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REALY  作者: バタやん
第一章
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第1話「最悪の出会い」

 登校路につき、朝っぱらから眠い目を擦る人物が一人。青年の名は未角来人(みすみ-らいと)。

 何の変哲もない街。その街のメインストリートの一つである秋吉商店街を登校時の道に設定したのはいいが、立ち寄るような場が何一つもない現状につい彼は嘆きたくなった。

 これではロクにサボる事もままならないではないか、と。

 確かに半年ほど前に映画館、ゲームセンター、巨大すぎると言われるほどの本屋といった自身の中ではサボる場所のベスト三要素をきっちりと備えたショッピングモールはできた。しかし、建てられただけで行けるかどうかは別の話である。

 まず一つは中途半端に遠い距離であるということ。ギリギリ自転車で行けない距離ではないものの、普通ならバスで行くのが普通。さらに言うと街の端、山の方へと建てたが故に、地獄の登り坂がショッピングモールへ行こうとする挑戦者の前に立ちはだかる。


 それに加え、半年ほど前の事ではあるが、『朝は私が自転車使うからアンタは歩きって事でよろしく!』と、母親に某ラストでマグマに沈んでいったサイボーグ物第二弾ばりのグッジョブポーズつきで通勤への移動手段として自転車を取られた。

 そんなこんなでサボろうにもサボれない、不憫な状況が続き、来人はまた止む無く登校への道筋についていた。


「ふわぁぁ……、ねみぃ……」


 平均的な長さの少し寝癖でツンツンと跳ねた黒髪を掻いて、今日も眩しいほどの光を放つ太陽と曇りなき青空を見上げながら、大きな欠伸をして、まだ眠い目を擦る。晴れた日は嫌いだ。理由は日差しが嫌いというドラキュラのような生態が故。

 そんな怠惰な来人にも親友はいた。最も、全く似ていなければ性格は真反対と言っていいほど成績優秀な男。

 それが隣で同じく登校している男、茶髪のストレートヘアーに黒縁メガネの 柳原将真だ。最もメガネはただのおしゃれで度は入っていない。


「ったく、お前いつも眠そうだな。どんな生活リズムしてんだ?」


「夜十時に寝て、朝八時に起きる生活……」


「それ寝すぎだろ。お前の容姿なら普通にモテるんだから、彼女でも作ればいいのに」


「別に興味ないしな……。それより今日の一限何だっけ?」


 将真が「ほんと無関心なものには無関心だよな……」と一つボヤキつつ、携帯を取り出す。小学校からの幼馴染で、唯一無二の親友と呼べる存在とのこのやり取りは毎朝恒例。かれかれ既に十年近くの付き合いになる。


 呆れた様相を見せる将真が携帯にメモしてある時間割を見て、今日の授業を確認。すると、将真は一転して気怠そうに携帯の画面を見せつけるように差し出してきた。そこには一限目・体育と書いてあり、それだけで来人には親友が項垂れた訳が理解できた。


「お前体育大嫌いだもんなぁ」


「全くもって嫌いだね。……むしろ何の為にやるのかも分かんないし」


 将真がまたやれやれと言わんばかりに首を振った。彼が唯一苦手としている科目、それが体育である。対して自分が唯一得意としている科目がこの体育、他の教科についてはノーコメントを貫きたいところだ。


「まっ、俺は持久走とかシャトルランなんて馬鹿げたもんじゃなけりゃ、なんでもいいわ。楽だし」


「……まあ。そうだけどさ」


 将真は同調しつつも、再び深いため息をつく。二つの挙げた種目に関しては、二人の満場一致でワーストに入る。ただひたすら走り続けるだけという意味不明な授業であり、何よりも朝からそんなことをさせられるなど以ての外、論外である。


 とはいえ、それ以外の種目であれば、ある程度は適当に体を動かしていれば済む話。それ以外の授業に関してはそうもいかない。

 国語は無駄に長い文を読まされ、数学は数学で訳の分からないグラフを描かされる。理科系なんて論外、社会など覚えられるはずもなければ、英語は言うまでもない。どれもこれも八方ふさがり。よって、来人にとって体育は他の授業よりかはマシという見解だった。


