騎士と師匠と戦う理由
「うっし! よろしくおねがいしやす」
ジェスターが目の前の男に挨拶をする。
「こちらこそ」
同い年位の甲冑に身を包んだ青年。その鎧には汚れや傷が付いておらず、ジェスターと同じように駆け出しの身であることが伺えた。
(真っ白な鎧の似合う騎士様か。鎧に着られてるって感じだな)
鎧の重量に負けているのか、所作がぎこちない騎士。
お互いに得物を構えて合図を待つ。
鳴り響く開始のブザー。
ロングソードの切っ先をジェスターに向けたまま、飛び出す騎士。
先程までのぎこちなさは消え、洗練された無駄のない動きで一直線に向かってくる。
(はやいっ、魔法でも使いやがったか)
辺りを見回し、騎士からの一撃に備えようとする。
白銀の刃が一直線にジェスターの体へ吸い込まれる、その時。
切っ先がグンッと伸びる。想定より早い攻撃に対して、未だ回避体制を取ることが出来ないジェスター。
(クソッ! 嘘みてぇに伸びてきやがる、間に合わねぇっ!)
そのまま、騎士の一突きが決まる。
高速からの一突きは風を巻き起こす。
観客は巻きあがる土煙の中には、倒れ伏したジェスターの姿があると誰しもが思った。
これには、客席にいるマルコリーも唖然とする。
「おいおい、なんだあの騎士様は」
開いた口が塞がらない。
(あの動きは、相当に訓練してやがる。それにあの鎧は...)
マルコリーには、騎士が纏う純白の甲冑に見覚えがある。
「なんで、あの糞アマの所の鎧なんて」
小さく呟く言葉。
「糞アマなんて、下品な言葉を使わないで下さる?」
マルコリーの呟きに反応したのは、腰まで伸びる純白の髪と整った顔立ちを持つ、純白のワンピースに身を包む女性。
凡そ、闘技場と言う野蛮な景色には似つかわしくない、深窓の令嬢とも見て取れる。
その雰囲気、佇まい、言葉使いから、マルコリー達、冒険者とは対極にいる存在だというのが分かる。
「なんでいるんですかね? ハンナ様?」
似合わない敬語を使って、明らかに不機嫌そうな視線を向ける。
ハンナと呼ばれた女性は、その視線を意に介すことなく、微笑みながら答える。
「なんでと言われても、私の可愛い弟子の晴れ舞台ですもの。観戦したくなるというのでしょう?」
そう言い、マルコリーの隣に腰を下ろす。
「マルコリーさんこそ、この時間帯には警備の任に付いているかと思っていましたが。駆け出し達の試合に興味がおありで?」
不思議そうな表情を浮かべ、マルコリーに問う。
「アンタの弟子の対戦相手、アイツは俺達の仲間なんだよ」
マルコリーの視線の先には、構えを解いた騎士と土煙。
「まぁ! そうなんですの。でも、残念ですね。私の弟子の方が数段上だったようです。えぇ、えぇ残念ですね」
残念と強調しながらも嬉しそうだ。
腕を組みながら、うんうんと頷いている。
「まぁ、あの野郎はギリギリまで手を抜きますからねぇ、あの突きはいい刺激になったと思いますよ、はぁぁ」
呆れたように呟く。
「当然です。我が弟子の突きの冴えと鋭さは私のお墨付きですから。えぇ、えぇそれはもう凄いですから」
またもや、うんうんと頷きながら、自慢げに話す。
「残念ですねぇ、ホントに」
「まぁ、あの冒険者の少年は不運でしたね。我が弟子に当たってしまったばっかりに、えぇ、えぇ残念です。不運としか言いようがない」
「いや、残念なのはアイツの不運の事じゃありませんよ。」
「では、なにが残念なのでしょう?」
「いやぁねぇ、ハンナ様の弟子の綺麗な鎧にが傷だらけになると思うと、残念だ。あの綺麗な鎧がこの試合でボロボロになるなんて。お高いでしょうに」
やだやだと首を振りながらマルコリーが言う。
「何を言っているのですか? 我が弟子の突きが決まり、あの冒険者は倒れ伏したではありませんか?」
指先が演舞場に舞う土煙に向く。
「アンタが、弟子に"突き"を教えたように、俺もアイツにあることを教えたんですわ。それがある限りアイツは負けないでしょう」
