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6分の1の私

作者: Lucy

私は彼氏という約束を結んだ人はいないが、私の中だけでも彼氏ということにしておきたい人がいる。

その男性の名前はクリス。彼はアメリカ人で、29歳になったばかり。横須賀にある米軍基地に所属するネイビーだ。彼は6人の女の子の心の彼氏なのだ。


私はその6人のうちの一人。

彼にとって6分の1のペット。

「明子さんって話しやすいからモテそうですよね」

たまたまオフィスで二人きりになった、アルバイトの青年が私に言う。


「いやいや、全く。」


「彼氏いるんですか?」


「彼氏ねー。」


このような問答に私はいつも何と返していいかわからない。


私は彼氏という約束を結んだ人はいないが、私の中だけでも彼氏ということにしておきたい人がいる。


その男性の名前はクリス。彼はアメリカ人で、29歳になったばかり。横須賀にある米軍基地に所属するネイビーだ。

彼が担当する船は大きな空母で、アメリカや日本が有事の時は出動されるもの。映画や教科書やニュースで見た、国と国との諍いに船ごと駆り出される人、彼はその人たちの一人である。


空母が年に数回訓練で日本海域をぐるぐるとパトロールしていることは、クリスに出会ってから知った。そうやって日本の海は何千人の米兵の6ヶ月を使って守られていた。


クリスは一年の半分は船に乗り仕事で家にいない。クリスに会うことができるのはほんの短い間 -数ヶ月、数週間、数日-彼が家に帰ってくる時だけなのだ。


そんな彼ではあるが、彼は6人の女の子の心の彼氏なのだ。


私はその6人のうちの一人。

彼にとって6分の1のペット。



「元気?」

「元気だよ。」


「早く帰って来てね」

「わかった。そしたら一緒に寝ようね」


私たちの会話はずっとこれだ。

これ以外の話は、彼が陸地にいるときに、いつ会うか、などの事務的な用事以外ない。


彼について、興味がないわけではない。彼自身以上に私は、飼いならされているほかのペット達と、私への愛情の違いに興味があるからだ。


私の知りうる限り、彼の日常は女の子をうまく、たくさん飼いならすことで忙しいということを知っている。


その分量のどれくらいを私が占めているのか、いつもとても興味があった。


「君が一番だよ。」と言って欲しかったし、そうでありたかった反面、その言葉をきけたとしても、私は信用しなかった。


彼発のどうでもいい話題のラインは来ない。

どうでも良い話題での会話はつづかない。


一度一緒にいるときに彼の携帯に着信があった。「Nana」と書かれてあった。

その時彼は家に行くために運転をしていて、携帯から音楽をかけるために、携帯を運転席の前に置いていた。


助手席に座っていた私に、その画面ははっきり見えた。


慌てる様子もなくクリスは携帯を閉じ、私たちは何事もなかったかのように家に着き、いつもと同じ日常を過ごした。


怒りや嫉妬はもちろん感じたが、私はクリスと電話で話した事はないし、彼女のように気軽に彼に電話をかけたこともないな、とその時あらためて思った。


私がいなければ二人は仲良く何時間もお喋りをしていたのだろうか。


私が知らないクリスがそこにいるのかと思うと、胃が締め付けられる想いだった。


一番でないなら、一番かどうかを聞く必要はない。一番だと思っているなら、聞く必要はない。つまり、「一番かどうか」なんて聞くだけ無駄、興味を持つだけ無駄な内容なのだ。


