族長たち、そして竜王
アレルはフラヴォと別れ、次に会いに行ったのは、深々とした青い髪のおっとりとした女性の姿をした、水を司る水竜族の族長、マイヤ・ヴィーズだ。マイヤはアレルに気が付くと上品に胸元で手を振る。
「お久しぶりです。マイヤ様」
アレルはマイヤのそばに行き頭を下げる。
「おかえりーアレルちゃん。ずっと見てたからー、久しぶりって感じはしないわねー」
マイヤは間延びした穏やかな声でアレルと接する。
「聞いたわよー、新しいお役目を授かったってー。大変ねー」
「いえ、これも竜に成るためですから」
「竜に成らなくてもー、もうあなたは立派な仲間なのにー。それに、本来ならー、前のお役目を果たした時点で竜に成れる約束だったのにねー」
「新しい使命の内容から、おそらく前のお役目の続きなのだと思います」
「そうー、なんにせよ頑張ってねー。あ、あとこれー渡しておくわね。ここにはいないアダマーからよ」
そう言ってマイヤは取り出した手紙をアレルに渡す。若草の匂いが漂う、手紙には、地竜族の族長アダマー・ファスの名前が記されていた。
「またねー」
そう言って、マイヤーは去っていった。手紙を開こうとすると、背中に衝撃を感じ、肩を組まれた。
「アレル!楽しんでるか?」
そこにいたのは、あれるをここまで運んできた、フレイだった。
「今、族長たちに挨拶してるとこ。あとはお前の親父さんだけだな」
「親父ならあっちだぜ、一緒に行こう」
フレイは、アレルの肩から腕を外すとアレルを最後の族長の元へと案内する。
「お?ようやく来たか!アレル!」
そこには、バカでかい盃片手に、豪快に手を振るクマのような体格をした赤髪の男、火竜族族長、イグニス・アリファーンがいた。
「げ、親父もうそんな飲んでんのかよ」
「まだ、酔ってないから大丈夫だ!それよりも一応公の場なんだから、親父じゃなくて、族長と呼べバカ息子」
「挨拶が遅れて、申し訳ございません。イグニス様」
「良いってことよ。お前のおかげで、女房を気にせず酒が飲める」
イグニスは盃に口をつけて、一気にあおる。
「フー。新しいお役目だって?お前も大変だな。まぁ、お前さんなら大丈夫だろ!何かあれば、いつでもおれや、息子たちを頼りな!」
「ありがとうございます」
「しばらくは里にいるんだろ?鍛冶場にばっかり籠ってないで、うちにも遊びに来いよ」
「迷惑でなければ行くけど、酒は飲まないよ?イグニスおじさん」
アレルの答えに満足したイグニスは、背中をバシッと叩く。
「まだ竜王様が残っているんだろ?さっさと挨拶してきちまいな」
よろめきながらも、アレルは、イグニスたちの元を離れ、竜王の元へ向かう。神々の円卓への扉を開けた白髪の老婆、オルム・アイルバトゥは千年に一度行われる、竜王の義において、三連続その王座を取り続けている女傑であり、全盛期から大分老いた今でも羽ばたき一つで海を割るという。
「竜王様!遅くなり申し訳ございません!」
「いいのですよアレル、改めて良く帰りました」
「いえ、滅相もございません」
「おばあ様!どういうことですか!」
にこやかに、アレルを迎えた竜王オルムに、シーラが青ざめた顔で声を上げこちらに走ってくる。
「なんですか、シーラ。はしたない、それにこの場では竜王と呼びなさい」
「そんな事はどうでも良いのです!どういうことですか!今回のお役目でアレルが死ぬかもしれないなんて!」
どうやら、今回の神々の予知の内容がシーラの耳に入ってしまったらしい。
「誰に聞いたの?神の御言葉は私と各族長たちしか知らないはずです」
「本当の事なのですね」
竜王の言葉から、自分が訊いた情報に確信を得たシーラは、ますます顔を青くする。そして、傍らに
いたアレルを見る。アレルは静かにうなずいた。
「神々の予知では、俺はこのお役目の途中で死ぬらしい」
「そんな、おばあ様、どうにかなりませんか、他の竜に行かせるとか」
「そんなことはできません。これは神がアレルに言い渡されたお役目です。アレル意外には務まりません」
「では、神々にお役目の担当を変えるよう直訴します。門を開けてください」
竜王に詰め寄るシーラをアレルが引きはがした。
「シーラ、俺は大丈夫だから」
「でも!」
「これは、おれも望んで引き受けたことだ」
「アレル、申し訳ないですがシーラが落ち着くまで一緒にいてもらえますか?」
「はい」
アレルはシーラの手を引いて、祭りの喧騒から離れていく。
ベンチに座るシーラに、出店で買った飲み物の入った瓶を渡す。シーラは受け取るも、それを握りしめてうつむいたままだ。アレルはシーラの隣に座り、瓶に口をつける。
「アレルがやることないじゃないですか。邪竜との一件でも何度死にかけたか。それが終わってせっかく帰ってきたのに……」
シーラの肩が震える。
「このお役目が終わったらやっと竜に成れるんだ」
アレルの言葉に、バッと顔を上げる。
「竜に成らなくたって!もうみんなあなたを認めています!命を危険にさらしてまで!」
「人の寿命は竜よりも遥かに短い。竜からすれば一瞬に近い。俺はもっとみんなと一緒にいたいんだよ。それに本当なら、俺の村が戦争に巻き込まれたあのとき、死んでたはずの命だ」
「寿命を延ばすだけなら、もっと別の方法だって」
「ダメだ。他の方法じゃダメなんだよ。俺は竜に成らなきゃいけないんだ」
「アレル……」
「俺は死ぬ気はないよ。必ず、神の予知を超えて竜に成る」
アレルは、空を見上げる。雲の上にある竜の里では、星が手を伸ばせば届きそうなほど近くに見えた。シーラはアレルの手を握る。
「約束ですよ。もし死んだら私も追いかけますからね」
「あぁ約束するよ」
シーラは、迷いを断ち切るように手に持った飲み物を一気に半分のんでアレルに渡す。
「なんだこれ?」
「約束の盃です」
竜はなにかと儀礼的なものに盃を用いる。それになぞらえたものだろうと、アレルはシーラから瓶を受け取り一気に飲み干す。
「これで良いか?」
「ハイ、アレルは約束を破ったことないですから!」
そう言って、アレルの手を一層強く握った。
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先月の更新が出来ず申し訳ありません