34話 魔獣討伐隊
シャインはネルへ自分とアイゼンの関係を話して聞かせていた。
「アイゼンは人類を消し去る為に行動していました。私は彼女を倒したつもりでしたが、私と同じ様にこの世界に飛ばされていた様です。アイゼンがこの世界でも月と同じ事をする気なら大変危険です」
「シャインさん、幾らなんでも人類を消し去るってそんな事は不可能だと思います」
「アイゼンは月で約300万人を殺害しています」
「300万人……」
ネルは唾を飲み込んでいた。
「シャインさん、アイゼンを止める方法はありますか?」
「先ほどの戦闘で止めるつもりでしたが、アイゼンと魔獣の方が戦闘力に置いては上でした。本当に人類を滅ぼそうとしているのか聞いてみましたが、何処か故障をしているのでしょう。 私の声も届いてる様子も無く、ただ近づく者を排除している感じでした。
ですが、やっている事がどうも変です。山から下りる様子も無く、大河の傍で何をしているのか? もしかすると、人類を滅ぼす事すらも忘れているのかもしれません」
「僕はシャインさんとアイゼンの戦闘を見ていましたが、確かに戦闘中でもアイゼン達は大河の傍から動いてませんでしたね。
僕達2人で勝てるならもう一度、戦いを挑むのもいいですが、それが難しいのであれば一度山を下りませんか? 何か動きがあれば、その時考えましょう。街に戻って装備を整え、倒す方法を考えるのです」
「……そうですね。一度山を下りましょうか」
今後の方針が決まり二人は山を下りていく。ネルも無理をして疲れが残っていたのだろう、斜面で足を滑らせる事もあり、その度にシャインに支えられていた。野営の警戒はシャインに任せて、ネルは熟睡する事で体力回復に勤めていた。2人が麓に着いたのは、それから3日後の事であった。
2人は村に入るとクラッツの家へと向かった。今回の事を報告する為である。家の前まで来るとドアをノックする。
「誰だ~? 鍵は掛かってないから、入って来いよ!」
聞こえてきたのは、タニアの声であった。街へ向かっていた彼女は既に戻ってきているようだ。ドアを開けネル達は中へと入った。
「久しぶりだな! ネル・ダブル」
そう言って来たのは、ロックであった。ロックの周りには他にもネルが知っている者達が居た。
ダン、バッカス、それに副隊長のニコラもいる。
「皆さん、何故ここにいるのですか?」
「実物を見たほうが早い。ネル・ダブル、大河を見て来い!」
ネルはロックの指示に従い、シャインと共に家を出て川沿いの石壁を乗り越え大河を覗き込んだ。
「……ん? もしかして…… 水位が減ってる? シャインさんどう思いますか?」
「言われる通りですね。以前より1m程度ですが推移が下がっています」
ネル達はロックが待つ家へと帰った。
「大河の水位が減っていました。どうしてでしょう?」
「理由なんて解らんが、もしこれ以上水位が下がっていったら。国中に水が行き渡らない可能性が出てくる。水位が下がり始めたのは20日前位からだ、毎日少しづつ下がっている。まだ気付いている者もあまり居ないだろう。俺でさえ水門兵から報告を受けなければ、気付くのはもっと後だったと思う。
今までで大河の水位が下がる事なんて一度もなかった。その時にタニアが俺の元へ手紙を持ってきた。俺はクラッツの手紙を読んで何か関係があると思っている。王にも報告をしたが。あまり信用して貰えなくてな。だから隊を動かす様な事はできなかった。今回は少数の者だけ連れて調べに来たって訳だ」
「そうだったのですね。ロックさんがバッカスさんやダンさんと知り合いだとは思いませんでした」
「バッカスは以前から知り合いだった。所属は違うが同じ隊長同士だ。会うことは何度もある。
ダンは最近知り合ってな、傭兵と共同作業を行った時にダンが参加していた。なかなか動きも良くて真面目に取り組んでいたから、今回の調査に声を掛けさせてもらった。
お前達は山から下りてきたのだろ? どうだった魔獣ドウラには会えたのか?」
ロックの言葉に返事を返したのはシャインだった。
「山中に魔獣ドウラの変異種とクラッツさんが教えてくれた、調査隊を殺した者を見つける事はできましたが、かなりの強敵でした。私でさえ倒されかけてた所をネルさんに助けて貰った位ですから。
貴方達が向かっても、勝てるとは思いません。死にに行くような行為だと判断します」
「あなたはロック隊長を相手に何て言葉を吐くのですか!」
シャインに突っかかって来たのは、ニコラであった。座っていた椅子から飛び出し、シャインへ飛び掛る勢いであった。ロックの静止を聞かずにシャインが着ているマントの襟首を掴もうと両手を前へ突き出し飛び掛った。
だがその手はマントに触れることもできずに、空中を掴む。シャインが掴みかかってくるニコラを軽くかわしその後、背後にまわり脇の下から腕を絡め羽交い絞めの状態へと変える。
「ロックさん、この副隊長も連れ行く気ですか? ダンと同様に役に立たないと思いますよ」
