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追憶-1

 マヤが部屋の扉を叩くと、銀色の髪の女が出てきて「待っていたよ」と言った。マヤにしてみれば見慣れた顔だが、カイルにとってはどこから湧いたのか、といった気分だった。そんな困惑を見て取ったカーリーは先んじて「初めまして」と声をかける。

「と言うのも、正確じゃないんだけどね。カイル・ラングリッジ君?」

「俺はあんたなんか知らねえぞ」

「だろうね。私はカーリー、よろしくね」

「ああ、よろしく」

「細かいことは全部リュカが説明するからさ。二人とも、入って入って」

 促されるまま部屋の中に進むと、様々な料理の芳香が漂ってきた。

 居間の中心に配された円卓に、皿が所狭しと置かれている。円卓を囲むように真紅の生地を張ったソファが並べられ、その内一つにややぐったりとした様子のリュカが身を沈めていた。

 リュカは入って来た二人を見ると、若干ふらつきながら立ち上がった。

「よく来てくれた。カイル、身体の具合はどうだ?」

「まだ少し痺れてるけど、問題は無い……ってか、あんたこそどうしたんだよ」

「……何」

 あまりのリュカの弱り様に容易していた皮肉まで思わず引っ込めてしまった。そういえばリュカは今日、仲間の剥製を見せられたのだ、参ってしまっても仕方が無い……とカイルは想像したのだが、美しい誤解だった。現実はただの悪酔いである。

「昼間は済まなかった。あの場面では鞭を使うしかなかったが、痛さは俺も知っている」

「気にしてないよ。暴発した俺が悪かった」

 カイルはこともなげに言った。それを聞くとリュカは疲れ顔に少しだけ笑みを浮かべた。

「座って、好きに食べてくれ」

「あんたは良いのか?」

 リュカの前には皿が無かった。水の入ったコップが置いてあるだけだ。

「構わない。外で済ませてきた」

「……そうなのか?」

「ああ」

「それじゃあ、遠慮なく」

 席についたカイルは、自然とウェットティッシュに手を伸ばしていた。以前ならこんなものなど気にせずに食事を始めていただろうが、この街に来て確かに彼自身の様相も変化していたのである。

 料理の内容だが、質より量を重んじたことは素人目にも明らかだった。というよりも、ほぼ自分のための注文なのだろうとカイルは察した。一キロほどのサイズのローストビーフや鍋ごと置かれたブラウンシチュー、籠に山盛りになっているバケットや色とりどりの野菜を使ったサラダなど、各々量は多くとも分かりやすい献立だった。

 もちろん、それが気に食わないというほど肥えた舌をカイルは持っていない。この二週間、ほとんど地下のセルヴィ用のビストロで三食を摂ってきたが、おざなりとはいえシノーペでの食事に比べればよほどましである。が、やはり、今目の前にある料理とは手の込みようが全く異なっていた。腹の虫が鳴いたのは不可抗力であったし、また、別段恥ずかしいとも思わなかった。

 早々に手を付けたカイルとは対照的に、マヤはしばらく円卓を見つめたまま動かなかった。その視線の先にはリュカがいる。

「どうした、食べないのか?」

「いえ」

「気に入らないものがあるなら、替えさせるが」

「そうじゃありません。その……リュカは食べないのですか?」

「だから、外で済ませてきたさ」

「気まずいだろ、あんたも食べてくれなくちゃ」

 バケットを口に入れたままのカイルがフォークでリュカを指して言った。到底行儀の良い態度ではなかったし、マヤの心情を代弁しているわけでもなかった。現に彼女は苦笑している。だが、結局は彼の態度がリュカを動かした。

「確かに、自分で誘っておいて食べないのは失礼だな」

 彼が取り上げた器に、じっとやり取りを見ていたカーリーがシチューをよそった。それからバケットを二切れ添える。カイルと比べると少量ではあるものの、リュカも同じ食卓についてくれたことにマヤは満足した。嬉しそうな顔をしているマヤを横目にカイルは、やはり彼女の意識はリュカの方を向いているのかなと勘ぐってみた。そう仮定しても落ち込まず、かえって闘志を燃やすところは彼の美点と言えるかもしれない。

 だが、マヤがリュカに対して抱いている想いというのは恋愛感情などではない。ただ、その感情が何であるかはマヤ自身掴み切れていないし、従って言語化し伝えることも出来なかった。

 とりあえずバケット三切れ、ローストビーフ五枚、シチュー二杯を平らげたところで、カイルはおもむろに言った。

「全部話してくれるんだろ?」

「ああ」

「聞きたいことは色々あるけどさ。こいつが誰なのか、とか」

 そう言ってカーリーを指さす。

「こいつとは、ご挨拶だね」

 カーリーが苦笑する。カイルは胡散臭そうな表情で彼女を睨んだ。

「俺の最初の協力者だ。まあ、そのことにも後々触れていくが……」

 すでに食べ終えていたリュカはナプキンで口元を拭い、水を飲んだ。コップを置き、マヤ、カイル、カーリーの順番に視線を巡らせてから、彼は口を開いた。

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