竜杭の作成
帰還を祝う宴が終わり、アレルは義父ジールと共に、鍛冶場に入る。二人は、頭に手ぬぐいを巻き、エプロンをつけている。手には、厚手の手袋をして、灼熱の作業場で話し合っていた。中央の机には、二メートルを超える、棘のような鱗が鎮座する。
「これが加工する逆鱗だ」
ジールに促され、アレルは逆鱗に触れる。
「硬いな、普通の鱗とは大違いだ。これをどう加工するんだ?」
「逆鱗は、竜器でしか加工できない。お前はフォルンを使え」
そう言って、ジールは、アレルの腰に差し込んであるフォルンを指さす。
「親父のも竜器か?」
「お前のと違い、竜杭を加工するとき専用だから、竜器を使い、まずこの逆鱗を薄く平らに伸ばし、小割りにする。それを、三千度まで熱し鍛接する。引き延ばした逆鱗に折り目を打ち込み、重ねてまた打ち続ける。それを数十回続けたら、杭の長さに伸ばしていく。伸ばしながら徐々に温度を下げ、最後に杭の形に成型する」
「三千度か……」
「面倒なのが、逆鱗の状態によって鍛接の回数が変わる。十回程度で済むこともあれば、三日三晩打たなければならないこともある。その際、一回でも槌を振る手を止めてはいけない。二人で交代でやっていく。長さを伸ばすときは、相づちを打てあとは焼き入れをして整えて完成だ」
「骨が折れそうだ」
そう言って、アレルは手ぬぐいをもう一度きつく縛りなおす。
「お前は人間だ無理はするなよ」
「分かってるよ」
二人は逆鱗に向かって、槌を振り下ろした。
アレルとジールが竜杭の製作に取り掛かって、早三週間が経っていた。その間二人の姿を見たものは誰もいない。しかし、ジールの作業場近くで金槌を打ち付ける音が聞こえるため、生きていることは確かだった。
火竜族族長の息子、フレイが食い物をいっぱいに買い込んで通りを歩いていると、広場のベンチに座るシーラを見かけた。
「うわ……」
いつもなら、誰もが振り返る美人だが、今はすっかり憔悴している様子だ。髪も艶を失い、ブツブツを何かを呟いている。多くの人がシーラを見るが、すぐに視線をそらして通り過ぎる。フレイも通り過ぎようとしたが、不意に顔を上げたシーラと目が合ってしまった。
シーラに捕まったフレイは、死んだ目でシーラの話を聴いていた。
「神さまからのお役目はそりゃ大事かもしれないけど、もう三週間よ!三週間!せっかくこっちに戻ってきたのに!私を放置して、いや、仕事に真面目な姿はもちろん大好きだけどもう少しこっちに目を向けてもいいと思わない!」
「いや、まぁしょうがないだろ、今まで作ったものとは、段違いに大変みたいだし。というか、そんなに気になるなら見に行きゃいいじゃん」
「そんな、何の理由もなくアレルの仕事の邪魔をするわけには」
「何でそこは聞き分け良いんだよ。まぁ行きたくないならいいけど。じゃあ俺はもう行くわ」
フレイは、食べ物でいっぱいの紙袋を持って立ち上がる。
「フレイはどこに行くんです?そんなに食糧を持って」
「アレルたちの作業場に食い物の配達。あの二人、作業に没頭すると飯食うのも忘れるから適当に買って持って行けって父ちゃんが」
そう言って、立ち去ろうとするフレイの服をシーラが掴んだ。
「私も行きます」
「邪魔になるから行かないんじゃないのか?」
「理由があるなら別です!」
シーラはフレイから、袋を奪うとジールの家の方へ走り出した。フレイもそれを追いかけた。大きなため息をつきながら。
二人が家に着き、戸を叩く。しかし、何の反応もない。何かを叩く音は聞こえてくるので、集中しすぎて聞こえていないのだろう。フレイが戸を開けると、ムワッとした熱気に包まれる。まだ、アレルたちが作業場ではないがそれでも不快に感じるには十分な熱気だ。作業場に続く扉につけられた丸窓から中の様子を見る。そこには、汗だくになりながらも、一心に槌を振り続けるジールとアレルの姿があった。フレイが隣のシーラを見ると、ドン引くほどとろけた顔をしている。
「あぁ、アレルの真剣な顔!ステキすぎます!」
「リビングの方で待ってるか、その内どっちか出てくんだろ」
フレイは、窓に引っ付くシーラを引きはがし、リビングの席に座らせる。出てくるのがアレルの可能性があることを察したのか、すまし顔で座っている。対面に座ったアレルは、シーラを見つめる。それに気づいたシーラが訊く。
「なんですか?」
「いや、昔はあんなにガキ大将みたいだったのに、変わるもんだなーと」
「や、やめてください!あの時は何というか」
「まさか、強さ至上主義だったお前が、人間のアレルに惚れるとは」
『そしてまさか、こんな風になるとはな』
そんな話をしていると、作業場の扉が開いた。シーラは、髪を整えてイスに座りなおすが、出てきたのはジールだった。明かに落胆する。
「お?フレイとシーラか、どうした?」
フレイはジールに紙袋を見せる。
「食べ物持ってきたよおじさん」
「おぉ、たすかる。そういえばもう食材も切らしておった。シーラ、落胆するのは分かるがあからさますぎるぞ」
「すみません、おじ様。あのアレルは……」
「まだしばらく出てこんよ」
「そうですか」
落ち込むシーラをしり目に、フレイは作業場に視線を向けジールに訊ねる。
「アレルは大丈夫なんですか?」
「あいつも素人ではない。自分の限界はわきまえておるだろう。しかし、人間には苛酷な環境でよくやっている」
ジールは自分の子供の成長を喜ぶ親のような優しい目で作業場を見る。
「あとどれくらいで完成しますか?」
「安心せいシーラ今作ってるもので最後だ。あと二日もあれば完成するだろう」
「そうですか!分かりました!また二日後来ても良いですか?」
「あぁ」
ジールの返事を聴き、嬉しそうに声を弾ませシーラは家から出て行った。
「あの悪ガキがこんなに丸くなるんだもんなぁ」
その様子を見たジールが思わずこぼした。
「俺も思いました」
「だよなぁ、アレルも大変な女に惚れられたものだ」
「それも思いました」
そう言って今度は二人で作業場に憐みの視線を送った。
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