エピローグ、そして
その後、俺はグレン君と共に転移魔法を使い無事王国へと帰還した。
魔王が倒され、魔王城もほとんど崩壊した事により魔族側は全面的に降伏する流れになった。
結果として、両国間での死者は無し。戦争になる前に決着をつけるという、俺が目指していた最上の結果を得ることが出来た。
魔王城で起こった出来事を国王に報告すると、国王は魔王と一度面と向かってしっかりと話がしたいと、両国のトップ間の話の場が設けられることとなった。普通ならば魔王と直接話すだなんていう危険なことを国王にさせるわけにはいかないのだが、今回の場合はその魔王本人とその右腕が俺に隷属している状態なので滅多なことは起こり得ないだろう。
それに、セラフィーナは魔国の民のことを第一に考え、優しさと賢さを兼ね揃えた良い娘である。直接会話を交わした俺が言うのだから間違いはない。両国王共に戦争をしたくないという考えが一致しているのだから、面と向かってしっかりと話し合えばきっと良い結果になってくれるだろう。
勿論急に手を取り合って共存とはいかないだろう。未だに人間は魔族のことを敵だと思っているだろうし、逆もまた然りだ。太古の昔から今までずっと敵対していた関係が急に変わるわけがないのだから。
しかし人類と魔族の関係は確実に一歩進んだはずだ。これを機に、両国の関係はどんどん変わっていくのかもしれないな。
そしてそれから一夜明けた今、俺が何をしているか。答えは普通に学校に行っていた、だ。
たくましいよな。だって俺達Sクラスは昨日の初めての授業でいきなり魔王の幹部とかいうヤバい奴と遭遇したのに翌日には平然と授業があるんだぜ? 肝が太いにも程がある。まあ流石に今日は実技授業ではなく座学だけどな。
俺がそんなくだらない事を考えていると、隣の席のアイラが声を潜めてこっそりと話しかけてきた。
「お兄さま、体調が優れなさそうですが大丈夫ですか? 昨晩も部屋に帰ってきませんでしたし……」
ん? 確かに昨日は一日を通して大量の魔力を使った挙句、国王への報告をした後一睡もせずに授業だからな。流石の俺でも結構疲れている。グレン君もしんどそうだ。けど、アイラに心配されるほど顔に出てしまっているのだろうか。それは一流の踏み台転生者として相応しくないな。
因みに、アイラの口から自然と昨晩も俺の部屋に居たというセリフが聞こえてきたがそれは聞かなかったことにした。
「そんなに体調が悪そうに見えるか? 俺としてはいつも通りに振る舞っているつもりなんだが」
「私が何年お兄さまと一緒に居ると思ってるんですか! 立ち振る舞いは変わらずとも肌や髪の色艶や体臭、汗の味等を見れば一目瞭然です!」
「いいかアイラ、良く聞け。男の体臭を嗅ぐ行為や汗を舐める行為は簡単にするな。分かったな?」
「はい! 勿論ですっ! 私は今までお兄さま以外にそのような行為をした事はありませんし、この先の人生でお兄さま以外の人間にそのような事をする事は未来永劫有り得ません!」
全然分かってないじゃないか。
さっき「昨晩し損ねた分お兄さま成分を補給ですっ」とか言いながら抱き着いて来た時は可愛いなぁと思って受け入れてしまったが、まさかアイラが匂いを嗅ぐどころか汗を舐めてたとは…………この娘の将来が心配である。切実に。
「兎に角、今は授業中だ。前を見て授業に集中しなさい」
「むぅ。だってこんなつまらない座学なんかよりお兄さまの体調の方が大切なんですもん。体調が優れないのであれば保健室に行きましょうね? お兄さまの妹であるこの私自らが添い寝を――――あたっ!?」
「はい、では私のつまらない授業なんて聞かずにアラン君といちゃいちゃしているアイラさん〜! ここの答えはなんでしょうか〜?」
「へっ!? えっと、そこは…………お、お兄さまっ! あだっ!?」
「分からないのならしっかりと授業は聞きましょうね〜? じゃないと…………うふふふっ」
「こわっ!? ご、ごめんなさっ――痛っ!? 痛いっ痛いですさっきから! 謝りますごめんなさいちゃんと聞きますからチョーク投げないで下さいっ!?」
あーあ、だから言ったのに……。フレアさんは怒らせたらダメな人なんだってば。……因みに今もいつものほわほわとした笑顔で火属性の魔力が込められた追尾式チョークをぽいぽい投げている。真っ赤になったおでこを押さえて涙目になっているアイラは大変可愛らしいが流石に可哀想だったので撫でてやった。あっ、元気になった。やだ、俺の妹……ちょろ過ぎ……!?