しかし気になる。

聞きすぎると嫌われるし、思いがけない返事なら、私のこころは砕かれる。

なので、私の考えた方法は、彼と必要以上に話さないこと、だった。


私は彼に対して今日がどうであったか、以外のことで聞かれたこと以外は自分の何かを語ることも、彼の日常に対して当たり障りのないこと以外は聞くこともしない。


話題といえばほとんどセックスの話。

私はこれでクリスとの細い糸を繋いでいるのである。


こんな状況でも、私は彼のことが好きであり、心の彼氏であり、運命の王子様だと真剣に思っている。


「どこがいいの?」


彼と出会ってから、ずっと自分に問いかけて来た素朴な疑問だ。






彼と出会ったのは私が30になる誕生日だった。インターネットのチャットサイトで知り合った。しばらくやりとりをしてから、彼と会って、私は一目で彼に惹かれた。


彼は初めから「彼女は作らない」と公言していた。初めから私は彼にとって彼女にはふさわしくないと判断されていた。それでも好きだった。


会うにつれて、彼の部屋に行くようになった。彼の家は基地から車で約20分くらいの場所。

海がすぐそばにある。お世辞にも綺麗だとはいえない海だが、静かに水が動く音や時々強烈な潮の匂いがする。


最近住居地区として開発されたであろうその場所には、おそらく同時に建てられたと思われる、おなじような見た目の新しい一戸建てがたくさん並び、新しい公園がある。

サーフボードを置いている人や、夏なのに屋上に電飾を巻いて、デコレーションしている人、幼稚園から小学生、中学生が住んでいるであろう自転車などの備品がたくさんある。


日本人にとっては家族用の一戸建てに、彼は一人で住んでいる。

彼は几帳面だ。家の中は綺麗に整頓されていて、インテリアもシンプルに整えられている。彼自体はインターネットサーフィンをしているところ以外見たことないのに、最新のスタイリッシュパソコンが3台もある。一年のほとんどは家にいない彼が築き上げた彼の楽園がまさにその家なのだ。