「お前に関しちゃ、元から運動神経無駄にいいもんなぁ」


 将真が嫌味たらしく言うのに対し、「無駄に、は余計だ」と頭を軽く叩く。

 何よりもお前がそれを言うか、と言いたくもなった。この柳原将真という親友は他があまりにずば抜け過ぎているからこそ。

 成績は生徒会長の六波という少女と毎度一、二位を争い、テストはほぼ満点。そんな事から周囲から天才と呼ばれる事など珍しくもない。しかし、彼自体は天才と呼ばれるのを嫌う。それをなぜかと聞いてみた事もある。

 すると、将真からの返答は『それ相応の努力もしてるつもりだ』という言葉だった。なんの反論もできなかったのは来人の記憶にはっきりと残っている。


「そういえばもう何もやってないんだよな?武術みたいなの」


「空手とジークンドー、剣道な」


 思い出したようにかつての習い事について、聞いてきた将真の発言を訂正した後、一つため息をつく。ジークンドーは自らが進んで習いに行っていたが、空手と剣道はというと祖父が師範をやっている事もあり、なし崩し的にやっていたというのが事実。

 それにーー。


「……馬鹿らしくなって、ジークンドーはやめた。空手や剣道に関しちゃ、爺さんの所自体にだいぶ行ってねぇしな」


 全てがどうでも良くなり始めたきっかけは三年前の事件からだ。妹である美海(みうを失って、残ったものと言えば、守れなかったという後悔のみ。

 その時にジークンドーも空手も、剣道も自ら辞した。自分のやっている事がただの自己満足である事に気付いた結果だ。


 脳裏に今朝の夢が過ぎる。目覚めの悪い夢にも程があったが、所詮は夢であると割り切ったつもりだった。

 ーーなによりも美海はもういないのだから、と。


「そっか……。まっ、結果的に今に活きてるんだしよかったんじゃないか?」


「……だな」


 少しだけらしいフォローをしてくれた親友は恐らく辞めた理由に気づいたのだろう。だが、それ以上は何も言わないでいてくれた。そういう気回しが上手い男だからこそ、友好関係の薄い来人もこの彼、柳原将真とは共にいるのだ。

 話しながら歩いていれば、あっという間に学校に到着するのも、いつもの事。こんな毎日が繰り返し、続くはずだった。


 ーーしかし、運命は既に動き始めていたのだ。


 ◇


 とあるマンションの屋上。

 自身の名にも刻まれている風が心地よいほどに吹くその場所は、朱色の長髪をなびかせる少女にとってお気に入りになりつつあった。

 とはいえ、そのお気に入りの場所でただぼーっとしていた訳ではない。これもまた仕事。偵察中のパートナーからの連絡を待つ間のほんの少しの休憩だ。

 そして、その終了の合図はようやく訪れた。


『ーー対象を見つけたよ、葵』


「朱莉、……遅いじゃない」


 葵、という自分の名を呼んだ通信相手の飛奈朱莉(とびな あかり)へと不服気に文句で返す。

 が、彼女からもまた反論が飛んできた。


『も~! 私ホントは非番だったんだからね~! そもそも葵が対象の家に行くまでに迷って取り逃がしたりするから悪いんだよ〜』


「ま、迷ったんじゃないわよ……! ただちょっと子供助けてたら、方角が分からなくなったっていうだけで……!」


『はいはい、分かった分かった』


 ある端末を通じて話す相手の朱莉からは明らかな呆れ顔が浮かんでくるような、棒読みの返事。どうやら誤魔化そうとしているのはまんまとバレているらしい。

 それにこれ以上反論を言おうものなら、また自分のやらかしに関するボロが出そうだと葵は一つ咳払いをし、状況説明を促す。


「……で、状況は?」


『今は学校にいるみたい。葵から見て北西だと思うけど、見える?』


 朱莉から報告された方角を見れば確かに校舎のようなものは見える。それは決して古くからあるようなボロボロのものでもなく、薄汚れてもいない。

 恐らくは新設された高等学校である、というのはその綺麗な壁からも察することができた。


「ふーん、今度のターゲットは頭良いの?」


『それは分かんないけど、本部が連れて来いって直々に言うってことは……』


 ーー期待はできる。

 それは朱莉との一致の意見でもあった。そしてそれは自分達を助ける事にもなる。そうなるように仕向けること、それが葵達の今回の目的だ。要するに対象を取り込めるかどうかは自分達の腕次第という事でもあった。


