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根無し草の家族

最終回です。ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。

 スターゲートを越え、追撃の部隊を完全に振り切ったのを確認してから、リュカはガランサスを着艦させた。エレクトラはカイルが餌に使ったためすでに拿捕されており、代わりに彼が買い取った海賊達の分捕り品を母船にしたのである。

 格納庫に入って足をつけると同時に、残った片足が音を立てて砕けた。バランスを崩したガランサスは壁に衝突し、その拍子に左肩までもが潰れて完全に動かなくなった。後から入って来たマヤのムーンダストが、片手でガランサスを支える。

 コクピットから這い出したリュカは、正面から満身創痍の愛機と向かい合った。

 片腕と両脚を失い、両目を抉られた上、自身の発するスラスターの熱によって全身がくまなく焼けただれている。その他にも斬り合いで出来た傷や食い込んだ破片がいくつも見受けられ、スクラップとしか言いようのない状態だった。

 ガランサスのヘッドユニットに触れ、リュカは胸中で感謝を述べた。同時に、このような有様になるまで戦わせたこと、己の腕の未熟さを詫びた。

「ガランサス、壊れちゃったね」

 いつの間にか背後に浮かんでいたカーリーが言った。

「ああ」

「淡白だね」

「まだ完全に駄目になったわけじゃない。どれだけ時間がかかっても、ちゃんと直してやるさ」

「そう」

 カーリーはガランサスの装甲を蹴って、リュカから離れようとする。

「カーリー」

「……何?」

 リュカが振り返った時、カーリーはそこに誰が立っているのか分からなかった。彼女が見知っているどのリュカとも違う、エルピスのスペルの中で見たリュカとも符合しない彼の表情が、そこにはあった。深い疲労と悲しみ、後悔や諦念が赤い瞳を彩っている。以前の彼から感じられた激しい怒りはどこにも見えず、それにともないあの妖しい雰囲気も無くなっていた。

 だが、生気が無くなったわけではない。様々な傷を抱えながらも、輝き方の変わった瞳の奥には憎悪とはまた異なった感情の色が宿っていた。それは彼が、多くのものを引き受け、抱き締められるようになった証である。

「エルピスはああ言っていたが、それでも俺は、お前に感謝している。お前と会わなければ、ガランサスだって造ることは出来なかった。俺をあそこまで連れて行ってくれたのは、まぎれも無くお前だよ、カーリー」

「本当に、そう言ってくれるの?」

 馬鹿な確認だと思いつつも、カーリーは訊ねずにはいられなかった。彼女は彼の口からイエスという言葉が聞きたかったのだ。

「当然だ。もう嘘は言わない……言わなくて良いんだ」

「君をエドガーにしたことは、間違いだったかな?」

 リュカは軽やかに笑った。

「そんなことは無いさ。エドガー・ドートリッシュだって俺の一部なんだ。これまであったどんなことも……どれか一つを欠いても、今の俺にはならない。お前に会ったことだってそうだし、サヴァスやグラディスを討ったことも、俺の一部として確かにあるんだ」

 生きることへの誠実さを失うなと、エルピスは言った。決して投げやりになってはならない、行いの一つ一つが自分を形作るのだから。そして、既に犯してしまった罪に対しては、正面から見据えて引き受けるしかない。いかに憎むべき相手とはいえ、己のエゴによって裁いた人々のことを生涯忘れることは出来ない。

 だが、差し当たりリュカがしなければならないことは、一人の少女を守ることだった。

「リュカ!」

 ムーンダストのコクピットが開き、マヤが飛び出してくる。リュカが彼女の身体を受け止めると、マヤは強く彼を抱き締めた。言葉は出ない。ただ肩を震わせ、嗚咽を漏らすだけだった。

「……すまなかった」

「本当に、そうです! もう戻って来ないかと思って、わたし……!」

 マヤの小さな拳がリュカの胸を叩いた。

 リュカは彼女の抱擁に応じて、両腕を背中に回しかけた。その時、密着したマヤの肉体の柔らかさに気付き、同時に、最初に彼女と出会ったときのことを思い出した。それは火花のように脳裏を駆け抜け、彼にマヤの身体をぐいと引き離させた。力を込めすぎたのか、マヤが痛みに顔を歪める。そして眦に涙を浮かべたまま困惑する彼女の顔を見た時、彼女が最早、部屋の片隅で震えていた痩せこけた少女などではなく、成熟へと向かう一人の女性なのだと意識した。

 だからこそ、彼女を抱くことが出来なかったのだ。なぜなら、あの暗い部屋の片隅で、毛布を引き寄せたマヤに向けて自分はこう言ったからだ。

「家族、だからな」

 その言葉を聞くと、まるで華が開くかのようにマヤが笑みを浮かべた。

「最初にそう言ってくれたのはリュカでした。それが、とても嬉しかった!」

 彼女にとってこれほど大事なことだったのに、自分は意識に留めるどころか、すっかり忘れてしまっていた。そんな自分のいい加減さに腹が立った。マヤは、そんないい加減に言い放った言葉をずっと縁としてくれていたというのに。

