報告、そして
さて、色々あったが無事に誰一人欠けることなく最初の実技授業は終了した。
いやー、本当に色々あったなぁ。例えば――――
俺がテーネを泣かしたり、俺の判断ミスでグレン君がミリヤの攻撃で傷付いたり、俺がミリヤを隷属させ命令に絶対服従する従順なペットにしたり、俺のドSというやばい扉が開いてしまったり、俺の事を信用・信頼してくれているみんなを騙したり、俺が実の妹の泣き顔に興奮したり…………
――――俺やべぇな。いっぺん死んだほうがいいんじゃなかろうか。業が深すぎるだろ。カルマを背負うどころかカルマに溺れて呼吸すら出来ないレベルだろこれ。
……落ち着け、俺。辛い現実からは目を背けよう。任せろ、逃避なら得意だ。今日の晩ご飯はなんだろうなぁ。
と、そんな事は置いておくとして。俺達は今日魔王軍の幹部と遭遇、そして戦闘したのだ。なので当然、偉い人……つまりはクリスティーナのお父さんであるこの王国の国王に今日の出来事を詳細に報告する義務がある。
…………勿論、俺にとって不都合な事実は全力で隠蔽する。こんなことしている内は一流の踏み台転生者なんで夢のまた夢だ。
俺の予想が正しければもう既に物語は開始しているのだ。このままでは俺の未来はないといっても間違いではないだろう。もっともっと、精進せねば。プラスに考えるんだ、改めて自身に課せられた役割と自身の力不足を再確認出来る機会だったと。
おっと、また話が逸れてしまったな。でも、みんなもそろそろ分かってるだろう俺の事? 俺がこうしてどうでもいいことを長ったらしくペラペラと喋っている時は大抵、何か目を逸らしたい辛い現実に直面している時である。つまり俺が何を言いたいか。それは――――
「失礼します。アラン・フォン・フラムスです。本日は『悪夢の迷い森』で起こっ――――」
「おおアランよ! 待っておったぞ! ほれ、畏まっとらんでそこに座るといい!」
「あらあらまあまあ。ごめんなさいね、アラン君。お父さんったら久し振りに貴方に会えたのが嬉しいみたいではしゃいでるのよ」
「いえ、どうかお気遣いなさらぬよう。それよりも報告を――――」
「おおっ! 報告だと!? 遂に我が愛しの娘と正式に結婚する事を決めたのか!?」
「あらあらまあまあ! 嬉しいわぁ、アラン君! 貴方にならうちの娘を安心して任せる事が出来るわねぇ」
「あのっ、報告――――」
「となれば、式の段取りを決めなければな! この国の第一王女とあの名高き英雄様の婚姻なのだ、国を上げて盛大に執り行おうではないか!」
「あらあらあらまあまあまあ! うふふ、今から楽しみねぇ」
俺、この国の国王と王妃がくっそ苦手なんだ。
勿論嫌いなわけではないぞ。いい人達だし、俺の事も本当の息子のように優しく接してしてくれる。そう、本当の息子のように。
何を隠そう、俺とクリスティーナの婚約を勝手にしたのは主にこの人達の仕業である。俺の事を大層気に入ってくれているのはありがたいのだが、この人達と話していると会話がまともに成立しないので凄く疲れるのだ。まさに今この瞬間のように。
放っておけばこのまま本当に結婚式が始まりそうな二人の会話を見ながら俺も「クリスティーナと結婚……悪くないな」とか考えていたのだが、それではいけないと逃避から帰ってくる。
国王と王妃に直接会って話すというのはとても重大な事である。いくら王族と同等の権力を持つ四大貴族の直系といえども、子供が軽々と来れる場所ではないのだ。故にこの場をしっかりと保つのは国王と直接話せる程の立場があり今回の件の当事者である俺しか居ないのである。しっかりとせねばな。
俺は既に大失態を犯してしまったのだからこれ以上の失敗は許されないのだから。
「いえ、その話はまた別の機会に。今は『悪夢の迷い森』での一件についての報告を――――」
「おお! そうかそうか! 娘から聞いておるぞ! アランよ、大活躍だったそうだな! なんでも、単身魔王の幹部を撃退するだけに留まらず重大な情報を手に入れ、挙句の果てにその幹部を隷属させたと聞いておる!」
