36話 アスリカ山の戦い その1
魔獣ドウラへ駆け出す7名の術士は詠唱を開始していく。
最初ダンとシャインが袋を手に持ち何かを巻きながら戦場を隙間無く走りまわる。次にタニアが詠唱を行うと障害物が何も無かった平地に次々と木々が生え出していく。先ほど巻いていたのは木の種子であった。その状況に魔獣ドウラも雄たけびを上げ威嚇をはじめた。
ダンとシャインはロープを手に取り再び走り出す。このロープの中心には金属繊維で編みこまれた芯が入っている様で非常に丈夫との事だ。ドウラが首を伸ばし食い殺そうと噛み付くがダンは木の枝で方向転換を続け巧みにかわして行く。
「こえぇぇー。 俺だと一度攻撃を受けたら終りだな」
まだそんなに時間は経っていないが、迫り来る恐怖に打ち勝つ為に必要以上に集中しているのだろう。ダンの額から大量の汗が流れている。
「無駄口を叩いていると死にますよ。これからドウラの背後に回ります」
シャインの指示にダンは頷き魔獣を向かって右側に方向を変えていく。シャインは左側に向かっている。そして魔獣ドウラの背後を木々を使って高速で移動しながら回り込んだ。その後も2回ドウラの周囲を回りそしてダンはそのままロープをバッカスの所まで持っていく。
「バッカス隊長、頼みます」
「ダン、よくやった。後は任せてくれ」
バッカスはロックの方へ目線を送る。シャインも同様にロックを見ている。ロックが右手を上げその手を降ろした瞬間にバッカスが雄たけびを上げロープを引いた。
「うぉぉぉ~!」
ロープは魔獣ドウラの体を締め上げていく。違う方向からシャインもロープを引いている。その瞬間ネルはドウラの顔の前にテレポートを行い。剣を振り注意をネルに引き付けた。
「ドスン! ドスン!」
魔獣ドウラは広場中央付近まで引っ張られていた。すかさずバッカスは傍に置いていた巨大な金属のハンマーで金属杭でロープを打ち込み固定する。その後シャインの持つロープも同じ様に固定を行った。その作業をもう一度繰り返し、4方向で魔獣を固定している。
「遊撃は敵の注意を引いてくれ、バッカスは遠距離で攻撃だ。隙を伺い俺も攻撃を加える」
ロックはそう指示を出し各自行動へ移っていく。
バッカスは拳程度の大きさの金属玉をタニアが魔法で作った腰辺り高さの木の上に置き、ハンマーを大きく振りかぶり振りぬいた。真芯で捕らえられた金属球は高速で飛んで行き、魔獣ドウラの腹部にめり込んでいく。
魔獣ドウラは悲痛な雄たけびをあげ動こうとするが、4点ロープで動きを封じられ思うように動けずにいた。その間にもう一球腹部へ玉がめり込む。ドウラは首をうねらせバッカスに向かって火柱を放つ。
その瞬間バッカスの正面に巨大な大木が姿を現した。火柱は大木が受けボロボロになったが、バッカスは鎧の表面を軽く焼いた程度で無傷と言っていい。火柱をやり過ごした後に次の球を打つ準備をしていく。
「おい! 遊撃組、バッカスにお前達の仕事を全部持っていかれているぞ」
「解りました。頑張ります」
ロックが檄を飛ばし、ネルはシャインと共に魔獣に突っ込んでいった。シャインは正面から攻め、ネルは背の上に乗り背後から斬りかかっていった。
「ネルさん、ナーガの変種の時を思い出してください」
シャインの助言を受け、ネルは背中を駆け上がりドウラの首間接付近の柔らかそうな部分に剣を突き刺す。剣は深くは入らなかったが表皮程度なら切り裂く事ができた。
「よし、これなら注意を引く事ができる」
ネルは背中を走り回り、小さな切り傷を幾つもつけていく。シャインの方は正面から間接部分を中心に斬りつけて行き、足元から順番に膝、足の付け根、手と攻める場所の高さを上げていった。
「よし、やっと俺の出番だな。全力でやってやる」
ロックは素早くドウラの内側に移動し手を上げた。足元から細木がスルスルと伸び出してロックを持ち上げていく。丁度胸元あたりの高さで止まった所で、ロックは木からジャンプしドウラのがら空きになっている胸へ向かって剣を突き刺した。
剣は水に剣を突き刺した様に何の抵抗もなく、深くまで突き刺さり、重力によってロックと共に地上へ向かって切り裂いていった。傷口から大量の血を噴出し、ドウラは雄たけびを上げ、所構わず火柱を吹き、手足を強烈な力で動かしていく。ロープがドウラの体に食い込んで悲鳴をあげていく。
「くそ! ドウラの奴、怒りで力んでやがる。剣が抜けない!」
ロックは地上まで切り裂いた後に剣を引き抜こうとしていたが、どうにも抜けない様であった。
「ロック隊長、ロープが持たない一度、引いてくれ」
そう声を掛けたのは、絶えず戦場を走り回り、状況を全員に報告していたダンであった。ダンはその言葉のままロックの元へ行き肩で担ぎ上げたままその場を去る。その後すぐに一本のロープが切れロックがいた場所へ弾け飛んでいた。
「ダン助かった。だが剣が無いのはキツい。回収しないと攻撃が出来んぞ」
ロックの剣は魔獣の腹部に突き刺さったままである。今は危険で迂闊に飛び込む事が出来ずにいた。
「僕が取りに行きます!」
そう言ったのはネルであった。その瞬間ネルは姿を消すと、剣の元にテレポートし剣を握り再度テレポートを行った。剣はネルと一緒に消えたと思うとロックの傍にまた姿を現していた。
「お前の魔法は本当に脅威だな……」
「ありがとう御座います。ドウラを倒しましょう」
それだけ伝えるとネルは再びロックの前から姿を消した。
シャインは現在ドウラの頭上でアイゼンと対峙していた。アイゼンの体からコードが飛び出していて、それがドウラの耳から進入している。シャインはコードを剣で切断しようとするが、アイゼンが腕で受け止め、蹴りを放つ。一度、距離を空けシャインはアイゼンに再び声をかける。
「アイゼン、本当に私の声が解らない? アイゼン!」
「マス…タ…ノタメ…ジンルイヲ…ホロボ…ス」
「……解りました。それが貴方の意思ですね、私はこの世界を守る為にアイゼン、貴方を破壊します」
シャインは手に持つ剣を投げ捨て、手刀モードに切り替える。そしてアイゼンに向け走り出す。