「なっ! 何故俺の名前がそこででるんだ」
驚愕するダンであったがロックがニコラを連れて来た理由を説明していく。
「ニコラは戦闘要員ではない、彼女は凄腕の回復術士だ。仲間のサポートに回ってもらう予定だ。もしネル・ダブルが怪我をしてもニコラが居れば安心だ」
「なるほど、それなら彼女が来た理由も理解できますが、そこにいるダンの実力は私も知っています。そのダンを見込んでいる時点で貴方の実力にも不安を覚えますがどうなんですか?」
「よし! そこまで言うなら実力をためしてみたらいい。今から外で模擬戦でもやってみるか?」
軽く見られている筈のロックの表情は生き生きとしていた。強い者と戦える喜びを感じているのだろう。子供がおもちゃを渡された時のように笑っていた。
そんな状況をアワアワしながら見ていたネルがシャインを静止しようとしていた。
「シャインさんは何故、そう話をややこしくするんですか? 喧嘩売っている場合じゃないのですよ」
「ネルさん、足手まといになる者を連れて行っては逆に此方の命に関わります。実力不足で死んでしまう者、それを庇おうとして死ぬ者、そういう状況を私は何度も見ています。彼等達のみでアイゼンと戦うというなら私は止めません。
ですが、彼等が行くのならばネルさん、貴方もきっと同行するでしょう。私は貴方には死んで欲しくありません」
シャインの言葉にネルは何も言えなくなっている。
その後、シャインとロックは村の吊橋から外へ出て、大河沿いの広く開けた場所で向かい合った。
「魔法を使って来ても構いません。私に貴方の実力を示しなさい!」
シャインはネルより借り受けた剣をロックへ向けた。
「俺もそれだけ大口を叩くアンタの実力が知りたくなった。遠慮無しで行くぞ、死に掛けてもニコルに治して貰えるから安心しろ!」
ロックは言葉を返し、腰から剣を抜いた。その後ロックはシャインへ向かって駆け出していった。
ロックが上段から斬りかかった攻撃をシャインは片手で持っている剣で受け止めはじき返す。その現実にロックもネル以外の者達も驚きを見せていた。2歩程後退したロックにシャインは顔に目掛けて突きを放った。だがロックは体を回転させる事でそれをかわす。そしてそのまま外回りでシャインへ近づいた。
回転の力を利用した速度のある横切りをシャインの胴へと叩きこんだ。だがその攻撃は空を切っていた。シャインはしゃがみ込み回転しながら足払いを仕掛けていた。ロックは転がされたが地面に体が着くまでに片手を地面へと突き出し腕の力で後方へと退避する。
「シャインだったな。冗談抜きで強いな。魔法を使っても良いって言っていたな? なら見せてやるよ俺の魔法を!」
「出し惜しみしてないで最初から使いなさい」
ロックはその後何も言わずに再度突撃をしかけた。最初と同じ様に上段から斬りかかっている。シャインの方もその攻撃を受けようとしていた。剣と剣が接触した瞬間にシャインは剣から手を離し、剣筋を半身だけかわして攻撃をやり過ごした後、左手でロックの腹部に義手のストレートを放りこんだ。
ロックの体がストレートの攻撃で体をくねらせながら3m程吹っ飛ばされる。シャインは動かないロックを確認すると、手放した剣を確認する。まるで細木を切った様に切断されていた。さらにロックの剣は地面深くまで切り込まれていた。
「面白い、切断系の魔法ですか……。これなら魔獣ドウラに攻撃が通るかもしれません」
シャインはロックの方を見ると、腹部を押えながら立ち上がっている。その傍にはニコルが殴られた場所に手をかざし詠唱を行っていた。
「俺の負けだ。俺達が山に行くべきか行かないべきかはシャインが決めろ」
負け惜しみを言う訳では無く、シャインの意思に従うとロックは言って見せた。
「貴方の実力は解りました。切断系の魔法を使える様ですね。敵は恐ろしく防御力が優れています。あなたの攻撃ならば相手を切り裂けるかもしれません。もし死んでもいいって言うのならば着いてきなさい」
「そんなに強い魔獣が相手なのか、面白いじゃないか。俺はついて行かせて貰う」
ロックはそう答えた後、バッカスとダンの方を向いて問いかけた。
「お前達はどうする? ここで待っていてくれてもいいが?」
バッカスとロックは笑みを浮かべていた。
「剣で斬りあうだけが、戦いじゃないぞ、魔獣に有効な戦術は他にも色々ある。それを教えてやるよ」
ダンはそう答えを返し、バッカスはその横で同意する様に頷いていた。
ネルはこの騒動が落着いたようで胸を撫で下ろしている。
「解りました。それでは此処に居る者達で魔獣ドウラの変異種とアイゼンの討伐を行いましょう。
言っておきますが、己の命は己で守ってください」
シャインの言葉に全員が頷く。それから装備や準備を整えた討伐隊が山へ向かうのは2日後であった。
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月で何があったかを書くつもりです。よろしくお願いします。




