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第6話 めざせ!横須賀士官学校②

士官学校の受験が終わっても、私と妹の七海は横浜に一週間滞在予定なので、まだ横浜の父の実家にいた。妹に少年下士官学校の試験はどうだったかと尋ねたら、「う〜ん、まあまあだったかな」と言っていたから、試験の出来には自信があるのだろう。私達二人の合格発表は明日だ。


そして、翌日。午前9時に私達の携帯端末に揃って合格通知が届き、私は妹と抱き合って喜んだ。だけど、よくよく考えてみたら大変なのはこれからだ。そして、私達は異星人との戦争で戦って死ぬかもしれない道へと進むのであるから、その合格を喜ぶ私達を見守る祖父母と叔母は、内心複雑な気持ちだろう。しかも、かつては父の士官学校入試の合格も喜び、そして実際に戦死してしまっているのだから。


それでも私は嬉しかったのだ。何も出来ずにいるよりも、茨の道であろうとも、修羅の道であろうとも、自分の意思で道を前に進む事が出来るのだから。これは妹も同じ気持ちだろう。いや、むしろ妹が先に見つけた道か。


その夜、私と妹は叔母から夕食に誘われ、中華街へと出掛けた。金曜日夕方の横浜中華街は、紅いランタンがとても綺麗で、中華街大通りは老若男女がそぞろ歩き、戦時とは思えない程賑わっていた。


私達は人波を避けながら、それでも試食の甘栗など貰いつつ中華街大通りを進み、香港小路に入った。


目的の店「中原大飯店」では叔母が予約を入れていたのでスムーズに席に着く事が出来た。最初にドリンクを注文、私と妹はジンジャーエールを、叔母はビールを頼み乾杯した。料理はいつになく豪華で、妹は「これって満漢全席?」って興奮気味に叔母に尋ねたけど、「そんな訳無いでしょ。ただのちょっと高めのフルコースよ」との事だった。


私達三人は次々と運ばれて来る料理に舌鼓を打ち、談笑しながら楽しく時を過ごした。しかし、妹は気付いていないようだったけど、時折叔母が私と妹をチラッと見ては下を向く、という事が何度かあり、叔母は私達に何か言いたい事があるように思えた。


やはり、というべきか。食後、叔母は私達に港が見える丘公園に行こうと誘ってきた。中華街からは少し歩く事にはなったけど、中華街を抜けて元町をぶらつき、本牧から長い階段を上ると、そこが港が見える丘公園。


そこから見下ろす横浜港の夜景はとても綺麗で、秋の夜風が少し歩いて火照った頬に心地良かった。暫く夜景を堪能し、私達はベンチに腰掛ける。すると叔母は「あのね」と言って父と叔母の子供時代の思い出を話し始めた。


「あなた達のお父さんはね、さっき行った中原大飯店の料理が大好きでね、特に名物のジャンボ餃子と肉饅が好きだったのよ。それで、月餅とラーマーカオをお土産に買って帰るの。うちの母はちゃんと家族みんなの分を買うのだけど、結局兄が殆ど食べちゃって、自分の分を確保するのが大変だったのよ。」


確かに父の体格は熊のようだし、うまい物好きの大食漢だったけど、妹の分まで食べちゃうとか、どうなんだろう。


「家族で湘南や伊豆に行っても地魚の寿司が大好きで、後、キンメの煮付けも好きだったなぁ。伊豆に行くと美味しいロールケーキのお店があってね、いつも予約しないと買えないんだけど、三本くらい買ってもすぐなくなっちゃって。」


私と妹は「食べ物の事ばかりだね」と囁き合った。


「それでね、兄は本当に横浜の街が大好きで、特にこの港が見える丘公園から見る夜景が好きだったの。港が見える丘公園の歌があるのだけど、知ってる?」


私と妹は揃って横に顔を振る。


「そっか、知らないか。」


叔母は少し残念そうに呟くと、その歌を口ずさんだ。


「"あなたと二人で来た丘は港が見える丘" っていうんだけどね。私が神戸の歌っていう説もあるよって教えたら、俺にとっては横浜の歌だなって言って。」


そうそう。父には変な所で依怙地なんだよね。


「それがある時、兄が中学三年生の時だったかな。急に兄が地球連邦軍に入るって言い出して。私も両親も何でって聞いたのだけど、その理由をすぐには教えてくれなかった。私と兄は年が離れていたから、たまに私からねだってバイクでこの公園に連れて来てもらってたのだけど、ある時、ここでお兄ちゃんと夕焼けを見ていたらね、ここからこうして見える故郷を守りたいと思ったって、それで連邦軍に入ろうと思ったって教えてくれたのよ。」


初めて聞く父が軍人を志した理由。父はこの公園から横浜の景色を見ながら、大切な故郷を、いつか襲い来るだろう異星人から守ろうと思ったのか。


「それは、おじいちゃん、おばあちゃんと深雪叔母さんの事を守りたいって事?」

「そう、お兄ちゃんは私の事も守るぞって。」


私は妹と叔母の遣り取りを見ながら、はにかむように笑う叔母が可愛らしく思え、きっと叔母は父の事が大好きだったのだろうなと思った。叔母は父の事を始めは「あなた達のお父さん」と言っていたのが、「兄」に変わり、遂には「お兄ちゃん」にまでなっている。


「ああ、もう。そんな事じゃなくて、つまり、私があなた達に何が言いたいのかと言うと、」


叔母は表情を引き締めると、いよいよ本題を切り出した。


「軍人になるって、そしてお兄ちゃんの敵討ちをするって、あなた達が決めた事だから、今更、私もおじいちゃんとおばあちゃんも何も言わないわ。でもね、お兄ちゃんは、あなた達のお父さんは自分が愛する故郷を守るために軍人になったの。だから、あなた達もお兄ちゃんの志を尊重するのなら、敵討ちとか復讐とかだけじゃなくて、戦うのならこの地球を守るために戦って欲しい、って私は思うの。」


叔母さんの話を聞いて、大人だなぁと私は思う。父が戦死して、私も妹も自分の事で精一杯だった。それでも漸く父の敵を討つという事で前に一歩踏み出す事が出来たのだ。だけど、母も叔母も、私と妹と同じくかけがえの無い大切な人を亡くしているというのに、こうして私と妹の事まで心配してくれている。


私も妹もまだまだ半人前の子供で、いろいろな人達に支えられている。深雪叔母さんの言葉で、自分の中の気負った気持ちが少し軽くなったような気がした。前置きは長かったけど。


「ありがとう、深雪叔母さん。お母さんの、おじいちゃんの、おばあちゃんの、深雪叔母さんの気持ちを大切にして、焦ったり気負ったりしないで頑張るよ。多分、お姉ちゃんも同じ気持ちだと思う。」

「うんうん、七海ちゃんはしっかりしてるね。これから大変だと思うけど頑張ってね。咲耶ちゃんもね。」


あれ?私が言おうとしていたのに、全部七海に言われてしまった。うう、姉の威厳が…


「それに、時代劇によると、敵討ちは本懐を遂げたらちゃんと報告しなきゃダメなんでしょ?二人とも生きて帰って、結果を報告しなきゃダメよ?」

「「はーい。」」


わかってますよ、深雪叔母さん。お母さんも同じ事言ってたしね。


その夜は、祖父母宅に帰宅してからも、夜遅くまで女子三人で語り合った。叔母さんには婚約者がいて、この戦争と父の戦死で先に伸びてしまったけど、結婚するんだって。おめでとう、深雪叔母さん。


読んで下さりありがとうございます。何かしら評価を頂けるとモチベーションが上がります。よろしくお願いします。

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