『それじゃあどうする? 葵』


「できるだけ穏便に済ませたいけど……、一応どの程度かも見ておきたいわね」


 無理やり連れて行っても仕方がない、と上から言われたのもあるが、葵自身もそんなことをしても仕方がないことは百も承知の事だった。

 名目上は”保護”目的であり、”所属する組織への勧誘”ではない。しかし、人手不足という事が問題となりつつ今だからこそ、善意の協力者が必要不可欠なのであるのも事実だ。


『じゃあ"プランD"でいこうよ!』


「よりにもよってあれ……?」


 プランDの提示に眉をひそめ、脱力する。

 そのプランは朱莉にとってお気に入りのプランなのだが、あまり有効な手とは思えなかった。何よりも葵はそれに対しての準備不足が気にかかる。


「急にじゃ小道具も用意できてないでしょ?」


『ふっふっふ…!』


 面と向かわなくてもそのしたり顔が思い浮かびそうな朱莉の得意げな声。それに今度はこちらが呆れ、彼女が元々そのつもりで準備をしてきたのだと悟る。

 そうなればもはや実行するのみ、止める事はできない。


『という事で葵も一緒にーー』


「やらない」


『えーー!?』


「私はやらないからね、絶対に! 断固として!」


 否定形を重ねるほどの拒否が明らかに朱莉の声のトーンを落とさせる。だとしても、それに関して葵は譲らなかった。プランD、それがどんな事をする羽目になるのかは知っているからだ。


