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魔王、そして

 誤字報告ありがとうございます。いつも助かっております。


 魔王。

 それは人類最大の敵であり、恐怖である。往々にして、人間にとって魔王とは恐ろしい存在なのだ。


 前世でもそうだった。いや、前世の世界に魔王が存在したわけではないのだが、物語の中の世界は別だ。俺が前世で実際に遊んでいた国民的人気を誇る数十年続くRPGでは毎作ラスボスに魔王という存在がいたし、少年誌で連載されていた漫画や大手出版社から出版されていたライトノベルスなど、思い返してみれば魔王という存在が恐ろしい人類の敵として登場していた物語は星の数ほどある。

 中には魔王が主人公という変わり種もちょこちょこあったが、それも含めてどの作品にも共通して言えることとは――――ズバリ、魔王はとても強く恐ろしいということである。


 もう一度言おう。魔王とは人類最大の敵で怖くてめちゃくちゃ強いのだ。





「あの、そのっ……本日はお忙しい中、わざわざ来てくださって、その、ありがとうございます……」

「気にするな。こちらこそ態々招待してくれた事には感謝している」

「うぅ……ごめんなさい……。わたしがお兄さんを招待したのに、あんな乱暴なお出迎えになってしまって……」

「いや、人間……それも勇者と呼ばれている俺が魔王城に来たんだ。ミリヤ達のあの反応は正しい。寧ろ、確りと統率の取れた良い兵士達だった」

「ありがとうございますぅ……。ふぇぇ……。こんないい人と戦わないといけないなんて……つらいですぅ……」

「大丈夫か? 落ち着くまで待つぞ、ゆっくりでいい。本題はその後でも構わないだろう」





 イリヤ達をグレン君に任せ、無事魔王城最上部にあるとても部屋とは思えないほどデカい『魔王の間』に辿り着いた俺の前にはぷるぷると涙目で震える、十二歳の俺と同い歳くらいの儚げな少女が居た。


 庇護欲や父性兄性を擽ってくるその雰囲気とは対照的に、目の前の少女からは高純度の魔力が垂れ流しに溢れ出ている。その腰まで届いている絹のようなふわりとした髪と今にも泣き出してしまいそうなか弱い小動物のような瞳の色は、濃い黒である。その艶やかに光り輝く流麗な黒は全てを飲み込むかのようなテーネの純黒とは別のベクトルで美しかった。

 髪と瞳の色はその人物の魔法適性と直結している。闇の原初の精霊であるテーネと比較されるレベルの黒髪黒瞳を持つ彼女は、きっと大層闇属性魔法の適性が高いに違いない。


 …………現実逃避はここまでにしよう。こんな有り余る高純度の魔力と踏み台転生者の俺から見ても見事と言わざるを得ない闇属性魔法の適性から鑑みるに、目の前の儚げな小動物っぽい少女は現魔王でありミリヤ達魔王軍の主――――魔王セラフィーナなのだろう。……正直ちょっと信じられないが。


 さて、そうこう考えている間に彼女は多少落ち着いたようで何かを言おうとしている。さて、ここからだな。



「あの、大変見苦しい姿をお見せしました……」

「ああ。構わない。では、そろそろ用件を教えて貰えるか? 態々招待状までくれたんだ、大事な事なのだろう?」

「は、はいっ。えっと、その……わた、私は……」



 余程言い難い事なのか、彼女はこの期に及んで尚言い淀む。しかし、覚悟は決めたのか強い意志を持って俺と瞳を合わせて力強く言う。





「私達魔族は、人類に言いたい事があるんですっ!」

「そうか。それを何故俺に言うのか、他にも言いたい事は幾つかあるが……。先ずは聞こう」

「ありがとうございます……じゃなくてっ! うぅ……こんなこと、心優しいお兄さんに言うのはちょっとアレですけど……。に、人間は勝手すぎます!」

「ふむ。思い当たる節が無い訳では無い。お前の言いたい事は分かる」

「じゃあっ……!」



 ぱぁっと安堵の笑みを浮かべた『魔王』に、俺は『英雄』としてハッキリと告げる。



「しかし、現状人類と魔族が敵対関係にあるのは事実だ。残念ながらな。例えば領土問題一つにしても、双方が納得するような取り決めを行う事は実質的に不可能に近い」

「そ、それは……」

「そもそもの話、俺にそこまでの権限は無い。いくら王国内でそれなりの立場を持っていたとしても、魔族が困っているから領地を譲ろう等と言うのは無理がある」



 この世界の人類と魔族の関係とは思っている以上に複雑だ。幾ら俺と魔王がそう思っていても、そう簡単に互いの国民達が納得するような形で収まる事は無いだろう。

 厳しい言葉だがハッキリと俺がそう伝えると、彼女は俯き黙り込み――――そして瞬間、猛烈な魔力が吹き荒れた。吹き飛ばされてしまいそうな程の魔力の奔流を此方も魔力を解放しぶつける事によって相殺する。


