彼と皆と勝利の約束
(考えるのよ。敵のいる場所を)
チェルビーは辺りを見回すが、それらしい人影は確認できない。
(攻撃の方向は気にしない。そんなの魔法で如何とでもなる。大切なのは落ち着くこと。冷静に、冷静に)
深呼吸を行う。幸い、チェルビーが動くのを待っているかの様に敵からの追撃はない。
(ん? なんで敵は攻撃をしてこないの?いくらでもスキはあったはずなのに)
序盤と同じく大きく後方にジャンプする。
「うっぐっ!」
背中を襲う衝撃。
(やっぱり、私が動くと衝撃が来る。でも、動かなければ衝撃は来ない。つまり、)
息を整える。
(集中。会場全体に薄く意識を広げて。ゆっくり。ゆっくり。異物を見つけるように)
頭の中に演舞場のイメージが流れ込む。
隈なく、異物の捜索を行う。これこそが、ダニエリーから教わった技の一つ。魔法はイメージが大切。その言葉通りにイメージしていく。
(見つけた)
目を見開き、拳を握る。足を広げ、腰を落とす。右腕を大きく引き、上半身を下に向ける。
「うらりゃぁっ!」
自分の足元に向かって、高速の拳を放つ。
瞬間、くぐもった声と共に黒い影が躍り出た。
右腕を抑え、焦った表情の対戦相手の魔法使いが突如、土煙と共に出現した。
「いい拳だ」
感心するのは、観客席で見守る先輩冒険者マルコリー。
続けて。
「よく見つけられたな.....しかし。もしかして、あれを教えたのか?」
「えぇ、魔法を使う人間は、その性質上、身を隠しす確率が高いから。攻撃よりも探知の仕方を優先して教えたのよ」
チェルビーに探知の術を教えたのは、同じく魔法を使うダニエリー。役に立ったようでホッとした表情をしている。
「相手も、まさか拳が飛んでくるとは思わなかったんだろうな。右腕が折れてやがる」
「まぁ、焦燥して様子から一転だもの。それまで見つかる気配もなかったし、彼女も油断したのでしょうね」
「でも、ここからだ。ここからは相手も小細工なしだろうし、タイマンって訳だ」
その言葉に微笑むダニエリー。
「チェルビーちゃんにはもう一つ教えたことがあるのよ」
「ん? どんな魔法を教えたんだ?」
「今も使っているんだけれど、小細工なし勝負ならもしかしたら。ね?」
「チェルビーは、今も何かしらの魔法を使ってるのか」
疑問に思うマルコリー。今までのチェルビーの動きを脳内で再生していく。
(走り出す、殴ろうとする、ダメージを食らう、そしてさっきの拳)
次々に思い浮かべていく。
「あぁ、そういうことか。序盤に魅せた、あの速さと、さっきの拳か」
「えぇ、下手な魔法を教えるよりもチェルちゃんに合っていると思って。だって、ジェスちゃんのことをいっつも叩いているでしょう?」
マルコリーの脳内では、頭を叩いて男を引きずっていくチェルビーの姿が。
「まぁ、実践的ではあるなぁ。でもよぉ」
心配そうなマルコリー。
「でも?」
「チェルビーがよ、そんな強力は拳を身に付けちまったら、ジェスターは死ぬんじゃねぇか?」
「大丈夫じゃない? チェルちゃんも、やっていい事と悪い事の区別は付いていると思うわよ?」
「お前も聞いただろ? 冒険者登録するときに、チェルビーはジェスターの手を文字通りに焼いたんだぜ?それも"ジュワッっと"」
その言葉を聞き、ダニエリーを含めた、周りの冒険者たちはジェスターに同情の念を送った。
大きな音と共に演舞場に土煙が舞う。
チェルビーが高速で飛び出したのだ。
相手も慌てず、魔方陣を展開。その速度は1秒と掛からない。
(やっぱり、素直には行かないわねっ。でも!!)
拳を握り、大きく右手を引く。
更なる力強い踏み込み。チェルビーは更なる加速。
その速度を保ったまま、大きく拳を放つ。その位置、魔方陣の手前。
次の瞬間、拳圧が相手を襲う。
防御するために展開した魔方陣も、荒れ狂う暴風により罅が入り、ついには崩壊した。
体制を立て直すために、再度、身を隠そうとする魔法使い。
そこで、試合終了を告げるブザーが鳴る。
チェルビーの拳が、相手の顔の前にあったからだ。
沸き上がる歓声。
一人の人間の成長の過程を垣間見れたこと、新たな冒険者が誕生したことへの祝福の歓声だ。
「ありがとう」
対戦相手の魔法使いに対して、手を差し出し礼を言う。
チェルビーが成長できたのは、紛れもなく対戦相手である彼女の御蔭なのだから。
「良かったら、北の外れにある酒場に来てよ。今度、一緒に飲もう?」
その言葉に笑顔で頷く魔法使い。
チェルビーは冒険者として、人間として先に進めたようだ。
向かう先は彼の待つ場所。
緊張が解けたのか、足元がおぼつかなくなる彼女。その歩みは止まらない。
衝撃とぬくもりがチェルビーを包む。
(確認しなくても分かる。アイツだ)
安堵で涙が溢れてくる。
「ジェスター、約束守ったわよ」
子供をあやすように、頭に手を置く。
「何が約束守っただよ。散々、無茶しやがって。約束破ってんだろ?」
「ごめん」
涙を魅せたくないのか、胸に顔をうずめたまま謝るチェルビー。
「謝んな。カッコよかったぜ。チェルビー」
ジェスターからの称賛。
(やっぱり、私はコイツがいないと、)
彼の温もりに包まれていると、疲れが一瞬で飛んでいく。心に充足感が満ちていくようだ。
「チェルビー」
ジェスターが。
「「「「「「「「「「おかえりなさい」」」」」」」」」」
観客席にいた冒険者達が。
チェルビーを、勇敢に戦った冒険者を出迎えた。
「ただいま!」
冒険者チェルビー。此処に帰還。
ケガが酷く、すぐさま治療のために運ばれる。冒険者におんぶされ運ばれる彼女に向かって。
「チェルビー。約束は果たす」
拳を前に突き出し誓う男。
「うん!」
それに答えるチェルビー。
「ついでに、みなさんも観てて下さいよ」
拳を冒険者たちに向ける。
彼等から、"いつになく真剣じゃねぇの?"、"珍しいことがあんだな"等と口々に言う。
「俺も、アンタらの、チェルビーのいる場所に行きたくなっただけですよ」
そう言い残し、光の中へ消えていくジェスター。
「ジェスター」
マルコリーが呼び止める。
顔を此方に向ける。
「「「「「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」」」」」
冒険者たちが。
「いってきます」
ジェスターが。
駆け出しが、冒険者になるためにステージに進む。
ジェスターの試合がまもなく始まる。
「マルコさん。マルコさん」
「なんだ?」
冒険者の一人が話しかける。
「ジェスターは、なんで鉄パイプを持ってんだ?」
威勢よく歩く彼の左手には、杖でもなく、刀でもなく、錆びた鉄パイプがあった。
「オレにも分からん」
彼の真意は誰にもわからない。