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プロローグ 大平野にて

とりあえず開幕。

 雄大に広がる大平野。

 そこに一面に生い茂る、人の腰ほどもあろうかという草草や灌木。

 それらに覆い隠され、不意に現れる幾つもの小さな湿地帯が、罠のように人や動物の足を取り、時には深い泥の底へとその体を引きずり込んでいく。

 そして、草草や灌木の合間に、所々に点在する針葉樹の高木は、天を突き刺すように遥か高い空へと延び、時には人や動物の目印として、そして時には枯れ折れて、小動物の住処や、湿地帯の足場として新たな役割を得ている。

 そんな高々とした木々の、さらに遥か彼方に山頂にかかる雲とともに霞んで見える山脈は、これまた天から大地を覆い隠すかのようにその広い裾野を大地に落とし込んでいるように見える。


 遠く高空から鳥の嘶く声が聞こえる。草草が風に煽られ、ざわめく音が聞こえる。

 生々しいほどに濃密な緑の香り。泥にまみれた水の香り。


 まだ人により開かれていない自然の大平野がそこには大きく広がっていた。




 そんな平和な大平野に唐突に大きな地響きが鳴り響いた。


 草草や灌木をものともせず踏み潰し、高木の倒木すらも踏み砕き、音と振動に逃げ惑う小動物をまるで蟻か何かのように無視して、ただひたすらに興奮したように暴走する巨大な影。

 長く鋭く前方にせり出した牙。触手のように長く逞しい鼻。まるで大平原の草草のような深い毛に覆われた巨大な体躯。その大きさは高さだけでも十メートル以上あり、例えるのであれば四階建てのマンションが暴走しているかのようである。

 そんな存在するだけで天災のような巨大な生き物の脳天には数本の小さな槍が生えており、それがこの巨大な、そう巨大すぎるまさしく魔物と言うべき生き物の暴走している原因であることは想像に難くない。


 そして、その巨大な魔物の怒りの視線の先には、それを先導するかのように大平野を駆け抜ける一つの小さな影。この生き物に槍を突き刺した張本人であろう一人の男が、草草をかき分け、灌木の隙間を抜け、風と一体となって舞うように駆けていた。

 その背は小さく、しかしそれでいて頑強な体つきをしており、この障害物だらけの平野で暮らすのに特化しているかのような体格である。

 しかし、その身に纏うのは動物の皮をそのまま使ったのであろう毛皮だけであり、その両手にはもはや何の武器もない。あの脳天に突き刺した槍が手持ちの全ての武器だったのか、それとも平野を駆けるのに邪魔と言う理由で置き去りにしたのかはわからないが、とにかくこの男には、もはやあの怒り狂う巨大な魔物を倒すことはもちろん、逃げるために足止めすることすら不可能のように思われた。

 しかし、良く見てみると、男がその巨体に追いつかれそうになるたび、どこからともなく新たな槍降り注ぎその巨体の目の前をかすめて、男が逃げる時間を稼ぐかのように足止めしているではないか。

 

 きっと男には仲間がいるに違いない。

 そして懸命に逃げる時間を稼いでいるのだ。

 

 しかし、そんな苦心をあざ笑うかのように、男と魔物の距離は少しずつ埋まっていく。

 それもそのはずである。

 男と魔物とでは体格が違いすぎるのだ。

 男が懸命に草草をかき分けて、灌木を潜り抜けるのに対し、その巨体はその全てを踏み潰し直進する。

 男の一歩はその巨体の一歩に比べてあまりにも小さく、その差は絶望的であった。

 男の仲間の足止めや、障害物を踏み潰す際に僅かに動きが鈍ることはあっても、男が逃げ切るのには到底及ばない。

 そして、当初は100m以上あったその距離は、80m、60、40、20と縮まっていき、ついに魔物の振り回す巨大な鼻が男を捉えると思われたその瞬間。



 ズッッドッシャーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!



