酒と喧騒と冒険者
おやじとの絆を失ったまま馬車に揺られ都市部へ到着。
定期的に発生する車体の揺れが、旅立ちを強く実感させた。
「おぉ、見てみろよチェルビー! 馬車の数がえげつねぇぞ!!」
「何よそんなはしゃいじゃって。そんな驚くことでも....めっちゃえげつねぇ!!」
流石、経済の中心地、国の心臓と持て囃されるだけはある。
都市部へと向かう馬車の数は優に30を超えている。
車窓から見る、一か所に集う馬車の群れは圧巻の一言だ。
「ジェスター!! あの門が入口よねっ!!」
「おぉ! これまたデケーな! どうやって建てたんだよ!!」
石造りの堅牢門が見えた。
建物5階分の高さがある。
門の正面に馬車が停止して数分。
「おい、なんか兵士さんがこっちにくんだけど...チェルビーなんかしたのかよ。まさか、また金を盗んだのか...だからあれ程盗みはするなと言ったのに....」
「盗むわけないでしょっ!!!! 勝手に泥棒にしないで頂戴!!」
「じゃぁ、何やったんだよ? 大丈夫、先生はチェルビーの味方だから。素直に話して頂戴」
「あの....先生実は....なんて言うと思ったか!!!! 何もやってないのよ!!! あの兵士さんはアンタに用があるんじゃないの?」
「おれは...文字通り何にもやってないからな...ホント何もやってないから。ホント、今後一切何もやらないから。働きたくないから」
「は・た・ら・けっ!!! アンタは何かをしなさいっ!!!」
「お前は俺のお袋か!! 口うるさいんだよ!! てか、顔近いから唾飛ぶから!!!」
「私みたいな美少女の唾を浴びれて良かったわね!!!」
「良くねぇよっ!! くっさいモノ飛ばしてくれちゃって!! こんなモノ喜ぶなんて相当なマニアだわ!なんならこっちに来る兵士さんに唾プレゼントして来いよ!! .....おーい兵隊さん、自称美少女が唾を吐きかけてくれるらしいですよ!!!!!!」
「がぁぁぁぁぁっ!! そんなこと言うんじゃないわよ!!!! 私が唾を掛けるのはアンタだけよ!! 勘違いしないでよね!」
「なんだよ、その間違いだらけのツンデレは! 全然嬉しくないんだけど、デメリットしかないツンデレなんて"酒浸りのエルフ"くらい嬉しくないから」
「変な例え出してんじゃないわよ!! 何よ"酒浸りのエルフ"って。居る訳ないでしょ。そんな存在。"おねぇの勇者様"位いないわ!!」
「そっちこそ、"おねぇの勇者"なんて居る訳ないだろぅが! .....おい来たぞ。こっちに来たぞ!!」
2人は口論に夢中になっている内に噂の兵士が近づいてきた。
「はやく、自首して来いよ! 俺を巻き込むんじゃねぇ!! 兵士さん俺は無実です。こいつが全て悪いんです。おれは何もしてません。今後も何もしませんから」
「私だって何もしてないわ。私だって、何もしたく無いわよ!! 何もせずにお金のプールを泳ぎたいわよ!!!」
「ようやく、本性を現したな....銭ゲバ女めぇ...その浅ましい金欲に取りつかれ幾人もの男達から金を搾り取ってきたたい罪人が!!!」
「そんな糞みたいな性格してないわよ!! 私は聖女のように清らかな心持ってるって信じてるもの。何よりも私を!!!」
「聖女はな、自分で清らかです...なんて言わねぇんだよ!! それにお前は俺の財布から金を取っただろ!!!!!」
「えっ? 私はそんなことしてないけど....これ本当」
反応を見るに本当の様だ。
「そうなの? ホントに?」
「財布を見せてみなさいよ....あら、ホントに空だわ」
チェルビーが確認しても財布代わりの巾着の中には一切の通貨がなかった。
「そもそも、アンタお金持って来てたの?」
「応とも、しっかりと金は持って来ている。ほれ、証拠に俺の金でこの酒を買ったんだよ」
ジェスターの足元には数本の酒の空瓶が転がっていた。
「ジェスター....質問なんだけど、このお酒は休憩のために途中で止まった村で買ったのかしら?」
「そうさ! なんでも葡萄酒が自慢らしいからな。数本買ってやったのさ!これが中々にうまくてな、口当たりが爽やかと言うか、何杯でも行けちゃうって奴? 気づいたらもう酒も無くなっちまったよ。はっはっはっはっは」
「あんたは、元々、どれくらいのお金持っていたの?」
「金貨1枚だな。」
「このお酒は一本いくらなの?」
「ちょい待ち....えぇっと...銀貨2枚だな。そう書いてあるわ」
「で、お酒は何本あるの?」
「はっはっは。酒瓶の数も数えらんねぇのかよ。そうがねぇな、酒瓶は5本にあります!!」
「ありがとう。数えてくれて。ついでにもう一つ聞きたいのだけれど、このお酒5本で一体幾らになるの?」
「しゃぁねぇなぁ~、チェルビーちゃんわ。銀貨2枚が5本で...銀貨10枚....銀貨10枚は金貨1枚になるから....金貨一枚です!!」
「アナタの所持金は、金貨1枚。お酒も金貨1枚。となると....」
「あぁ、俺は酒で有り金全部使ってしまったようだ....なーんだ...」
「で、ジェスターいう事は何かないの?」
「あ、ごめん。」
先程から俯いており、チェルビーの表情が読めない。
が、恐らく怒っているのだろう。
「私の事を銭ゲバとか盗みとか散々、言っておいて...結局はアンタの勘違いという事よね?」
「まぁ、そうなる..なります。はい。あ..の本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁなんでもしますから許して下さい。ホントに」
