美男と美女と適正検査
「おぉ、ここに並ぶのか?」
2つある受付にはそれぞれ5人ずつ程の列が出来ている。
ジェスターとチェルビーは左側列に並ぶことに。
「俺たちと同じように、冒険者に成ろうとしている奴って結構いるんだな。」
「そうね、冒険者には特に資格は必要ないから、取り敢えずお金を稼ぎたい人とか、私達みたいな都市部に来たばっかの人は取り敢えず成っておくそうよ」
「へぇ....」
周りを見ながら、感心しているジェスターはあることに気づく。
「おい、チェルビー。チェルビーさん。この列なんかおかしくない?」
「何が可笑しいのよ?」
「ほれほれ!」
ジェスターに倣って、身体を横に傾け、列全体を見渡す。
「見てみろよ、俺らの並んでいる列には男しかいない。で、隣の列を見ると...女しかいない。な、可笑しいだろ?」
「ウエイトレスさんは"お好きな方に"って言っていたから性別で分かれている訳ではないものね..」
「だろだろ...なんかあんのか?」
2人の疑問はそれぞれの列の先頭を見ることで解決した。
「次の方、どうぞ~」
甘く、蕩けるような可愛らしい声。
声が可愛ければ見た目も可愛い。この等式が成り立つとおやじは言っていたが、その通りらしい。
10代後半あたりの小柄な女性が受付をしていた。
応対されている男性は、彼女の一挙手一投足にデレデレしており、彼女が微笑むたびにでへでへと野太い声が漏れている。
「なるほど....こりゃぁ男共がこぞって並ぶはずだわ...」
「男って単純よね...」
ジトっとした目で呆れたように呟く。
更に、チェルビーは続ける。
「ああいう、猫なで声を常時発する"私って可愛いでしょ?"オーラ出しまくりの女は裏じゃたばこ吸ったり、野糞したりしてんのよ..」
「お前どうした? 何か恨みでもあるのか?」
「別にぃ~...何もありませんけどぉぉぉぉ~」
ぶっさいくな顔をしながらタラタラと言うチェルビーを見て、もしやと思う。
「お前、あれだろ? モテモテの受付嬢ちゃんが羨ましいんだろ?...だろ?」
「別にぃぃぃぃ~。私の方が女らしいのにぃぃ~。チヤホヤされたいとかぁぁ思ってないしぃぃ~」
言葉を発する度に女性としての尊厳を失っていく。彼女の周りだけどんよりとした暗い雰囲気を纏っているから不思議だ。
「お前と、受付嬢ちゃんはベクトルが違うから、そもそも比較できないだろ?」
「ベクトルってなによ?」
「いいか? 受付嬢ちゃんは全ての要素が"可愛い"に向かっている。これは理解できるだろ?」
「まぁ、同性の私から見ても可愛いわね....」
「その点、お前は可愛いではなく、どちらかというと美人の要素が強い。つまり、可愛いと美人では純粋な比較ができない。なので、お前が可愛い受付嬢ちゃん人気に嫉妬する必要なないんだよ。」
「ほぅ。ジェスターは私の事を美人だと思っていると...」
「おうおう、見てくれはそれなりだと思ってるよ」
ジェスターの渾身のフォローにより、暗い雰囲気が霧散した。どうやら彼の策は成功したようだ。
「そんなに言うなら仕方ないわね。うん。うん。」
「そうだろ? それに有象無象に好かれるよりも、お前の好きな奴に好かれた方がいいに決まっているだろ?」
「それもそうね!! 私の魅力オーラが溢れてしまい、他の男どもを虜にしてしまうかもしれないけども、いつか現れる私の王子様がメロメロになってくれないと意味ない物ね!!」
気分はハイ!!
チェルビーは途端にキラキラしながら語る。
(...チェルビーの将来が不安だ。イケメンに騙されないといいけど...お?)
