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giveAndTake(ギブアンドテイク)  作者: あねものまなぶ
11/18

彼と皆と勝利の約束

(考えるのよ。敵のいる場所を)

チェルビーは辺りを見回すが、それらしい人影は確認できない。


(攻撃の方向は気にしない。そんなの魔法で如何とでもなる。大切なのは落ち着くこと。冷静に、冷静に)

深呼吸を行う。幸い、チェルビーが動くのを待っているかの様に敵からの追撃はない。


(ん? なんで敵は攻撃をしてこないの?いくらでもスキはあったはずなのに)

序盤と同じく大きく後方にジャンプする。


「うっぐっ!」

背中を襲う衝撃。


(やっぱり、私が動くと衝撃が来る。でも、動かなければ衝撃は来ない。つまり、)

息を整える。


(集中。会場全体に薄く意識を広げて。ゆっくり。ゆっくり。異物を見つけるように)

頭の中に演舞場のイメージが流れ込む。

隈なく、異物の捜索を行う。これこそが、ダニエリーから教わった技の一つ。魔法はイメージが大切。その言葉通りにイメージしていく。


(見つけた)

目を見開き、拳を握る。足を広げ、腰を落とす。右腕を大きく引き、上半身を下に向ける。


「うらりゃぁっ!」

自分の足元に向かって、高速の拳を放つ。


瞬間、くぐもった声と共に黒い影が躍り出た。

右腕を抑え、焦った表情の対戦相手の魔法使いが突如、土煙と共に出現した。



「いい拳だ」

感心するのは、観客席で見守る先輩冒険者マルコリー。

続けて。


「よく見つけられたな.....しかし。もしかして、あれを教えたのか?」

「えぇ、魔法を使う人間は、その性質上、身を隠しす確率が高いから。攻撃よりも探知の仕方を優先して教えたのよ」

チェルビーに探知の術を教えたのは、同じく魔法を使うダニエリー。役に立ったようでホッとした表情をしている。


「相手も、まさか拳が飛んでくるとは思わなかったんだろうな。右腕が折れてやがる」

「まぁ、焦燥して様子から一転だもの。それまで見つかる気配もなかったし、彼女も油断したのでしょうね」

「でも、ここからだ。ここからは相手も小細工なしだろうし、タイマンって訳だ」

その言葉に微笑むダニエリー。


「チェルビーちゃんにはもう一つ教えたことがあるのよ」

「ん? どんな魔法を教えたんだ?」

「今も使っているんだけれど、小細工なし勝負ならもしかしたら。ね?」

「チェルビーは、今も何かしらの魔法を使ってるのか」

疑問に思うマルコリー。今までのチェルビーの動きを脳内で再生していく。


(走り出す、殴ろうとする、ダメージを食らう、そしてさっきの拳)

次々に思い浮かべていく。


「あぁ、そういうことか。序盤に魅せた、あの速さと、さっきの拳か」

「えぇ、下手な魔法を教えるよりもチェルちゃんに合っていると思って。だって、ジェスちゃんのことをいっつも叩いているでしょう?」

マルコリーの脳内では、頭を叩いて男を引きずっていくチェルビーの姿が。


「まぁ、実践的ではあるなぁ。でもよぉ」

心配そうなマルコリー。


「でも?」

「チェルビーがよ、そんな強力は拳を身に付けちまったら、ジェスターは死ぬんじゃねぇか?」

「大丈夫じゃない? チェルちゃんも、やっていい事と悪い事の区別は付いていると思うわよ?」

「お前も聞いただろ? 冒険者登録するときに、チェルビーはジェスターの手を文字通りに焼いたんだぜ?それも"ジュワッっと"」

その言葉を聞き、ダニエリーを含めた、周りの冒険者たちはジェスターに同情の念を送った。



大きな音と共に演舞場に土煙が舞う。


チェルビーが高速で飛び出したのだ。

相手も慌てず、魔方陣を展開。その速度は1秒と掛からない。


(やっぱり、素直には行かないわねっ。でも!!)

拳を握り、大きく右手を引く。

更なる力強い踏み込み。チェルビーは更なる加速。


その速度を保ったまま、大きく拳を放つ。その位置、魔方陣の手前。

次の瞬間、拳圧が相手を襲う。


防御するために展開した魔方陣も、荒れ狂う暴風により罅が入り、ついには崩壊した。

体制を立て直すために、再度、身を隠そうとする魔法使い。


そこで、試合終了を告げるブザーが鳴る。

チェルビーの拳が、相手の顔の前にあったからだ。


沸き上がる歓声。

一人の人間の成長の過程を垣間見れたこと、新たな冒険者が誕生したことへの祝福の歓声だ。


「ありがとう」

対戦相手の魔法使いに対して、手を差し出し礼を言う。

チェルビーが成長できたのは、紛れもなく対戦相手である彼女の御蔭なのだから。


「良かったら、北の外れにある酒場に来てよ。今度、一緒に飲もう?」

その言葉に笑顔で頷く魔法使い。

チェルビーは冒険者として、人間として先に進めたようだ。


向かう先は彼の待つ場所。

緊張が解けたのか、足元がおぼつかなくなる彼女。その歩みは止まらない。


衝撃とぬくもりがチェルビーを包む。

(確認しなくても分かる。アイツだ)

安堵で涙が溢れてくる。


「ジェスター、約束守ったわよ」

子供をあやすように、頭に手を置く。


「何が約束守っただよ。散々、無茶しやがって。約束破ってんだろ?」

「ごめん」

涙を魅せたくないのか、胸に顔をうずめたまま謝るチェルビー。


「謝んな。カッコよかったぜ。チェルビー」

ジェスターからの称賛。


(やっぱり、私はコイツがいないと、)

彼の温もりに包まれていると、疲れが一瞬で飛んでいく。心に充足感が満ちていくようだ。


「チェルビー」

ジェスターが。



「「「「「「「「「「おかえりなさい」」」」」」」」」」

観客席にいた冒険者達が。


チェルビーを、勇敢に戦った冒険者を出迎えた。


「ただいま!」

冒険者チェルビー。此処に帰還。


ケガが酷く、すぐさま治療のために運ばれる。冒険者におんぶされ運ばれる彼女に向かって。


「チェルビー。約束は果たす」

拳を前に突き出し誓う男。


「うん!」

それに答えるチェルビー。


「ついでに、みなさんも観てて下さいよ」

拳を冒険者たちに向ける。

彼等から、"いつになく真剣じゃねぇの?"、"珍しいことがあんだな"等と口々に言う。


「俺も、アンタらの、チェルビーのいる場所に行きたくなっただけですよ」

そう言い残し、光の中へ消えていくジェスター。


「ジェスター」

マルコリーが呼び止める。


顔を此方に向ける。



「「「「「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」」」」」

冒険者たちが。


「いってきます」

ジェスターが。


駆け出しが、冒険者になるためにステージに進む。

ジェスターの試合がまもなく始まる。


「マルコさん。マルコさん」

「なんだ?」

冒険者の一人が話しかける。


「ジェスターは、なんで鉄パイプを持ってんだ?」

威勢よく歩く彼の左手には、杖でもなく、刀でもなく、錆びた鉄パイプがあった。




「オレにも分からん」

彼の真意は誰にもわからない。

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