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giveAndTake(ギブアンドテイク)  作者: あねものまなぶ
10/18

恐怖と不安と踏み出した彼女

活気が冷めやらぬ闘技場。

観客たちは今か今かと求めるように声を上げる。



中央演武場へと続く薄暗い通路に2人の姿はあった。

今か今かと待ちわびるチェルビーに対して、落ち着いた雰囲気のジェスター。


「チェルビー。お前、無理してないか?」


「はぁ?無理って何よ? あたしが無理して戦うとしてるって言いたいの?」

少しばかり怒気を孕んだ言葉。

それに臆することなく。


「あぁそうだ。お前はいっつも無理をする。最悪なのが、それを表情に出さないってとこだ」

「何よ。心配してくれてるの?」

茶化すように言うチェルビー。


「別に心配なんかしちゃいねぇよ。でも、俺の我儘に付き合わせちまったから、その、悪かったなと、思ってよ」

「っぷはっ! はっはっはっ! らしくないわね? 大丈夫よ。これは私の我儘なんだから!アンタが無駄に責任感じることはないのよ」

ジェスターの心配を笑い飛ばす。

安堵するジェスター。しかし、彼の表情は晴れない。


「チェルビー。絶対に無茶はするな。怖くなったら逃げたって良いんだ」

「それってお願い?」

「あぁ、そうだ」

言い切る。


「なら、私はお願いの対価を貰わなくちゃ行けないわねぇ?」

「おいおい、ここで"それ"を引っ張り出すのか。目ざとい奴だなぁ」

何時もと変わらぬやり取りが、お互いの緊張を解す。


「対価の件は考えとけ。試合が終わった後に聞いてやるから」

「オッケー!無事に帰ってこれたらね」

「おいおい、マジで無茶はしないでくれよ。マジのマジのマジだからぁ!ねぇ、こっちは本気で心配してんの?」

「はいはい。ジェスターこそ自分の心配したら?」

非難するような目を向ける。


「言い出しっぺの俺が言うのもあれだが、本当にやばくなったら棄権するから問題なし!!」

「最悪ね、ここは男らしく"俺に任せろ!"とか言えないわけ?」

「無理だね!!俺は弱い。刀も使えなければ魔法も全然だ。唯一の武器はこの健康な体とこいつだけ!それでどのようにして勝てと?」

自信満々に得物を見せつける。彼が今日の為に準備したとっておきだ。


「はぁ、アンタって緊張感がないのね?御蔭でリラックスできたけど」

呼び込みの声が掛かり、チェルビーが離れていく。


「ジェスター。約束しましょう。必ず勝って酒場の皆に奢らせるって」

「良いじゃねぇか、あの人らも"勝利の祝い酒だ"とか言って景気よく奢ってくれそうだ。いいぜ」

「じゃぁ、無茶せずに、勝つ!!! 約束よ!」

そして。


「いってきます」

「いってらっしゃい」

チェルビーは光の中へ消えていった。


チェルビーが指定位置に着いたのを確認し、数瞬後、試合開始のブザーが響き渡る。


(始まった。冷静に行かなくちゃ)

対戦相手と向き合うように立つ。その距離は50歩程度離れている。何の補助もなしでは相手の細かい動きが見えないだろう。

チェルビーは中腰の姿勢をキープしつつ、何時でも動けるようにスタンバイ。


(相手は観た感じ、私と同じ"魔法"を使う戦闘を主にしていそうね)

チェルビーが観察する相手は、此方もダニエリーと同様な如何にも"魔法"を使いますと言わんばかりの衣装。

右手には身の丈の半分ほどの杖を持ち、チェルビーに杖の先端に込められた水晶を向けている。


(相手が遠距離を主とするのなら、此方が先に動いて距離を詰めるっ!)

相手が一歩踏み出した瞬間を見逃さず、飛び出した。

1秒後には相手との距離は半分程になっていた。


(このまま懐まで入り込むっ!)

更なる加速。地面を大きく踏みしめた加速により砂埃がチェルビーの軌跡を描く。

姿勢を低く保ち、懐からの一撃を放とうとする。


「っ!」

突如、チェルビーの視界から相手が消えた。


速度を殺しつつ、停止する。

周りを見渡すもその姿が何処にもない。チェルビーの表情には焦りが見え始めた。



(一体何処にっ)

焦る彼女の頭上から迫る影。


(上っ!)

接近に気づき、大きく後退を測る彼女。


しかし。


「がはぁっ!」

突如、背中に衝撃が走り、肺から空気が漏れる。

余りの衝撃に、口内を切り血が口端から垂れる。


後ろを振り返るも相手の存在は確認できない。それどころか周囲に相手の姿は確認できない。

正に"不可視の一撃"。


(なんで、背中に攻撃がっ!どこにっ!いったいどこにっ!)

