第3話 妹の告白
父の葬儀後、私達家族の生活は徐々に日常へと戻っていった。学校では同情と好奇の視線を向けられる事が多かったけど、だからといって何を言われるような事も無かった。私は遅れた分の授業内容を取り戻すため、また、受験のため勉強に打ち込み、何も考えられないように、ただひたすらに自分を追い込んだ。
母は家事と仕事で忙しそうで、私と妹の前では忙しい忙しいと明るく振る舞っていた。だけど、一度だけ、夜中の薄暗いリビングで母がお酒を飲みながら、声を殺して泣いている姿を見た事があった。翌朝は何事も無かったようにしていたけど、母は母で、父亡き後の家族のため、無理をしているようだった。
妹の七海はというと、学校から帰ると家事や食事、入浴以外は殆ど自室に籠る事が多く、もともと多くを語る子ではなかったけど、私や母との会話量は以前に比べて、少なくなった。私にはこの時、妹が一体何を考えていたのか全くわからないでいた。
父が戦死した後の 私達家族は、ひとつ屋根の下で暮らしながら、それぞれが大丈夫なように振る舞いつつも、誰一人として本当の気持ちを打ち明ける事無く、自分の殻の中に閉じこもった状態となっていた。
そんな日々の中、3人で夕食を囲んでいた時の事。妹の七海が「大事な話がある」とい言ってきたのだ。
我が家における妹・七海の "話し" とは、彼女が一人で考え、そして導き出した結論を家族や、時には友人に対し一方的に宣言する事に他ならない。少なくとも今迄はそうだったので、きっと今日もそうなのだろう。
私はテーブルの上の食器を片付けようと立ち上がったところだったけど、思わず母の方を見てしまった。母と目が合うと、座って聞きましょうという感じで頷かれたので、私は再び席に着き、母は七海に話を続けるように促した。
「それで、どんな話しがあるの?」
「うん。」
七海は一瞬下を向いて軽く深呼吸すると、顔を上げる。
「私、進学先を変えようと思う。」
現在、中学3年生の妹は私と同じ高校に進学を希望していて、授業勉強の真っ最中だ。このタイミングで一体どこの高校へ進学先を変えようというのだろか?
私と同じ疑問を抱いただろう母が七海に尋ねる。
「七海ちゃんはどこに進学したいの?」
「私は地球連邦軍の少年下士官学校に進学しようと思う。」
地球連邦軍少年下士官学校とは、中学校卒業者で15歳以上18歳以下の少年少女を対象とした地球連邦軍の下士官を養成する教育機関である。例えるなら、かつての幼年学校とか、少年工科学校などに相当するだろうか。卒業時には伍長の階級と高等学校卒業資格が与えられ、その後は本人の希望と努力と成績により部隊勤務となる者、更に上を目指して士官学校に進む者など様々である。
「理由を聞かせてもらってもいいかしら?」
母は七海の表情を窺うように見ながら、その理由を尋ねた。
七海は母の視線を避けるように下を向くと、押し殺したような小さな声で言った。
「お父さんの敵を討ちたい。」
私は七海の声が小さく、尚且つ下を向いていたので唇の動きも読めず、思わず「えっ?何て言ったの?」と聞き返してしまった。
すると七海は顔を上げ、きっとした感じで私と母を睨むと、もう一度叫ぶように言った。
「私は、お父さんの敵を討ちたい。だから、少年下士官学校に行って軍人になりたいの。」
七海の双眸は、今にも涙が溢れ落ちそうなほど潤んでいた。
" 敵討ち "
私にはその発想は無かった。ショックだった。まじまじと思わず私は七海を見つめてしまうと、そこには私が知らない妹がいた。
妹は父が戦死してからずっと考えていたのだろう。私が何も考えないようにしていたのとは逆に。自分に何が出来て、何をすべきなのかを。
「私はお父さんを殺したアイツらが許せない。私達からお父さんを奪ったアイツらを絶対許さない。だから、軍人になってアイツらと戦って、お父さんの敵を討ちたいの!」
母は七海の話を黙って聞いていた。そして、暫く互いに睨み合うように対峙していたけど、母が先に口を開く。
「あなたの気持ちはわかりました。でも、念のため言っておくけど、友雄さんは、あなたのお父さんは自分が戦死したからといって娘に敵討ちを望むような人ではないのよ?」
妹はそれを聞くと、今まで押し殺して来た感情が
爆発したかのような勢いで立ち上がり、テーブルにバンっと両手を突いた。派手な音を立てて食器が鳴り、椅子が倒れる。
「そんな事私だってわかってるよ。わかってるけど、今自分が何もしなかったら絶対に後悔する。このまま何もしなかったら、私の時間は止まったまま、私の心はここから何処にも行けないよ!」
それは妹の血を吐くような魂の叫びのよう。特に「何もしなかったら私の心は何処にも行けない」という言葉は私の胸に深く突き刺さった。本当にその通りだ。
何も考えず、何もわからない振りをして現実から目を背けても父が生き返る事は無く、何も解決しない。私は父の戦死と家族崩壊の危機という現実から逃げていたんだ。自分の不甲斐なさに目が眩む思いがする。一体私は何をしていたのか。妹は必死に答えを出そうともがいていたのに、私はそんな妹を "何を考えているのかわからない " などと思い、それすら見ないようにしていた。
「そう、それがわかっていて、そこまで決心しているのなら、私は何も言わないわ。あなたの人生なんだから納得出来るまで精一杯頑張りなさい。でも、これだけは約束して。絶対に死に急ぐような事はしないで。敵討ちだって言うのなら、生きてお父さんの墓前に報告するまでが敵討ちでしょ?」
「うん、ありがとう、お母さん。」
母はそう言うと、椅子から立ち上がり、こちらを振り向かず、目頭を押さえてリビングから小走り出て行った。
母が居なくなったリビングには、椅子を倒したままの妹と私だけが残された。気まずい沈黙が漂ったが、やがて妹も黙って自室に引き揚げて行った。
一人になった私は、自分も逃げてばかりいないで、妹に置いて行かれないように、何かをしなければならない衝動に駆られた。だから、今の自分に出来る事。取り敢えず、妹が倒した椅子を戻し、放置されたままの食器類を洗うところから始めようと思って立ち上がった。
読んで下さり、有難う御座います。