5話 目的の為に!(シャインの場合)
ネルから父とのやり取りを聞いた日の深夜、秘密基地の北側で木々が倒れる音が響いていた。
当然、木を切り倒しているのはシャインである。
シャインは手刀にて大木を地面付近から一刀していく。切り口はナイフで切ったかの様に滑らかなである。それはシャインの特殊技能によるものであった。
接近戦型アンドロイドである彼女には、幾つかの特殊機能が備わいた。今回使用しているのは、超振動と呼ばれている機能である。
手刀の状態で使えばレーザーナイフの様に鋭く、完全な状態ならば鋼鉄すらも切断できる程強力だ。又、正拳にて相手を殴れば、内側から組織を破壊する。シャインが使いやすさも相まって多用している凶悪な能力の1つである。
だが今の不完全なシャインには精々、木や石を切断するのが限界であった。それでも普通では考えられない力であるのは確かである。
木々を円形に切り倒した後、倒した木を板状にスライスしていく。そうして出来上がった木板を土台丸太の上に並べ人差し指で板と丸太に穴をあけ楔を打ちドンドン固定していく。少しずつ形が見えてくる、出来上がって来たのは円形のアスレチックコースである。
そして朝日が森を照らし出す頃、そのコースは完成を迎えていた。
たった一晩でここまで出来るのは、やはりシャインの人外故の能力としかいい様がなかった。
休む事もなく動き続け、重い木々も軽々と持ち上げる、さらに図面の確認など必要とせず、ただ時間と共に完成へ走りつづけた結果である。
シャインは今ネルには運動に関する能力が足りていないのを解っていた。七歳の子供にそれを求めるのも酷な事である。剣術云々の前に基礎能力の向上こそが最も必要とされいる。
基礎体力、腕力、胆力、反射神経、瞬間的判断能力など総合的にバランス良く鍛える為に考案したコースであった。
次の日、ネルが秘密基地に訪れた時にシャインは完成したアスレチックへと彼を案内する。
その雄大なるコースに圧巻されていたネルであるが、シャインが丁寧にコースの概要、基礎体力向上の意図や目標として欲しい時間などを説明していった。
「シャインさん! ありがとう、がんばります」
ある程度、概要を理解したネルは気力十分にコース攻略へと乗り出していく。
「さて、私も次に移りましょうか」
シャインは、ネルの住む地区へ向かって走り出して行った。森を抜け家屋がチラホラ見える場所に一つの火の見やぐらが建てられていた。火の見やぐらとは、火災や魔獣の侵入の際にいち早く原因箇所を周囲に知らせる為に作られた高台である。 走る速度を落とす事なくシャインは火の見やぐらを登って行き上部に辿り着くと周囲を見渡していく。
シャインが探しているのは、自衛団の集会所であった。ネルから事前にある程度の情報や特徴を聞いていたので、シャインはその後直ぐに集会所を発見する事ができた。火の見やぐらから、集会場は約300m程度離れた場所にあり、長方形の建物の前に20m四方のグラウンドがある、それを囲むよう2m程度の塀で囲われている。入り口部分に、自衛団の文字も確認できた。
今は丁度、グラウンドで剣術の訓練中をしている様だ。その為すぐに目的の人物を見つける事ができた。
「あの人がネルさんの兄ですね! これよりリサーチを開始します」
今回の目的は、ネルが超えなければいけない人物を調べ上げる事であった。
対戦相手を知り、ネルがどの程度まで能力を上げなければ勝てないのかを知る。
相手はどの様な動きをするのかなど、シャインは様々なエルのデーターを採取していく。
一通りの訓練が終わり、エルが1度休憩の為建物内部に入っていったのを確認した後、床に尻餅を付き今回ネルが超えるべき壁の高さに驚愕の表情を浮かべる。
エルは今16歳であるが、身長は現在175cm、同年齢の中では大きな体をしている。腕力は十分であり、動きも素早い。木刀での模擬戦を確認出来たが、判断力や瞬発力なども優れているのが確認された。その1つ1つが才能あふれる優れた物であった。
これからも、強さに磨きをかけ、伸びていくである事は容易に想像できる。
「ネルさんと余りにもベースが違いすぎる…… 似ているのは外見位ではないですか。並の訓練では勝てないまま、18歳を迎えるだけですね。プランの見直しを行います」
シャインはそう分析すると、ネルがいる場所へと戻って行った。人目を避け、素早く移動するシャインを気にする人は居なかった。
一方、ネルはコース途中にあるうんていで手間取っていた。長さ20mのうんていはネルの握力を一瞬で奪い去ってしまう。
落ちてしまっても、下に安全ネットがあるので安全であるが、1度失った握力はすぐに回復する事はなく、前回よりも手前で力尽きていく。
落ちてはネットの上をはえずり、スタート側に設置されている梯子を登りやり直す、その繰り返しを文句も言わず一心不乱に続けていた。
木陰から、その様子を見ていたシャインは右手に力を込め、ネルの為に力を尽くす事を再度決意している様であった。
ネルはシャインの為に力を尽くし、そのネルの為にシャインが力を尽くす。
なんとも不思議な関係ではあるが、それはこの先お互いを思う二人の力が円を描くように高みに登っていく事になる。
シャインはその日の夕方ネルと話し合った。
エルとネルのかけ離れた力の差を元に、訓練などせずに今のまま18才まで待っていれば、楽に町から出て行ける。
