表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は六回目の人生を始めます  作者: 月森香苗
第一章
2/6

1.令嬢は諦めました

ゲーム知識のある女性が悪役令嬢に転生する話ではなく、悪役令嬢がループする話です

 (わたくし)の人生は大凡にして十七歳にして終わります。大体が、私の婚約者だった男性が一人の女性に心を奪われその方を守る為に私を糾弾するという者です。私の置かれている立場などを鑑みれば、私が黙ってそれを享受できるはずなどないという事など分かっているでしょうに。それでも私は諦めずに、何度でも私の事を見てほしいと訴えたつもりでした。

 それでも、私の事など誰も見てはくれませんでした。私は気付けば多くの知らない罪まで押し付けられました。公爵家に生まれた私ですが、最終的に私は殺されるか、修道院に送られるか。生きていれば修道院に送られた後もあったのでしょうが、気付けば私は学園に入学した日の朝に目覚めたのです。最初は驚きました。しかし、五回も死ねば察するというものです。これは神様の嫌がらせなのだと。

 私は何が何だか理解出来ないまま、六度目の人生を迎えましたが、どうにも今回は不思議な事が起きました。私が目を覚ましたところ、どうやら五歳の誕生日であったらしいのです。今までは学園に入学する十五歳でしたので、十年も早く目覚めました。

 最初の人生で、私の婚約者は皇位継承第一位、現国王の第一王子である王太子殿下でいらっしゃいますレオルド・フェリア・ヴィスルーヴ様でした。私よりも一つ歳が上で、私が生まれた時点で王家より打診があったそうです。無論、お父様は了承されました。

 二番目の人生での婚約者は、隣国の王族の第二王子であるシェラード・ギュラシアス様でした。私よりも一つお若く、私が五歳の時に婚約いたしました。

 三番目の人生での婚約者は、騎士団長子息のリディック・ハルザール様で、騎士団長であるウェイヴ様が英雄とも名高き御方という事もあり婚約に至った模様です。

 四番目の人生での婚約者は、大魔導士子息のアルザスで、私の魔法の力との相性が良いという事で、次代の大魔導士を望まれてとのことでした。

 五番目の人生での婚約者は、学園長子息のオスカー・レイヴン様で、レイヴン家自体が伯爵位を有しているのですが、学園がこの国の中枢にもある事から相当の権力を有しており、婚約いたしました。

 どの方も素晴らしい方でしたが、どの方も結局は一人の女性、メルリア・ダンカー男爵令嬢に心を奪われました。レオルド様の時は何を血迷ったのかと思いましたが、オスカー様の段になればもう呆れて笑い声しか出ませんでした。私の歩む道を阻むように現れるメルリア令嬢はさぞや私の事が憎いのでしょう。

 ですので、私は諦めました。


 私、イザベラ・ユースティリアはユースティリア公爵家の第一子として恥じない生き方をしてきたつもりです。礼儀作法からダンスに至るまで、最高爵位を持つお父様に恥をかかせるような生き方をしたつもりはありません。社交界での立ち振る舞いから社交界における作法まで厳しく、それこそ骨の髄まで叩きこまれて生きてきた人生を否定されるのでしたら、私は自由に生きます。無論、お父様が失脚なさらないように完璧なる令嬢としての仮面をつけたまま。

 すなわち、過去の婚約者の方々全員と関わらない人生を送り、遠くの王家にでも大富豪にでも構わないので嫁ぐなり、珍しいかもしれませんがお父様の所有する領地を頂いて女性領主となるか。ともかく、この国の男に頼る人生は諦めました。


 私は十七歳から未来を見たいだけです。それの何が悪いのかしら?


***


 イザベラ・ユースティリアは知らない。ここが別の世界ではゲームの舞台となっており、彼女の婚約者が片っ端から奪われたのは、メルリア・ダンカー男爵令嬢がヒロインで、そして男性が魅了されるのはもはや仕様であることを。

 五人の婚約者との攻略が完了すれば、新たなるステージが開かれ、シークレットキャラとして男性が追加されることになることを。

 新たなるステージになると、メルリア・ダンカー男爵令嬢とて簡単に男性を攻略できるどころか、実は死の危険が待ち受けているようなサスペンスモードになる事を。

 イザベラ・ユースティリアは知らない。

 そのサスペンスモードでヒロインであるメルリア・ダンカーが一つでも選択肢を間違えたならば、これまでが何だったのかと思わずにはいられないとんでもないエンディングがイザベラを待ち受けている事など、当然知らない。