普通の女性は、几帳面に整えられた、彼の楽園を見て、容易にここで、彼の帰りを待つ主婦になる妄想することができるであろう、本当にステキなおうちなのだ。


時々、彼が一人では買いそうにない食材、私の髪の毛ではない髪の毛、いろんなお土産品、女性もののスキンケアセットが置いてあるときがある。


始めは私も参戦していた。

洗顔やメイク落としパジャマなど女性特有の物を彼の家に置いた。

彼の彼女の座が欲しいから、犬のようにマーキングし、彼の日常に無理やり自分を入れようとした。


ある時、化粧水が増えた。知らないクリームが横に置かれるようになった。

それをみた時はあまりにも生々しくて心が割れるように痛くて、それから自分のものを置くのを一切やめた。


彼が二階で寝静まったあと、一階に降りてきて、広いクリスの家で改めて彼がほかのペットをせっせと可愛がっていることを想像しては泣けてくる。

そういう時の夜は恐ろしいほど長いのだ。


その度に、私は何度もクリスとの縁を切ることを考えたが、殴られているわけでもなく、お金をせびられているわけでもなく、彼がわたしから何かを奪おうとするわけでもない。


一緒にいる時間は送り迎えをしてくれ、ご飯に連れて行ってくれ、寝る時は彼の体温をわけてくれる。


しかし、愛されている、大切にされているという十分な実感は持てずにいる。


私は不幸なのか。

愛されているという実感は十分に持てなくてはいけないものなのか。


片鱗を掻き集めて、愛されていると感じることはいけないことなんだろうか。


そんなことを考えながら狭い自分のアパートで月を見ながらタバコを吸う。


月は時々三日月で、時々満月。

多くは雲に隠れて見えないのだが、綺麗に見えた日はそれだけで、心の中がはっきりするきがする。


今が不幸であるなら、今感じている幸せな時間も不幸になるし、完璧な幸せ以外受け付けないとしたら、世の中のほとんど全てが不幸になる。


ちゃんと不幸なのか、これでもちゃんと幸せなのか、だれか教えてほしいと思った。



私は不幸なのか。

この恋は間違いなのか。


私は色んな人に話を聞いた。

身近な友人から、恋愛アドバイザーなる人から、恋愛をうまくやっている人から、とにかく色んな人に話を聞いた。


時々あまりにも孤独に感じ、誰かと話さないと私はここに存在していないような絶望感に苛まれる時もあった。


「そんな男はやめたほうがいい」という反応ばかりだった。結局私は「それでもいいんです」と言うので、全く話を聞いてなかった。


口は出されたくない。だけど、うまく行く方法を教えてほしい。全く身勝手な相談を繰り返した。


そんな私からどんどん人は遠かった。

友達を何人か失った。


それでも、苦しかった時よりは生きやすくなった。私はこうしていたい、という自分の意思を始めてちゃんと尊重しているような気分だったからだ。


周りの意見に左右されない自由な恋を手に入れた気分だった。クリス本人の意思でさえも、私の王国には不在だった。


結局答えは自分にしかないことはわかっていた。

間違いだらけの自分の選択であっても、自分だけは、間違ってない、と言えたただ1人の存在かもしれない。


それならば何故悩むのか。

うまくいかせたいという欲さえ手放せば、私の恋愛は完璧に見えた。

そもそもうまくいくってなんなのか。


クリスには会おうと思えば会える。

テキストを送れば返ってくるし、彼は必要最低限、優しい。

上手くいかないってこれでも言えるのか。


もう訳が分からなくなる。





不幸なのか、幸せなのか、とにかく答えが欲かった。


彼と出会うより前のことを思い出した。

私の好きな人はどこにいるのだろうか、という漠然とした不安を抱えていた。


私は誰からも愛される資格はないし、愛する資格もないのではないかと思っていた。


この時、私はこんなに孤独なら死にたいと思い、よく自殺について思いを巡らせていた。

結局、死に損なった時が恐ろしいという理由で諦めたのだが、完全に死ねて、完全に痛くない方法があればこの時期の私はその方法を選び、この世にはいなかったと思う。

そんな方法が見つからなくてよかった。

無理やり死ぬことが痛そうなことばかりでよかったと、今は思う。


この時はよく、色んな映画をみた。

特に、映画「君に読む物語」のように男性が特定の女性のことを人生をかけて愛し抜くなんてシチュエーションは、私にはありえないことで、願ってはいけないことだと思っていた。


私はあの映画の主人公のように綺麗でもないし、お金持ちでもないし。服もダサい。


そんな私がこんな風に愛されるなんてありえない。しかし前向きな希望を持って現実を変えようとするほどの気力はどうしても湧いてこなかった。努力、という行為がとても報われる気がしなくて、なにもかもがバカバカしかった。


狭いアパートの天井を見ながら、とにかくこの現実が全て嘘であればいいとよく思った。

私の存在が全て幻になってくれればいい、と。



願っても叶わないなら、願うだけ無駄。

好きだとか、素敵だとか言われて、付き合ってはみても、人生の全てが何かが違うと思いながら過ごしている私はすぐにその人たちに振られた。


誰も私の心の穴は埋めてはくれなかった。

それなりに悲しかったが、そんなもんか、と思って毎日を過ごした。


ある時、好きな人ができた。

冴えない私の日常がキラキラし始めて、毎日が楽しくなった。だけど私は傷つくのが怖かった。愛されるはずはないと諦めていたが、愛していない、という言葉は聞きたくなくて、とりあえず、やり過ごせればいいと思っていた。


彼はマシュー。クリスと同じくネイビーだった。


マシューも私を一番にはしてくれなかった。しかし、クリスと同様に殴ることもなければ、なにかをわたしから奪うこともなく、彼なりの愛と感じられるものをくれた瞬間もあった。


しかし、私はマシューと一緒に過ごした時間 で、盛り上がった記憶がなかった。


マシューは無口だった。話だと思えば早口で、小声でなにを言ってるのかわからないし、共通の趣味もあまりなく、「そうなんだ」と相槌を打つことが精一杯だった。


会話はすれ違い、盛り上がった記憶が本当にない。


そしてここでも私は「私がどれだけ彼にとって大事か」ということに全神経を集中させていた。


私がマシューに会った最後の日、江ノ島水族館へ行った。出会った頃よりも会話が減り、もともとほとんどなかったのだが、全体的に様子もおかしいマシューが携帯を開き、ラインをしていた。


