第58話 戦争・貴族院・勲章。戦争準備は進む
男が7人。
丸いテーブルに座っている。
とても大きなテーブルで、無垢の分厚い板で作られたもの。
表面はすべすべに加工されていて、豪華なものだ。
テーブルに限らずその部屋にある調度品はすべて高級品。
アテナイ都市国家の政治の中心。
貴族院が開催される会議室だ。
「だから、そんななまっちょろいことを言っていていいはずがない!」
7人の中で一番武闘派のロンメル男爵がテーブルを叩く。
しかし、他の6人は動じる雰囲気もない。
「確かに、まだ小麦収穫の春になる前だから少々油断はしておりましたな」
「油断とか、そんなことじゃなくて、我が領土を侵されたんだぞ」
ロンメル男爵に対応しているのは、ハイゼン公爵。
現在はこの貴族院の議長をしている。
戦争に対しては、慎重派で専守防衛を主張している。
「しかし、戦争となると市民を招集せねばなりません。招集している間は生産活動が止まるんですよ」
「そんなこと、一時的なものだろう。先々の安全のためには、今、出兵する必要があるんだ」
先制攻撃を主張するロンメル男爵。
専守防衛を主張するハイゼン公爵。
やはり爵位の格の違いでハイゼン公爵の意見が通りそうだ。
「まずは、防衛体制を整えること。これは反対意見はないですな」
もうひとりの先制攻撃派、バルテン公爵が話をまとめにかかる。
「もちろん、それは必要ですな。私も防衛に関しては異存はない」
「では、現在の国軍の半数、100人隊を5つの20人隊にして、山脈寄りの駐屯地に配備しましょう」
バルテン公爵は、現在の国軍の総司令官になっている。
しかし、配下の国軍の駐屯地を移動させるのは貴族院の了承がいる。
「うむ。それでは、防衛隊を移動される件、異存のある方は起立願います」
誰もたたない。
全会一致で可決だ。
「しかし、国軍を移動させるとその分、他の方面が手薄になる。その分の動員は必要ではないか?」
ロンメル男爵が詰め寄ってくる。
「ちょっと、待て。ロンメル男爵」
止めたのは、先制攻撃派のバルテン公爵。
このふたり、意見があっていると思われていたのだが。
「まず、我が軍の戦力のことを報告したい」
「戦力? 100人隊が2つ。そのくらい、ここにいる誰もが知っているが」
「しかし、その2つの100人隊の戦力が去年より倍化していると知っておるか?」
ハイゼン公爵が疑問を挟む。
バルテン公爵がにやりと笑う。
「わが軍の装備が大きく向上した。それを実現したのは、たったひとりの薬師だ」
100人隊の主力兵器である、長槍。
これがポーションを使った強化で、攻撃力がアップしているというのだ。
さらに、スタミナポーションとヒーリングポーションの備蓄が完了していて、
戦闘継続能力が格段にアップしている。
さらに100人隊とは別に用意されている魔法使い隊のマナポーションも備蓄完了している。
「ほう。それは、知りませんでしたな。ポーションが売れていると報告がありましたが、軍部が買っていたんですね」
ビーナス商会のオーナー、カターニャ伯爵が応えた。
「極秘で買い進めていたのだ。軍部が買っているとわかると、買い占めする商人も増えるのでな」
「まぁ、我が傘下のビーナス商会としては、利益があがっているから文句をいう筋合いではないですね」
お互いの腹の内を探り合うカターニャ伯爵とバルテン公爵。
「そろそろ、本格的に戦争が起きたときのことを考えないといけないのでして」
「まだ戦争になると決まった訳でもあるまいに」
カターニャ伯爵は、バルテン公爵の意図に気づいた。
「商人が絡めない形で安定的にポーション生産をするという話ですがね」
「ふざけないでいただきたい。ポーション生産は商業活動ですぞ。誰が買おうと自由なはずだ」
「しかし、戦時宣言がかかったら、別でしょう」
要はビーナス商会のコントロール権を軍部に移すということ。
当然、オーナーのカターニャ伯爵が了承するはずがない。
「ここにお集まりの皆さん。今年のアテナイ軍部は去年と違うんです。横暴な山の民に振り下ろす鉄槌をもっているんです」
今まで、専守防衛で固まっていた貴族院の多数に迷いが生じた。
その中に、アルフォン男爵もいる。
ビーナス商会にポーション生産で得られる利益を奪われたアルフォン男爵。
ビーナス商会が軍部の下になれば、話はかわってくる。
再び、ポーション生産が自分の傘下に戻ってくる。
そんな読みがあって言った。
「山の民との争いは毎年の春に起きること。このあたりで一度、痛い目に合わせるのもありですな」
「そんな理由で戦争をするのは、反対だ」
逆にポーション生産の利益を奪われるカターニャ伯爵は反対の立場を表明した。
「カターニャ伯爵。我が軍部を強化してくれたのは、貴殿の傘下の商会だな」
「ええ。そのとおりです、バルテン公爵」
「そして、これからの戦争においてその力を軍部に貸してくれたら、その恩は十分返そうと考えておる」
「と、いうと?」
「第1等武勲章の受勲の条件にマッチするのではないかと提案する」
「!」
第1等武勲章とは、戦争において一番功績があった者に授与される勲章である。
ロンメル男爵は、10年前に戦争において同じものを受勲している。
カターニャ伯爵は、文官であるからロンメル男爵のよう武官と違い、武勲章を受けたことがない。
貴族にとって武勇の証明である武勲章は大きな誇りだ。
「まずは、カターニャ伯爵の第1等武勲章の決議をしたいのだが」
誰も反対が出ない。
全会一致で、戦争になったときは受勲の対象になることが貴族院で確認された。
その時から、貴族院の流れが変わった。
それまで、勝てるかどうか分からないと慎重派が多かった貴族院。
全会一致で、戦争準備を始めることになった。




