3 女だから駄目なのでしょうか
トボトボと見慣れた廊下を歩く。クッキーが入った箱を抱き抱えながら衣代はどうしたものかと箱を見つめた。
(裏庭に行ったらあの双子に鉢合わせしちゃうかもしれないし。放課後、そう放課後にしよう)
心の中で頷き自分の教室の扉を開けようとした。瞬間
触れるより先に扉が開き、歩が飛び出す。
「悪い通してくれ!」
紙一重で衣代をかわすと歩は勢いそのまま走り出した。
「わー君!ほら食べてー!せっかく早起きして作ったんだよー?」
聞き覚えのある声と共に結弦も飛び出してきた。弁当箱を抱えて。
衣代は反射的に結弦の腕を鷲掴みにした。勢い余った結弦はつまづき、戻ろうとした力と衣代の引っ張る力が合わさり、彼女を下敷きにして倒れた。
「紬!?」
倒れる音を聞いた歩は足を止め、慌てて衣代に駆け寄る。
「痛ってえぇ。ちょっと、何のつもりなわけ?最悪!」
結弦はすぐ衣代から離れると、腕をさすりながら忌々しそうに見下ろす。その手は初めて会った時と同じように震えていた。
「お礼を言いに来ました」
「はあ?」
「お礼を言いに来ました」
倒れたまま淡々と答える衣代に結弦はさらに顔をしかめる。
「おい、大丈夫か?!」
歩の言葉に結弦は目を輝かせる。
「わー君!心配してくれて嬉しい!平気!大丈夫!」
「お前じゃない」
冷たく言葉を返すと衣代を助け起こす。ついでに床に転がった箱も拾い上げる。
「ごめんな、怪我してないか。これ、落としたやつ」
「ありがとう」
歩から箱を受け取ると、膨れっ面した結弦の方を振り返る。
「何。女に見られるなんて不快だからやめてほしいんだけど」
「腕、引っ張ってすみません。これ、渡したくて。昨日はありがとうございました」
結弦に箱を差し出す。
空気が止まる。
「……つ、つつつ紬!?ちょ、この人のこと知ってるよね!?」
開いた口が塞がらない、といった表情で歩は箱と衣代を交互に見る。結弦も飛び出しそうなほどに目を見開き、箱を凝視する。
「……何が入ってんの」
「クッキーです」
「……手づくり?」
「うん」
強張った表情のまま問いかける二人に衣代は無表情で答える。
(どうしよう……失礼だったかな。ぶつかった時点でアウトだったかな)
表に出さずとも衣代も気が動転しており、硬直した目で結弦を見つめていた。
気を取り戻した結弦は次の瞬間顔を歪め、嫌そうに一歩下がった。
「はあ?ウザ!こっちは転んで弁当も台無しにされて最悪なんだけど。その上突然手作りとか馬鹿じゃないの!?」
「弁当は……本当にすみません。手作りは、駄目ですか」
「ていうか男ならまだしも……」
「女だから受け取ってもらえないんですか」
結弦ははっと口を紡ぎ、さらに一歩後ずさる。
「……っ、甘いものは食べないの。貰っても困るしいらない」
肩を落とししょんぼりする衣代に気まずくなったのか結弦は声のトーンを下げ、頭を掻く。
「あれはただの気紛れだし、礼とか迷惑だから」
「はい、……すみません」
「じゃーもういいね。さようなら」
結弦は弁当を拾い上げ、振り返ることなく去った。
歩は結弦が行った方向を睨むと、心配そうに衣代を見る。
「紬、大丈夫か。……何があったか知らないけどな、あいつには関わらないほうがいいよ。男女差別激しいし、幼馴染の俺には凄くしつこいんだ。あいつはズレてるから」
「……うん、ごめん」
様子を見て駆けつけた紗絵にも気づかず、衣代はぼうっと結弦が去った方向を眺めていた。