決着、そして
霞んだ意識の中視界を上げると、此方を見下ろす魔王セラフィーナと目が合った。
「ふふっ。何故、って顔をしていますね? いいですよ、教えてあげます」
一度しか言わないのでちゃんと聞いてくださいね? なんて言いながら微笑む彼女。それを朦朧とした意識で見上げる俺。
「お兄さんの敗因は、強過ぎた事です。って、これじゃ分からないですよね。順を追って説明しましょう」
それは駄目な子に言って聞かせるかのようで。誰の目から見てもこの戦いの敗者が俺だという事が明らかだった。
「お兄さんの魔法は強力です。数キロに渡って破壊し尽くすだなんて、まるで神話の中の神様みたい。でも、だからこそお兄さんの魔法には欠点がある。分かるでしょう? あの長い詠唱です」
彼女の言葉には敗者に掛ける情けがあった。
「人の手には余る神の域の魔法を扱えるお兄さんは間違いなくこの世の誰よりも強いです。とても凄いです。けれど、お兄さんの魔法は人の身で扱うには複雑で強力過ぎる。だからお兄さんは魔法の詠唱をすることで魔法を使えるようにしたんですよね?」
彼女は、きっと素晴らしい人物なんだろう。力があり、心があり、魔族達を導くという役目を果たすに相応しい者だ。
「さすが、魔法の仕組みをよく理解しています。魔法というのは術者のイメージが大切ですから。お兄さんは長い詠唱をすることにより明確なイメージを持ち、そしてじっくりと正確に魔力を魔法に注ぎ込んで魔法を発動させている。凄いです、私なんかでは到底真似できません」
対して、俺はどうだ?
「魔法の発動の莫大な余波で相手の動きを封じることによってその隙を突いての攻撃を未然に防ぐ。万が一攻撃されても魔力を高めているお兄さんに直撃したところでその高純度の膨大な魔力が防いでくれる。なるほど、理にかなってます。ですが、それは逆に言えばあの魔力の奔流の中でも行動できて、その上お兄さんにダメージを与えれるなら隙だらけってことですよね?」
魔王の前に無様に敗北。踏み台転生者としての役割も、英雄としての役割もろくに果たす事が出来ず、こうして倒れ伏している。
「そんな存在は確かに今までいなかったでしょうし、これからもそうそう現れたりしないと思います。ですが、私はこう見えても歴代最強と呼ばれる魔王です。この世で私だけはお兄さんに勝つことが出来ます。私の魔法は、お兄さんに届きます。これが全てです」
ああ、なんて――――――
「…………ごめんなさい、もう、終わりにしちゃいますね。さようなら、心優しいお兄さん。敵でしたけど、私はあなたのこと結構好きでしたよ」
――――――なんて、不甲斐ない……ッ!
* * *
セラフィーナが此方に向かって【暗黒の波動】を放つその瞬間、俺はその激情に身を任せて立ち上がる。
目を見開き驚くセラフィーナを尻目に、俺はありったけの魔力を解放して此方へと向かってくる【暗黒の波動】を吹き飛ばした。
今俺の心中では様々な感情が渦巻いていた。悔しさ、やるせなさ、無力さ、そして怒り。共通しているのは、その全てが俺自身に向けられた激情であるという事。
――――俺は一体何をしていた? 今までで一度も負けた事が無い自分が負ける訳が無いと慢心して、目の前の少女がか弱い小動物の様だったからと手加減をしていただと? そしてその結果がこのザマか。これでは踏み台転生者としても英雄としても三流以下のクソ野郎だ。
彼女が言っていた事には確かに正しい部分がある。
実際、俺は今までで一度も苦戦を強いられた事など無く、クソ長い詠唱をしている間に俺の魔力を押し退けて攻撃して来るような奴は今までに誰一人として居なかったし、直撃したとしてもダメージを負うなんて事は有り得なかった。だから、今回もいつもの様に俺が勝つと――――いや、そんな事は言い訳にすらなりやしない。
俺は分かっていた筈だろう。自分が最強と呼ばれチヤホヤされるのは今の内だけで、物語が動き出した今となっては過去の経験とは話が違うのだと。ましてや、相手は歴代最強と呼ばれる魔王。踏み台転生者が負ける相手としてはメジャーな存在だったというのに。
俺は凡百の三流踏み台転生者ではなく真の一流踏み台転生者になる為に、あいつが俺に追いつくまでに誰にも負けない高みへ辿り着くと誓った。それまではあいつらが信じてくれた英雄であろうと誓った。
だというのに、俺は――ッ!