 実は、イザベラ・ユースティリアが選ぼうとしている道がヒロインであるメルリア・ダンカー男爵令嬢のバッドエンディングへのルートだとは、当然ながら知るはずもなかった。


***


 五歳の誕生日ということで、盛大なパーティーが開かれている。どうやらイザベラには婚約者はまだおらず、父の側で母のドレスの後ろにそっと隠れながら似たような年齢の子供たちが集まっているのを観察していた。

「イザベラ、どうしたんだ?」

「おとうさま。イザベラ、薔薇園に行きたいです」

 広大な屋敷の中にあるホールでは歓談をしながら駆け引きをしているのが良く見られる。主役であるイザベラではあるが、実際、大人たちはここで出会う人々達と腹の探り合いをしているのだろうし、婦人方も女の戦場で戦っている。子供たちは権力の名の元、既にヒエラルキーが出来上がり、当然ではあるが一部を除いてイザベラは圧倒的上位者であった。

「まあ、イザベラ。それは後じゃ駄目なの?」

 母の困った子を見る様な目で諭すような言葉だったが、イザベラはふるりと顔を左右に揺らすと、にこりと微笑みを浮かべる。

「美しい薔薇が咲いているので、庭師のおじさまにお願いして皆様にお配りしたいの」

 淡い金色の髪はふわふわと波打ち、鮮やかな空色の大きな目が美しい母を見上げる。銀色の髪の毛に空色の目をした母と、金色の髪の毛に緑色の目をした父の丁度中間の色を持ったイザベラは誰もが愛らしいと思う少女だろう。成長すれば男性を魅了する豊満な胸元に締まった腰とまろやかなラインをえがく尻周りをした魅惑的な体と、少しきつめの目尻の所為で怖そうという評価を得る事になるのだが、今はまだただ可愛らしい美少女であった。

「優しいわね、イザベラ。わかりましたわ。ライ、イザベラを薔薇園まで連れて行きなさい」

「畏まりました、奥様。お嬢様、お手をどうぞ」

 ライと呼ばれた従者の格好をした少年は、昨年からこの屋敷で働いている。没落してしまった子爵家の子息で、その家の主人であった男性が父親と学友であった縁で引き取って働いてもらっている。ライはイザベラに対し、何時でも優しく厳しい。それは成長しても同じで、学園に入った時も厳しいながら最後まで傍にいてくれた。それが親の命令だとしても、イザベラの無茶な願いでもなんでも彼は叶えてくれる誰よりも信頼している、否、彼しか信頼できる人はいなかった。

 艶やかな黒髪にアンバーカラーの目。元子爵家の子息らしい洗練された所作。従者という立ち位置が惜しいという言葉が時折そこかしこで聞こえてくるのをイザベラは知っていたが、イザベラはライを手放すつもりは全くなかった。

 ライと手を繋ぎ、屋敷から薔薇園へ向かったイザベラは庭師のダンに声を掛ける。ダンは先代が生きていたころから屋敷に勤めており、彼が丹精込めて世話をする庭園の花々は王家にも匹敵する美しさを保っていると評判である。

「ダンおじさま、薔薇を頂きたいの。皆様にお配りしようと思って」

「これはこれはお嬢様、こちらまでお越しくださったのですね。ええ、わかりました。お配りするようですね。すぐに準備いたします」

 被っていた帽子を外し体の前で軽くお辞儀をするダンにイザベラもスカートをつまみ、軽く膝を曲げる様にして挨拶をする。淑女たるもの、上に立つ者としての立ち振る舞いは怠る事など出来ない。

 薔薇の茎には棘があり、配るのであればこの棘は取ってしまわなければならない。それに時間がかかる事を知っており、イザベラはライと共に薔薇園の中に置いてある椅子に腰かける。