「あらあらまあまあ。やっぱり凄いのねぇアラン君は。娘が惚れ込むのも分かるわぁ」
「はい。その仔細についてなのですが――――」
「むっ! いかんいかん、忘れるところであった! この国の、そして人類の平和と明るい未来に多大なる貢献をしたお主には大きな褒美をやらねばな!」
「あらあらまあまあ! 良かったわねアラン君! うふふ、考える事がいっぱいで困ってしまうわねぇ」
俺の心が折れる音が聞こえた。
* * *
…………なんとか国王と王妃に今回の件の報告をする事が出来た。代償は俺のこの異常な疲労感とがっちり埋まった外堀である。俺とクリスティーナの結婚式は数日間に渡って大々的なパレードにする予定らしい。子供は男の子が産まれるまで頑張って作って欲しいとのこと。…………やっぱり俺あの人達苦手だわ。
俺への報酬は後日ということになったが、また王宮へ行って二人と話さなければいけないと思うと少し億劫である。
はぁ。マジで疲れた。会話が長引いてしまったせいで辺りはもう真っ暗、すっかり夜である。もうさっさと帰って飯食って風呂入って寝てしまおう。また今日も皆が泊まりに来るのだろうか。今日はゆっくりと休みたいので一緒のベッドは遠慮したいのだが……。
肉体的にはまだまだ余裕があるのだが、精神的に疲れ果ててしまったので俺はふと歩みを止め少し休憩…………ん?
「そこに居るのは分かっている。俺に何か用か?」
俺の視線の先には誰も居ない、俺の気配感知にも魔力感知にも反応がない。が、俺の直感がそこに誰かが居る事を報せてきた。
自慢になるが、俺の気配感知や魔力感知はその気になれば半径十キロメートルを優に超える範囲内のありとあらゆる生命や魔力に反応する代物である。
故に、この距離まで感知に引っ掛からない程の隠密能力を持つ存在など、もしかすると件の今代の魔王よりも強い存在かも……いや、それどころかテーネのような特別な存在である可能性すらある。
俺の警戒心はぐんぐんと上昇し――――その相手を確認して内心安堵した。
「…………流石はアランさん。まさかこんなに簡単に気付かれるとは思ってませんでした」
「グレンか。随分と気配を消すのが上手なんだな」
「無属性魔法ですよ。潜伏魔法といって、その名の通り自分の存在を消し去る魔法です。一応今までこれを見抜かれた事は一度もなかったのですが…………この距離で気付くなんて」
「ふむ。という事はテーネにも気付かれた事がないのか。それは大した物だ。其方こそ流石だな」
「……………………ありがとう、ございます」
グレン君が何とも言えない様な表情で感謝の言葉を告げると、その場に静寂が訪れる。しかし、それも一瞬。彼も何か俺に言いたい事があるのだろう。
「アランさん。貴方宛に手紙を預かってます」
「手紙? 何故グレン君が……読めば分かるのか?」
「はい、恐らくは」
「随分と上質な紙だな。飾り付けも豪奢だ。一体誰から――――」
誰から送られてきたのか、と続けようとして飲み込んだ。何故ならそれは直ぐに分かったからだ。
「アランさんと別れた後、俺の元へ魔王の使い魔が来てそれを渡したんです。アランさんへ、と」
「ふむ……。グレン君はこの内容は?」
「いや、知りません。覗くつもりはそもそもありませんでしたが、どうやら本人にしか読めないように魔法がかけられているみたいで」
「そうか」
うぅむ。どうしたものだろうか……。そうだな……よし。
「グレン君」
「は、はい」
顔を上げてグレン君の瞳を真っ直ぐ見つめながら呼び掛けると、彼は少し緊張したかのような面持ちで返事をする。それがおかしくて、俺は少し微笑みながら手紙の内容がグレン君に見えるようにして言った。
「どうやら招待状みたいだ。折角だから、君も来るといい」
その手紙には、魔王様から直々にお呼び出しの旨が書かれていた。




