無理無理無理無理っ! 絶対無理っ!
プロローグの続き
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理っ! 絶対っ無理っ!」
ジャイアントマンモスが力尽きても、狩り自体が終わったわけではない。
石器ナイフで皮を剥ぎ、肉を捌き、そして一番のお目当ての牙を取らなければならない。
相手が巨大すぎる故にそれは長時間かかる大作業であり、同時に肉の臭いを嗅ぎつけた肉食動物の相手もしなければならないとあって、とても気を抜いている暇などないのである。
そんな忙しい作業の最中、氏族長に気軽気に肩を叩かれ、狩りの感想を聞かれた僕はとりあえず発狂していた。
「はははっ、何を冗談を言ってるんだいアルゥ君」
僕の反応を見て、氏族長が、豪快に笑う。
笑い事じゃない!
「いや、普通無理でしょ、あれ! なんであの距離から投げて槍が当たるんですか! なんであの巨体に追いつかれないんですか! なんで吹き飛ばされても無傷何ですか!」
「はははっ、そんなの気合いだよ、気合」
「気合でどうにかなる話じゃないからっ!」
ダメだ、この氏族長。前に氏族長は頭も回ると言ったけど、前言撤回。こいつもただの脳筋だった。
そんな風に僕が氏族長に対して幻滅していると、作業を粗方終えた男たちが獲物を背負って僕たちの方へやってきた。
ああ、頭から血まみれになっちゃって。
おかげで血なまぐさいったらありゃしない。
「はははっ聞いたぞ。そんな弱気でどうするんだ」
「そうだぞ。お前の父さんのウルゥなんて、ジャイアントマンモスの突撃を正面から受け止めたこともあったんだから」
「まあ、あの時は、さすがに片腕が折れてたがな」
「そうそう。あの時は、ウルゥでも怪我するんだとびっくりしたもんだよ」
「違いない、違いない」
「「「はははっ!」」」
氏族の他の男衆も皆脳筋だ。
というか、あれの直撃を食らって片腕の骨折だけで済むって、父さんはどんな化け物だったんだ。
確かに左手骨折して帰ってきた時があって、その時は妹と二人で心配してたけど、まさかこんな怪物と正面からやりあってたとか想像もつかないから!
「とにかくっ! 僕には無理っ! 無理ですからっ!」
「まあまあ。あと三年あるんだし。な?」
「三年でどうにかなるとは思えません。無理なものは無理ですからっ!」
僕は頑なに拒み続ける。
いや、だってあれは無理だよ。意味が分からないよ。同じ人間とは思えないよ。血みどろ泥泥だよ。
仮に肉体的スペックでできるようになったとしても、あんな危険な行為を、あんなグロい行為を、自分が平気な顔でできるとは思えない。
というか、やっぱり肉体的にも無理。
できるはずがない。僕は、前世で大人になってからも注射打たれるのすら怖かったんだから。
あんなに立ち向かっていけるほど勇気はない。
というか、もし現代人で立ち向かえるってやつがいたら出てきなよ。
試しに走っているダンプカーの前に突き飛ばしてやるから。
「……氏族長。アルゥ、あんなこといってるぞ」
「……どうするんです?」
「……流石に氏族の仲間とはいえ、狩りの義務を果たさないのはねぇ」
「……まあ、あれだ。三年経っても狩りに参加できなかったら、兄妹揃って追放、といったところか」
――ちょっと待って。今、何か不穏な言葉が聞こえた気がするぞ。
僕は反射的に顔を上げて、氏族長の方を見る。
えっ、嘘だよね? 冗談だよね? 冗談だと言って伯父さん!!!
「いやいや、氏族長。冗談が過ぎますって」
男衆の一人がそう氏族長に突っ込みを入れる。
ほっ、ああ、冗談だったのね。はははっ。
ああ、良かった良かった。
「そうですよ。流石に三年経っても狩りに参加できない訳ないじゃないですか」
え?
「まったくです。氏族の男。それもあのウルゥの息子が狩りに出られないなんて、そんなこと、ねえ」
ええ?
「ははっ、それもそうだな。まあ、もし本当にそうなってしまったら本当に追放するしかないわけだが、流石に三年後には狩りに出れるだろうしな。俺も冗談がすぎたな」
えええっ?
