春のまばたき
オムライスの卵は、ふわとろ派です。
冷蔵庫を開けて、しまった、と思った。
卵がない。一つもない。
台の上では、既にケチャップライスが湯気を上げている。
卵を買いに外へ出る気力もないので、このままケチャップごはんとして食することを決めて、スプーンを用意する。
卵があった方が幸福度は高まるが、無いというのならそれはそれで、ケチャップごはんそのものを楽しむことが出来る。この時、新たな食の楽しみを開拓する一歩を踏み出したのだ。
そこで、チャイムが鳴った。ケチャップごはんが冷めてしまう。
まずは、モニターでふるいにかける。宗教のおばちゃんか、郵便配達のおじさんか。最近、通販サイトを覗いた覚えはない。
足音を殺して、モニターを確認する。
そこには、幼い子供の姿があった。大きなバスケットを腕にかけ、まっすぐにこちらを見つめている。よくインターホンに手が届いたものだ、と思ったが、足元に佇む大きな亀の甲羅を見て、納得した。
しかし相手が子供だからと言って、容易く気を許す大人ばかりではない。
「どちらさまでしょうか」通話ボタンを押して呼びかける。
すると、子供はぱあっと笑って、次のように言った。
「こんにちは! わたし、たまご屋さんなんです」
なんてことだ。
こんなグッドタイミングで卵屋さんが来るだなんて信じられない。そもそも卵屋さんってなんだ。焼き芋屋さんだって玄関までは来ないというのに。
バスケットには赤いチェックの布がかけられており、中の様子は見えないけれど、恐らくそこには卵が入っているのだろう。
「……おいくらですか」
「うん、おいくらです!」
「……えっと、何円ですか」
「んー?」
とりあえず害はなさそうだと判断し、ドアを開ける。
すると、子どもはバスケットを下ろし、ついにチェックの布をめくった。
「これ、あげる!」
「えっ、あ、ありがとう……」
一つ、卵をこちらに手渡すと、亀を引き連れ去っていった。
それは、ピンクとイエローの模様が施された、イースターエッグだった。
テーブルに戻って卵を、ケチャップライスのの向こう側にことんと置いた。
もしよろしければ、楽しかったところ、楽しくなかった理由等がありましたら、教えていただけると嬉しいです。