華麗なる土下座。
「....ほぅ。なんでもすると?」
「あ、あの私の出来る範囲でという事になりますが....」
「ほぅ.....まぁ、私だって鬼じゃないのよ? 常識は守るわ、勿論。だって私の心は聖女のように清らか何ですもの! ねぇ?」
「はっはい! チェルビー様の心は何物にも染まらない清らかな色をしております!!」
「ありがとうぅ。では、私のお願い聞いてくれます?」
「はぁい! 喜んででございます!!」
「じゃぁ、今後の貴方のお財布は私が預かります。」
「.....というと?」
「貴方の今後のお金にまつわるものは全て私が管理しますと言いました。」
「っていうと、俺は好きにお金を使えないという事?」
「はい」
「好きなようにお酒も買えないの?」
「はい、何かを購入するときは私からの許可がいります」
「女の子とキャッキャウフフするお店にも?」
「それについては、私は許可しません。絶対に。」
怒りに震えるジェスター。
「ざけんじゃねぇ!! 俺の夢の酒池肉林ライフをじゃます.ぐべらぁぁぁ!!!」
「何かおっしゃいましたか?」
聖女(偽)の拳が放たれた。
「お、落ち着けって聖女様? 流石に俺の財布を管理するって横暴すぎるんじゃないでしょうか?」
震え声で懇願する。
「貴方は、私に謂れのない汚名を着せたのですよ? 剰え、兵士さんに通報し、暴言を吐いたのですよ?」
「それは済まなかった。この通りです!!」
「はぁ、分かったわよ。でも条件を付けさせて貰うわよ!!」
「あぁ? 条件って?」
「ジェスターがきちんと稼げるようになるまではお財布の管理させてもらうわ。これはおばさまに頼まれたの!」
「お袋め....わぁったよ。稼げるようになるまでは、チェルビーに財布預けるよ...」
「よろしいっ!!」
いつの間にか、噂の兵士は御者と話しているようで。
積み荷の確認と金銭のやり取りを見るに、都市部の警部の為にチェックをしていたようだ。
「なんだよ、なんもなかったのかよ....」
「それもそうね...慌てて損しちゃったわ...はぁ」
どっと疲れが出た2人は目的地に着くまで体力の回復に努めた。
数分後。
- 都市部 馬車終点
「中々に賑わってんな...」
「そうねぇ、活気が溢れていて新鮮な雰囲気ね」
「取り敢えず、先に宿取ろうぜ...眠いわおれぇ..」
「何言ってるの! 先ずはやることをやらないと。休むのはその後よ! 分かった?」
「わかぁったよ...母さん...」
「誰が母さんよ!! ったく。先ずは冒険者として登録しなくちゃ」
2人は冒険者登録をするために歩みを進める。
道すがら、露店で売り出している食べ物や、行きかう人々が目に付く。
「色んな人がいんだな...」
「そうね、色んな種族の人が集まっているから、私達にとっては新鮮な光景ね」
「あぁ、確かに色んな種類があるわな....野菜を売るおばちゃん、土産物らしき物を売るおばしゃん、休憩中だろうか、露店の裏の方で眠るおばちゃん。仲良く談笑に励むおばちゃん。大小様々、十人十色。色々なおばちゃんがいるんだな」
「なんでおばちゃんばかりピックアップするの? おばちゃんは種族的には私達と同じ人間だから」
「何言ってんだ、村のダンシングおやじは言ってたぞ、色んな種類と接してきたが、それぞれに良さがある。まさに十人十色、あれはそれぞれが別の種族ともいえる程の個性の乖離が見られるって。」
「それは何について言っていたの?」
「あぁ、おやじに渡された本によ、都市部の熟女キャバクラのレビューが乗っていたんだよ...それには熟女は個人差が出るから楽しいとも書いてあった。」
「何てこと書いてんのよ!! おのスケベおやじ!! そんな本さっさと捨てちゃいなさい!!」
「わぁったよ。後で捨てとくよ...」
そうこうしている内に目的地へ到着。
「着いたわよ!! ここが冒険者登録所兼、酒場よ!!」
目の前には、大きな3階建ての建物。都市部の門と同様に丁寧な石造りをしている。目を引くのは白をベースに赤い文様が施された揺らめく旗。
「じゃ。入りましょうか」
チェルビーの先導で建物に入る。
重たい扉の先には、喧騒が満ちていた。
酒場と併設というのはホントらしく、冒険者と思わしき人物たちが思い思いに食事をしていた。
傷塗れに成りながらも、肩を組みながら陽気に酒を飲む姿は冒険者のイメージそのままだ。
扉の前で佇む見慣れない人間を不信に思ったのか、ウエイトレスが此方に声をかける。
「ここに来るのは初めてでしょうか?」
「はい、その通りです。なので私の初めてを貰って頂け...」
スレンダーながらに女性らしさを感じさせるスタイルに大人の魅力を感じてしまうジェスター。
「ふんっ!!」
「うごぉっ!! .....がはぁっ」
ジェスターの体に衝撃が走る。
ドンッと言う音とともに壁際に吹き飛ばされた。
「はい、私達2人は冒険者の登録をしに来たんです!!」
鬼神が可憐な少女に変身した瞬間だった。
(変わり身はやっ!! 肘鉄の構えから瞬間的に初々しい少女に成りやがった!!! ウエイトレスのおねぇさんも引いてるじゃん!!)
「ぼ、冒険者登録ですね! それでは奥の2つのカンターのお好きな方にて並んでお待ちください。」
期待と不安とダメージを抱えつつ、2人は歩みを進める。