ふと、彼は画面の角度を変え、私に見えないようにした。


ちらりと画面がみえた。彼はスラングを使い、退屈している、早く帰りたい、といった内容を送っていた。


わたしは見なかったことにした。


「海を歩かないか?」


帰り際マシューが言った。

海岸沿いを歩きながら、彼の実家の犬の話、彼がランニングするときの話など教えてくれた。


「そうなんだ」


それ以外の言葉がなかった。


「僕は君と会ってたときはいつも楽しかった」


マシューがいきなり言った。


「私も楽しかったよ」


「僕は君と会ってた時はいつも楽しかった」


マシューはもう一度言った。


手を繋ごうとして、彼の手を握ったが振り払われた。


そして、それ以来彼と会うことはなくなった。


それから彼のことを思い出してひたすら泣いた。


あの時これといって盛り上がった思い出はなかったものの、私はマシューのことが好きだった。


しかし、好きだという気持ちを振り払われた手のように、投げ捨てられる気がして、さらにバカにされて笑われる気がして、ちゃんと言えなかった。


二人が合わないことはわかりきっているのなら、好きだという感情は無駄で、持ってはいけない悪い感情だと思った。


海辺での出来事、マシューとの日々、私は本当に精一杯だった。あれ以上、いまの私も、あの時のわたしもできないと思った。


それでもマシューと終わってしまったし、結果、それから連絡も取れなくなった。


好きだという気持ちを隠しても、愛してないとはっきり言われなくても、しっかり傷つくことがわかっただけだった。


私は一体何をしていたんだろうと思った。


マシューとの恋が終わった後、言いようのない後悔と、ただ、悲しいという気持ちが私の中で流れていくのを黙って見守る事しかできなかった。


その時、一緒に過ごした時間をよく思い出した。


会話は少なかったし、楽しいと思えた事もあまりなかったが、彼の笑顔にはとても癒された。彼のはにかんだ笑顔を見るのが好きだった。すぐ赤くなる顔を見るのが好きだった。


実際に感じていた事とは別に、どんどん彼との時間が楽しかった思い出に変わっていく。


なぜ私は一緒にいる時に、彼の笑顔が好きだということに集中できなかったのか、と思った。


彼が笑っているその横で、どうやったら傷つかないかを必死で考えていた。


そんなことを考えていたから、マシューは私の前からいなくなったのか。

仮に私がマシューの笑顔に注目して、その時間を別の感じ方をしていれば、結果は変わったのだろうか。

結果を変えたかったのだろうか。


彼と会えなくなるのは寂しかったし、悲しかった。だけど、どこかで終わりがくる予感がずっとあった。


それを頑張って先に伸ばしていただった。

もう頑張って先に伸ばすことはしなくていい。ここでこの苦しみから自分を解放してあげよう、その時は自然とそう思った。

この結果にはとても納得感があった。


もう少しこうしたら良かったという気持ちはあるが、私はできないと思ってやらなかった。所詮その程度の想いだったのだ。


私の心でさえ、思い通りにはできないのに、誰かの気持ちを変えるなんてことは無理なんだろう。



終わったからと言って忘れなきゃいけないことは辛かった。どれだけ思い出が美化されようとも、忘れるのに時間がかかろうとも、それでもいいと思った。きっと忘れるなんてできない。


