40話 これからの2人
雲1つ見当たらない爽やかな日に朝から大河沿いを歩くネルとシャインの姿があった。
普段の服装とは違い、どちらも鎧などの防具は着けておらず、卸したてと解る位にシワ1つ見当たらない洋服を着ていた。一応、帯剣はしているが辺りを見渡す限り魔獣や動物と出会う雰囲気は無かった。
ネルは成人男性が祝い事の際に着る黒のジャケットとズボンを身に着ており、袖の部分とズボンの先に赤い模様が入っている。
シャインは青い襟付きのオーバーコートに膝上までのズボンを履いている。襟の下からは白い肌着が少しだけ見えており。シャインの肌の美しさもあって色気をかもし出していた。
「シャインさん、いよいよ今日ですね。クラッツさん達には会いましたか?」
「朝にタニアと少し話しました。昨日は眠れなかったと言ってましたね。緊張もしているようです」
今日はタニアとクラッツの結婚式が開かれる。ネル達が下山してから1ヵ月が経ちクラッツの体は順調に回復して着ており、今では歩いて散歩など出来る程になっていた。村中の人が参加してくれるようで、さらに友人のロックもアイゼン討伐で共に戦った者を連れて村に昨日から来ている。
「シャインさん、そろそろ村へ戻りましょう。丁度良い時間に帰れる筈です」
「そうですね。遅刻したらタニアに怒られますからね」
ネルの歩く少し後ろをシャインが付いていく。
村へ帰ると普段の雰囲気とまるで違い花で道を飾り村全体で2人を祝福していた。
「うぁ~、凄い。シャインさん見て下さい」
「朝から村人が何やらやっていた様でしたが、花を摘み町を着飾っていたのですね」
ネルとシャインは花で飾られた主要通路を歩いていると、正面側から籠にいっぱいの花を詰め込んで歩いていたノーラとマウロに声を掛けられた。ノーラは手を振りネル達の傍へとやってくる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、先生の所へいくの?」
「ノーラちゃん、マウロくん、そうだよ僕達はクラッツさんの家へ行く途中だよ。君達は結婚式のお手伝いかな?」
「うん、母さんと一緒にブーケを作るの。式の間はブーケを花嫁がずっと持っているから一番綺麗な花を集めてたの。式でブーケを花嫁から貰えると幸せになると言われてるの」
「ノーラちゃん、頑張ってね。マウロくんもブーケ作るの?」
「いえ、僕はノーラと花を運んだ後はお父さんと一緒に式場の準備をします。急がないと怒られるのですが、ノーラが花を選ぶのに時間が掛かってしまって……」
マウロは少し困った表情をしていた。
「じゃあ、僕とシャインさんで花を運んであげましょうか?」
「いえ、家はすぐそこなんで大丈夫です。おにいちゃんも早く先生の所へ行ってあげてください」
2人と別れネル達はクラッツの家へと着き、中へ入ると何人もの女性が忙しく動いていた。タニアの結婚衣装の準備や化粧などをしてくれている。
女性達の邪魔にならない様に2人はクラッツを探していく。一番奥の部屋にロック達と共にクラッツを見つける事が出来た。
「クラッツさん、本日はおめでとう御座います」
ネルとシャインは軽く礼をしながら祝辞を述べた。
「ネル君、ありがとう御座います。式は後1鐘後ですので、それまではゆっくりして下さい」
2人は近くの空き椅子に腰を下ろしてロック達に声を掛けた。
「ロックさん、バッカスさん、それにダンさん、お久しぶりです。あれから何か変わった事ありましたか?」
「いや、街は至って平和なもんだ。悪党が居なくなる事は無いが、アリスカ山の魔獣に比べたらどんな悪党も可愛くみえてくる。お前には言ってなかったがダンが王直轄部隊に入隊してくれた。また街に来る事があれば詰所に顔を出してくれ」
ロックは前回の戦闘後にダンへ入隊を願い出ていた。その後ダンが決意し入隊したそうだ。今は日々訓練に励んでいるとの事であった。
「ダンさん、おめでとう御座います」
