性癖、そして
割と酷いお話。
「ゴホン。すまぬな、話を戻そう。まあそうは言っても、その主な理由はお主の言う通りなのだが…………。全く、あの戦闘能力といいこの知識深さといい、一体どうなっておるのだお主は」
ミリヤはその端麗な顔に呆れの表情を貼り付けて少し逡巡する。
「まあ、お主が人間離れしているというのは戦う前から知っていた。ならば気にするだけ無駄という物だろう。話を進めるぞ」
「お前も皆と同じような事を言うのだな……。まあ、話してくれるというのならこちらとしても文句は言わないが」
失礼なやつめ。皆だけでなく、原初の精霊であるテーネや魔王の右腕であるミリヤにまでそんな事を言われ続けるといい加減本当に自分が人間離れしているかのように錯覚するから辞めて欲しい。
そんな俺の思いは残念ながらミリヤには届いていないようで、彼女は続きを話し出した。
「お主が何処まで知っているのか分からないが、先程の言葉の通り『ダンジョン』というものは初代魔王様が創り出した物だ。故に『ダンジョン』とは、殆どの例外無く往々にして魔王様の管理下にあるのだ。因みに例外とは――――」
「原初の精霊達が司っている聖地等の事か?」
「………………せ、説明し甲斐のないやつめ!」
ふふんとその立派な胸を張り得意げに説明しようとしていた彼女の言葉を遮り、俺が先に答えを出してしまったことに対して頬を膨らませるミリヤ。やべぇ、ギャップに萌えた。可愛いなこいつ。
俺が少し邪念を抱いている内に平静さを取り戻したミリヤは、一度咳払いをすると直ぐに説明を再開する。……が、心做しか言葉の端々に拗ねているかのような感情が見え隠れしてる気がする。次は説明の途中で水を差してしまわないように気を付けないとな。
「ごほんっ、つまり私が言いたいのはだな――――」
「つまり、お前達魔族は俺達人類が勝手に決めた国境や土地の所有権に納得してない、そしてこの『悪夢の迷い森』に限らず『ダンジョン』は昔から魔王、延いては魔族の物だと言いたいのだろう?」
「――――っ! ――――――っ!!」
顔を真っ赤にしながらその黒い瞳いっぱいに涙を浮かべ、これでもかというくらい頬を膨らませる彼女はそのあどけない顔立ちも相俟ってとても可愛い。これはいじめたくなるな――――ハッ! しまった! 話をスムーズに進めるためにミリヤの機嫌を損ねないように気を付けていたのに! 俺の馬鹿野郎!! いや、今からでも遅くない、今度こそ――――
「ぐすっ、うぅ……。お主の言う通り、我々としてはこの『悪夢の迷い森』も我らの領地として考えておる。そして――――」
「そのお前達のテリトリーで俺が転移魔法という大魔法を使ってしまったから態々お前がこうしてここに来たと言う訳か。ならばお前の役目は俺の排除、しかしそれが難しいと判断したお前はこうして今取引という形で俺達人類に警告を――――」
「うわぁぁぁん! お主なんて大っ嫌いだぁー!!」
警告をしているという事だな。と俺が最後まで言い切る前にミリヤは大号泣しながら走り去ろうと俺に背を向ける。
やばい、何がやばいってマジでやばい! 美少女を泣かせてしまった罪悪感が俺の心中を占めているはずなのに、何故だか無性にドキドキする! 開いてはいけない扉を開いてしまった音がする!