ほらと、視線を演舞場に向けると、そこには倒れ伏していると思われたジェスターの姿はなかった。
それには、会場中が動揺した。ハンナも、対戦相手であるハンナの弟子も。
「なんで、避けれたんですのっ! あの突きは初見殺しの技。このレベルの人間が見切れる訳がありませんっ!」
身を乗り出して、演舞場に目をやる。予想外の出来事に動揺しているようだ。
「まぁ、まぁ落ち着きましょう。偶々、突きが外れたって可能性もありますし。何より、弟子の戦いだからこそ冷静に観ておかないと、でしょう?」
「ふぅ、そうですわね。どんなトリックを使ったのかは知りませんが、あの子が負けるわけありませんもの」
マルコリーの言葉で落ち着きを取り戻した。
2人の視線は中央の演舞場へと向かう。
演舞場では、ジェスターの姿を探す騎士がいた。
ロングソードを正眼にに構え、周囲を警戒しながらも辺りを見回す。彼の視界にはジェスターは一向に映らない。
その瞬間
衝撃が騎士を遅い、ステージ端の壁に衝突する。
崩れた瓦礫に埋もれながらも、騎士は演舞場に目をやる。
先程迄、自分がいた位置にいるのは、突きにより撃破したと思われた男だった。
その右手に持つ、鉄パイプによる攻撃なのだと直感で分かった。
「すまねぇな、高そうな鎧をボコボコにしちまってよ」
気安く話しかける男に、騎士は突きによるダメージがない事を理解した。
「気にすることはない、元より、戦いの最中に鎧の心配などしないさ」
体に乗る、瓦礫をどかしながら答える。
「ほぉ、どこぞの坊ちゃまと思ったが、中々に根性あんじゃなねーか」
「私は、師に拾って貰うまでは、その日暮らしをしていたからな。パイプで殴られる位、慣れっこさ」
ロングソードを構え直す。
その構えは突きの構えだ。
「その技はさっきも観たぜ」
「それはすまない。私はこれしか知らなくてな。でも、安心してくれ、これが最後になる」
「随分と自信満々だな」
ジェスターも鉄パイプを構える。
相手の出方を伺っている。
お互いに緊張の糸が切れる切っ掛けを待っている。どちらが先に動くのか、一挙手一投足に全神経を注ぐ。
「おい、お前の名前はなんて言うんだ?」
一気に先程までの緊張が消える。
「おいおい、試合中だぞ? そんな事は試合が終わった後でも..」
ジェスターの真剣な表情。決して、ふざけているのではないと伝わる。
構えを解く。
「俺の名前はジャレッグ。ハンナ様を師と仰ぐ騎士見習いだ」
会場に響き渡るように、自分という存在を刻み込むように名乗る。その名乗りは駆け出しとは思えないほど様になっており、感心するような声が会場中から上がる。
「お前の名を聞かせろ」
ロングソードの切っ先をジェスターに向ける。
「耳の穴かっぽじってよく聞けよ。俺の名前はジェスター。酒場の酔っ払い共を師と仰ぐ冒険者見習いだ」
にやりと笑いながら答える。
口上は述べた。ならば、後することは一つだけ。
「っっらぁぁぁぁぁ」
ジェスターが高速で突っ込む。その姿勢はかなり低く、相手の突きの威力を殺しに行く。
(なるほど、突きの方向を下にすることで、最大威力の突きを回避する戦法か)
大きく、後方に後退し、突きの構えを取る。
(俺の技は、全てを貫く。ハンナ様へ勝利を捧げるんだぁぁぁ)
ジャレッグも前に出た。
2人が交差する刹那、ジェスターが笑った。余裕からの笑みなのか、死に際の笑みなのか。
「うらぁぁぁぁぁっ」
ジャレッグの下方向への突きがジェスターを捉えた。
しかし
(違うっ、この感触は本物じゃないっ、幻影かっ!!)
貫かれたはずのジェスターの姿は霞の様に消え去る。
(これで、最初の突きも回避したのかっ!)
焦りが生まれるが、同じ轍は踏まないと冷静に構え直す。
(どこから攻撃が来るのか、俺には判断できない。ならば..)
会場端まで後退し、壁に背を預ける。
(背後からの攻撃は消した。あとは、全力のカウンターで勝負っ!)