「ねえ、ライ。今日は本当に多くのお客様が来てるのね」

「そうですよ、お嬢様。皆様、お嬢様への祝福をしたいと来られているのですよ」

「……どうかしら。私は理由で、実際は皆さま、お父様やお母様が目当てなのでしょう?」

 イザベラには記憶がある。十七歳まで生きた記憶が。最初の十七年、そして十二歳から十七歳の五年間を四回。それらの記憶と経験が今現在五歳のイザベラには蓄積されている。

 子供らしさを削ぎ落とし大人がするような嫌悪感と苦渋を滲ませた表情を一瞬浮かべたイザベラだったが、それをすぐに隠してしまうも、ライはその瞬間を見てしまった。昨日の夜まで無邪気に笑っていた令嬢がたった一晩でまるで一気に成長したような変化を見せた。

「ライ。絶対私を裏切らないでね。私の側にいてね。ライだけよ」

 鮮やかな空色の目が夜空のように暗く見えたのは気のせいだろうか。ライはじっとこちらを見る少女にただ頷くしか出来なかった。


 暫くしてダンが棘を取り終わった薔薇を籠に入れて戻ってきた。濃い赤の薔薇や鮮やかなピンク色の薔薇は美しいという言葉しか出ない。形も色も全て整っている薔薇だけを選んだダンのこだわりの見える籠をライは受け取り、イザベラは再び会場へと戻る。相変わらず両親は人々に囲まれている中、イザベラは会場内をぐるりと見渡し、目についた少女たちに薔薇を渡していくが、どうやら渡す相手によって色を変えている事に気付いたのはライだった。

「ミーア様、こちらを是非受け取ってください」

 壁の側で所在なさげに立っていた少女へピンクと薄いオレンジが混じる薔薇は、イザベラが一番気に入っているもので、その複雑な色の混じり方を特に好んでいる。その薔薇を渡されたのは僅か二人。他はピンクと赤で、既に薔薇を受け取った少女たちは色混じりのない美しい薔薇を手にくすくす笑いながら爵位が低いから選別されたのだわと笑っていたが、逆だ。この交じりのある薔薇を受け取った少女たちが選ばれたのだ。

 ミーア・ブレイン子爵令嬢とリリア・ヴェイル伯爵令嬢の二人がイザベラの目に適った。ライは正確にその意味を受け取り、少女たちの持つ薔薇にリボンを括りつけながら、「お嬢様より後ほど薔薇園へお越し下さいとのことです」と囁く。

 ミーアとリリアの家は確かに政にて発言力があるとは言えなかったが、それぞれの家は政治以外の所で有名であった。それをこの少女が知っているとは思えなかったが、見る目はあるとライは感心していた。

 パーティーは恙なく終わり、多くの人々が帰る中、イザベラはライと共に薔薇園へ向かう。そこにはそれぞれの従者を連れたミーアとリリアが困ったような表情で待っていた。

「緊張なさらないで。私、お二人とお友達になりたいの」

 公爵家令嬢であるイザベラから発される言葉は常識から外れている。上位者の彼女が下である二人と友人になりたいという言葉に、二人はもとよりその後ろにいる従者も驚かされる。

「ライ、お茶とお菓子を用意して。彼女たちの従者にもよ?」

「畏まりました、お嬢様」

 わずか五歳の少女は人を使う事躊躇わない。公爵家の令嬢という立場であれば当然の振る舞いだが、上に立つ者として下への配慮も忘れない。薔薇園の中には幾つか休憩をしたり茶会をする為のテーブルと椅子が用意されているが、従者用のスペースも用意されている。折角の薔薇を見るのに人が立っているのは無粋だと現当主夫人が用意させたのだ。

「あの、イザベラ様。あ、リリア・ヴェイルです。なぜ、私たちなのですか?」

「ミーア・ブレインです。えっと、家のつり合いがとれていないのでは…」

 五歳とは言えども少女たちの教育は既に始まっている。その為彼女たちには幼い頃から家の立ち位置というのを叩きこまれいるからこそ出てくる疑問だ。しかしイザベラはふわふわとした金色の髪を揺らしながら愛らしく笑みを浮かべると椅子に腰を掛ける。

「お二人が他の方たちに流されていなかったからですわ」

 壁の花に徹し周囲を確実に見ていた少女たちの行動をイザベラは見ていた。彼女たちは選別する力がある。困ったように笑う少女たちはその言葉を否定しないし、彼女たちの従者も物静かに立っている。

「私はね、叶えたい未来があるの。ですから、お二人と仲良くしたいの」

 艶やかに笑う少女は、やはり五歳らしさはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