2 クラスメイトの彼が恋愛対象でした
午前7時40分。手づくりのクッキーを片手に持ち衣代は学校を目指していた。まだ生徒の数は少ないようでちらほらと見える程度だった。
(あっ)
数メートル先にクラスメイトの姿が見える。渡歩。剣道部に仮入部していると聞いている。明るく爽やか、いかにも女子に人気の高そうな性格だ。
そして、彼が神崎のスマホの画面に映っていた人物だ。
「お、オハヨー」
振り返った歩はおずおずと話しかける衣代に目を丸くするが、すぐに笑顔を見せる。
「おう!おはよう紬!お前この時間に登校するんだっけ」
「今日はちょっと早めかな……」
歩は衣代に合わせて歩き始める。
「そっかー、俺は寝坊なんだ。来月から朝練強制参加だから、今のうちに早起きの練習しなきゃいけないんだよなぁ」
「練習のために練習?」
「そう!練習のための練習なー」
歩の笑顔につられ衣代も微笑む。彼の人柄は男女関係なく引きつけてしまうのはなんとなく納得してしまう。神崎結弦もただ彼に好意を感じているだけではないか(写真はともかく)。それが誤解されているのではないか。そんな期待がふと浮かんだ。
「あっ」
学校が見えてきたところで歩は立ち止まる。覗き込むと、一筋の汗が彼の頬を伝っていた。
「わ、悪い、紬。俺用事思い出したんだよなー。だからちょっと先行ってるなー」
突然の棒読みのセリフと、前方からの一つの視線が衣代を直感的に頷かせる。
10数メートル先で微笑む藍の瞳。
「わー君♪おはよ。今日はいつもより遅かったねー。心配したんだけどー?」
立ちはだかる神崎結弦。
(この人本物だ……)
神崎の声を聞いた瞬間、歩は踵を返し右折する。
「わー君!そっちは学校じゃないよー♪」
それに続き神崎が手足を鞭のように動かし、猛スピードで衣代を横切り右折する。
(遠回りして着く……より先に追いつかれそう)
茫然と立ち尽くす衣代は、目の前の衝撃的な出来事よりただ歩の身の上の心配が頭に浮かんでは消えた。
あれが私の初恋相手か。
昼休みになる。クラスメイトは思い思いの場所に移動を始め、遅刻ギリギリだった歩は机に突っ伏していた。
「で、神崎先輩の教室。本当に一人で行けるの?大丈夫?」
紗絵の言葉に衣代はこくりと頷く。手づくりクッキーが入った可愛らしい箱を携え教室を出る。
紗絵の情報によると神崎結弦は2年B組。1つ下の階にいる。ネクタイの色が違ったので予想はしていたが、自分より年上の教室に行くのは少し気が引けた。さらに朝の出来事もあり気が重い。
(私はあんな人を好きになってしまったんだ…)
しかし、それで嫌いになったかというとそうでもなく、むしろ真っ直ぐな藍色が今でも目の裏に焼き付いている。我ながら呆れたものだ。
(お礼だから、別に失礼なことするわけじゃないし)
そう言い聞かせ階段を下りる。
色違いのネクタイをつけた何人もの生徒とすれ違い、目的地へ到着する。
そっと教室の中を覗くが、神崎の姿は見当たらなかった。
(あれ……教室間違えた?)
「ありゃ?1年生だー。どうした?先輩探してるー?」
背後から軽快な声が降り注ぐ。肩をビクッと震わせ振り返ると、長身な女生徒が小柄な衣代を見下ろしていた。
「わっゴメンゴメン。驚かしちゃった」
申し訳なさそうに言う相手に衣代は慌てて何度も頭を下げる。
「わーそんな謝んなくていいのに。ゴメンねえ。それで、誰かお探し?」
「あ、あの……神崎結弦、先輩を……探してマス」
おずおずと顔を上げると、長身な女生徒は強張った表情をしていた。
「か、神崎!?」
女生徒の声に中にいた生徒が反応する。一斉に衣代に注目すると、それぞれ小声で話し出す。
「え?1年?しかも女子じゃん」
「何も知らないのかなあの1年……」
「何故あんな野郎にあんな可愛い子が訪ねてきて俺には来ないの?」
「お前が不細工だからじゃね」
生徒の騒ぎに衣代はオロオロし、一歩後ずさる。
「あ、ああ、いないようですね……。失礼いたしました!」
そのまま顔を伏せて小走りで階段へ向かった。足の痛みに気を使うほど心に余裕はなかった。
(やっぱクラスでも浮いてるのかなあの人)
教室はいない。となると昨日出会った裏庭にいる可能性が高い。人気が少ない別館に続く通路を渡ろうとする。
「!」
衣代の目に昨日彼女に絡んできた二人組の後ろ姿が映る。背丈も髪型も歩き方も二人一緒。
衣代と同じ1年生で、双子だ。
幸い双子は気づいておらず、すたすたと歩いていく。衣代は足音が出ないようそっとその場から立ち去った。