酒と女とスタートライン
「かんぱ~い」
ゴツンと木製のグラスを突き合わせる。
「いや~酒も飯も美味い。それに加えて、みんな美人と来たもんだ!! 都市部サイコー!!」
ご機嫌な声の主はジェスター。"エンチャント"という固有能力を持つ冒険者に成りたての青年だ。
「そうだろ? 特にこの酒なんて最高だろ? どんどん飲めよ。新人冒険者へのお祝いだぁ」
「あざ~す!!」
ジェスターに酒を振舞うのは、ベテラン冒険者"マルコリー"、通称"マルコさん"。
ハゲにマッチョで上半身裸の30半ばのおやじだ。
「ほれ、嬢ちゃんも飲みな!!」
「はい、頂きます。」
チェルビーも場の雰囲気に飲まれたのか、柔和な笑顔を浮かべながら楽しんでいるようだ。
「そう言えば、嬢ちゃんは"魔法"使えるんだって?」
「はい。まだ、思うように操れませんけど...」
「大丈夫だって!! 坊主の手を拷問に掛けられるんだ。直に馴れるさっ!」
その言葉にジェスターは顔を青くする。
「なっ// あれは..その..無意識で...」
「はっはっは!! 嬢ちゃんは感覚で覚えるのが早いかもな。ここで飲んでる冒険者は普段はだらしねぇが腕はピカイチだ。魔法を使える奴らも居るから、困ったら聞いてみろよ」
酒場を見渡しながら、どこか誇らしげに言うマルコ。
釣られて見渡すチェルビーの視線に気づいたのか、グラスを持ち上げながら笑いかけてくれる冒険者たちに、恥ずかしそうにお辞儀するチェルビー。
「だが、気を付けろよ嬢ちゃん。アンタほどの別嬪なら、教える代わりに身体で...なんて事もあるかもしれねーからな」
「べっ別嬪だなんて...そんな...」
「こいつは確かに少しばかり顔は良いかもしれないがぁ、中身が足りてねぇ。まだまだ別嬪とは呼べないっすよ」
「ほぅ、じゃぁ坊主。お前の言う別嬪とはどんな奴の事だ?」
マルコはこの酒場から選んでみろという。
「う~ん....」
見渡すと、様々な装備に身を包んだ冒険者たちが。その数と多様性に改めて冒険者になったことを痛感する。
(あの、如何にも魔法使いですって衣装のおねぇさん...いいスタイルだ。)
「マルコリーさん、あそこで談笑している黒い魔法使いのおねぇさんとか」
「あぁ、あいつか。確かに顔は文句ない。スタイルも文句ない。中々に目の付け所が良いな、うん。」
「でしょう? 特に、あの零れ落ちそうなお胸が堪らないっすわ。傍で支えてあげたくなる女性ってあんな人の事を言うのでしょうね。うん。」
「意味が違うってーの...」
思わずチェルビーがツッコム。
「えへへへ...」
ジェスターが件の女性に手を振ってデレデレしている所を見るに、女性が此方に気づいたのだろう。
「でもな、坊主。奴には迂闊に近づいちゃ行けねーぜ。」
「なんでです?」
「実はな奴は...ごふぅっ!!」
突然、身体をくの字に曲げるマルコ。
「...ぐぅぅぅ..」
悔し気な視線を向けるマルコの先には、杖を此方に向けて微笑んでいる件の魔法使いの女性だった。
「あらあら、どうしちゃったの?マルコちゃん?」
彼女が近づいてきた。
「ワザとらしいこと言うんじゃねーよ。糞アマが!!」
「あらあら、下品な言葉遣いね。彼らに悪影響がないと良いのだけれど....困った先輩ね?」
「はははは」
「ねぁ、ボウヤぁ?さっきはマルコと此方を観ながら何について話していたの?」
「え、えぇと....」
言い淀むジェスター。
勿論、貴方の胸について話していましたなんて言えない。
「さっきは、おねぇさんのスタイルについて話してましたよ。特に胸がどうのこうのと!!」
「あら?そうなの? まぁ、別にいいのよ?私の身体に夢中になってくれるなら嬉しいわぁ。」
猥談のネタにされていたにも関わらず、意にも介さないその姿勢。
「ホントですか...ジェスターは直に調子に乗るんでダメならダメって言ってくださいよ」
「ホントよ。もう、そういう視線とか慣れちゃったもの。それに、こんな可愛い坊やが夢中になってくれるなんてぇ、光栄だわ」
ワザとらしく色気たっぷりに言う彼女。
そのまま、ジェスターの隣に腰を下ろし身体を寄せる。
(この肘に当たる感触...フワフワのゴムのような弾力..軽く押し返すようなこの感触は...)