ジェスターが何かを発見したようだ。
「チェルビーさん、チェルビーさん。あなたの王子様候補見つけましたよ」
そういって手招きする。
「なによ? 今、将来のプランを王子さまと....」
ジェスターが指し示す方向は、隣の女性ばかりが並ぶ列。先頭はピンク色のオーラに満ちていた。
かなりの美形の男性職員が受付をしていた。
可愛い女性の受付には、男性陣。美形男性の受付には女性陣がそれぞれ並んでいたようだ。
「おい、どうしたチェルビー。お前の好きなイケメンだぞ? 喰いたくないのかよ?」
「私をそんな風に言わないで!! イケメンなら直ぐ頂いたりしないわよ...ゆっくり、たっぷり骨の髄までしゃぶり尽くすの....はぁはぁはぁ..あはぁはぁはぁ」
「おっおぅ。それなら、隣の列に移ろうぜ~、そっちの方がじっくりたっぷり出来るだろ?」
今の状態のチェルビーを解消するため、隣の列に映ることを提案する。
しかし。
「いや、別にこっちの列でいいわよ。」
「あれま? どうして?」
「なんというか、イケメン過ぎるのよね?」
彼女の口から出てきたのは"イケメン過ぎる"という言葉。勿論、疑問に思うジェスター。
「その心は?」
「何と言うか、あのキラキラは私には眩しいのよ...分かる?」
「う~ん......えぇと、何となく。言い方がアレかもしれないが、チェルビーとあのイケメンは釣り合っていないんだろ?」
「本当に言い方っ!...まぁそうね。アンタだって、聖女様は綺麗って思うけど、結婚したいとは思わないでしょ?」
「おぉ! 例えうまいな。確かにぃ、聖女様ともなると綺麗すぎて近寄りがたいって印象持っちゃうな...まぁ、あちらが俺の魅力にぃメリメリにぃなっちゃうのならぁ、仕方がないけどねっ!!!」
「はいはい、そうそう。つまり、私はもう少しランクの低いイケメンが良いの。だから、あの人はそういう目で見てないわ」
彼女の理論に納得する。
「そういうアンタこそ可愛い受付嬢ちゃんに興味はないの?」
先程のお返しと言わんばかりにジェスターに問いを投げる。
「俺の好みとはちょいとズレているから...どちらかと言うとガンバレって応援したくなる」
「うんと...妹的に見えちゃうって感じ?」
「そうそう!! そんな感じ。俺は大人っぽい人が好きだから。ウエイトレスさんなんてドストライクだなぁ」
「成程、じゃぁ、お互いに受付の職員さんは恋愛対象外ということね。」
「だな..」
あーだこーだしている内に自分たちの番が来たようだ。
「こんにちは!! ご用件を伺っても宜しいでしょうか?」
噂に違わぬ可愛い声。
それでも自分と比較してしまったのかチェルビーが一歩引く。
その様子を見て、代わりにジェスターが答える。
「えぇっと、冒険者の登録したいんですがぁ」
「はい!! 冒険者登録ですね。必要事項の記入と冒険者としての身分証となるカードの発行をします。お先に、適正の調査を行いたいのですがよろしいでしょうか?」
「適正ってなんすか?」
「はい。適正とはその人が現時点でどのような能力を使いこなせそうかを"適正"と呼称しています。例えば、"魔法を扱いやすい"であったり、"モンスターと意思疎通が取りやすい"などといった貴方に向いている能力の使い方を教えますって感じです。」
「ほぉ、つまりここで"お金を稼ぎやすい"と出れば、ギャンブラーを目指した方がいいと」
「えぇっと。流石に"お金を~"とは出ませんが概ねその通りです。一種の目安として参考に頂ければと思います」
「因みに興味本位で聞いちゃいますけど、一番すごい適正ってどんなんすか?」
「一番となると、今代の聖女様になりますかね?」
「ほぉぅ?」
「なんでも"世界の位相を超える"とかなんとか」
「なんじゃそりゃ? 位相ってなんだよ」
「すみません、私も詳しくは知らないのですが、聖女様になる条件だとかなんとか」
「まぁ、聖女様についてはなんでもいいか。無駄話すんません。じゃぁ"適正"ってのを測って貰ってもいいすか?」
「はいっ!」
彼女は古びた本を取り出し、白紙のページを開き此方に向ける。
「今から、適正調査を行います。何かしらの適性が高い場合は、こちらのページに文字が浮かび上がります。では、どちらから調査しますか?」
「じゃぁ、俺からで~」
ワクワクドキドキもしていない様子のジェスターが手を上げた。
「では、ページの前に手をかざして下さい。手の平に意識を集中させて~....来ました!!」
その瞬間、ページが白く輝く。
空白のページには何やら文章が書かれていた。先程の話からするに、何かしらの適性が高いようだ。
「おぉ、既に適正をお持ちとは。私もこの瞬間を見るのは久しぶりです」
本のページを見るなりはしゃぐ彼女。
(可愛いな...俺の出したものでこんなはしゃぐなんて、俺の出したもので)
ジェスターは汚れた心を持っているようだ。
「なるほど、これは"エンチャント"ですね。魔法の一種であり戦闘からサポート、その他諸々まで活躍の機会が多いとされてます。今までの生活で、何か思い当たることはありませんか? 例えば全身に意識を向けると、身体能力の向上が見られたとか?」
「あぁ、ジェスターってやたらと重い荷物を軽々運べたわよね。 大人でも手に余るような重さの荷物を軽々と。それなんじゃない?」
「あれか、俺の農作業サクサクモードのこと?あれってそんな名前だったのか知らなかった」