「ネル、別におめでとうって訳でも無いだろう。俺はただ隊長に付いていけば自分を大きく変える事が出来ると思って入っただけだ、俺の目標は今でもお前だ。お前に勝てた時にもう一度その言葉を言ってくれ」
その後、皆で様々な事について会話をしていると、時間も経ちタニアの準備も終り結婚式が開始される時間となった。村の一番下流側の草原に長机や椅子が並べられ、下流側の真ん中には二人用の机が配置されており、その机を挟む配置で上流に向かって長机が並べられている。中央の机にはクラッツが1人で待っており、後からタニアが入ってくるとの事であった。
参列者達が着席し雑談していると上流側からタニアと女性達が並んでやってくるのが見えた。
タニアは綺麗な白いドレスに身を包まれており、普段の活発な雰囲気からは想像できない程、清楚で美しかった。ロックやダンはタニアの気性なども知っている為、思わずため息をつくほどだ。
タニアはブーケを両手に持ち一歩ずつ歩いてきている。参列者の前を通過する時に、両側から拍手が沸き起こっていった。ネル達もタニアが正面を通過する時に、盛大な拍手と祝いの言葉を投げ掛けていた。
「タニアさん、おめでとう御座います」
「ありがとう、ネル、シャイン、お前達が来てくれて嬉しいよ」
それだけ言うとタニアは前方で待つクラッツの元へ行き、横に並ぶように立つと揃って一礼をする。
クラッツは大きく息を吸って、参列者を見渡しながら挨拶を述べていった。
「この度は、僕達の結婚式に参列して頂きありがとうございます。
今までは、研究所とこの村を往復する生活でしたが、これからはこの村の住人となり皆さんに今までお世話になったご恩を2人で返していきたいと思っています。これからはよろしくお願いします」
クラッツの挨拶の後は食事会へと進んでいく。この時は男共は浴びるように酒を飲み、食事に舌鼓を打ちながら会話も盛り上がっていた。
珍しくネルもロックやダンに進められ、酒を飲んでいる。
シャインはネルの方を見ていたが、ロック達と楽しそうに酒を飲み会話をしているのを邪魔しない様に、シャインは席を立つとタニアの方へ歩いていった。タニアはクラッツと共に中央の席に座っている。今は村人が順番に祝いの言葉などを掛けている。
「タニア、おめでとうございます。今日はとっても綺麗です」
シャインの言葉にタニアも少し照れた顔をしていた。
「シャインに綺麗って言われると、何だか恥ずかしくなるけど。私は今、世界で一番幸せだ!」
うっすらと瞳に涙を貯めて笑顔でタニアは答えていた。
「そうだシャイン、このブーケを受け取って欲しい」
「私に? いいのですか?」
「ああ、私は最初からシャインに貰って欲しかった」
「ありがとう。このブーケの花は出来る限り大切にします。押し花とかにして保存も出来ますね」
「シャイン、花の事はどうでもいいよ。いずれ枯れてしまう物だからね。でも私はこのブーケと共に私の想いも託したいと思っている。私がクラッツと共になれたのはシャインのお陰だよ。だから次はシャインにも頑張って貰いたい」
「私も……タニアと同じ様に……」
「シャイン程、綺麗な人が頑張ればどんな男だってイチコロだよ。相手はクラッツと同じで鈍そうだから、一苦労はしそうだけどな。クラッツも大丈夫だと思うだろ?」
タニアが得意げにそう言い、クラッツにも同意を求めていた。だがクラッツはシャインの事を他の者よりも詳しく知っているのが原因だろう。言葉を選びタニアとシャインに諭すように言った。
「タニア、自分の考えを相手に押し付ける事は良い事だとは言えないよ。それとシャインさんは自分の気持ちに素直になった方がいいでしょう。相手がどう思っているのかは相手の人にしか解らない。
まず自分の気持ちを理解し、大切にしてあげてください」
シャインは眼を閉じて考えていたが考えが固まったのだろう、目を開けブーケを手に取る。
「タニア……。このブーケを頂いてもいいですか。私もがんばってみます」
タニアの顔が花が咲いた様にほころんでいた。
結婚式は無事終わりをみせ、村の人達と共に式の片付けなどを終えた頃には夜になっていた。今日は村の人が用意してくれた家でロック達と共に泊まる事になっている。