焦燥する。想定していなかった訳ではない。しかし、実際に目の前で起こる理解不能の現実。


「っぐ!」

動くと衝撃が。止まっても衝撃が。

どうすることも出来ない状況が続いていく。

現状を打破できない焦りと不可視の攻撃による痛みによる恐怖が彼女の心を蝕んでいく。


(これが戦い。舐めていた。私ならどうにかなるって舐めていた)

彼女の世界は黒く染まっていく。彼女の視界には光が一切ない。見渡す限りの黒。


攻撃にさらされること数分。


(怖い。痛い。怖い。助けて。ジェスター、ジェスターっ!

戦いに飲まれてしまった。

顔は青ざめ、歯を鳴らしながら辺りを見回す。敵を探しているのだはなく、唯々、光を求めて彷徨う亡者。

彼女の心をそのまま写すように、都市部から日の光が薄れていった。光を遮る分厚い雲を取り払うことは容易ではない。


観客も彼女が戦いに対して怯えているのだと、心が折れたのだと理解出来る程に、その姿は痛々しかった。

その姿に思わず目を背ける者達もいる。駆け出しの冒険者が戦いに赴くと一定の確率で恐怖に飲まれるものが出る。そう、チェルビーと同じように。


しかし、試合は終わらない。どちらかが降参、もしくは戦闘不能になるまで終わらない。

観客からは"アイツを楽にしてやれ!"、"早く試合を終わらせろ"と対戦相手に対して言葉が投げかけられる。

会場全体がチェルビーの負けを確認している証拠だった。


しかし、視線を逸らすどころか一挙手一投足を見逃さんとする者達がいた。


「」

無言で席を立つ男がいた。

厳しい顔つきの精悍な男だ。

そんな彼を制する女性がいた。


「マルコリー。それは貴方の役目ではないでしょ?いくら何でも過保護すぎよ」

警護の仕事を請け負っているはずのダニエリーだ。


「離せ。この場に嬢ちゃんを引っ張り出した俺が行かなきゃいけねぇんだ。俺から審判に"チェルビーの降参"を伝えてくる。アイツはもう、満足に動けない。対戦相手も止めをさせる程の攻撃は持ってなさそうだしな」

静かに告げる。眉間に皺を寄せ射貫くようにダニエリーを見つめる。その眼は"行かせろ"と言う。


「確かに、話を持ち出したのは貴方なのでしょう。でも、参加すると決めたのはチェルビーなの。そこは履き違えちゃいけないわ」

彼女の言う"履き違えるな"。

この意味を理解してる為だろう、マルコリーの表情はさらに苦渋に歪む。


「チェルビーならまだ立ち直れる。ここがアイツに取っての分水嶺なんだ。引き際を間違えたらこの先、冒険者どころか普通の生活がままならなくなる。それ程、アイツの心は悲鳴を上げてるんだよ!!」

訴えかけるマルコリー。


「俺はアイツを支えてやる義務がある。いや、義務なんて関係ぇなねぇ!俺はこんなちっぽけな試合で、チェルビーの道を閉ざしたくはねぇんだよ!!」

チェルビーを思う涙が溢れている。


「分かっているわ。私だってあの子の傍に言って声を掛けてあげたいわよ。勿論、私達だけじゃないわ」

ダニエリーの、いやマルコリーの周りには、一緒に卓を囲み、苦楽を共にした家族たちが。



「ねぇ、マルコリー。チェルちゃんの道はまだ閉じてないわ。少しだけ、彼女の心が曇っただけ。私達が出来るのは見守ること。そして帰ってきたら何時ものように出迎えることよ。でしょ?」

「でもよぉ、チェルビーは泣いてんだ。それを見て見ぬふりするなんて俺は出来ねぇ!」

涙ながらに訴える。


「その涙を拭ってあげられるのは私達ではないのよ。私達ならもしかしたら彼女の心を覆う曇天も晴らすことは出来るかもしれない。でも、ここで私達が手を差し伸べてしまったら彼女の戦いを汚してしまう。私達が勝手に"彼女の負け"を宣告するなんて持ってのほかよ」

「じゃぁ、どうすれば。アイツの、チェルビーの心を晴らすことが出来んだ。知ってるだろ! チェルビーは真面目で、真っ直ぐで、何より笑顔が一番似合うんだ。アイツに泣き顔なんて似合わねぇし、させちゃいけない。あんな涙は流させちゃいけねぇんだ」


「私達は手を差し伸べられない。でも、彼女の相棒ならその涙を拭う資格くらいならあるんじゃない?」

その視線の先には、演舞場入り口に立つ男の姿が。


「ジェスター」

彼の姿を確認し、呟く。冒険者として今までの付き合いがあるマルコリーですら見たことがないジェスターの表情。


「落ち着いた?」

ゆっくりと腰を下ろすマルコリーに声をかける。


「すまねぇ、取り乱した。危うく、チェルビーの戦いを汚しちまうとこだった」

「いいのよ、貴方の手綱を握るのも私の役目でしょう?」

「へっ。うっせぇよ」

いつもの気の優しい冒険者マルコリーに戻ったようだ。




「確かに、俺達が手を出す事も出来る。そうすればチェルビーは本調子に戻るだろう。でも、それじゃいけねぇ。先達がおせっかいを焼いていい場面じゃねぇ。まぁ、本当はチェルビー一人でどうにか出来るのが理想なんだがなぁ」