「おぉ! それです。無意識で発動しているケースは多々あるので其れに当てはまります。そうなると、発動経験がある分使いこなす迄の時間が短くて済むので即戦力として期待できますね」
「がんばり~ま~す」
「エンチャントって一応魔法なんだよな?」
「そうですね、多くある分類の中の一種です。ここに"エンチャント"と出ているので、魔法の中でも特にその適性が高いのだと思います」
「因みに、他の魔法的な物も俺は使えるんすか?空飛ぶとか、透明になるとか?催眠術とか?」
この男の思惑が透けて見える。
「勿論です、現時点では"エンチャント魔法"への適性が高いというだけであり、鍛えれば問題なく使えると思います。」
「成程、了解。ありがとうございます~。暇になったら頑張りますわ」
「次は私の番かしら」
ジェスターを跳ねのけ前に躍り出た。自身があるのか腰に手を当て、ほくそ笑んでいる。
「はい、それではページの前に手をかざして下さい。手の平に意識を集中させて~....カモンッ!!」
「まぶしっ」
またもや、光に包まれた本。数瞬後、現れたのは黒い文字。つまり、チェルビーも何らかの適正を所持しているようだ。
「おぉ、これは凄い! 適正持ちが連続するとは中々のレアケースですよ」
彼女の言う通り、稀なケースであるようで、先程迄、飲めや歌えや大騒ぎしていた冒険者たちも此方に注目していた。
「私のは何なのかしら?」
「なになに。どうやら"魔法"と出ています。これは本来使用することのできない魔法と括られ呼称されるモノ全てに対する適性があるという事ですね。
「ジェスターは"エンチャント"なのに? 私は"魔法"なの? なんか負けた感じするわ」
気落ちするチェルビーを慌ててフォローする受付嬢。
「そんなことありませんよ!っ!全てのモノに対して平等に適性がある訳ですから可能性の塊と言えます。」
ジェスターも。
「まぁ、俺よりはいいんじぁねーの?そもそも比べることでもねぇしなぁ。な、受付嬢さん?」
「そうですとも。更に皆さんはまだまだ、ヒヨッコです。この段階でどのような結果が出ようとも努力でカバー出来ちゃいますから!」
「まぁ、色んな可能性がある私は活躍できるかもってことよねぇ?」
「はい。この適正"魔法"は割とありふれていますが使用者の練度により威力、速度、その他諸々が大きく違います。正しく、冒険者を象徴する能力とも呼べます!!」
うんうんと褒められて嬉しいのか顔を赤らめながら受付嬢の話を聞いているチェルビー。
「確かに、チェルビーは怒ると周りがかなり寒くなったりするもんな。偶にこいつ冷気出してんじゃね?って思っていたが、もしかしてそれも魔法を無意識で使っていたのかもな...」
「はい、その可能性は極めて高いかと。魔法能力を持つ人は、無意識で炎を出してしまったり、物を受かせたりしていた事例がありますので。」
「私ってすごいでしょ?」
「あぁ、すごいよ。....冷たい女」
「つっ冷たい女っ! 」
「だってそうだろ? 怒ったら周りを冷たくすんだから...冷たい女」
「その言い方って...違くない? 無意識の魔法により、結果として冷気を発する機会があったというだけで、私は冷たい女じゃないのよ?」
「そうだな...すまん」
チェルビーの手を取り握手。反省と仲直りの印の様だ。
「まぁ、別に...分かってくれればいいけど...」
どこか照れている様子。
「手が暖かい奴は、心は冷たいらしいな....やっぱり冷たい女」
手を握ったのは仲直りの為ではなかったらしい。
「やっぱり...チェルビーは冷たいや....あれ...手が..温かく..ちょっと熱すぎ...なんでこんな..まさかぁ...」
「なんて言ったの...私の手は温かいでしょ?」
「まさか、手の温度を...やめてぇ焼けちゃうからぁ....おいおいおいおい、ごめんごめんごめん」
自分の手が焼かれる未来を視たジェスター。反省の言葉を並べる。
「おぉ!! 既に魔法をここまで使いこなしているとは...これは期待のルーキーですね!!」
なにやら受付嬢は一人で盛り上がっている様だがジェスターにはその余裕はない。
「美人で麗しいチェルビー様。貴方様は太陽のように暖かいです。聖女よりも神々しいです........ごめんなさいぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁ。ゆるじでぇぇぇぇぇぇ」
「ジェスター..今、手が焼かれる未来でも見た?もしかしたら、"予知能力"を持っているかもね? 凄いわぁぁぁ」
今までにない丁寧な口調で揶揄する彼女。
「成程、さっそく不快感をエンチャントした訳ですね!!」
「おい受付嬢!!そんなしょうもない事言わなくていいから俺を助け....うごぁぁぁぁ・・ぎゃぁぁぁぁぁ」
止めどなく流れる悲鳴と涙。
拷問さながらの光景に酒場に居合わせた一同が息をのむ。
あるものは、顔を青ざめ身震いをしている。
また、あるものは神に対して祈り"我が身を助けたまえと"慈悲を乞う。
不快感を与えたら、手痛い拷問を受け取った。これ程までに等価ではないgive and takeがあるだろうか。
ジェスターの心にこの思い出は深く刻まれるようになったのは言うまでもない。
この後、怒りを収め、手続きを滞りなく終了させた2人。
同情した酒場の冒険者からは、酒と摘まみをおごってもらい親睦を深めたそうな。