彼と終わり、思い出がどんどん美化され、それなりに出会いもあった。


しかし、マシューに対して抱いていた気持ちのように、苦しい程に好きだという気持ちはいつでも誰に対しても持てるものではなかった。


思い出は美化されたが、苦しかったことも同時に覚えていた。

その苦しみが彼が目の前にいることのリアルな気持ちなら、終わった今、それを持っていた時の私が羨ましくなった。



それがマシューとの恋愛だった。








「愛されない可哀想な私が、彼女になったからと言って、私は愛されない可哀想な私のまま。」


救いを求めて読み漁ったブログの一文。

誰が書いたのか忘れた。







「私が好きでいることをやめる時を決めるのは、彼が決めた順番リストの結果でもなく、彼がサヨナラを放った時でもなく、私の心が彼にサヨナラを告げる、その時だけだ。」


苦しい夜に日記に書いた言葉。


「あなたをいつまでも待っている。私の心の中で。私があなたを一番愛せるの。あなたを一番愛せる、あなたの唯一の人にわたしをして。」


セリーヌディオンの名曲TO LOVE YOU MOREの歌詞も添えた。


クリスとのセックスの後のピロートークで、横須賀基地にいきたいと言った。


基地には特別な日以外は軍人が同伴でないと非アメリカ人は入ってはいけないという規則がある。


私は過去、マシューと数回行った事がある。なので、基地に行きたい純粋な気持ちよりも、彼にもっと私との時間を作ってほしい打算からの提案だった。


「え?君とは行ったよ。」


全く身に覚えのないことをクリスが言い始めた。


一度は無視をした。

また数ヶ月後、もう一回聞いてみた。そしたらまた同じことを言い始めた。


「相手間違えてるよ。」


それでもクリスは本当に私と行ったと言い張る。


違うと言い張る私に「そうだ」と口調を強くし始めた。


「じゃあわたしはどんな格好してた?何した?」


しばらく上を見た。


「絶対君と行った!フィリピン人の友達と会ったじゃないか!ほら女の子だったでしょ?」


「知らない!絶対知らない!」


クリスはもう一度天井を見た。

眉毛が太くて目が青い。

こんな時にそう思う。


「あ、ごめん!!」とクリスが叫ぶのと同時に、誤魔化すために強く抱きしめられた。


殴られると思ったのかもしれない。


「でしょ?」


笑いながら言った。

その時の私は何の悪意もなく間違えたクリスのドジが純粋に面白かった。とにかく2人で爆笑した。


「なんで俺のことそんなに好きなの?」


「わからない」


そして2人でまた爆笑した。

その日はとても仲良くいつもより強く抱き合って寝た。

朝も、彼はいつも以上に私に優しく接してくれた。


本音を言い合えなかった私にとっては彼との距離が少し近くなったと思った。






クリスは相変わらず海に出た。

短い帰宅日程の中、会ってくれることもあった。


出会ったばかりの頃は、彼の言葉は曖昧なものが多く、信憑性を欠くことが多かったが、最近は質問にははっきり答えるようになり、嘘はつかなくなった。


そして私はほかのペットの痕跡を探すことも辞め、自分の物を彼の家に置くマーキングもやめた。

そうすると、それらしいものを目にする機会も減ったので、もうその議題は終わりを迎えたと思っていた。


「韓国に会いに行きたい」


彼の船が時々陸地に降りる。

その国が韓国だと知っていたので、言ってみた。

クリスは「了解」といった。

3泊4日の旅。


意気揚々と仕事の休みを取った。


成田へいく電車の中、ふと、私の心はザワザワした。


彼とは一晩以上過ごしたことがない。

昼間の私を知ったら、彼は私の事を嫌いになるかもしれない。


逆に昼間の彼を知ったら、私は彼を同じようにすきでいられなくなるかもしれない。


空港はカップルや家族連れでいっぱいだった。隣のカップルは長い搭乗手続きの間ずっとおしゃべりしていて、男性は優しく聞いていたし、後ろの女性は彼氏らしき人とずっとラインで話している。