「ねぇ、この後、時間ある?」
「えっえぇ時間なら...ありますが..」
「じゃあぁ、一緒に二軒目に行かない? そこでぇ冒険者のイロハとか...色々教えちゃうわよ」
「えぇ、色々ですか? それって...その..」
綺麗な指で持って、ジェスターの口を制する。
「私にナニ言わせる気? もう、男の子な・ん・だ・か・ら!」
「ぐぅふふふふ....」
彼女にメロメロのジェスターの顔はだらしなく鼻の下が伸びている。
極めつけに変なことを考えたのか涎も口から垂れてきている。煩悩ここに極まれり。
「じゃぁ、遠慮なく、イロイロ教えて貰っちゃおうかなぁー!!」
「嬉しいわ!! じゃぁさっそく...」
「ちょっと待った!!!」
2人の間に割って入るのは手焼き拷問のエキスパートであるチェルビー。
「ジェスターは、この後、私と予定がありますから!!すみませんがぁ」
「あらあら、うふふふ。そういう事ならしょうがないわね」
「えぇ~...そんなぁ」
イロイロできないと知ると気落ちするジェスター。
拷問官が睨む。
「ぉぃ」
「すみませんが!! 予定がありました!! すみません!!」
何かに突き動かされる男。それを操る女。人を支配するのは何時だって恐怖なのかもしれない。
「私は"ダニエリー"って言うの。普段は此処ら辺に居るから。困ったことがあったら何でも聞いてね? 特にま・ほ・うとかね?」
そう言い残し去っていく彼女。
「なんか...大人の女性って感じだな」
「そうね..後でダニエリーに魔法について教えてもらいましょう...」
初めての大人の女性の余裕というものを目の当たりにした2人。
「おぅ、ダニエリーと仲良くなったのか。まぁ、一部を除くと良い奴だからな。遠慮なくこき使ってやれよ。でも、冒険者..いやそれ以前に大切なことがある。心して聞いてくれ。」
先程までとは打って変わって真剣な顔。ベテラン冒険者の顔を見せるマルコリーの雰囲気に当てられ、思わず身を正す。
「"鉄則"とか"絶対のルール"って訳じゃないが、"誰かに頼むときは対価となる物が必要"だ。物が欲しければ金で買う。解決してほしい事があれば依頼として金を払う。簡単だろ?」
「「はい」」
「要するに、"give and take"ってことだ。誰かに教えを乞うなら、そいつに対して金やその他の物を差し出すこった。特に冒険者なんて人種はその辺は弁えているからタダ働きなんでしない。」
「でも、私達には皆さんの欲しがるものを用意出来たりは...」
「はっはっは。安心しろ。例えば依頼の手伝いとか家の掃除とか。お前らに出来ることをすればいいのさ。それに大抵の奴は分かりやすい様に条件を出してくれるさ。それも無理のない条件って奴だ。」
「「ほぅ」」
自分たちでは何も出来ないのではと思っていた2人は安堵様子。
それを見てマルコリーは更に笑う。ちょっとした脅しも含んでいたようだが。
「ここは俺のおごりだ。ジェスター、チェルビー、改めて冒険者としての門出を祝おう。お前ら!!」
その声に反応したのか酒場にいる冒険者、職員も含めて総勢50人弱が一斉に。
「「「「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」」」」
厳しくも暖かく迎えられた門出。
2人は与えてもらった暖かさに対して、何を返せるだろうかと考えた。
マイナスの意味ではなく、期待と好奇心と何より、この冒険者達の一員と成れたことの嬉しさがそうさせた。
2人に便乗して騒ぎたいだけの冒険者達との飲んで歌っての大宴会。
最後には、お堅い職員たちも混じっての乱痴気騒ぎが都市部の夜に消えていった。