『そんなに拒否しなくても……』


「私はじっくりと見させてもらうから」


『も~、ケチ! じゃ……そろそろ動こうよ。対象もちょうど昼休みみたいだしね』


 こうして二人の少女のとある作戦は始まった。

 ビルから裏路地へと飛び降り、深く帽子を被ることで隠密行動状態へと入る。自分達の敵にバレれば、厄介なことになる、万が一に備えての対策だ。


 そして、ターゲットの高校近く、その距離数メートルほどのビルの屋上から再び動向を見守る。

 ターゲットの名は――未角来人。


 ◇


 チャイムの音が校舎に響き渡り、眼鏡をかけた小太りの担任教師、通称角刈りこと柿本が教壇に立つ。ちなみに角刈りというあだ名は髪型からである。

 すると、角刈りはすらすらと日にち、それから時間をあっという間に黒板に書き終えた。

 それは生徒にとって最も頭の抱える種の悪夢の告知。が、そんな事は知らぬ存ぜぬと言わんばかりにそれを伝え始める。


「いいかー、再来週のテストの予定だ。しっかりと勉強に取り組むように。単位だけは落とすなよ」


 なぜか自分の事を言われているような気がして、窓の外から視線を黒板に移せば、担任とばっちり目線があって来人は確信した。

 ーーやはり、自分の事だ、と。それから逃れようと目線を再び窓の外、グランド側へ逸らす。すると、やれやれと首を振って、角刈りは教室を後にして行ってしまった。

 ホッと一つ息をつくと、周囲では同じく落胆の声の数々。


「マジかよー、古典一日目―?」

「私今回の授業全然聞いてないからやばいんだけど~!」


 ほとんどの生徒がテストの事を引きずりながら、昼休みに入り、携帯でメールをしたり、部屋を後にしたり、教室内で談話したりなどの行動に移っていく。

 人も多く、うるさい教室内はあまり好きではない。だからこそ、雨が降らない限りはいつも将真と屋上で過ごすのが日常だ。


 この日は快晴も快晴というような水色の景色。運よく、人っ子一人屋上にはいない。

 ただただ風の音とグラウンドの声だけが聞こえてくるだけという至高のシチュエーション。

 そこに二人して寝転がり、隣では将真がやりきった、というように両腕を伸ばした。


「やっと四時間目終わったな~。……そういや今日はお前一度も寝ずに外ばっか見てたよな? 珍しい事もあるもんだ」


「まぁ……、ちょっと考え事だ」


 学校に来ても、ほぼまともに授業を受けることは数少ない。起きている事はある意味奇跡とも言えるだろう。

 ……だが、今日に限っては眠らなかった、というよりは眠れなかったというべきか。眠ってしまえば、また今朝のような夢を見るかもしれない。ーーそんな恐怖からだ。

 三年前の事とはいえ、美海を忘れた事はない。だから、頭の中には今も美海の救いを求める声がこびりついている。


「お? お前が考え事なんて珍しいなぁ。よければ聞くけど?」


 そのからかった言い方に、少しだけ腹を立てる。しかし、呪縛からどうしても逃れたくなって、今朝の出来事を彼へ話してみようかと、その一手を投じるか来人は自分の中で思案した。

 その結果、所詮は夢とでも言ってくれれば、心のケリがつくかもしれないという考えに至る。


「……今朝さ」


「ん?」


 振り向いた将真の表情と言えば、食べ始めたパンをくわえたままの何とも情けない面構え。

 それを見て、決意したはずの話す事に躊躇いを覚える。……が、話せるような相手は他にいない上に、ここまで言ってしまえば、言わない訳にもいかないと、言葉の続きを口にする。


「なんつーか、変な夢見てさ。――美海が……」


 すると、突如将真は喉にパンを詰まらせ、何度かむせると慌てて水を飲み干す。

 ようやく彼は落ち着きを取り戻したが、やはりこの男に言うのは間違いだったかと来人は冷ややかな視線を送った。


「はぁ、びっくりしたぁ……」


「……お前にこの話しようとした俺がバカだった。忘れろ」


「まぁ、待てって。ーーその夢ってまさか……」


 いつになく、その彼の表情は真剣そのもの。その深刻っぷりに自身もまた息を呑み、妙な緊張感が辺りを漂う。しかし、何かを言いかけた将真が「いや……、ありえないな」と呟いたまま、また黙り込んだ。

 その渋る様子に我慢ができなくなって、来人は堪らず苦言を呈した。


「なんだよ、言いたい事あるなら言えよ!」


 すると、将真はらしくもなく頭を掻き、首を捻る。それから苦悩の表情を浮かべる彼に思わず黙り込む。暫く、その親友は少し自問自答を繰り返したのち、ようやくその固く閉じ続けた口元を緩めた。


「――お前のその夢、美海ちゃんが助けてって言ったんじゃない……よな?」


 まさかの言葉に頭が真っ白になって、フリーズ。

 実際、将真がむせた頃から、何処かで胸騒ぎはしていた。しかし、そんな自身の予感はあくまで予感だと思い込んでいたからこそ、度肝を抜かれたのだ。――予感は見事に的中したのである。

 手に持っていたコーヒーの缶を落下し、太陽の日差しを浴び、熱くなったアスファルトに茶色の液体が染みていく。

 言葉も出ないとはこの事だろう。来人はその場で立ち尽くすしかなかった。


「……同じだ」


「それってどういう……?」


 なにか暗示にかけられたように呟いて、不審に思ったのだろう将真は更に問い詰め始めた。流石の彼もこの不気味な現象を前にして、聞かないわけにはいかなかったらしい。

 この際、信じて貰えるかどうかはどうでもよかった。ただ事実を口にせずにはいられなかったのだ。



「ーー俺の見た夢と同じだ……」


 半パニック状態のまま、声を振り絞って、言葉を告げる。

 共有している夢。そのありえない事実に、今度は将真と二人して黙り込む。深まるばかりの謎にただ静寂だけが流れる。いつもどこかお気楽な親友ですら、今回限りは開いた口が塞がっていない。