家族連れは男の子が元気に走り回り元気だ。


急に私は1人に感じた。この場にクリスがいたら、と思った。多分隣のカップルのように色んなことをウダウダ話すこともなく、お互い携帯を見ては黙っているだろう。


今から飛行機に乗る旨を伝えたところで、気をつけてね、と言われて会話は終わるだろう。


隣のカップルみたいに、旅行の手続きの時間、こんな風に過ごすことに憧れを抱いている私がはっきりとそこにいた。


そしてクリスとは、話すことが全くない、所詮その程度の関係しか育んでこなかったことが私の現実であることをひしひしと感じた。


飛行機に乗りながら、クリスとの関係に何か変化が訪れる気がした。


韓国に着いた。

夜に着いて、荷物も多かったので、急いでクリスが取ってくれたホテルに向かう。

思ったようにすぐにバスは来なかった。


やっと乗り込んだバス。

韓国は全く読めないハングル文字ばかりで不安になる。それでも街並みは日本とそっくりだった。


ホテルに着き、クリスと再会した。


クリスは変わった様子もなく、普段通りだった。再会をひとしきり喜んで、その日は外に一緒にご飯を食べて眠った。


海の神さまと言われる神社に行きたかったので、クリスとその友達と一緒に出かけた。


韓国での旅行中、クリスはその友達とずっと一緒にいたがった。


私は英語が日常会話が何とかできるくらいしか話せない。少し難しい話になると長くなるし、きちんと言えているかわからない。


だから仕事の話や共通の話題で盛り上がる2人に全く着いていけなかった。


それでも2人は私のことを気遣ってはくれたのだが、お酒を飲んではしゃぐふたりにテンションも会話も全く着いていけず、どんどん私は惨めな気分になった。


昼間の彼を知ってしまうと、同じように好きではいられなくなる。


あんなに恋い焦がれていた彼と過ごす夜以外の時間をゲットできたにもかかわらず、なんとなく微妙な気分になって行った。


一緒に昼寝をして、私が先に起きた。

クリスの携帯が開いて置かれてあった。


見るつもりはなかったが、画面にはいくつか彼に届いた新着メッセージのタイムラインが並んでいた。


「YUKA」という名前が見える。

「Good morning. I love you」と書かれてあった。


すぐ画面閉じ、寝ているクリスの横に彼の携帯を投げた。


起きたクリスは何も気づいてない。

ふつうに携帯をチェックし、シャワーを浴びた。


居たたまれなくなり、泣きだしてしまった。

シャワーを浴びて戻ってきたクリスに「もう嫌だ」と話した。


「一緒にいて、楽しくない。

私は会話に入っていけない。

私はあなたのことが大好きで、あなたは特別なのに、あなたにとって私はなんでもない存在みたいでつらい」


クリスは言った。


「僕は傷つきたくない。彼女がいたら、別れる時に傷つくから。だからちゃんと誰か特定の彼女を作りたくない。だから数人と同じような関係をしている。他にも5人いる。」


もはやこの言葉では傷つかなかった。

知っていたし、問題は私が彼にとって取替え可能な存在であることだった。


そうだとしても、私はクリスのことが好きだ。こんなことを願っても無駄だとおもったが、私は彼にとって少しでも特別であってほしいと思ったし、そう思っていることを伝えたいと思った。


「私のことは絶対忘れて欲しくない。私はあなたのことが好きで、一緒にいるための時間を作るのにあらゆる手段を使ってきた。実際に韓国にも来た。全部簡単に他の女の子と取替えて、私の全部を無かったことにしないで。」