「そうですよ、氏族長ったらお茶目なんですから。なあ、アルゥ、ちゃんと三年後には出られるもんな」
「そ、そうですね。さ、さっきのは、冗談、に、決まってる、じゃ、ないですか」
「おお、すまんな、アルゥ。冗談を本気にしてしまって」
「もう、本当に、氏族長ったら、ははっ」
「はははっ!」
「「「「ははははっ!!!」」」」
やばい、人生詰んだかも。
「ちょっと、イルゥ! どうしよう、僕達兄妹揃って追放かもしれないっ!」
狩りから帰ってきて、すぐ自宅の洞穴に駆け込むと僕は妹のイルゥに泣きついた。
イルゥは石器の手入れをしていた手を止め、不思議そうにこっちを見るとかわいらしく首を傾げた。
「とりあえず、おちついて、はなしをするの」
「それが、実はかくかくしかじか……」
僕は一部始終を掻い摘んで妹に話す。
とりわけ狩りがどんなに恐ろしく、苛烈でグロイものかは特に強調して。
べ、別に、お兄ちゃんがへたれというわけなんかじゃ、ないんだからねっ!
妹はふむふむと可愛く頷きながら僕の話を最後まで聞くと、小さく溜息をつく。
そして、言った。
「……なら、おにぃが、ちゃんと、かりに、さんかすればいいの」
「いや、ごめん。あれ、お兄ちゃんにはちょっと無理だわ」
「……この、なんじゃくもの」
「ちょっ、あのイルゥさんっ!? なんか口が悪くないですか!?」
どうしよう。妹が兄に冷たい。
僕ちょっと目から水が出てきそうなんだけど。
「……まあ、いいの。もしものときは、おにぃのかわりに、あたしがいくの!」
なんかとんでもないことを言い出したぞ、この妹。
力強くそう言い切った妹は、これでもかというくらいドヤ顔をしている。
「いやいや、イルゥは狩りを見てないからそんなことが言えるんだよ。あれは無理だから。うん、無理」
僕は反射的にそう言い募った。
こんな強気の妹だって、実際に狩りをみれば怖気づくに決まってる。
あれは、人間のすることじゃない。
見てないからそういうことが言えるのである。
「だから、イルゥもそんなこと言っては――」
「みたことあるの」
「――え?」
今、何て?
「だから、みたことあるの」
「何、を?」
「かりにきまってるの」
妹はドヤ顔でそう言って……
……
…………
………………
「……って、はあああぁぁぁぁぁああああっ!」
「おにぃ、うるさい」
「いやいや、見たことがあるっていつよ、いつ見たのよ?」
「おにぃ、キャラかわってる」
「いや、そんなことどうでもいいから! えっ、何? 実は今日一緒にいたとかっ?」
「んん」
妹は小さく横に首を振る。
そして言った。
「おとうさんがいきてたとき、おねがいしたら、なんかいかつれてってくれたの」
あぁんの、親バカがぁっっ!!!
幼い娘をどんな危険なところに連れて行ってやがるんじゃ!
確かに、父さんはまだ小さい娘を可愛がりまくってたけど。
これでもかと言うくらい甘やかしてたけど。
それでも、まさか狩りに連れて行っていたとは思わなかった。
バカなんじゃないのか。いやバカに違いない。
僕は一度大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
「……ふぅ。ごめん。イルゥ。お兄ちゃんちょっと出てくるわ」
そして、冷静に出かけることを告げると、ゆっくり立ち上がり、出口に向かって足早に向かい始めた。
「ん、どこいくの?」
妹が無邪気にそうたずねてくる。
「……ちょっとバカ親父の墓をぶん殴りに」
死んだからと言って全ての過去の罪が許されるだなんて思うなよ!
僕の必殺パンチで墓をボコボコにしてやる。
「だ、だめなの!」
「……止めるなイルゥ。兄としてやらなくてはいけないことがあるんだ!」
そう。これは兄としてのケジメなのだ。
いくらイルゥが父を慕っているからと言って、止められることではないのだ。
「でも、そんなことしたら、なんじゃくな、おにぃがけがするの!」
ピシッ!
妹の言葉に、僕の中で何かが折れる音がした。
「…………なぁ、イルゥ。お兄ちゃん、そんなに軟弱かな?」
「なんじゃく、へたれ」
「……ごめん。お兄ちゃん、やっぱり今日はもう寝るわ」
「あたしのせっとくがきいたの」
満面の笑みを浮かべるイルゥを背に、僕は力なく寝床へと向かう。
その背中には仄かに哀愁が漂っていたに違いないだろう。
(天国の父さん、母さん。イルゥは本当に正直者な良い子に育ちました。
でも、ちょっと正直者すぎます。
兄として、心が痛いのです。兄の心を抉ってくるのです。
僕はちょっと泣きたい気分です。)
ああ、あとのことは明日考えよう。
かくして、僕は色んなことから目を背けつつ、とりあえず眠りについたのであった。
こころが折れる瞬間ってあるよね。