「このままでは皆さん授業に集中出来なさそうですね〜。どうしましょうか〜」
フレアさんが授業を止めて言う。ふむ、みんなとな?
ぐるりと見渡してみると、見事にグレン君以外の全員がこちらを見ていた。た、確かにこれは授業にならないかもしれないな……。
しかし、どうしたのだろうか。みんな追尾式チョークミサイル(命名、俺)の餌食となったアイラではなく、俺を気にしているような……?
「先生もアラン君達が昨晩何をしていたのか正確には分かってないんですよね〜。そうですね〜、グレン君、説明して貰ってもいいですか〜?」
「ぼ、僕ですか? いえ、僕は構わないのですが……」
「はい〜。本人から聞くよりも、事情を知る第三者から聞いた方が確実な情報が得られそうですし〜」
フレアさんに問い詰められたグレン君がこちらを窺う。うーん、慢心して負けそうになったとかいう恥ずかしい話をするのは少し嫌なんだけど、このままでは詰め寄られているグレン君にまでチョークミサイルが飛ぶかもしれない。うん、それは申し訳ないしな。
「俺も構わない」
「ほらほら、アラン君も大丈夫みたいですし正直に言って下さいね〜」
「ボクも気になるっ! アラン君は昨日の夜何処に行ってたのさ!」
「オレ達アランの部屋で待ってたのに結局帰ってこなかったし、確かに気になるな!」
フレアさんに続いてユリアとリーナもグレン君に詰め寄る…………いや、それどころかエルナやクリスティーナ、アイラまでもが押し寄せて…………うん、あそこまで詰められるとグレン君も話しにくいんじゃないかな。
俺がグレン君に若干の憐れみの視線を送っているとスススッ、とテーネが隣に寄ってきた。って近い近い近い可愛い柔らかいいい匂いっ!? いや表情には出さないけど動悸がヤバいからちょっと離れてくれないかな……。
「みんな気になってるみたいだよ? そう言う私もあんまり詳しくは分かってないんだけどさ」
「む。そうなのか」
「うん。二人が魔国……というか魔王城に行ってアランくんが大魔法を連発してたのは知ってるけどさ。急に空に膨大な魔力を感じたと思ったら隕石が降ってきてちょっとしたら消えたのを見た時は夢か幻かと思ったよ」
「確かにあれは少し目立ったかもしれないな。だが、それ程大した事はしてな――――」
「えぇーっ!? アランが単身で魔王と戦ったーっ!?」
「し、しかもただ倒すだけじゃなく圧倒的な力で降伏させて隷属させたんですかっ!? 歴代最強と呼ばれている魔王をっ!?」
「魔王程度じゃ相手にならないなんて…………流石ですお兄さまっ!!」
……………………。
「…………で、大した事は何だって?」
「まあ、ちょっとだけ大した事かもしれないな」
「いや、これでちょっとだけって無理があるでしょ……」
「グレン君が分かりやすいように少し誇張して話しているのかもしれないな」
「ほんとかなぁ……」
ほんとほんと。あらんうそつかない。
だからそんな疑うような目で見るなよ、テーネ。照れるだろうが。
そもそもの話、俺は実際に追い詰められてたんだからマジでそこまで大した事はやってない。結果的に勝利はしたけど、それだけだ。
だから本当にこんな騒がれるようなことは何一つ――――
「おおー! やるなぁ、アラン! 一発の魔法で魔王城ごと吹き飛ばしたのか!」
「やっぱりあの隕石を落としたのはアラン君だったんですね〜。そしてあの隕石を一瞬で消し去る魔法まで…………神話の世界のお話でも聞いてる気分です〜」
「…………神話の中の神様だってそんな事出来ない。惚れ直した」
「神話の神々よりも凄いだなんて…………流石ですお兄さまっ!!」
「…………誇張、なんだよね? 事実とは異なるんだよね?」
「……………………」
「今なんで目を逸らしたの?」
それは勿論テーネと目を合わせられないからです。
俺大したことやってたわ。というか、むしろやり過ぎてたわ。いやまあ、無事に人類と魔族の関係は少しずつ変わりそうなんだし、結果オーライだよ、うん。
「はぁ……。全く。アランくんが強いのは知ってるけどさぁ……。それでもあんな事があった日に部屋に帰って来ないなんて、いくら私でも心配しちゃうに決まってるじゃん」
