つけた途端に走り寄り、勢いに任せ腕に抱きつき付くクレメイ。
その光景は正しく付き合っているカップルそのもの、いやそれ以上の仲に見える。
「おぃおぃおぃ...」
「まぁ、あんな綺麗な人を放っておく訳ないわよね....どんまい」
かの男性との関係を想像し落ち込むジェスターはガクリと頭を落とす。
萎れた花のようなその姿は、彼の身上をそのまま表していた。
「依頼が終わったら何か御馳走するからしっかりなさい」
「ありがとう。まぁ、依頼には真摯に向き合わなくちゃ...だな」
調子を取り戻したジェスターは依頼主の二人の元に向かう。
「今回は依頼を受けてくれてありがとう。作物の収穫と運搬をお願いしたいんだ。頼めるかい?」
「任せてください!! 私達2人、全力で働かせて頂きます。」
「頑張ります!」
頭を下げる二人に笑顔を浮かべる男性。
「では、さっそく。お願いするよ」
案内されたのは農地の一画。
広大な農園は店舗ごとに区画が見目られており、ここ一帯が八百屋の畑となっているらしい。
「ここにある野菜を片っ端から抜いていってほしいんだ。茎を掴んで上に引っ張る。これだけ。」
実演しながら説明してくれる彼。
引き抜いた野菜は大根のような見た目をした瑞々しい作物。
「そいじゃ、やりますか....」
(えぇっと、集中してイメージ。体全体が軽くなるイメージ....むむむむむ)
ジェスターの体全体を微かな光が包み込んだ。
これにより、ジェスターの魔法が発動し身体能力がぐんと上がる。
「あぁ、クレメイさん、八百屋のおやっさん。今から作業が楽になるようにちょいと細工をお2人さんにしたいんですが、よろしです?」
「あぁ、構わないよ。」
「えぇ、私も構わないわ」
「あざ~す。そいじゃ」
(2人の体全体の動きを軽ーく...むむむむむ)
ジェスターに続き、2人の体全体が微かな光に包まれた。
「どうです? 体全体が軽く、動かしやすくなりました?」
そう言われ、八百屋のおやじさんは軽く体を動かしてみる。
「ほんとだ...体か軽いよっ!! これは凄い!」
「まぁ、私もよ! 有難いわ」
ジェスターのエンチャントは指定した対象に能力を付与できるため、二人の作業の負荷を軽減するために行使したようだ。
「そりゃ良かったですわ。依頼主に作業で怪我されちゃ申し訳ないっすから」
「これは君の力なのかい?」
「えぇ、対象に力を付与できる"エンチャント"ってのらしいですよ...」
「ほぉ、これは便利だ。私も欲しいもんだね」
「依頼を出してくれれば何時でも飛んできますよ」
「それは頼もしい。じゃぁ、作業に移ろうか。これなら予定よりも早く終わるよ」
八百屋の2人は作業に移っていく。
「チェルビーはどうするよ?」
「う....ん。どうせなら私は自分の力でやってみたいの。だからごめんね?s」
「そうかい、りょーかい。無理せず、怪我せず行こうぜ」
作業に入る2人。
ジェスターの力により作業効率は格段に上がっていたためか、本来ならば太陽が沈むまでかかると思われていた作業は、太陽が沈み始めたころには終了していた。
「はいっこれで最後!! ...いやぁ、こんなに早く終わったよ。君たちに来てもらって助かったよ...有難い」
「いえいえ、私達も久しぶりに土に触れて楽しかったです。ね?」
「あぁ、いい運動になったし。...でも、こいつらを運ぶって仕事がまだ、あんだろう?」
腰の高さほどに、積みあがった収穫物達が複数。
「チェルビー、なんか無いのかよ?いい方法」
「そうねぇ...おじ様、この収穫物は表の通りにある八百屋さんまで運ぶという事でいいのでしょうか?」
「そうだね、八百屋の裏に倉庫があるからそこまでこれを運んでくれるとありがたいよ...」
本来ならばジェスターのエンチャントの力を使えばできなくはない。
しかし、肝心のジェスターの魔力が底をついたためにこの作物を手で運ばなくてなならない。
頭を捻る四人。
すると、チェルビーが何か思いついたようだ。
「じゃぁ、こうしましょう! おじ様、何か大きな箱とかありますか? なるべく収穫物が多くはいるモノがいいです。」
「何かいアイデアがあるようだね...よしっ! ちょっと待っててね!」
小走りで走っていくおじさんの後を追うように、地面を見つめるように集中しながら八百屋の店先まで歩いていくチェルビー。
暫く後、大きな箱を抱えてきたおじさんとチェルビーが戻ってきたのは同時だった。
「なにやってたんだチェルビー。トイレか?」
「違うわよ! 道を作ってたの!! ほら!」
「道? おぉっなんじゃこの氷の道は!?」
見ると、地面の一部が凍り付いている。
どうやら八百屋の店先まで繋がっているようだ。