と私は号泣しながらクリスに伝えた。


クリスは私に抱きつき、キスをして、体を触ってきた。


あんまりその気にはなれなかったが、そのままセックスをした。


彼には何も期待しないつもりだった。

私が彼の事を好きであればそれでいいと思うようにしていた。

独りよがりでも執着と呼ばれても構わないと思っていた。


そうすれば彼の心の大切な場所に住める時がいつか来るかと思っていた。


韓国まで来てみたが、私は彼にとって取替え可能な存在だということが彼の口から聞いて現実味を帯びただけだった。


本当に終わりにしよう。


その時思った。



私のフライトが少し早かったので、酔っ払って寝ている彼を置いて空港に向かった。


空港に向かう道すがら、彼との思い出が走馬灯に蘇った。


クリスが私にしてくれた事がたくさんあった事を思い浮かべた。

私は彼に愛されてたんじゃないか。

そんな想いが押し寄せては引いて言った。


私は6分の1だった。

今更、何股であろうと変わらない。

何人いるかわからなかった数がここへきて具体的な数字に変わっただけ。


彼についての知らないことが一つわかっただけなのだ。


それなのに、私は彼のことがそれでも好きかという問いに答えられなくなってきた。


迷った時、苦しかった時の日記や、彼の写真を見る。やっぱり好きだなと思う気持ちが湧いてくる。


益々わからなくなる。


ずっと結果は出すものだと思っていた。

何とかできるものだと思っていた。


結局、わたしの気持ちも、彼の気持ちも、変えられるものではないことだと思い出した。


結果は流れていくもので、どんなことでもやがて訪れて、避けられないもののような気がした。


無性に彼の匂いのするシャツを抱きしめたくなった。


彼の感触を思い出す。

腕が筋肉質なクリスの腕枕は高くてまったく眠れない。それでも腕枕をしてくれることは嬉しくて安心する。

深夜になると私の頭蓋骨を支えている腕がピクピク動き出す。そのあとわたしは彼の腕の位置を変え、手を繋いで眠る。小さいが硬い手。時々小さないびきをかく。時々英語で寝言を言う。本当に意味不明のことを言う。

少しでも光があると眠る時に気になってずっと文句を言う事は、韓国のホテルで知った。


韓国で一緒に昼寝をしたことを思い出す。

彼の横に丸まって一緒に時間を気にせず寝た。


その時着ていたシャツ。

柔らかくて、香水と柔軟剤の匂いに混じって、少しだけ彼の汗の匂いがする。


息をいっぱい吸って彼の匂いを取り込む。


私を、私だけを愛してくれるクリスがいるような錯覚に陥る。


本当にそうだったらいいのに。

願いだけはタダ。

だから願う。


私を、私だけを愛してくれる、そんな彼がいてほしい。



帰国して、日常に戻った。

彼がいないベッドで一人で寝る。


そして、クリスという存在がわたしにいなくても、成立する毎日。


私が彼の事を考えていなければ、わたしからクリスが消えて無くなるような気がして不安だった。


消えて欲しくない。

私がここまで必死に守ってきた彼への想いが、私の中から消えていくことがわたしの一番の恐怖だった。


それでも日々が進み、彼の事を考えない時間が増えていく。

彼の事を全く考えなかった密度が高ければ高いほど、時間が進んでいたように感じるが、そうでもなかったりして、結局わたしの感じ方次第。


新しい出会いがあった。

今までわたしが頑なに遮断していたこと。


もう、なるようになる、と流れに身を任すことは切なさと悲しみを伴う。

それが何か確実な言葉や行動がなかったとしても、心の中を通り抜ける、変化の渦を黙って見届けることは、台風が過ぎ去る心境に似ている気がする。


何が何でもクリスが好きなわたしがどこかに行かないでほしい。


「なぜそんなに彼が好きなのか?」


ずっと問いかけてきたが答えは見つからないでいる。


彼のことが好きで、恋愛をしている自分がどこまでも好きなだけなのかもしれない。


彼の事を想っている、ということが、自分を満たす精神安定剤なのかもしれない。


それが正しい恋愛なのか、愛の形なのか、たった30年、普通の人生を送ってきたわたしにはそれが答えか正直わからない。


もっと静かなものかもしれない。

もっと激しいものかもしれない。


想うだけで楽しくて、時には苦しくて、切ない。本当はそれだけで恋愛は完結しているのかもしれない。


悔しい思いをするたびに、逃げないことを誓ってきました。そして必ず文章にして自分への糧にすることを誓ってきました。


恋愛の独りよがりをどのように捉えたらいいのか、私なりに答えを出してみたものです。


小説として初めて言葉にして、世の中にだしました。書き上げた後、自分の力量のなさに恥ずかしい思いがありました。

一人でもここまで読んでくださった方がいたならば、本当に嬉しいと思います。

拙い文章ですが、私の物語に、貴重なお時間を使ってくださり、ありがとうございます。

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