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第2話 父の戦死②

私と七海が家に帰ると、母は既に勤務先から帰宅していた。地球連邦軍の戦闘機パイロットであった母は、空母赤城で父と出会い、結婚後に除隊して予備役となっている。現在は、連邦軍から軍事施設の警備を請け負うている警備会社で働いていて、警備艇によるコロニーの警備をしている。


私と七海は、恥も外聞も無く母に抱きついた。母も私達を抱き締めてくれ、しばらく母娘で抱き合ったままでいた。


それから暫くして、地球連邦軍の父の上官に当たる中年の男性士官が我が家を訪れ、父の戦死が私達に伝えられた。その士官によると、父が艦長を務める駆逐艦は、スペースコロニーに衝突しようとしたアムロイの戦艦に体当たりをしてコロニーを守り切って戦死したと、見事な最期だった、という事だった。


私は軍人の娘として覚悟していたつもりだったけど、やっぱり無理で、頭の中は真っ白になって男性士官が語る父の最期もただぼーっと聞いていた。


父が戦死した事は理解出来る。でも、だからといってそれを受け入れられるかといえば、それは別。軍人の鑑?英雄的な立派な最期?二階級特進?そんな事はどうでもよくて、こんな事考えてもダメだけど、例えコロニーの30万人が死んだとしても、私は父に生きていて欲しかった。


その後しばらくの事を、私はあまり憶えいない。というのも、後で知ったのだけど、地球連邦軍の宇宙艦隊は敵に裏を掻かれて別働隊の地球圏への侵入を許してしまったのだそう。そのため、面目を失った連邦軍上層部が殊更にCー1コロニー群防衛戦を取り上げ、戦死した父達を英雄視するようになったのだ。そのため、父達戦死者の葬儀には政府や軍の高官が弔問に訪れ、マスコミの取材が押し掛け、その対応に追われて父の死を悲しみ、悼む余裕なんて全く無かったからだった。


父の葬儀では多くの弔問客からお悔やみを言われたけど、私は黙って機械的に頭をぺこぺこ下げただけ。でも、学校の制服を着て、黙って下を向いていた私と妹の姿は、軍の上層部が期待する悲しみに耐えている気丈な娘達に見えたことだろう。


ただ、学校の友達やクラスメイト達が泣きながら、或いは泣きそうな表情で弔問に来てくれた時は、みんないい奴だなぁ、などと場違いな事を考えていた。後になり、あれは一種の現実逃避だったのかもしれないと思ったりした。


妹の七海が葬儀の際に何を考えていたのかは、全くわからない。妹は小さな頃から父にべったりなお父さんっ子だった。中学生になってからも構ってくる父を嫌がりながらも、さりげなく甘えていた事を私は知っていた。


葬儀が終わって帰宅すると、急に疲れを感じ、空腹を覚えた。そういえば、葬儀中は忙しく、食欲も無かったから何も食べていなかった。


時刻は既に深夜に近く、今はもう他人の顔を見るのも嫌であり、外食も出前を頼むのも躊躇われた。なので、私は億劫ではあったけど、有り合せの食材でうどんを作る事にして、母と妹にも一声掛ける事にした。


「ねえ、うどん作るけど食べる?」

「咲が作ってくれるの?じゃあお願いしようかな。七海ちゃんは?」

「私もお願い。」


そして、私は三人分の卵とじ肉うどんを作り、深夜に三人でずるずるとうどんをすする事となった。


夜食中は特に会話も無く、リビングにはただただうどんをすする音が響いた。自分で作ったとはいえ、久々に食べた熱々の卵とじ肉うどんは美味しかった。汁をすすると口の中にお出汁と胡麻油の香りと味が広がる。次いでうどんと汁が染み込んだ豚のばら肉を一緒に食べる。


箸で二口、三口と口に運んでいると、子供の頃に家族旅行の草津で父と食べた舞茸天ぷら蕎麦が思い出された。あの時、お蕎麦屋さんで父は私の向かいに座り「どうだ?美味いだろ?」と自分が作った訳でもないのに、やたら自慢げにそう言ったものだった。


そんな事が思い出されると、急に涙が出て止まらなくなってしまった。それでも私は涙を流しながら食べ続け、うどんをすすり、汁をすすり、鼻をすすり、涙を流し、もう何の味やら塩っぱさなのかわからなくて。混じり出した嗚咽とともに、そのまま、泣きながらうどんを食べ続けた。


「咲ちゃん。」


いつの間にか、私は後ろに回った母から抱き締められていた。私は母の温もりと匂いを感じると、もう耐えられなくなり、声を上げて泣いた。母はそんな私を無言で抱き締め、頭を撫でてくれていた。


妹は、私がそんな状態だったからか、そのままうどんを完食して自室に引き揚げたようだった。



読んで下さり、ありがとうございます。

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