 やはり、こうなってしまうか……。俺はこの戦闘が避けられない物である事を察し、舌を鳴らしたくなったのを堪える。

 そうして顔を上げた目の前の彼女と視線がぶつかる。守りたくなる小動物的な彼女の瞳には強い決意が宿っていて、ハッキリと俺に敵意をぶつけてくる。


 そこに居たのはか弱い少女ではなく、正しく人々を恐怖のどん底へと落とす魔王だった。





「ごめんなさい、お兄さん。でも、でもっ! 私にはもうこうするしかないんです。だから、私のため、魔族の未来のために――――死んでくださいっ!」



 何処か切羽詰まったような、何かに追われ焦っているような鬼気迫る表情を滲ませて叫ぶ彼女は、明確な殺意を持って此方に闇の魔力弾を飛ばしてくる。成程、流石は歴代最強。魔法ではなくただ魔力の塊を飛ばしただけにも関わらず、その威力は山一つ消し飛ばす程の凄まじいものだ。



「お前が何を考えているのか、俺には分からない。だが――――俺も英雄として、魔王に負けてやる訳にはいかないな」



 俺はその魔力を力任せに捩じ伏せると、臨戦態勢に移行する。





「私は魔王! 魔王セラフィーナ! あなたに恨みはありませんが、覚悟してください勇者よっ!」

「俺はアラン・フォン・フラムス。相手になってやる、何時でも掛かってくるがいい魔王よ」



 開戦の引き金は既に引かれた。これは互いの大切な物の為の闘い、故に敗北は許されない。





 * * *





 昔からずっと考えていた。最強と呼ばれた踏み台転生者とはいつ負けるのか、と。


 踏み台転生者とは文字通り主人公の踏み台となる者だ。故に――――魔王には勝てない。

 「最強と呼ばれた踏み台転生者が勝てない相手」。それを主人公が圧倒的な力で倒す事により「主人公は踏み台を圧倒的な力で倒した凄い奴」として周囲の人々の評価を得るのだ。


 グレン君は――――アレン()は昔から力無き者として虐げられてきたが、俺だけはあいつの強さを知っている。

 才能という名の壁にぶち当たっても折れる事無く、真っ直ぐに育ち、才能なんて関係無く誰かを救う。

 俺はその在り方に憧れた。そんな主人公の姿を見て、俺は自分のこの世界での役割を知った。


 俺はあいつをより高みへと連れていく踏み台。あいつは俺の事を踏みしめ、遥か上空へと羽ばたいて貰わないと。それが俺の役割だから、と。



 ――――愚かな俺は、つい最近まで本気でそう思っていた。


 情けない事に、俺がそれに気が付いたのはアルカナム校に入学してからだった。

 アイラが、エルナが、ユリアが、リーナが、クリスティーナが、テーネが、みんなが――――そして何より、あいつが、こんな俺の事を英雄だと、信用していると言ってくれた。



 俺がこの世界に転生した意味とはなんだろうか。

 何故こんな力を持っているのか。何故こんな立場になっているのだろうか。何故――――あいつの兄として生まれたのだろうか。何故、何故、何故――――


 俺は自分の役割を見失いかけていた。何故、みんなはこんな俺の事を英雄だと、勇者だと、信用していると言うのだろうか。

 分からないが、英雄と呼ばれるのならば、勇者と呼ばれるのなら、みんなが信用してくれているのならば――――踏み台転生者()は魔王に負ける訳にはいかないと、そう思った。





 ……そうか。


 俺はあいつを高みへと連れていく踏み台だ。だが、まだ足りない。


 あいつをより高くへと。より遠くへと。誰も届かぬような遥かなる高みへと!


 そのためには、踏み台自体が高くに存在していないといけない。当たり前だろう。だから、俺は。俺の役割は――――





「……高く。未だ誰も届かぬような高みへと」





 いつかあいつが俺に追いつくまでは、俺は誰よりも高くに居ないといけない。踏み台が高ければ高い程、俺を越えたあいつは高みへと行けるのだから。


 覚悟は決まった。俺は誰にも負けない。

 それが踏み台転生者()にとっての役割だ。









 ――――――――踏み台転生者でありながら誰も届かぬ高み、頂点に君臨し続ける覚悟を決めたアラン。


 彼は未だ気付かない。


 ――――――――誰かの為に覚悟を決め、頂点に立ちその力を振るう彼もまた英雄として相応しい器であるという事に。

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