5 私は勘違いをしていたようです
気がついたときは白い天井を見上げていた。
衣代はゆっくり体を起こし、周りを見渡す。自分が保健室のベッドで眠っていたことを知る。
「痛い痛い!ちょっ、わー君!少し手加減して!嬉しいけど!!」
「うるさい、男なら我慢しろ。こんなときに限って保健の先生はいないし仕方ないだろ」
少し離れたところで歩が結弦の手当をする姿が見えた。消毒液をつけた脱脂綿を容赦なく結弦の腕の傷に塗りたくっている。結弦は嬉しさと痛さが混じった複雑な雄叫びをあげる。少し気持ち悪い。
衣代は痛む足を少しずつ動かしながら上履きを履く。その物音に気づいた歩は脱脂綿とピンセットをテーブルに放り投げ駆け寄った。
「紬!大丈夫か!」
「わたり……君?何でここに?」
「聞きたいことがあるのはこっちの方だよ!飛び降りるなんて何考えてるんだよ!」
「ちょ、わー君……え……」
途中放棄された結弦は困惑するが、座っていた椅子の向きを変え静かに二人の様子を眺める。衣代はしばらく思いつめるようにしたあと「ああ」と小さく呟いた。
「渡君、見てたの?」
「っ、俺の目の前で飛び降りただろ。…………通路であのクッキーの箱、落としてたから渡そうと思って。声かけたら急に走り出すし」
「え……」
あの時聞こえたのは歩の足音、歩の声だったのか。
ただ自分が双子と勘違いしていた。勝手に恐怖を感じパニックになったのだ。
そのうえ結弦に渡すつもりだったものを落としたことに気づいていなかった。
衣代は恥ずかしさと情けなさで耳まで赤くなり、俯いた。
「なんか凄く怯えてたよな。……なあ、俺紬に悪いことしたか?」
不安そうに顔を伺う歩に小さく首を振る。しかしどのように伝えればいいのかわからなかった。
「ち、違う。あれは……その、なんていうか」
「昨日の双子と勘違いして虐められると思ったんでしょ。それで逃げようとして飛び降りた」
「!」
「ほら図星」
結弦は息を呑む衣代を見透かしたように笑う。自分で包帯を巻き終えると立ち上がり、二、三歩ベッドの方に歩み寄った。
「隠したいのなら別に構わないんだけどね。虐めとか、根本的になかなか解決できるものじゃないし?でもさー、パニクって二階からダイブして?で、他人に怪我負わせる。無責任すぎるんじゃないのー?」
「……すみません」
歩は顔に驚きの色を浮かべ衣代を見るが、すぐ険しい表情になり結弦を睨みつけた。
「おい、結弦……」
結弦は心内で乾いた溜息をつく。
(あーあ、またわー君に嫌われちゃった)
「……一番紬のことを心配してたくせに」
結弦は勢いよく吹き出す。衣代はポカンと口を開く。
(神崎先輩が心配……?)
「わーくっ、なにをっ」
「お前、女苦手で手が震えるくせにずっとベッドの側にいたじゃん。手当てするから無理矢理引き剥がしたけどさ」
(無理矢理?)
「それは語弊がある!誤解が生まれる!やめて!」
今度は結弦の顔が真っ赤に染まる。
「なにが違うんだよ。そもそも落ちた紬を助けたのお前だろう」
「わー君ならいつでもカモン!なんだけどね」
「黙れ」
「あ、あの……神崎先輩」
「なっ何」
衣代の呼びかけに結弦は上ずった声で応答する。
「助けてくださり……ありがとうございます」
「べっつに!猫だろうと受けとめてたから、ただ落ちたものキャッチしただけだからお礼とかむしろ迷惑!」
「ツンデレ化してる。初めて見た」
歩は物珍しそうに結弦を見る。視線に気づいた結弦は嬉しそうに歩を見るが、かわされる。
「なあ紬。虐められてるって本当か」
「虐め……かわからないけど。嫌がらせはされてる……かな」
「その足もそいつらに?」
「うん……」
「そっか……」
こくりと頷く衣代に結弦はふん、と鼻をならす。歩は困ったように少し笑うと、ベッドの側にあった椅子に腰掛けた。
「結弦も昔は虐められてたろ。今は奇行が多くて誰も近寄らないけどさ」
「わー君が拒絶するから俺も頑張っちゃうんじゃん。もっと仲良くしてよー」
「無理無理」
軽快に飛び交う会話にドキリとする。
(神崎先輩が虐められてた……?)
彼は性格上目をつけられやすいのでありえるかもしれない。本人も否定していない。
衣代は何か言葉を発しようとするが、その前に歩が言葉を続ける。
「それでさ、紬」
「スルーした!だけど好き!」
「……本当にこんな奴に好意を持ってるのか?」
こくりと頷く。
「ってそれを言おうとしたわけじゃなくて!……その、嫌がらせ受けてるなら先生に言ったほうがいいよ。俺や結弦も「俺も!?」味方だからさ。抱え込んじゃ辛いだろ」
衣代はそっと目を伏せる。
「……うん、そうする」