幅はちょうど八百屋のおやっさんが持ってきた箱と同じ。
「あぁ、成程。箱を滑らせて一気に収穫物を移動させるって寸法か....」
「えぇ、おじ様からはこの通路を凍らせても問題ないと許可は頂いたし。勿論、元通りにするわ!」
「じゃぁ、さっさと終わらせようぜ」
氷の上を滑らせるようにし箱を移動していく。
摩擦が少なく軽く押すだけで進んで行くの細身のクレメイでも簡単に運べるようだ。
一度の運搬では無理だったので数度往復を繰り返しす。
魔力が少ない、更に使える魔法も1種類しかないがチェルビーの発想で上手く事を運べた。
これには、ジェスターも感心するしかない。
「チェルビー、やるじゃねぇか..」
「でしょ? もっと褒めてもいいのよ」
時刻は夕暮れ。
運搬を含めて作業はすぐに終了した。
- 日没前 八百屋
「それでは、失礼致します。」
頭を下げ、酒場へ戻る2人。
初めての依頼を達成し喜びに溢れた軽い足取りだ。
酒場で報告を済ませた後の食事を想像し、よだれ持たれてくる。
「ちょっとまって!!」
酒場へ向かう二人をクレメイが呼び止める。
「これ、手伝って貰ったお礼。受け取って?」
差し出された袋の中には、本日収穫した野菜がぎっしり詰まっていた。
収穫した作物以外の姿もチラホラ見える。
流石の量に尻込みしたのかあわあわしながら受け取らないチェルビー。
「いえいえ、こんなに沢山頂けません。それに、依頼の報酬は別で頂いてますから...」
「でも、作業完了時間も予定より早かったし、ジェスターちゃん、チェルビーちゃんの御蔭で全然疲れてないのよ、お礼になるのか分からないけど受け取って欲しいのよ」
「でも...」
言い淀むチェルビーにダメ押しの一言。
「そう....残念ね。これ貰ってくれなきゃ..捨てるしかないわね...誰か貰ってくれないかしら..あぁ、可愛そうな..あぁ」
よよよとばかりにワザとらしく泣き崩れる。
「う....」
「チェルビー...ほれほれぇ」
ここまでされてはと好意に甘える事にしたようだ。
「はぁ...クレメイさんて、結構強引なんですね」
「えぇ! これでも八百屋さんですから。時には強引にしなきゃ、商売出来ないわよ?」
大人のたくましさというか、図太さを痛感したチェルビー。
更に思い出したように、ジェスターの耳元で囁く。
「私、だれともお付き合いしてないわよ?勿論、結婚もね?」
「そうなんすか!? てっきり八百屋のおやっさんと」
「うふふ。彼は雇い主で、私の..う~ん..そうね、お父さんみたいな存在かしら。」
てっきり結婚していたと思い込んでいた二人は驚きで言葉が出ない。
「じゃぁまたね。いつでも、いらっしてくださいねー」
そんな二人を面白おかしく笑いながら、手を振り去るクレメイは沈む太陽ともに消えていった。
- 夜 酒場
「ただいまー」
「おう、おかえり」
酒場の扉を開けると、口々に"おかえり"と答える冒険者達。
例え面識がなくとも同じ冒険者。
挨拶するのは当然とばかり、既に家族のような雰囲気だ。
時刻は夕飯時、依頼終わりの冒険者達の酒盛りが既に始まっていた。
「ったく、ここの人達は静かに酒を飲めねぇのかねぇ~」
「そのうちアンタも騒ぐんでしょ?」
「だな...」
騒がしくも暖かい、冒険者としての一歩を踏み出した事への充実感がこみ上げた。
そんな2人に気づいた受付嬢が声をかける。
「おかえりなさい」
「ただいま」
2人の抱えるいっぱいの野菜を見て、受付嬢はニコニコと微笑みだす。
「どうです? 大切なこと気づけました?」
これは依頼を受ける前に言われた言葉だ。
意味をずっと考えていた。
「あぁ、」
「これでしょ?」
そう、2人が差し出したのはクレメイから貰った本日収穫したモノ。
「焦って力をつけるよりも.....」
ジェスターは今日の出来事を思い起こす。
作業中にした無駄話の数々。しょうもない事で笑いあった。
「大切な事...」
野菜を見つめ、依頼中の彼らの笑顔を思い出す。
自分のアイデアを受け入れてくれた。褒めてくれた八百屋の人達。
最後には"またね"と言ってくれた。
受付嬢の笑みが成否を教えてくれるだろう。
数分後。
「そういやさ、貰ったこの収穫物って料理してくれたりは....」
「はいっ! 勿論、承ってますよ」
「そんじゃ、お願いするわ」
「では、厨房に頼んできます。こちらは調理後、おふたりの席に運ばせますね~」
「あ、それについてなんですが、私達ではなく...」
躊躇いがちに受付嬢に伝える。恥ずかしがりながらも理由を添えて。
「うっふっふっふ」
目をキラキラさせながら厨房へ向かう彼女は一体何を聞いたのだろうか?
子供みたいにはしゃぐ彼らの卓は珍しく大量の野菜が並んでいた。