出た後はシャインがネルを守るので安心しても良いと。訓練を続けても、絶対に勝てる保証は無く無駄になるかもしれないと。しかしネルはたった1日でも、早く出れるなら諦めずに挑み続けたいと、力強く返した。
「ネルさん、勝つ為に辛く長い訓練になりますよ」
「僕はがんばります。シャインさん力を僕に貸してください」
シャインはネルに今後のプランをネルに話した。
「まず今から3年間は基礎体力つくりと剣術の型の習得、その後3年間で実践的な剣術を指導します」
後2ヶ月ほどで8才になるネルからみると、14才になるまで時間が掛かるとの事であった。又、14歳になるまでエル兄さんには挑戦しないと話しは纏まった。
ネルが帰った後、シャインがまた次の行動へと移していく。
その夜、シャインは森の中を走り回っていた。人気の無い森にはシャインの走り廻る音の他にもう1つ音が響き続けていた。
次の日にネルが基地へついた時、秘密基地の周りは小さな動物園になっていた。色んな種類の動物や魔獣が檻に生きたまま捕らえられていた、その数は約10種類程度であった。
「これは一体……?」
そこへシャインが現れた。
「ネルさんおはようございます。この動物の中で売れる物はありますか?」
ネルの方もシャインの言葉の意味を理解できたのか、自分の知っている範囲でシャインに教えていく。
「比較的に大人しい獣は動物と言われています。その肉は食卓に並ぶとの事が多いです。逆に狂暴な方は魔獣と呼ばれています。肉はあまり食べませんが、内臓が薬になり、素材が売れると聞いています」
それらの情報をシャインは次々と記録していく。
「それにしても、シャインさんお金を作って何か欲しい物あるのですか?」
「はい、衣服と書物を購入しようと思います。私はこの世界の事をもっと知る必要があります」
そう言うとシャインは、ネルから貰ったマントを羽織、一般的によく食べられている。耳が長く赤い目をしたノウサと言う動物と、カチョウと言う鳥の動物をそれぞれ3匹ずつ、紐で縛り上げ生きている状態で肩から担いで町へと向かって行った。
シャインを見送ったネルもアスレチック場へ振り向き歩き出した。
その後、町へ着いたシャインは肉屋へ向かった。途中にある本屋なども確認しながら、歩いている。肉屋の看板を確認したシャインは扉を開いて中へと入っていく。
「いらっしゃーい」
中には30才位の優しそうな女性がいた。
「ノウサとカチョウを売りたい」
そう言ってから、肩に担いでいたノウサを女性の前に並べて見せた。
「あら、買い取りの方ね、それじゃあちょっとだけ待ってね」
そう言ってから、店の奥へ姿を隠した、その後直ぐに戻って来た時は、一人ではなく店長とおぼしき男性も連れてきたのだ
「買い取りだと聞いた、商品を見てもいいか?」
そう言って一匹ずつチェックしていく。
「全部生きているのか…… おいあんたこのカチョウをどうやってつかまえた? こいつは、臆病者で直ぐに逃げるんだよ。普通は弓や魔法で狩るはずだが傷一つも無いなんて、めったにお目にかからないぞ」
そう言ってシャインの方を向いた。
シャインは素手で捕まえたとは言わずに「言わないと買ってくれないのか?」
とたずねる。
「そうじゃない 単なる興味本意だ! こっちも どうやって死んだか解らん怪しい肉より、生きている方が安心だからな。6匹で金貨3枚だ、どうだ?」
「解った、その金額で買い取ってもらいたい」
そう返答し、金貨と動物を交換しようとした時、カウンターから冷気を感じた。冷たいと感じたので店長に聞いてみると。
「そいつは悪かった、食材冷却用の魔法石を新しくした所で調整がまだ上手く行かない時があってな」
「これが魔法……」
そう言いながら金貨を手にいれた。
ネルに聞くには、銅貨、銀貨、金貨、大金貨があり。銅貨10枚で銀貨になり
銀貨10枚で金貨になるとの事、もちろん金貨10枚で大金貨1枚である。地球の日本硬貨で言うと、銅貨100円 銀貨1,000円 金貨10,000円 大金貨100,000円 と考えれば良さそうである。
その後早速向かったのは本屋である。そこには様々な本が並べられていて、手書きで作成された本と版画で作られた本の二種類があるようだ、版画式は金貨一枚前後であり、手書きは金貨10枚前後と10倍の値段差があった。
店はほとんど版画式の本をばかりで、手書きは数冊しか置いていなかった、シャインは版画式の本を2冊選び店を出ていく、シャインが選んだ本は国の歴史書と精霊魔法書であった。
基地へ帰るとすぐに、木陰からネルの様子を伺い危険がないか周囲を警戒する。
その後夜になると、狩を行い、本を読み、知識を蓄えていくそんな日々であった。
厳しい訓練の日々にネルもがんばって付いてきていた。ある日、シャインの元へネルが焦った様に走っていく。
「シャインさん 昨日と迷路が変わっていますよ」
ネルの問いにシャインが答える。
「毎日同じ戦場はありませんよ」
別の日には
「一本橋のあゆみ板の幅がドンドン狭くなっています……」
「ネルさんが成長して大きくなったからでしょ」
時には
「最後の難関である、急斜面が…… 壁になっています」
「それは目の錯覚です! 私の眼鏡貸しましょうか?」
もう諦めたように
「時間を図る水桶が半分の大きさに……」
シャインは必殺の眼鏡を掛け「お黙り!」 ネルを一蹴する。
まるで小動物のようにビクンとなるネルさんが可哀想ではあるが、全てはネルさんの為と自分に言い聞かせ、日夜創意工夫を重ねていく。
そんな日々がその後3年間続く事になる。