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1.堤昌親


 2015年5月。横浜市内、某デパート。


 デパートの大半はレディースファッションの売り場だ。ファッションは女性や女の子だけの専売特許じゃないんだから、もう少しメンズの売り場が欲しいものだ。

 午後5時のデパートは土曜日だからか妙ににぎやかしい。


「うーん、これもいいなぁ。でもこっちも捨てがたいし、これも……」

「あの」


 その中でも、俺たちが今いるメンズのファッション売り場は意外と静かだ。婦人服売り場が真夏の首都東京なら、紳士服売り場は真冬の地方都市だ。デパートの売り場の大半が女性向けということは、デパート自体、女性が集まる場所なのだ。客層的にここが静かなのは当たり前なのかもしれない。


「こっちだと色はこれの方がいいし、でも俺的にはこれなんだよなぁ」

「ちょっと」


 俺は自分が特別洒落ている人間とは思わないが、少なくともダサい服は着たくない。洒落た人間を見るのは大好きだし、他人をコーディネートするのも嫌いじゃない。それが可愛い内弟子だったら、なおさらだ。


「んーでも、サイズはこれの方がいいかぁ。とりあえず、これで試着お願いします」

 これ、と思った紺色のジャケットを店員さんに渡す。

「待て待て待て先生!」

「ん? 何々、どうしたの?」


 試着室の方を振り向くと、今現在の俺がコーディネートしたいランキング第1位に燦然と輝く人物が、ノリノリで服を選ぶ俺に慌ててストップをかけてきた。店員さんが哲也にジャケットを渡そうとして、その手が止まる。


「先生は、服を買いに来たんですよね?」

「そだよん」


 服屋に来て、なんで服を買わないのだ。哲也のいかめしいツラが理解できない。俺から見りゃそんな顔もなかなか乙……ではなく、可愛らしいと思うんだけど、茶化すとガチで怒るからやめとこう。


「じゃあ、なんでさっきっから俺ばっかり試着してるんですか!」

「んー? 趣味? というか、君へのお祝い?」


 大体、俺は確かに「服を買いに行く」とは言った。しかし、「自分の服を買いに行く」とは一言も言っていない。


「……は?」


 哲也がぱちぱちと何度か瞬きをする。その間に今選んだ紺色のジャケットが店員さんから哲也の手に渡る。今のジャケット、ラインはいいけど色がもう少しな気がする。まだ何かないかな……。

 再び、店内のあれやこれやを見てみる。……あ、コレいいな。そう思って手に取ったのは黒のチェスターコートだ。少し薄手で、冬でもこれからの季節でも大丈夫なやつだ。デザインもラインもちょうどいい。着ている哲也の姿を想像する。……自分で言うのもなんだけど、バッチリだ。


「高校の入学祝で、実家から時計届いたでしょ? だから俺からはコートかジャケットでもと思ってさ。5月になっちゃったけど。まぁ、ありがたく受け取っておいてくれよ」

「だったら最初っからそう言ってくださいよ……」

「最初っからそういうと、君はさっさとユニクロとかしまむらに行っちゃうでしょ。それもいいんだけど、どうせだったら一張羅的にいいもんでもと思ってさー」


 もはや俺の着せ替え人形になっている哲也に、これ、と選んだものを店員さんから渡してもらう。店員さんはずっと、俺たちのやり取りをそれはそれは微笑ましく見ていた。同時にこうも思っているかもしれない。あんたら、一体どういう関係? と。勿論そんなことは聞いてこないけど、もし聞いてきたらこう答えようかな。「内弟子。よく出来た息子みたいなものかな」と。


 明日は日曜日で、週に一度の滑らない休日。今はシーズンオフ。この時期は試合がない。アイスショーは毎週のように開催されているけれど、今週末のアイスショーに、堤昌親の名前も鮎川哲也の名前もない。つまり、俺も哲也も、明日は完全に一日休みの日だ。


「ま、決まったら、中村屋にでも行ってメシでも食ってこよう。ついでに点心も付けてあげるからさ」

「……先生。何か変なこと企んでいませんか?」

「別に何もー? 入学祝贈るなんて、普通のことでしょ。これ以上俺の着せ替え人形になるのが嫌なら、今渡した二着をさっさと着てみてきて」


 いまいち納得しない顔で哲也が試着室に消える。それを見届けて、俺はにやりと笑った。試着室の鏡で自分の顔を見てみたら、「人が悪そうで腹の中に黒いものを持っていそう」と哲也が形容する笑いになっていた。


 俺は知っている。明日の休みの日に、俺のよく出来た弟子こと鮎川哲也と、俺の可愛い妹弟子こと星崎雅が二人で一緒に出掛けることになっていると。

 本人は隠しているつもりかもしれないが。雅ちゃんが俺のよく出来た弟子に対して、特別な感情を抱いていることは、はたから見ても明らかだ。まぁ、哲也に特別な感情を抱いているのは雅ちゃんだけじゃないんだけど、俺が積極的に応援したいのは可愛い妹弟子だ。


 そして哲也も。


 本人は全力で否定するかもしれないが、雅ちゃんに対して多少なりとも他人とは違う、別の思いを抱いているであろうことも気づいてはいる。雅ちゃんはともかく、哲也の場合はあまり自分でも把握していないようなところがあるから厄介だ。


 企んでいるなんて、とんでもない。哲也に言った通り、入学祝を贈るなんて普通の事だろう。


 俺はただ、俺の可愛い妹弟子が、俺のよく出来た弟子と楽しい時間を過ごせればいいなと思うだけだ。余計なお世話かもしれないけどね。

 明日、彼女はどんな服を着てくるのだろう。見られないのが残念だ。


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