ギリッ――と歯を食いしばる音が響くが、今の俺はそんな些末な事を気にしている余裕など無かった。
この場で反省をしていたらいつまで経っても終わらない。故に、それは後だ。それよりも今は目の前の彼女を倒さなければいけない。今度こそ、手加減抜きの本気で。
俺は先程まで倒れていたのにも関わらず急に激情を露わにしながら自身の魔法を掻き消されて警戒しているのか、少し距離を取って油断無く此方を窺う魔王セラフィーナへと正面から視線をぶつける。そして今度は微塵の慢心も無く、告げた。
「漸く目が覚めた。まさか今の今まで気付かなかっただなんてな……。自分自身が許せない程だ」
「な、なにを……?」
「俺はお前を無意識の内に見下し、慢心していた。お前の覚悟を踏みにじるような形になってしまって本当にすまなかった」
未だに理解が追いついていないのか目を白黒させている彼女に俺は続ける。
正直、俺は不甲斐無い自分を到底許せそうにない。当然だ。俺は魔王としての強い覚悟を持ちこの戦いに挑んだ彼女を勝手に見下し、慢心し、加減し、結果地面を這い蹲った。俺は俺自身の誇りや覚悟に背くだけでなく、俺を信じてくれたあいつらの気持ちまで不意にしようとしたのだ。
だからせめて、ここからは。
「魔王セラフィーナよ。今更になってしまったが、俺の全力を持ってお前を倒す」
言いながら、俺は魔力を再び解放する。
先程と同じように、しかしその魔力量は先程とは比べ物にならない程莫大。周囲の空間どころかこの世界の全てがギシギシと音を立てて軋み、大地が――否、星そのものが激しく揺れ始める。
森羅万象を破壊し尽くすような天変地異を目の当たりにして、動揺から我を失いかけているセラフィーナ。
「ここからが本番だ。先程までのように行くとは思うなよ、セラフィーナ。さあ、早く構えろ。さもなくば――――――命の保証はしかねるぞ?」
「――――――ッ!? 【暗黒の障――――
「【狂赫流星の・神炎】!」
セラフィーナが障壁を展開するよりも俺の魔法が発動する方が早かった。
一向に勢いが削がれる事無く高まり続けた魔力がそのまま爆発し、世界が悲鳴を上げ空間に巨大なヒビが入る。天は墜ち、海は割れ、地は砕け――――――――しかし、それらは全て俺の魔法の前兆に過ぎなかった。
それは天の、更にその遥か向こうからやって来た。瞬く間に近付いたそれはまるで紙を引き裂いているかのように簡単に大気圏をぶち破り、此方へと近付いてくる。
狂う程に赫い流星が墜ちてきた。
人知を超えた――――どころの話ではない。全ての終焉のような光景を目の当たりにしたセラフィーナは茫然自失といった有様でその流星を見上げていたが、やがてこの神話の如き光景を生み出したであろう俺に向かって呆けたように言葉を吐き出した。
「……………………し、信じられません。こ、こんな、こんな馬鹿げた魔法が存在するのですか…………っ!?」
「ああ。俺の全力だ、良く味わうといい」
「ふ…………………………………………」
「どうしたセラフィーナ?」
「ふざっ、ふざけないでくださいッ!!!!」
彼女は絶句していたと思えば、必死の形相で俺に掴みかかってくる。当然、俺は油断無く躱した。
「避けないでくださいっ! あんな隕石を落とすような大魔法を――――――というか隕石ぃ!? なにを考えているんですかお兄さんはッ!! あんなの落としたら魔族や人間なんて関係無くこの世界が滅びますよ!! 全て消し飛んじゃいますよ!?」
「何を言う、お前が受け止めれば済む話だろう? 俺は互いの大切な物をかけた譲れない戦いの最中に手加減なんてしていられないという事を学んだ」
「受け止める!? 私がっ!? いや、むりですよふざけないでください!! というか、お兄さんの魔法は強力すぎるから詠唱しなきゃいけないのでは!? なんでこんなもっと強力な魔法が無詠唱で放てるんですか!?」
「む。だから少し本気を出しただけだと言っているだろう。詠唱を破棄するのは確かに難度が高いが、決して不可能という訳では無い」
「なんですかそれは!? そんなのめちゃくちゃすぎますよお兄さんっ!?」
うがーっ! と天に吼えるセラフィーナ。しかし今にも衝突しそうな流星が目に入ったのか涙目で慌てながら俺に声を掛けてきた。
「ぐぬっ、こうなったらもう仕方ないです。わかりました! 私の負けを認めます! ですからあれをなんとかしてください!」
「む。今更降伏だと? 何を狙っている?」
「あんなのが落ちたら戦争どころの話じゃありませんよっ! 私にあれを受け止めるのはむりですっ! というか、私じゃお兄さんに勝てないのはもう十分理解させられましたし……」
「ふむ。俺が魔法を消した隙に俺を攻撃するつもりか。その手には乗らん」