突きの構えを取る。
土煙の軌跡を描きながら、突っ込んでくる影。
その構えは、ジャレッグの突きと同様だった。
(っ! 俺と突きで勝負するのかっ、受けて立つ)
負けじと、走り出す。
お互いの得物が交差する。
衝撃でそれぞれが、ステージ端の壁に激突。
這い上がる両者、しかし、ジェスターの方が突きをもろに喰らったためダメージが大きい。
内臓にダメージが入ったのか、血を吐き出す。
対して、ジャレッグは鎧に守られていたため、ジェスター程のダメージはない。
「やるじゃねぇの、ジャレッグさんよぉ、俺も鎧欲しくなっちまったわ」
「お前も、ハンナ様の師事を受けて見るか?」
「やめとくわ、俺にはその、ハンナ様っていう人より、酒場でゲロ吐きまくる下品な大人達の方が好感持てるからな」
「そうか、残念だ。まぁ、お前みたいな鉄パイプを振り回す奴には、お似合いの師匠かもな」
「だろ?」
腹を抑えながら笑むジェスター。
「お前が、俺と同じとは言わないが、鎧を纏っていたなら勝敗は変わっていたかもな。ハンナ様の采配が勝利を呼び込んだようだ」
「そういや、俺がなんでこんな軽装なのか、理由を話していなかったな。気になるか?」
「最後だ、聞いてやろう、お前の鎧を纏わない理由を」
警戒しながらも理由を聞く。
「それはな...」
ジャレッグの目の前にはジェスターがいた。
「重い鎧を纏った移動がまだ出来ないからさ」
そう言い、ボロボロになった鎧に一撃を叩き込む。
咄嗟に、ロングソードで防いだものの衝撃は殺しきれない。
(ぐぉぉぉぉぉっ)
何とか踏ん張り勢いを殺す。
ステージ端で何とか踏みとどまる。
「瞬間移動を使ったのか、意外と理知的じゃないかジェスター」
ジェスターは、今までの攻撃は瞬間移動によって避けていたようだ。
攻撃を受けた鎧には激しい戦闘痕が残り、防御するという、本来の機能を果たすことは出来ないまでボロボロになっっていた。
(この鎧も此処までか。流石、ハンナ様が下さった物。ここまでよく持ってくれた)
「どうだい、そのボロボロになった鎧を脱いでもいいんだぜ? もう邪魔だろうそれ」
待ってやるからとジェスターが言う。
「忠告どうも。しかし、これは俺のハンナ様への忠誠の証なんだ。このままで戦うさ」
「ほぉ、これまた随分な忠誠心だ。野暮なこと言ったな、忘れてくれ」
お互いが同時に動いた。
先程までとは違い、ロングソードを振り下ろしてはパイプで防ぐ。
隙があれば、殴り、蹴り、回避しまた得物で攻撃する。体術を交えた接近戦の様相を魅せていた。
泥臭い、攻防戦、ボロボロになりながらの激しい戦いに観客のボルテージが上がっていく。
「ジェェスタァァァァ、負けんじゃねぇぞ!!!」
「ジャレッグ!! 頑張って!!」
それぞれの師達も応援に奮起していた。
そんな激しい攻防を見守るのは、観客席にいる者だけではない。
治療室で安静にしていたチェルビーも固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた。
「ダニエリーさん、ジェスターがあんなボロボロに、血がいっぱい出て、」
泣きそうになりながら、一緒に映像を観ていたダニエリーに泣き付く。
「チェルちゃん、大切な人が傷つくのを観るのは辛いと思うけど、しっかり見てあげて。ジェスちゃんは貴方の為に頑張ってるんだから」
頭を撫でながら言う。
「私のため、ですか?」
「えぇ、そうよ、約束したでしょ? 勝つって?」
「でも、あんなにボロボロになってまで、ジェスターはやばくなったら逃げるって、言ったのに」
「あの子は、私達に頭を下げて色んな事をこの数日間で学んだの。あの瞬間移動も私が教えたの。マルコリーからは、1つだけ教えてもらったようなの。それが何か分かる?」
首を横に振り、分からないと意志表示するチェルビー。
「"一度、約束したことは絶対に守れ"ですって。笑っちゃうでしょ?」
続けて。
「ジェスちゃんは確かに、やる気がない時もあるし、エッチな時もあるけど、絶対に約束は守る冒険者になったのよ。いや、この試合を通して私達に証明したいのよ」
「約束を守れるって事をですか?」
「えぇ」
「でも、あんな血塗れなんて、私は、あんな辛そうなジェスターを...」
「じゃぁ、チェルちゃんが隣で引っ張っていかなくちゃね?」
でしょ?とチェルビーに視線を向ける。
「そうですね、アイツはやる気ないし、スケベだし、金遣い荒いし、バカだし、不器用だから、私が隣にいなきゃですね!!!」
「えぇ。だから、ジェスちゃんが頑張っている姿から目を逸らさないであげて」
「はい」
その眼に涙はなかった。
2人が見つめる試合は、とうとう終わろうとしていた。
激しい攻防が続く演舞場。
「ありがとうよ、ジャレッグ。俺は戦うってことを勘違いしていた。覚悟も信念も無かったが、お前の御蔭でそれが見つけられたよ」
「俺も、戦いの泥臭さと、冒険者の諦めの悪さを痛感したよ。出来ればもう戦いたくはないがねぇ」
お互い向き合い、得物を構える。
瞬間、ジャレッグの突きが、ジェスターの横なぎの攻撃がお互いを捉え、再度、吹っ飛ぶ。
全力の一撃を受けた為、お互い地面に倒れ伏している。
何とか起き上がろうと、腕に力を込めるが、上体を起こすことは叶わない。
鳴りやまない歓声、それに答えるようによろめきながら2人が立った。
下を俯いているため、その表情は伺い知ることは出来ないが、恐らく死にかけに違いないだろう。
それを察した、ハンナ、マルコリーは席を立つ。
程なくして、一歩を踏み出す2人。彼らの闘志は消えていない。お互いにある信念が身体を動かす。
動くことなく数分後、二歩目を踏み出すことはなく、前のめりに両者とも倒れた。
鳴り響く終了のブザー。
引き分けと言う結果に終わった。
鮮やかな戦いという物ではなかったが、観客の視線を釘付けるだけの激戦を演じた2人に沸くような歓声と拍手が起こった。