 そしてもう一つ、思い出したことがある。

「そうだ、俺を……俺に変えてくれたのも、マヤだった」

 彼女を守るのに、いつまでも「僕」と言っているのでは頼りない。自分でそう感じ、自分自身を変えた最初の出来事だった。エルピスもカーリーも彼を変えはしたが、ただ居るだけで影響を及ぼしたのはマヤ一人だ。

 グラディスの声が蘇る。「リュカ、あんたに家族はいるのか?」と。

「嗚呼」

 ずっと、居てくれた。こんな間抜けな自分のために、命を張ってまで助けに来てくれるような素敵な家族が、ずっと居たのだ。だからこそ、彼女を抱いていたいとは思わなかった。そういう所有欲を持ち込んでこの関係性を穢したくない。

 カイルがウッドソレルから降りて来る。

「これからどうする、リュカ?」

「そうだな」

 どこに行き、何をするか決めなければならない。まだ自分の人生は続いていくのだから。

「だが、腹が減ったな。何か食べたい」

 彼の発言に、カーリーとマヤが驚いたような表情を浮かべる。リュカが自分から空腹を訴えるのは稀なことだった。カイルだけが、首の後ろで手を組んで「俺も」と笑っている。

 リュカは、ポーチの中に林檎を入れていたことを思い出した。ヴェローナを発つ直前にエルピスが手渡したものだった。

「とりあえず、これを切り分けて食べよう。何をどうするか考えるのはその後だ」

 誰も異論は唱えず、四人は椅子と机を探して歩き出した。

 これにて連載終了です。もし読んでくださった方々がおられるのなら、貴重な時間を割いて私の作品に目を通してくださったことに、心から感謝を申し上げます。出来れば、あともう少しだけおつきあいください。


 この作品は、去年の三月ごろから書き始めて、今年の一月に完成しました。

 一度、自分が書きたいと思ったものをとことん突き詰めてみる。そういう動機だけでなんとか書き切れた作品です。

 気付かれた方も居られるかもしれませんが、この作品は大デュマの『モンテ・クリスト伯』をモチーフにしてあります。ベスターの『虎よ、虎よ!』、乱歩の『白髪鬼』、近くは百田尚樹の『モンスター』など、様々な作品が採用した物語枠に挑んでみたいという想いがありました。が、それ以上にモンテ・クリスト伯爵のような魅力的なヒーローを描きたいと常々思ってきました。


 ところが、今になって『モンテ・クリスト伯』を読み返して、ついでにアニメ版『巌窟王』を見返しても、今一つ伯爵がカッコよく見えない。何でだろうと考えてみると、キャラクターの弱い部分にすごく敏感になったからだという答えに行き着きました。だからと言って、伯爵が嫌いになったわけではない。じゃあ、今度書く「伯爵」は駄目な奴にしようと思い至り、リュカが出来ました。

 書き進めていくうちに、どんどんリュカは駄目な奴になっていきました。少なくとも私の価値基準においては「駄目な男」です。途中で、「こいつ本当は復讐とかどうでも良いな」ということに気付きました。でもそれを理由にしないと生きていけない。そういう所が、駄目男の駄目男たる所以なのです。


 ですが、それは大なり小なり誰にでもあることだろうな、と思いました。とりあえず自分の行いに理由をつけて、それに頼って生きている。そういう生き方は疲れるから、可能なら誰かから生きる理由を教えてもらいたい。でもそんな甘えは許されないから、やっぱり自分で自分に理由をつけて生きていくしかない。この作品にメッセージ性なんてものがあるとすれば、エルピスが言った通り「行いによって示す以外にない」ということになります。

 もちろん世の中には、理由なんて無くてもやっていける人々もたくさんいるのでしょう。そんな方々からは「何を青臭い」と一蹴されても仕方が無いと思います。


 問題は、メッセージ云々を語る以前に、私自身の力量が全く足りていないということです。

 ニーズなんてまるで考えていません。そういう意味では、独りよがりと言われても仕方が無いなと思います。実際、何人か知人に読んでもらったところ「読み辛い」という評がほとんどでした。読者を置いてけぼりにしてしまったという点は、物書きとして許されざることだったと猛省しております。それ以外にも、設定の粗雑さや強引な展開等、欠点を探せばいくらでも見つかります。見つかるのですが、正直なところこの作品と一年近く付き合ったせいで、大きな改変をするだけのモチベーションは残っていないというのが本音でもあります。『ルーツレス・クラン』は終わりました。


「読むに堪えない」「駄作」。そう思われる方もおられるでしょう。それはそれで、間違いなく正しい読み方です。というより、読み方は人によって異なり、その全てが正解だと思っています。なので、どのような感想をぶつけられようと、正面から受け止める所存です。


 でも、もし、私の拙い言葉から何らかの「意味」を見出してくださる方が一人でもおられるなら、書き手として何物にも代えられない喜びです。

 長々と書きましたが、もう一度だけ。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

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