「なんでここにきてそんなに疑うんですか!? いや、確かに私は魔王ですけどそんな嘘は吐きませんよ! 信じられないのならミリヤと同じように私にも隷属の魔法を掛けていいですから!」
ふむ、成程。少なくとも嘘は吐いてないようだ。
隷属魔法とは相手を無条件で自分の言いなりにする強力な魔法だが、その分扱うのが難しい。俺の場合は魔力量と魔力の純度でのゴリ押しでミリヤ程の強者だろうが無理矢理隷属させる事が出来たが、相手がセラフィーナならばそう簡単にはいかない。
というのも、セラフィーナは歴代最強の魔王と呼ばれる事からも分かる通り魔力量も魔力の純度もこの世界でトップクラスなのだ。流石の俺といえども普通に掛ければ抵抗されてしまう。しかし、相手が抵抗せずに受け入れるのであれば話は別だ。
何度も言うが、隷属魔法とは相手を無条件で言いなりにする魔法である。それを魔族の王であるセラフィーナに掛けることが出来れば人類と魔族間で戦争にならないようにするという俺の目的も達成出来る。ならばそれを使わない理由は無い。
…………【悪夢の迷い森】での一件以降、もう二度と女性に隷属魔法は使わないと決めたのだが。まあ、この場合は仕方が無いであろう。別に俺の欲望のままに使う訳では無いし…………うん、セーフだ。
「そこまで言うのであれば分かった、お前の降伏を認めよう。【恭順の誓いを刻印する・神炎】」
「きゃっ! お、お兄さん……微塵の躊躇もなく隷属魔法を掛けましたね……」
「時間も無かったからな。さて、これで後はあの魔法を消すだけか」
「で、できるんですか? 相殺の余波でこの国が吹き飛ぶとかはダメですからね!?」
「まあ、安心して見ていればいいさ」
そう言いながら俺は魔法を放つ体勢に移る。またもや溢れ出す莫大な魔力。しかし、その魔力には火の属性が宿っていない――――いや、それどころかそれ以外のどの属性すらも宿っていなかった。
セラフィーナが怪訝そうな顔で此方を窺ったかと思えば、俺の魔法が不発したのかと慌てだしたのが見えたがそんな事は無い。俺の魔法は確りと発動している。ただ、火の属性の魔法ではないだけだ。
「【魔力分解】!」
瞬間、世界は一変した。
終末を迎えようと巨大な赫い流星が一面を埋めつくしていた天には先程までの光景が夢だったのかの如く平穏、それどころか元々魔王城を中心として渦巻いていた紅黒く禍々しい雲すらも消え去り、雲一つ無い快晴の青空が広がっていた。
余りにも急激に状況が変わり過ぎて理解が追いついていないのか、最早今日何度目か分からない驚愕の表情を浮かべるセラフィーナを視界の端に見据えつつ、俺は漸く一息吐いた。
【悪夢の迷い森】から続いたこの騒動もこれで取り敢えず一段落だ。セラフィーナからの招待状を受け取ってからも覚悟を決め直したり、慢心が原因で敗北しかけたり……兎にも角にも今日は色々な事があって疲れた。
考える事は山程あるが、もう取り敢えず早く帰って寝たい。
「ちょっ、ちょっとお兄さんなんですか今の!? あの隕石を掻き消す魔法まで無詠唱で! というかなんなんですかあの魔法は!? お兄さんが火属性以外も使えることについてはもう驚かないですけど、あんな何の属性も感じられないような魔法まで使えるとかありえませんよ! って、聞いてるんですかーっ!?」
そういえばグレン君の方は大丈夫だったのだろうか。そんな事を考えながら、俺は未だに涙目であうあうと困惑しているセラフィーナを引き連れて歩き出した。何か言ってるような気がするが、疲れたし面倒臭いし申し訳ないけど聞いてない振りで乗り切らせて貰おう。
* * *
俺は踏み台転生者だ。その役割は主人公の踏み台となりより高みまで連れていく事。
これはその為の一歩だ。凡百の三流踏み台転生者とは違い、俺は魔王を倒すという偉業を達成し、確かに一つ高みへと到達した。
しかし、これではまだまだ足りない。この程度では一流の踏み台転生者など名乗れない。
俺はあいつを高みまで連れていく踏み台だ。その役割を果たす為ならばならば辿り着いてやるよ――――――
――――――今はまだ誰も到達していない遥か高みまで。
あっさりとした決着でしたが、これにて魔王戦は終了です。
さて、これで一件落着第一章完……と言いたいところですが、後一話+幕間があります。もう少しだけお付き合い下さいませ。
そして、今話で本分合計十万字に達しました。ここまで読んで下さった皆様方、本当にありがとうございます。皆様のお陰でここまで続ける事が出来ました。
どうかこれからも私こと清水彩葉と「踏み台転生者になったので全力で役割を全うします。〜世界最強の踏み台転生者〜」にお付き合い下さいませ。
清水彩葉




