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giveAndTake(ギブアンドテイク)  作者: あねものまなぶ
12/18

騎士と師匠と戦う理由

「うっし! よろしくおねがいしやす」

ジェスターが目の前の男に挨拶をする。


「こちらこそ」

同い年位の甲冑に身を包んだ青年。その鎧には汚れや傷が付いておらず、ジェスターと同じように駆け出しの身であることが伺えた。


(真っ白な鎧の似合う騎士様か。鎧に着られてるって感じだな)

鎧の重量に負けているのか、所作がぎこちない騎士。

お互いに得物を構えて合図を待つ。


鳴り響く開始のブザー。


ロングソードの切っ先をジェスターに向けたまま、飛び出す騎士。

先程までのぎこちなさは消え、洗練された無駄のない動きで一直線に向かってくる。


(はやいっ、魔法でも使いやがったか)

辺りを見回し、騎士からの一撃に備えようとする。


白銀の刃が一直線にジェスターの体へ吸い込まれる、その時。

切っ先がグンッと伸びる。想定より早い攻撃に対して、未だ回避体制を取ることが出来ないジェスター。


(クソッ! 嘘みてぇに伸びてきやがる、間に合わねぇっ!)



そのまま、騎士の一突きが決まる。

高速からの一突きは風を巻き起こす。


観客は巻きあがる土煙の中には、倒れ伏したジェスターの姿があると誰しもが思った。

これには、客席にいるマルコリーも唖然とする。


「おいおい、なんだあの騎士様は」

開いた口が塞がらない。


(あの動きは、相当に訓練してやがる。それにあの鎧は...)