クラッツ達が自分達の家で、と言っていたが流石にそんな野暮な事はせず誰もが宿泊を拒んでいた。
ネルとシャインが本日泊まる家へと向かっている時ネルがシャインに声をかけた。
「シャインさん、ちょっと酔い醒ましに夜風に当たって行ってもいいですか?」
「構いませんよ」
2人は式を行った草原のすぐ傍の大河沿いの塀に座り、夜空に輝く星と大河の流れる水の音を聴きながらゆっくりとした時間を過ごしている。そんなやさしい空間でネルはシャインに語りかけた。
「シャインさん、僕は自分が情けなく思っていました……」
「どういう事ですか?」
「僕はシャインさんに誓いました。貴女の手を直し、元の場所へ返すと……。でも僕は何もできませんでした。シャインさんは自分の力で元の場所に戻り、身体を直し戻ってきてくれた。それが……情けなくて」
ネルは今まで溜めていた事を吐き出していた。顔は下を向き自身の無い様にも感じ取れた。
そんなネルを見ながらシャインは首を横に振っていた。
「ネルさん、それは間違っています。貴方と共に旅をして来れたからこそ、元の場所に帰る事も身体を直す事もできました。貴方が居なければ不可能であった筈です」
優しく包み込む様にシャインはネルに感謝を告げていく。
「もしこの世界にネルさんが居なければ、私はどうなっていたか解りません。ネルさんに出会えた奇跡に感謝しています。他の人が私を目覚めさせる事はきっと不可能だったでしょう。
ネルさんとの旅は私に様々な事を教えてくれました。元の場所へ戻った時も、私はネルさんをどれだけ大切に思っているかを知りました。
ネルさんに伝えたい事があります。聞いてくれますか?」
シャインの真剣な想いが伝わったのだろう、ネルの表情も真剣なものへと変わっていく。
「シャインさん、ちょっと待ってください。僕から先に伝えたい事があります。いいですか?」
ネルの言葉にシャインも頷いて答えた。
「アリスカ山から下山して、シャインさんが何処へ行って何をしてきたのかを聞いた時は驚きました。
シャインさんの元の場所が、この世界では無いもっと遠くの場所にあるとは思っていなかったので……。でも直った左腕を見て今は信じています。そんな遠くの場所から僕の下へ魔法を使い掛けてつけてくれた事が嬉しかった。
シャインさんが爆発に巻き込まれて姿を消した時に僕は心臓が止まるかと思いました。貴女の大切さを僕も痛いほど感じています。
貴女が途方も無い距離を一瞬で跳ぶ事が出来た様に、魔法の力は僕達が想像している以上に大きな物と思います。
手を直す事も元の場所に返す事も自分の力で出来なかった僕ですが、シャインさんを魔法の力で人間に変えたいと思っています。もしそれで出来たならば……。
シャインさん、僕のお嫁さんになってくれませんか? 僕は貴女の事を愛しています」
シャインは話の途中から両手を口元に当てていた。話の流れから予想できる答えがネルから正式に発せられた時にシャインの胸は強い衝撃を受けていた。そしてシャインの頬を何かが流れていた。
シャインはそのまま大きく頷き「はい」とだけ答えていた。
「シャインさん、泣かないで下さい……」
ネルはシャインの肩に手を回し引き寄せ自分に寄り掛からせながら支える。
「作り物の私が涙を流す事など無い筈です。どういう事でしょう?」
「僕は貴女と最初に会った時からずっと人だと思って接しています。人形だと思ったことは一度もありません。シャインさん、アリスカ山では精霊に会えませんでしたが、他の国も回ってみませんか? きっと素敵な出来事が僕達を待っている筈です。その旅で僕は精霊を見つけてみせます」
「はい、私は何処までもネルさんに付いて行きます」
2人の想いが1つになり、夜空に輝く星も新しい門出を祝福する様に輝いていた。
この作品をお読み頂きありがとう御座いました。一度、完結とさせて頂きます。
今後はこの物語の続きや新作などにも挑戦していきたいと思っています。
本当にありがとう御座いました。