俺が自身の中で暴れ回るこの嗜虐心と背徳感を何とかして抑えようと内心で唸っていると、ミリヤの身体を黒い光が包み込む。ん? あれは転移魔法か。それは困るな。
「まだこの取引は終了していないぞ。申し訳無いが帰るのはもう少し待ってくれ」
「ふぇっ!? 何故転移魔法が発動せんのだ!?」
それは俺がその転移魔法に介入して発動を止めているからなのだが、ここで取り乱しているミリヤに更にそんなことを言えば余計取り乱してしまって話にならなくなるかもしれないので胸の中に留めておく。
それよりも、こうしてこの転移魔法に介入してみることによって気になったこともあるし聞いてみるか。
「この転移魔法はお前が発動している物では無いようだな。もしかしてこれは魔王が発動している魔法か?」
「何でお主が知ってるのだ! ああもう、そうだ! お主の言う通りこの魔法はセラフィーナ様が発動しておられる! 『ダンジョ――――」
「『ダンジョン』を作った魔王に代々伝わるような部類の伝承魔法か? それにしても、今代の魔王は良い腕をしているな。この大規模な魔法を扱う魔力量に制御力、流れる魔力の質、どれをとってもかなり高レベルに纏まっている。若しかすると今代の魔王は歴代の魔王と比べて非常に強い力を持っているのではないか?」
「うわぁぁぁん! こいつやだ! 我もうお家帰る!!」
「帰るとはこの転移魔法の先の事か? 逆探知してみたが、確かに離れてはいるがそれ程極端に遠くにある訳では無さそうだな。今まで魔国が何処にあるのかは分かっていなかったが……成程、国自体が難関ダンジョンに囲まれていたから見つからなかったのか。この転移魔法の移動先はとても大きな建物のようだし、若しかしてこれは魔王の居る魔王城か? 成程、ならば――――」
「ごめんなさいでした! 我謝る! 謝るからそれ以上はやめてくれ!」
もはや最初に見せた強者特有の威厳など皆無。そこに居たのはただの可哀想でいたいけな美少女である。ギャン泣きしながら土下座してくる黒髪巨乳美少女に、新しい扉を開けてしまった流石の俺でも申し訳無いという気持ちが押し寄せてくる。完全にやりすぎてしまった……。
今回はもう見逃してあげよう、そしてちゃんと謝ろう。よし。
「ふむ。いくらこちらがお前達のテリトリーに入って転移魔法を使用してしまったのが原因だとしても、急に現れては俺の仲間に襲いかかり怪我を負わせたお前を見逃すだけでなく、人類と敵対しているお前達にこれ以上の詮索もするなという事か? それで取引とは、些か都合が良すぎるように感じるな。せめて、もう少し誠意を見せてくれれば話は別だが」
「ぐっ……誠意だと……? セラフィーナ様の右腕であるこの我が? そんな事が出来る訳――――」
「魔王らしき魔力も感知出来たぞ。どうやら最上階に居るみたいだな。周りに従者らしき人物が見当たらないという事は魔王は気難しい性格なのか? いや、それとも単に人見知りな――――」
「靴を舐めます」
「ふむ……?」
「だ、だからお主もこれ以上――――」
「お主……?」
「ア、アラン様もこれ以上我をいじめないで……!」
捨てられた子犬が縋るかのようなつぶらな瞳でこちらを上目遣いに伺うミリヤ。自覚したばかりの俺のドS心に火をつけるには十分過ぎる。
正直に言えば滅茶苦茶唆る現状だが、いつまでもこうしているのは俺としても宜しくない。後戻り出来ない所までイッちゃいそうだし、背後に妹と弟と幼馴染達がいる状況でこれ以上の鬼畜プレイは色んなものを失ってしまう。
そう、俺は一流の踏み台転生者。こんな所で同じ失敗をし続けるわけにはいかないのだ。よし。
「いじめていたつもりは無いが、お前がそこまで言うなら仕方が無いな」
「っ! じゃ、じゃあっ!」
「ふむ。少し待て」
許されたと思ったのかキラキラとした瞳で花が咲くような安堵の笑みを浮かべる彼女の前で、俺は詠唱を始める。……因みにミリヤは本気で俺の靴を舐めようとしてきたがそれは衛生的に宜しくないので流石に止める。……正直惜しいことをしたかもしれない。