マルコリーには、騎士が纏う純白の甲冑に見覚えがある。


「なんで、あの糞アマの所の鎧なんて」

小さく呟く言葉。


「糞アマなんて、下品な言葉を使わないで下さる?」

マルコリーの呟きに反応したのは、腰まで伸びる純白の髪と整った顔立ちを持つ、純白のワンピースに身を包む女性。

凡そ、闘技場と言う野蛮な景色には似つかわしくない、深窓の令嬢とも見て取れる。

その雰囲気、佇まい、言葉使いから、マルコリー達、冒険者とは対極にいる存在だというのが分かる。


「なんでいるんですかね? ハンナ様?」

似合わない敬語を使って、明らかに不機嫌そうな視線を向ける。

ハンナと呼ばれた女性は、その視線を意に介すことなく、微笑みながら答える。


「なんでと言われても、私の可愛い弟子の晴れ舞台ですもの。観戦したくなるというのでしょう?」

そう言い、マルコリーの隣に腰を下ろす。


「マルコリーさんこそ、この時間帯には警備の任に付いているかと思っていましたが。駆け出し達の試合に興味がおありで?」

不思議そうな表情を浮かべ、マルコリーに問う。


「アンタの弟子の対戦相手、アイツは俺達の仲間なんだよ」

マルコリーの視線の先には、構えを解いた騎士と土煙。


「まぁ! そうなんですの。でも、残念ですね。私の弟子の方が数段上だったようです。えぇ、えぇ残念ですね」

残念と強調しながらも嬉しそうだ。

腕を組みながら、うんうんと頷いている。


「まぁ、あの野郎はギリギリまで手を抜きますからねぇ、あの突きはいい刺激になったと思いますよ、はぁぁ」

呆れたように呟く。


「当然です。我が弟子の突きの冴えと鋭さは私のお墨付きですから。えぇ、えぇそれはもう凄いですから」

またもや、うんうんと頷きながら、自慢げに話す。


「残念ですねぇ、ホントに」

「まぁ、あの冒険者の少年は不運でしたね。我が弟子に当たってしまったばっかりに、えぇ、えぇ残念です。不運としか言いようがない」


「いや、残念なのはアイツの不運の事じゃありませんよ。」

「では、なにが残念なのでしょう?」


「いやぁねぇ、ハンナ様の弟子の綺麗な鎧にが傷だらけになると思うと、残念だ。あの綺麗な鎧がこの試合でボロボロになるなんて。お高いでしょうに」

やだやだと首を振りながらマルコリーが言う。


「何を言っているのですか? 我が弟子の突きが決まり、あの冒険者は倒れ伏したではありませんか?」

指先が演舞場に舞う土煙に向く。


「アンタが、弟子に"突き"を教えたように、俺もアイツにあることを教えたんですわ。それがある限りアイツは負けないでしょう」

ほらと、視線を演舞場に向けると、そこには倒れ伏していると思われたジェスターの姿はなかった。

それには、会場中が動揺した。ハンナも、対戦相手であるハンナの弟子も。


「なんで、避けれたんですのっ! あの突きは初見殺しの技。このレベルの人間が見切れる訳がありませんっ!」

身を乗り出して、演舞場に目をやる。予想外の出来事に動揺しているようだ。


「まぁ、まぁ落ち着きましょう。偶々、突きが外れたって可能性もありますし。何より、弟子の戦いだからこそ冷静に観ておかないと、でしょう?」

「ふぅ、そうですわね。どんなトリックを使ったのかは知りませんが、あの子が負けるわけありませんもの」

マルコリーの言葉で落ち着きを取り戻した。

2人の視線は中央の演舞場へと向かう。



演舞場では、ジェスターの姿を探す騎士がいた。

ロングソードを正眼にに構え、周囲を警戒しながらも辺りを見回す。彼の視界にはジェスターは一向に映らない。


その瞬間


衝撃が騎士を遅い、ステージ端の壁に衝突する。

崩れた瓦礫に埋もれながらも、騎士は演舞場に目をやる。


先程迄、自分がいた位置にいるのは、突きにより撃破したと思われた男だった。

その右手に持つ、鉄パイプによる攻撃なのだと直感で分かった。


「すまねぇな、高そうな鎧をボコボコにしちまってよ」

気安く話しかける男に、騎士は突きによるダメージがない事を理解した。


「気にすることはない、元より、戦いの最中に鎧の心配などしないさ」

体に乗る、瓦礫をどかしながら答える。


「ほぉ、どこぞの坊ちゃまと思ったが、中々に根性あんじゃなねーか」

「私は、師に拾って貰うまでは、その日暮らしをしていたからな。パイプで殴られる位、慣れっこさ」

ロングソードを構え直す。

その構えは突きの構えだ。


「その技はさっきも観たぜ」

「それはすまない。私はこれしか知らなくてな。でも、安心してくれ、これが最後になる」

「随分と自信満々だな」

ジェスターも鉄パイプを構える。


相手の出方を伺っている。

お互いに緊張の糸が切れる切っ掛けを待っている。どちらが先に動くのか、一挙手一投足に全神経を注ぐ。



「おい、お前の名前はなんて言うんだ?」

一気に先程までの緊張が消える。


「おいおい、試合中だぞ? そんな事は試合が終わった後でも..」

ジェスターの真剣な表情。決して、ふざけているのではないと伝わる。


構えを解く。


「俺の名前はジャレッグ。ハンナ様を師と仰ぐ騎士見習いだ」

会場に響き渡るように、自分という存在を刻み込むように名乗る。その名乗りは駆け出しとは思えないほど様になっており、感心するような声が会場中から上がる。


「お前の名を聞かせろ」

ロングソードの切っ先をジェスターに向ける。


「耳の穴かっぽじってよく聞けよ。俺の名前はジェスター。酒場の酔っ払い共を師と仰ぐ冒険者見習いだ」

にやりと笑いながら答える。


口上は述べた。ならば、後することは一つだけ。


「っっらぁぁぁぁぁ」

ジェスターが高速で突っ込む。その姿勢はかなり低く、相手の突きの威力を殺しに行く。


(なるほど、突きの方向を下にすることで、最大威力の突きを回避する戦法か)

大きく、後方に後退し、突きの構えを取る。


(俺の技は、全てを貫く。ハンナ様へ勝利を捧げるんだぁぁぁ)

ジャレッグも前に出た。


2人が交差する刹那、ジェスターが笑った。余裕からの笑みなのか、死に際の笑みなのか。


「うらぁぁぁぁぁっ」

ジャレッグの下方向への突きがジェスターを捉えた。


しかし


(違うっ、この感触は本物じゃないっ、幻影かっ!!)

貫かれたはずのジェスターの姿は霞の様に消え去る。


(これで、最初の突きも回避したのかっ!)

焦りが生まれるが、同じ轍は踏まないと冷静に構え直す。


(どこから攻撃が来るのか、俺には判断できない。ならば..)

会場端まで後退し、壁に背を預ける。


(背後からの攻撃は消した。あとは、全力のカウンターで勝負っ!)

突きの構えを取る。



土煙の軌跡を描きながら、突っ込んでくる影。

その構えは、ジャレッグの突きと同様だった。


(っ! 俺と突きで勝負するのかっ、受けて立つ)

負けじと、走り出す。


お互いの得物が交差する。


衝撃でそれぞれが、ステージ端の壁に激突。


這い上がる両者、しかし、ジェスターの方が突きをもろに喰らったためダメージが大きい。

内臓にダメージが入ったのか、血を吐き出す。


対して、ジャレッグは鎧に守られていたため、ジェスター程のダメージはない。


「やるじゃねぇの、ジャレッグさんよぉ、俺も鎧欲しくなっちまったわ」

「お前も、ハンナ様の師事を受けて見るか?」

「やめとくわ、俺にはその、ハンナ様っていう人より、酒場でゲロ吐きまくる下品な大人達の方が好感持てるからな」

「そうか、残念だ。まぁ、お前みたいな鉄パイプを振り回す奴には、お似合いの師匠かもな」

「だろ?」

腹を抑えながら笑むジェスター。


「お前が、俺と同じとは言わないが、鎧を纏っていたなら勝敗は変わっていたかもな。ハンナ様の采配が勝利を呼び込んだようだ」

「そういや、俺がなんでこんな軽装なのか、理由を話していなかったな。気になるか?」

「最後だ、聞いてやろう、お前の鎧を纏わない理由を」

警戒しながらも理由を聞く。


「それはな...」



ジャレッグの目の前にはジェスターがいた。


「重い鎧を纏った移動がまだ出来ないからさ」

そう言い、ボロボロになった鎧に一撃を叩き込む。

咄嗟に、ロングソードで防いだものの衝撃は殺しきれない。


(ぐぉぉぉぉぉっ)