 地響きとともにその巨体が傾き、周囲に激しく泥を撒き散らしながら、ゆっくりと横に倒れ込んでいった。

 何が起こったのかわからず魔物は反射的に男を見る。

 良く見てみると男は、倒木の上にたっており、魔物は草や灌木に隠れた深い湿地帯の泥に巨大な右前足を取られ倒れ込んでいた。

 そう、男が最後に逃げ込んだのは、巨大な魔物ですら足を取られる深い湿地帯。身軽な男は巧みに水の上を走る倒木の足場を駆け抜け、逆に魔物は巨大な体躯故に倒木を踏み砕き、湿地帯の水とその下に広がる深い泥に足を取られてしまったのである。


 魔物が倒れ込んだことで安心したのだろうか、それ以上逃げることなく倒木の上で立ち止まりこちらを観察する男を忌々しげに睨み、魔物は横転した体を引き起こそうともがく。

 しかし、その努力もむなしく、泥に使った体は容易には引き抜けず、魔物は立ち上がることはおろか、体を起こすことすらできない。

 それでも必死に、もがき暴れ狂う魔物。

 周囲には魔物が横転した時以上に激しく水と泥がまき散らかされ、しかしその振動は余計に魔物を泥へと深く沈めていく。


 そして沼の底へと落ち切ったのであろう。魔物は遂に体の半分を完全に沈めてそれ以上は沈まなくなった。

 そんな魔物の様子を観察し続けていた男は、何かに納得したのだろう、ほんの少しだけ軽く頷くと、右手を大きく上げて魔物へ向かって振り下ろす。

 それはまさしく何かの合図のようで……


 と、同時にどこに隠れ潜んでいたのであろうか、男と同じ格好をした十数人の男たちが木々の上から現れ、倒れ込んでなお、暴れ狂うその巨体に槍を投げつける。激しく暴れる巨体は大地すらも震えさせ、男たちの乗る木々を揺さぶるが、男たちはその巨体に懸命に槍を突き立て少しずつ弱らせていく。

 初めは暴れ狂っていた魔物も、出血の為か少しずつその動きは鈍っていく。


 そして幾時と時間が流れただろうか。

 はじまった時には遥か中天にあった日も、もはや沈もうかと言う夕暮れ時、遂にその巨体が動きを止めた。

 力なく横たわったその巨体は、全身に何百本と刺さった槍と相まってまるで針の山のようにも見える。夕暮れの赤らんだ空と、巨体から湿地帯へと流れた膨大な量の血が辺り一面を覆っているのと相まって、そこはまるで地獄のようにも見えた。


 そんな魔物の巨体に降り立つ一人の男。

 初めに魔物をここまで誘導し、合図を送ったあの男である。

 男は突き刺さった槍をかき分けながら、横たわった魔物の水面に出ている方の目に辿り着くと、それまでの槍よりも一際長い槍をその目に向かって深々と突き刺した。

 その瞬間、まだ微かに息はあったのだろうか、魔物は大きく震えたかと思うと、男を数mほど吹き飛ばした。しかし、それが最期の力だったのだろう、それを最後に完全に動かなくなった。

 吹き飛ばされた男は周囲に刺さった槍を頼りに再び立ち上がると、力尽きた魔物の巨体の上を再びかき分け、つい先ほど自らが刺し、そして魔物にとどめをさした槍の下へとたどり着く。

 そしてぐっと力を込め、魔物の目玉ごとその槍をゆっくり引き抜くと、それを天へと掲げ大きく雄叫びを上げた。



「うおぉぉぉおぉっぉおぉぉぉおぉぉぉ!!!!!」


 

 それは狩りの終わりを告げる合図。

 男が、男の仲間たちが為した偉業を誇示する印。

 生存競争に勝ち抜き、今日のこれからしばらくの命の糧を手に入れた喜びの雄叫び。



 そう。これは狩りなのだ。



 巨大な、巨大すぎる魔物相手に、魔法はもちろん、剣も、弓さえも使わない狩り。

 男たちは身に纏った毛皮と、粗削りな木に先の尖った黒曜石の穂先が付いた石器の槍と、その身一つだけで立ち向かう。

 チートも、魔法も、スキルもない。

 ただただ頑強すぎる肉体だけで獲物を狩る。

 そんな血なまぐさい狩りを至近距離から見届けた僕はただただ茫然と、そう茫然と真っ白になって呟いた。



「いや、これ、僕には無理なんですけど…… マジで……」



 僕の、異世界転生九年目の、最大の衝撃の瞬間であった。

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