「それは随分と厳しいこと言うわね?チェルちゃんは初めての実践なのよ?」

「いつでも、俺達、ジェスターがいる訳じゃねぇんだ。一人立ちしてもらわねぇとな。ちゃんと面倒みてやれよ師匠様?」

「勿論よ、私の可愛い教え子だもの。貴方だって、ジェスちゃんに何か教えていたでしょう?」

「まぁな。アイツが頭下げてきたんで適当に教えてやったよ。でも、」

「でも?」

「いやぁぁよ。俺もまだまだ、なんだって。さっき、ジェスターに教えてもらってよぉ」

恥ずかしそうに頭を掻く。


「そうね、一番心配しているのはあの子なのに。私達だけ取り乱しちゃったわね」

先程の一幕を恥ずかしそうに語る。


「先達は力になれねぇ。アイツが来るのを手ぐすね引いて待つしか出来ねぇ。でも、チェルビーの相棒なら、ジェスターなら」

「彼女の涙を、心を晴らす、その資格はあると思うわ」

「チェルビーの背中を、横から押してやってくれ、ジェスター」


チェルビーの心は摩耗した。


(ヤダヤダヤダッジェスター助けて。ジェスターッ!)

彼女のそばには何時もジェスターがいた。

困ったときは何時でも手を差し伸べてくれる。彼の存在がチェルビーの支えであった。

支えのなくなった彼女は脆かった。いつもジェスターを支えてあげていると思っていたがその逆。支えられていたのは彼女の方だった。


涙で歪む視界の先にいる筈もない彼が。

此方に手を差し伸べてくれている都合のいい姿が。

(私ってホントに。そんなわけないわよね。ジェスターは此処にいない。此処にいるのは私だけ。甘えてたのは私だったのね。ゴメンねジェスター。ダニエリーさん、皆。私は次のステップに行けなかった)

光の先に待つ、憧れの彼らの姿。自分はもう階段を上る気力がない。足が動かない。顔を上げられない。背後に佇む恐怖を振り払うことが出来ない。


(ごめん...ジェスター。私、約束を、守れなくて)

彼女が流す涙は恐怖からではない。現実を目の当たりにし、乗り越えられないと悟った、自分の不甲斐なさが流された涙。



「バカ野郎っ!!」

黒く染まった彼女の世界が僅かに揺れた。

僅かに揺れた、だけだった。


「泣いてんじゃねぇ!!前を観ろ、敵を観ろ、拳を握れ。 お前は一人じぇねぇ。俺らがいるだろぉぉぉぉぉぉがぁぁ」

支えてくれた彼の言葉が、彼女の顔を上げさせた。

ジェスターはチェルビーの背中を押すなんて優しいことは出来ない。そんな器用なことが出来る男ではない。

彼がしたのは、横から尻を蹴っ飛ばし顔を上げさせた。それだけ。


(ジェスター....)

顔を上げる。手を握る。腰を落とす。


(そうか、私は、ビビってた。ただ、それだけだった。でも)

しかし、彼女に纏わりつく恐怖とが体の自由を奪う。


(足が竦んで、震えが止まらない、やっぱり私は、あの先には行けないの?)

階段を上ろうと足を上げるが、振り下ろすことは出来ない。


「俺とも約束を忘れたのか!!!!!!」

(約束、ジェスターとの約束)

試合前に約束した。勝つという誓い。


("無茶せず、勝つ"。片方は破っちゃったけど)

チェルビーの姿は至る所に打撲痕。土に塗れたその姿はとこも"無茶せず"と言えるものではない。


(でも、もう片方だけはっ!)

彼女は今、次のステップへ足を振り下ろした。


纏わりつく恐怖を振り払うかのように。


大きく息を吐き、目を擦る。

赤く染まった眼には涙はない。


「っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

雄たけびを上げる。その声には恐怖、怯えそんなものはない。

あるのは勝つという強い意志。心を覆った曇天を快晴に変える。


会場中で、彼女を心配する者はいなくなった。


目を覆う程に痛々しかった少女の姿は何処にもない。

そこにいるのは、冒険者。


その咆哮を皮切りに客席からも声援が聞こえた。


「チェルビーィィィィ。泣くには早いだろ!!」

「何時もみたいに相手をぶん殴れぇ!!」

酒場では騒いだ挙句にチェルビーに殴られていた冒険者達。


「良いコンビじゃねぇか。あいつら」

「そうね。ねぇ、マルコリー」

「なんだ?」

「その、涙と鼻水は拭いたら?」

彼の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。



そんな彼らが見守る中、冒険者チェルビーの戦い第二幕が始まる。

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