何とか踏ん張り勢いを殺す。

ステージ端で何とか踏みとどまる。


「瞬間移動を使ったのか、意外と理知的じゃないかジェスター」

ジェスターは、今までの攻撃は瞬間移動によって避けていたようだ。


攻撃を受けた鎧には激しい戦闘痕が残り、防御するという、本来の機能を果たすことは出来ないまでボロボロになっっていた。

(この鎧も此処までか。流石、ハンナ様が下さった物。ここまでよく持ってくれた)



「どうだい、そのボロボロになった鎧を脱いでもいいんだぜ? もう邪魔だろうそれ」

待ってやるからとジェスターが言う。


「忠告どうも。しかし、これは俺のハンナ様への忠誠の証なんだ。このままで戦うさ」

「ほぉ、これまた随分な忠誠心だ。野暮なこと言ったな、忘れてくれ」


お互いが同時に動いた。


先程までとは違い、ロングソードを振り下ろしてはパイプで防ぐ。

隙があれば、殴り、蹴り、回避しまた得物で攻撃する。体術を交えた接近戦の様相を魅せていた。



泥臭い、攻防戦、ボロボロになりながらの激しい戦いに観客のボルテージが上がっていく。


「ジェェスタァァァァ、負けんじゃねぇぞ!!!」

「ジャレッグ!! 頑張って!!」

それぞれの師達も応援に奮起していた。


そんな激しい攻防を見守るのは、観客席にいる者だけではない。


治療室で安静にしていたチェルビーも固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた。


「ダニエリーさん、ジェスターがあんなボロボロに、血がいっぱい出て、」

泣きそうになりながら、一緒に映像を観ていたダニエリーに泣き付く。


「チェルちゃん、大切な人が傷つくのを観るのは辛いと思うけど、しっかり見てあげて。ジェスちゃんは貴方の為に頑張ってるんだから」

頭を撫でながら言う。


「私のため、ですか?」

「えぇ、そうよ、約束したでしょ? 勝つって?」

「でも、あんなにボロボロになってまで、ジェスターはやばくなったら逃げるって、言ったのに」

「あの子は、私達に頭を下げて色んな事をこの数日間で学んだの。あの瞬間移動も私が教えたの。マルコリーからは、1つだけ教えてもらったようなの。それが何か分かる?」

首を横に振り、分からないと意志表示するチェルビー。


「"一度、約束したことは絶対に守れ"ですって。笑っちゃうでしょ?」

続けて。


「ジェスちゃんは確かに、やる気がない時もあるし、エッチな時もあるけど、絶対に約束は守る冒険者になったのよ。いや、この試合を通して私達に証明したいのよ」

「約束を守れるって事をですか?」

「えぇ」

「でも、あんな血塗れなんて、私は、あんな辛そうなジェスターを...」

「じゃぁ、チェルちゃんが隣で引っ張っていかなくちゃね?」

でしょ?とチェルビーに視線を向ける。


「そうですね、アイツはやる気ないし、スケベだし、金遣い荒いし、バカだし、不器用だから、私が隣にいなきゃですね!!!」

「えぇ。だから、ジェスちゃんが頑張っている姿から目を逸らさないであげて」

「はい」

その眼に涙はなかった。

2人が見つめる試合は、とうとう終わろうとしていた。



激しい攻防が続く演舞場。

「ありがとうよ、ジャレッグ。俺は戦うってことを勘違いしていた。覚悟も信念も無かったが、お前の御蔭でそれが見つけられたよ」

「俺も、戦いの泥臭さと、冒険者の諦めの悪さを痛感したよ。出来ればもう戦いたくはないがねぇ」

お互い向き合い、得物を構える。


瞬間、ジャレッグの突きが、ジェスターの横なぎの攻撃がお互いを捉え、再度、吹っ飛ぶ。

全力の一撃を受けた為、お互い地面に倒れ伏している。


何とか起き上がろうと、腕に力を込めるが、上体を起こすことは叶わない。


鳴りやまない歓声、それに答えるようによろめきながら2人が立った。

下を俯いているため、その表情は伺い知ることは出来ないが、恐らく死にかけに違いないだろう。

それを察した、ハンナ、マルコリーは席を立つ。


程なくして、一歩を踏み出す2人。彼らの闘志は消えていない。お互いにある信念が身体を動かす。

動くことなく数分後、二歩目を踏み出すことはなく、前のめりに両者とも倒れた。


鳴り響く終了のブザー。


引き分けと言う結果に終わった。

鮮やかな戦いという物ではなかったが、観客の視線を釘付けるだけの激戦を演じた2人に沸くような歓声と拍手が起こった。

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