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招待、そして





「…………僕も、ですか?」

「ああ」



 グレン君は疑問符を浮かべている。それはそうだろう。いくら主人公である彼であっても、まさか俺宛の招待に付き合えと言われるなんて想像していないだろうし。

 だからまあ、彼の疑問は当然だ。



「…………理由を聞いても?」

「ふむ。理由か」



 だが、残念ながらその当然の理由に対しての良い回答を俺は持ち合わせていない。しかし、こんな魔王直々に魔王城に呼び出されるなんて一大イベント、主人公(グレン君)を差し置いて踏み台転生者()だけが行く訳にもいくまい。故に、彼には何とかして納得して着いてきてもらわねばならないのだが…………そうだな、強いて言えば――――



「お前になら任せられると思ったから、だな」

「っ…………!」



 俺がグレン君にそう告げると、彼はビクリと身体を震わせその暗闇の中でも輝く銀色の瞳を見開いた。



「しかしっ、僕は先の件でもミリヤに無様に敗北して……! 僕が行けば、貴方の足を引っ張る事になってしまう……!」

「心配する事はないさ」

「何を…………?」



 昼間の敗北は彼の責任ではなく、俺の判断ミスだ。故に、彼が気を病むことはない。

 それに、彼ならば例え一度敗北したばかりであろうが次はしっかりと勝ってくれるに決まっている。何故なら彼は主人公であり、真の英雄であり、そして――――俺の自慢の弟なのだから。

 だから俺は、柔らかく微笑みながら彼を安心させるために言葉を続ける。





「お前の事は信用も信頼もしている。もし、どうしてもお前が自分自身を信じられないのであれば、お前を信じる俺を信じるといい」

「っ…………!?」

「これでも俺は人を見る目はある方だと自負している。だから、安心してくれていいぞ?」



 まるで雷にでも打たれたかのように愕然とするグレン君の瞳を真っ直ぐに見つめて、俺は言った。果たして、彼の返事は――――





 * * *





 俺達は今、普段生活している王国『クラルス』からそれなりに離れた国に居る。そう、魔王率いる魔族達の王国である魔国『ノックス』である。


 グレン君の返事は了承だった。グレン君の潜伏魔法(ハイド・マジック)のお陰で俺達は魔国の住人達に気付かれずに魔国に入り込むことができたのだ。いやぁ、騒ぎになることも無く無事に主人公を魔王の元へと連れてくることが出来たみたいでよかった。まあ、本番はこれからなのだが。


 魔族の国の資料はほとんどないのでどんな光景が目に入るのかと内心少しわくわくしていたのだが、驚くほど真新しさというものを感じられない。というか、住んでる人達の髪と瞳が黒っぽいという事以外はほぼほぼ人間の暮らしている国と変わらない。

 住居が立ち並ぶ区域には住人達の帰る家があり、少し離れた場所にある店が立ち並ぶ区域は今が夜であっても活気づいている。そして遠くには巨大な魔王城…………というか最早要塞と言うべきだろうか。兎に角それが見えている。ミリヤの反応もそこから感じることであるし、あそこに魔王が居るのは間違いないだろう。



「……なんというか、魔族達も案外普通の暮らしをしているんですね」

「ああ。むしろこの街の活気やスラム街が見当たらない事を考えると、存外人間の国よりも余程良い国なのかもしれないな」

「…………魔国の方が人間の国よりも良い所だと聞くと複雑な気分です」

「ふむ……。グレン君は少し固定観念に囚われすぎな嫌いがあるな」

「え?」



 グレン君は……というよりも、人間は魔族に余り良い印象を持っていないようだ。確かに魔族と人間は敵対関係にあるし、ある種仕方の無いことなのかもしれない。しかし、だからといって魔族が悪しき存在だとは限らないのだ。グレン君には未来の勇者としてそんな偏見を持っていて欲しくない。

 故に俺は隣で此方を向きながら不思議そうな顔をしているグレン君に対して自分の持ち合わせている知識や考えを教える。



「別に、戦争には必ず悪が存在する訳ではないだろう? それだけで魔族の事を嫌うのは早計というものだと思う」

「成程……。しかし、敵対関係にある種族が良い存在であるとは考えにくいのでは? いえ、貴方の言い分を否定している訳ではないのですが……」

「ふむ。確かに急に魔族を受け入れるのは難しいかもしれないな。だが我々人類の未来を、平和を考えるのならば避けては通れない道だと俺は思う」

「人類の未来と、平和の…………」

「仮にこのまま戦争になってしまえば悲しむ人が大勢現れてしまうだろう。人間も魔族も、悲しむ人は少ない方が良い。そして戦争を回避するには互いの国民全員が相手を認め、受け入れ、両種族が手を取り合うしかない」