「む、それは悪かっ――――いや、待てよ? 何故テーネが俺が部屋に帰らなかったのを知っている? まさか、テーネまで俺の部屋に泊まる気だったのではないだろうな?」
「……………………」
「何故今目を逸らした?」
――――――その日、新たにアラン・フォン・フラムスの英雄譚が増えた。
内容は…………うん、多少の誇張はあるのかなと思ってたけどそういうのは全くなかった。
というかそもそもの話、『魔法一発で魔王城を吹き飛ばした』とか、『隕石を落として掻き消した』とか、『魔王を屈服させて隷属させた』とかいう話の何処に尾鰭を付け足せば良いのかということだった。
……なんなら、無詠唱云々やら無属性云々とかを含めると事実の方がおかしい気がしないこともない。
…………まあ、俺が英雄視されるのなんて今更だしいいか。それよりも今は、この平和な日々を享受しよう。
とりあえず今日こそはゆっくりと寝たいし、みんなに今夜は部屋に来ないで欲しいって言っとかないとな。
お兄さまの意地悪ーっ! と吼えるアイラ達を引き連れて俺は馬鹿みたいにデカい寮の馬鹿みたいに豪華な自室へと帰るのであった。
無論、文句を言っていたみんなは無理矢理それぞれの部屋へと送り届けた。ふぅ、これでやっと休め――――――
* * *
「お、おかえりなさいお兄さん! えへへっ、来ちゃいましたっ!」
「違いますよセラフィーナ様! 我々はアラン様のペットなのですからご主人様と――――」
ガチャりと扉を開けて自分の部屋に帰ってくると、何故かそこには魔王とその右腕が居た。ちょっと俺の脳が理解を拒んでいるんだけど……。
「……何故お前達がここに?」
「あ、はい。この国の王様とお話させてもらって考えたんですけど、私たちはこの国にしばらく滞在させていただくことにしたんです」
「しかし生憎我達はこの国に住居など持っておらんかったからな。それに、魔族がそこらに住んでいてもこの国の民が安心出来ないだろう?」
「そしたら、王様にお兄さんの部屋を借りるといいと言われて……ごめんなさい。迷惑、ですよね……」
セラフィーナの表情にしゅんと影が差す。俯き声を震わす彼女。
……………………え、そんな表情されたら余りにも断りにく過ぎない?
「セラフィーナ様がこんな我儘を言うなんて初めての事で成る可く叶えてやりたいんだ。どうか頼めないだろうか? 無論アラン様に迷惑は掛けないし、我で良ければ誠心誠意奉仕しよう」
「わ、私もアラン様に尽くしますからお願いします!」
深々と頭を下げてくるいたいけな少女が二人。ましてやセラフィーナは小動物オーラ全開だ。睡眠不足でろくに頭が回っていない俺の答えなど最早決まりきっているだろう。
「構わないぞ。そういう事ならゆっくりとしていけばいい」
俺がそう告げると途端に顔を上げてぱぁっと表情を明るくする二人。うん、二人が笑顔になったなら俺の選択に間違いなどなかったんだろう。というか、ここでばっさりと断れるほど俺はメンタルが強くない。
それよりも今は一刻も早く寝たいんだよ。もうさっきからちょっと視界が揺れてるし。
もしかしたら俺は今とんでもないことに頷いてしまったのではないかと思わないこともないが…………ダメだ。寝不足で考える力が完全に無くなっている。もう現状がどうなっているのかすらも分からん。分からんけど、一つだけ分かったかもしれない。
「やった! ミリヤ! 私たちここにいてもいいって!」
「良かったですねセラフィーナ様!」
「うん! ……そ、それじゃあ私もお兄さんのペットになったってことだよね? ど、どうしたらいいんだろう……」
「それならばこのミリヤにお任せ下さい! 僭越ながら、我がセラフィーナ様にペットとしての在り方という物をを指南致しましょう」
「そ、そうだよねっ。ミリヤはお兄さんのペットとしては私より先輩なんだもんね」
「はい。先ずは疲れている様子のアラン様に添い寝をですね…………」
…………少なくとも、俺の安眠は無くなってしまったかもしれない。
気持ちは嬉しいんだけど、今日だけは普通に寝かせてくれないかな…………。