 “偶然”――。その一言で済まされる事でもない。同じ人物の夢というだけならともかく、ほぼ状況一致までしているこの状況は。


 刹那――。

 色々な物事が散らかりっぱなしの最中、異変は突如として起こりだす。あれほど快晴であった空がどんよりとした雲に覆われ始めた。


「フフ……」


 暗雲と共に不気味な声が屋上に響き、来人は我へと返った。しかし、まだ動揺は収まらない。そんな事など知らぬとばかりに、その声は脳内へと響き続けるだけ。

 謎の声、そして雷鳴が唸る暗雲。しまいには雨。


「な、なんだよいきなり……! それにこの声は!?」


「どこから聞こえてきてる……?!」


 将真が目の前の異常現象に声を上げ、来人もまた言葉を零した。そんな二人を嘲笑うように、あっという間に雨は視界を遮るほどの大雨へ。

 余りの気味悪さに数歩後ずさると、先ほど落としたコーヒー缶を不意にペシャンコに踏み潰す。

 ――声は高笑いから話し声へと変わって。


「――怯えてるねぇ?」


 雨の中から、コートのようなものを頭から覆い被さり、仮面で顔を隠した黒ずくめの姿。

 不気味な笑い声の主で、口元だけが露出しているその面の下でまたも不気味に微笑を浮かべる謎の存在を将真がすかさず指差す。


「お前……! 誰だ!?」


 容姿と声から女という事は明らかだ。黒ずくめの少女は三度不気味に笑う。

 そして、宣告を告げた。


「……私は殺戮者、あなた達を殺す、ね」


 殺戮者という言葉を聞き、将真と顔を見合わせて、互いに首を傾げれば、一気に気分が冷めて失笑。それと同時に重要な事を話していたにもかかわらず、とんだ水を差された事に僅かながら腹も立った。

 どうせ演劇部かなにかの練習だろうと確信し、「空気の読めないやつ」と来人は小さく吐き捨てる。


「殺戮者……? 文化祭の練習か? ったく、馬鹿馬鹿しい……」


「あのさぁ、もうちょっと空気呼んでくんない? 俺達今大事な話してたんだけど」


 将真が呆れ半分で追い払おうとする。今回ばかりは親友とまったくの同意見。くだらない芝居のせいで美海の件の話が切れたと思えば、尚更の事だった。

 が、文化祭にしては時期的にも早いのは気になったが、それよりも劇のセンスが欠片も感じられない芝居だったから、気に掛ける事すら馬鹿馬鹿しく思え、考える事をやめた。


「で……、いつまでこの真っ暗闇続くんだよ?」


 一瞬にして暗転させたり、豪雨を降らせたりといった技術面は大したものである。裏方の仕事っぷりには感服するばかり。しかし、やはり脚本に致命的落ち度がある分、それがほぼプラスをマイナスへと変えてしまっていることに来人は呆れた。