「【我が名の元に命ずる。万人をひれ伏せよ、我が名に宿りし炎よ。遵守を誓う、原初の炎よ。永久の服従をここに刻め】!」
「えっ、えっ!?」
先程までの戦闘が、それどころか俺や魔王の転移魔法すらも霞む程に膨大な魔力の高まり。それが目の前で突如起こったミリヤは理解が追い付いていないようだ。だが、気にしない。今の俺は自分の欲求に素直なのだ。もう何も怖くない。
「【恭順の誓いを刻印する・神炎】!」
詠唱を終えると、収束したその莫大な魔力がミリヤの首元へと集い輪を形成する。それはさながら、首輪のようだ。
やがてその首輪は粒子となり、彼女の肌に吸い込まれるように消えた。
「えっと……こ、これは何でしょうアラン様……」
「絶対服従の首輪だな」
「ふぇっ!?」
「ミリヤ、お前は今から俺の従順なペットだ」
怒涛の展開に若干思考停止しながら問いかけてくるミリヤに俺が答えた…………瞬間正気に戻った。
…………いや待て。待て待て待て! 俺は今何をした? よりにもよって一生解けることのない隷属魔法を発動しなかったか? 俺の言うことを絶対に聞かなければいけない強制力を持つ魔法を使わなかったか!? いたいけな黒髪巨乳美少女をペット扱いして!? ……いやマジでやべぇ!! どうすんだよこれもう後戻り出来ない所まで来ちゃったんですけど!!!
やらかした。完全に理性が蒸発していた。
いや、違うんだ……。これは俺が悪い訳では無い。だってそうだろ? 敵対してる相手に絶対の服従を強制して何が悪い、当然のことだろう? 強いて言うならミリヤがいじめればいじめるほど可愛い反応をするのが悪い。だから俺は悪くない、悪くない悪くない悪くな――――
「……………………あの、アラン様」
「ッ!?」
必死で現実から逃避していた俺に向かって当のミリヤが話し掛けてきた。身体が震えそうになったのを踏み台転生者としての意地で無理矢理抑え込む。
さ、流石に敵とはいえ降伏した相手に無理矢理隷属魔法をぶっぱするとかダメだよな……? こ、こうなったら本気の土下座を見せるしか……ッ! 一流の踏み台転生者への道はかなり遠のくかもしれないけどそんな事を言ってる余裕はねぇ!
いざ俺がジャンピング土下座をしようと顔を上げ、そしてミリヤの姿を見て固まった。
「あぁ……! 我は、我はアラン様に服従してしまいましたぁ……!」
まるで熟れたトマトのように赤らんだ顔に、蜂蜜より甘ったるくとろっとろに溶けた表情。
いたいけな少女の顔はもうどこにも無く、その良すぎるプロポーションも相俟って溢れ出る色気が留まることを知らない。
俺を真っ直ぐに、熱っぽく見つめてくる彼女のその光り輝く黒曜石のような瞳には何故かハートマークを幻視してしまう。
……ふむ。なるほど。
まさかの利害の完全一致だった。
・今回の登場人物
ミリヤ→いじめがいがある巨乳美少女。くっ殺が似合う。アランに調教されドMの才能が開花してしまった。割と本人は幸せそう。
アラン→戦犯。一流の踏み台転生者を目指しているので普段は自制心が強い筈なのだがミリヤのいじめがいの前にあえなく理性が蒸発。ドSの才能を開花させた。因みにMの才能も持っている(未開花)。
今話も読了ありがとうございます。こいつら後ろにアイラ達が居る事忘れてないですかね。でも大丈夫、我らが踏み台野郎ことアランならこんな言い逃れ出来ないような状況でも何とかしてくれるさ! きっとね!
次話もお楽しみ下さいませ。
作者→元凶。確かにミリヤには実はMだという隠れ設定があったのだがプロットではここまでやるつもりはなかった。タグにあるギャグ要素が暴走した結果中々に酷い話を書き上げた。評価が下がらないか、感想欄で怒られないか、ブックマークを外されないか。色々怯えているらしい。
清水彩葉