 夢物語だがな、と続けるとグレン君は瞠目し、珍しく声を荒らげて詰め寄ってきた。



「なっ!? 待って下さい! まさか貴方は、人類だけでなく()()()()()()()()()()()()()()()のですか!?」

「言っただろう。ただの夢物語だ。例えどんなに英雄だ勇者だと持て囃された所で、全てを救うだなんて俺には無理だ。だから――――お前には期待しているぞ、グレン君」

「ぼ、僕が…………?」

「ああ。その夢物語を叶える役目は(踏み台転生者)なんかよりもお前(主人公)の方が相応しい」

「そんなっ! 貴方に出来ない事が僕なんかに出来る訳が――――」



 彼はやはり俺のことをとても信じてくれているみたいだ。だけど、『英雄』の称号はやはり俺より彼の方が相応しい。彼には俺を踏み台に、より高みまで翔んで貰わないと困る。

 まあ、別に今すぐとは言わないさ。まだまだ物語は始まったばかり――――まあいきなり魔王戦なわけだが……今のところは俺の力が通用していることだし、そんなに急ぐこともあるまい。俺の力が及ばない敵が現れる時までにそうなってくれればいい。

 愛する弟に任せるなんて情けない兄もいたものだ。それでも、弟の覚悟が決まるまでは俺が『英雄』としてみんなを守ってみせるさ。せめて兄として誇れるように、な。



 というわけで、俺は未だに色々な感情がごちゃ混ぜになったかのような表情でぶつぶつと何か考えているグレン君の気持ちを切り替えさせるように言った。



「まあ、今はそんな話よりも今の話をしようか。今代の魔王はかなり優秀みたいだ。今はグレン君の潜伏魔法(ハイド・マジック)のお陰で気付かれていないようだが、魔王城に近付けば気付かれる事だろう」

「…………そう、ですね。すみません、少し冷静さを欠いていました」

「構わない、話したのは俺の方だからな。話を戻そうか。俺達はこのまま魔王城まで行くつもりだが、そうなれば戦闘は避けられないものだと考えていい。心の準備はしておいて欲しい」

「はい、僕はいつでも構いません。ですが、貴方が居れば戦闘については問題無いのでは? 僕に出る幕があるとは思えませんが……」

「いや、さっきも言った通り今代の魔王はかなり優秀な様だからな。戦闘力に置いても油断は出来ないだろう。故に、グレン君にはミリヤの相手をして欲しい」

「なっ!?」



 俺の言葉に驚いた彼は声を上げたが、構わずに続けた。



「彼女の強さはグレン君も身を持って体感しているだろう。強敵だ。魔王と同時に相手をするには少し厳しいかもしれない」

「待って下さいっ! 僕は今日の昼間に彼女に手も足も出ずに敗北したばかりでっ! そもそも、いくら今代の魔王が優秀だと言えども貴方に勝てるとは思わない。仮にミリヤさんと同時に相手取ったとしても、貴方ならば余裕で勝てるのでは?」

「確かにその可能性もあるが、リスクは成る可く減らしたい。俺達に敗北は許されていないのだから、万が一にでも敗けてしまう可能性があるのならばそれは避けるべきだ」



 俺がそう告げると彼は少しの間考え込むように押し黙った。やがて彼はその顔を上げると言葉を紡ぐ。



「ミリヤさんには隷属の魔法を掛けたのでは? それで言う事を強制的に聞かせれば――」

「グレン君も知る通り隷属魔法のコントロールには多大な集中力も必要となる。戦闘中に軽々と行える物ではないんだ」



 これは事実である。俺レベルの魔力制御ならば戦闘中に行うことも不可能ではないが、魔王と戦いながらとなると流石に自信が無い。まだまだ精進が足りていない証拠かもしれないな。



「貴方であれば対象から遠く離れたこの距離からでもミリヤさんの事をコントロール出来るのでは? そうすれば――」

「出来る事には出来るが、そうなると魔王軍は俺達に気付くぞ。今は騒ぎになっていないが、敵対中の種族が自分達の国に侵入しているとなると面倒な事になるだろう」



 仮に戦争になれば犠牲者が大勢出てしまう。それは俺達だけでなく魔王も望んでいない。だからこそ魔王は俺を呼び出したのだろう。魔王側としては俺さえ殺せば人類に敗北する心配は無くなるし、俺としてもここで魔王を殺せば何の被害も出さずに終わらせることが出来る。

 戦争にならない為にはお互いの市民達にはバレない内に決着をつけてしまう必要がある。兵士が、軍隊が動き出せばどうしても被害は食い止められなくなる。俺達と魔王達、その間だけでの戦いで済まなければ争いの規模は大きくなるばかりだろう。

 全面戦争になる前に魔王を倒す必要がある以上、もしもこの場で俺達の存在がバレればその時点でアウトだ。何せ魔王軍は王国の領地内のダンジョンへと転移する術を持っているのだから。


 グレン君は頭がいい。だから彼もそれは理解したのだろう。苦々しそうに言葉を吐き出す。



「…………もし、僕がまた敗北したら――――」

「その心配はしていない。お前なら大丈夫だ」



 不安を拭いきれていないグレン君の瞳を正面から見つめて、俺ははっきりと言い切る。





「言っただろう? お前の事を信じる俺を信じろ、と」

「…………はい!」





 俺の言葉に力強く返事をしてくれたグレン君のその瞳には強い決意が宿っている。



 ――――――なんだ、随分と主人公らしい顔をするようになったじゃないか。



 斯くして、主人公と踏み台転生者は魔王城へと向かった。

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