「ったく、仕方ない。場所を変えよう、来人」


「だな……」


 一向に去ろうとはしない黒ずくめの女に痺れを切らした将真が呆れて言葉を投げてくれば、それに同意して一つため息をつく。

 短く返事を返し、将真の後に続こうとした時。

 ――もはやただの演劇部とは思えなくなる事態は起こった。

 階段に向かう自分達を飛び越え、人間業とは思えぬ身のこなしで女が宙を舞って移動し、再び扉の前で立ち塞がったのだ。


 その動きを見た事で来人は微かに再び恐怖を覚える。長年武術を学んできた直感が告げていた。

 ――この女は只者ではない、と。


「ちょっと……! アンタさ、いい加減にーー」


 苛立ちを覚えた将真。その親友の言葉を受け、女は華奢な腕の指で彼を指差す。

 またしても妖しげな笑みを浮かべながら。


「――見せしめにあなたから殺ってあげる」


 その言葉を残し、自称殺戮者なる女の姿が消えた。

 どうせこけ脅しと思う反面、僅かな不安から辺りを見回す。

 訪れた静寂はほんの一瞬。

 ――その直後、先ほどの直感は現実味を帯びる事となった。


「う、うわあぁああーーッ!」


 突然、悲鳴を上げた親友。

 その将真の体がコンクリートの地面へと倒れる。

 ふと見やった彼の腹部辺りからは赤い液体が流れていたのだ。

 紛れもなく視界に捉えていたのは血。それを流しながら目の前で地に伏せた親友の姿に目を疑うしかなかった。

 ――その瞬間、来人はふと我に返り、親友の元へと駆ける。


「――将真ッ!」


 これまでないほどに叫んだ。何が起こったのかはまるで理解できていない。

 ただ目の前で倒れた親友の姿がある、その事実だけは変わらなかった。


「おい、しっかりしろ! 将真! おいッ!」


 駆け寄り、ただ意識を失い、生死を彷徨うに値するであろう血を流し続ける。両手についたドロドロの液体に、過呼吸になりそうなまでに来人は吐息を乱す。


「――人の心配をしている余裕がある?」


 呆然とするしかない来人へ横槍を入れる様に、暗闇に女の声が響く。

 嘲笑うかのような女の声。目の前の惨状を経て、来人の中の疑問はただの疑いから確信へと変わる。

 ――相手は本気だ、本気で自分達を殺そうとしているのだ、と。

 様々な事が折り重なって、気が動転する中で”落ち着け”、そう何度も自分へと言い聞かせ続ける。

 また例の女が姿を表せば、再び指を差す。その対象は来人自身。

 ――それは二度目の死の宣告だった。


「じゃあ次は君の番だね……」


 女がどこからかナイフを取り出す。ククリ型の刃からは赤い液体が滴っていた。その滴る血に背筋が凍りつく。それが親友のものであると理解してしまったが故だ。


「くそ……っ!」


 苦節を吐き捨て、諦めが頭の中を駆け巡る。

 そんな負の感情が全身を覆い始めた時、再びあの夢が脳裏に過った。まるで妹である美海が何かを伝えるかのように、声は響いてきた。


『――助けて、お兄ちゃん……!』


 夢だと思いたかった、いや、そう思う事で逃げていた。逃げ続けていた。本当は忘れる事などできるはずもないのに、忘れようとし続けていた。

 怖かったのだ。自身の過ち、罪と向き合う事が。


「こんな……所で……!」


 不意に出たのは掠れ掠れの言葉。それに女が首を傾げた。その殺戮者は一つまた妖笑を零して、突撃をかけてくる。


「――こんな所で……!」


 あの夢の真実を知りたい、いや、知らなければならないのだ。例えただの偶然であっても、その答えを知るまでは死ねない、死んではならない。

 怠惰な生活を三年間送り続けた自分自身の何か、未角来人の何かが爆発した。

 諦めは却下に至って、ただ喚く。


「死ねるかよ……! ――死んでたまるもんかァッ!」


 声を上げ、地面を蹴って無謀な特攻に打って出る。同じく自身に向かうナイフを持つ相手に右拳を振り絞って、それを振り翳す。

 だが、所詮は無謀な策。その拳は殺戮者にあっさりと避けられ、ナイフのカウンターが待ち構えていた。赤い鮮血で汚れた刃が雷鳴の反射で光る。


「これで終わり……ッ!」


「――舐めんなァッ!」


 振り下ろされた刃。そのカーブががった刃の先を四角い物へと刺す事で止める。女のカウンターを咄嗟の反射速度と判断力、来人は己の携帯で防ぐ事に成功した。


「なにっ!?」


「もらったッ!」


 まるで付け入る隙のなかった女が揺らいだ瞬間を見逃しはしなかった。右足を大きく振りかぶって、まず携帯ごとククリナイフを蹴飛ばす。

 そのままの勢いでくるりと体を一回転させて、相手の脇腹付近へ渾身の右足蹴り。


「ぐうぅ……!」


 その一撃は想像以上に有効だった。

 女もまた咄嗟に防御姿勢で両腕を締めて、直撃は避けたものの、武器のナイフは吹き飛ばされてもうない。

 したがって、ここからは完全な決闘。武器無しの殴り合いなら、勝ち目はある。


「どうした? そんなもんかよ!」


 息巻く来人の姿を見て、脇腹をそっと摩り、女は仮面越しに小さく微笑んだ。

 すると、仮面のロック機構を外し、その素顔は露わになる。そこに現れたのは薄黄色髪の少女。

 予想以上に幼い姿に来人は目を丸くした。


「……なるほど。確かに良い動き。通りで本部がわざわざ迎えに行けって言う訳だね!」


「はぁ? 何の話をして……」


「もういいよね? 葵」


 少女の言葉の後、あの悪天候はどこかへと去り、元の快晴へと戻っていく。動揺を隠しきれない来人を他所に、今度はどこからか拍手が鳴り響いた。

 殺戮者と自称していた少女はこちらを見つめて、また微笑み。未だに警戒し、ファイティングポーズを取っている来人に対してのクスクスといった笑い。


「――ええ、十分よ。お疲れ様、朱莉」


 屋上のタンク裏から出てきたもう一人の人物。

 ――細身で赤髪のロングヘアーの少女が拍手の主だった。

 あまりの状況についていけぬまま、唖然としたまま言葉も浮かんでこない状況に、来人はまたしても立ち尽くす。


「予想してたよりはマシだったけど、大したこともないわね」


 葵と呼ばれた少女がまるで品定めが終わったかのように言い放つ。

 それが自分のを指している事は来人にも分かった。大したことないという評価にも腹は立ったが、それよりも状況を知りたいというのが先。

 何より将真がやられた事も忘れてはいないし、この二人はその仇でもある。


「え〜? 私は十分凄いと思うけどなぁ」


 一方で実際に自分戦い、間近でその様を見た朱莉という少女には高評価らしいと来人は少しドヤ顔。

 が、そこで本題を思い出して、そんな少女達の評価の意見割れに思わず声を上げる。


「ああ、もう! ちょっと待て! どういう意味だ!? てめえらはなんなんだよ! だいたいよくも将真を……ッ!」


「あ~……」と朱莉が呟き、苦笑い。笑いをこらえるように、右手を口元に当てて、またもクスクスと笑う。その態度に来人自身はまた苛立ちを覚えた。


「とりあえずあの彼は無事だから。それよりも私達はあなたをスカウトしに来たの。とりあえずついてきなさい。話はそれからよ」


 笑いを堪えきれない様子の朱莉がもう一人の少女の肩をポンと再び細い指と小さな白い手で叩き、今度はその葵がすかさず説明を始める。

 しかし、それはあまりに大雑把すぎるものであり、故にちんぷんかんぷん。さらには命令口調、それに加えて訳の分からない言葉を並べた葵という少女を相手にする理由は来人にはなかった。

 劇だか、宗教勧誘だかは分からない。だが、こういう物は関わらない方が身の為というものであるという結論を出してーー。


「あー、そうですか、少なくともお前らがアホだということが分かりました。俺は忙しいんだ。とりあえず警察と救急車……、そっか、携帯はアホ共のせいでやられたんだったな。……ったく」


 公衆電話など使う事がないために学内にあったかどうかすら覚えがなかったが、とりあえず職員室にでも行けば、解決するであろう、とそこを後にしようとする。その前に将真の脈があるかどうかを確認すると、まだ息がある事に安心し、来人はホッと胸をなで下ろす。

 しかし、ふと視線をあげれば、目の前には葵という少女が一気に距離を詰めてきていた。そして、その少女はにっこりと笑みを浮かべて──。


「――ねぇ、今なんて言ったの?」


「あ? お前らがアホだって言ったんーー」


「――誰がアホなのよッ!」


 来人の言葉は突然遮られ、そのまま言い終える事はなかった。意識は朦朧とした後、視界は何も見えなくなり、ブラックアウト。

 これが未角来人にとって、二人の少女との最悪の出会いだったーー。

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